魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第五十四話 蝋燭と名前

 風呂にゆっくりと(つか)った後、ドライヤーで濡れた髪を乾かす。パジャマに着替えて寝る準備を一通り終え、ごろりと僕は自分のベッドに横たわった。

 この瞬間が僕は(たま)らなく好きだった。

 身体がまだぽかぽかと温かく、それでいて一日の疲労が(ほど)良く抜けて、筋肉が緩んでいる。最高の気分だ。

 

「ん~~~……」

 

 寝転んだまま、大きく伸びをする。これがまた気持ち良い。

 風呂上りで血行が良くなり、背筋が(ほぐ)されている。

 こんなに良い気分で居られるのは今日は平和な一日だったからだろう。このところ僕は、危機的状況に(おちい)ることが多かった。

 そのおかげで、改めて安全のありがたみを身をもって知った。

 

 平穏な日常が、こうも貴重なものだったなんて今まで考えていなかったな。

 さて、幸せな気分のまま、ぐっすりと眠るとしよう。最近は疲れすぎて良く眠れなかったからな。

 

 電灯の明かりを消そうと、上体を起こしてベッドから降りた時、ふいに誰かの視線を感じた。

 視線を感じた先へ顔を向けると、そこには物憂(ものう)げに僕を見つめている髪の長い少女が窓の外に立っていた。人形めいた整った顔立ちが、より一層と不気味さを(かも)し出している。

 僕は窓に無言で近づき、閉めていた鍵を開ける。

 そして、亡霊のように(たたず)むその少女に向かって一言言った。

 

「…………何してるの?暁美さん」

 

 前にやられた時は本当に心臓が止まるかと思うほどビックリしたが、インパクトが強かった分、逆に一度やられると慣れが(しょう)じてしまう。

 

「政夫……」

 

 小さく搾り出すような声で暁美は僕を呼んだ。

 外が暗いせいなのと無表情気味なのが合わさり、暁美の表情が明確に読み取れない。

 

「……政夫ですけど?」

 

 よく分からないが、一応恐る恐る答えてみる。

 何だろう、この独特の何をしでかそうとしているか予想できない恐怖は。

 

「まさおぉ……!!」

 

 暁美はいきなり、窓枠を(また)いで部屋の中に飛び込んで来たかと思うと、僕を押し倒すように抱きついてきた。押されて尻餅を着いた僕の腋下(わきした)に、暁美は両腕を通して、背中に爪が()い込む程の力でしがみ付いてくる。

 痛い!すごく痛い!風呂上りでまだ皮膚が柔らかいから簡単に破ける!というか突然何すんだ、こいつ!気でも()れたのか!?

 

【挿絵表示】

 

 

「いきなり何をすっ――!……暁美、さん?」

 

 僕に抱きついている暁美の身体は小刻みに震えていた。両目を(つむ)り、僕の胸に顔を押し付けて、涙さえ流している。

 明らかに只事(ただごと)ではないのが一目瞭然だった。

 

「落ち着いて、暁美さん。理由も聞かずに『大丈夫だ』なんて軽々しく言えないけど、でもちゃんと僕は君の(そば)に居るから。だから、ほんの少しだけ安心して、ね」

 

 できるだけ優しく丁寧に、暁美の頭をかき抱くように撫でる。

 震えが徐々(じょじょ)に治まり、暁美は僕の顔を見上げる。その瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 

「政夫……!」

 

「うん、政夫ですけども……。取り合えず、君が泣いている理由を教えてくれる?あと、いい加減痛いんで背中に爪立てるのも止めて下さい」

 

 

 

 

 

「急に取り乱したりして、ごめんなさい。私らしくもなかったわ」

 

 大分、落ち着きを取り戻した暁美をベッドに座らせて、真正面から話を聞くために僕は椅子に腰掛ける。

 

「それで、今日は一体どうしたの?」

 

 正直、十時過ぎの時間帯に家に押しかけられるのは非常に迷惑で、文句の一つも言ってやりたいところだが、今はそんな状況ではないので我慢する。むしろ、それよりも、背中に爪を立てられたことの方が重大だ。自分の指で背中を触るとビリッと電気が走るような痛みがする。思った通り、傷になってしまった上に、(わず)かだが出血までしていた。

 はあ、今日は何事もなく終われると思ったのに……。

 

「それは……」

 

 暁美が本題に入ろうとして口を開いた。だが、途中で何かに気付いたようにそれを止めて、まじまじと僕を見つめる。

 

「……貴方、随分(ずいぶん)と可愛らしい格好をしてるのね」

 

「そんな超どうでもいいことは、ほっときなよっ!」

 

 今、僕の格好は、デフォルメされたペンギンの絵柄があちこちに描かれたオレンジ色のパジャマだ。別にこのパジャマを特別気に入ってるわけでもなく、ファッションセンターのバーゲンで大安売りをしていたから買ったものだ。

 パジャマなんて、自分と父さんくらいしか見る人も居ないと思って適当に着ていたので、こうやって他人にそれを指摘されるとかなり恥ずかしかった。

 くっ、油断していた。顔が熱くなってくる。しかも、同級生に見られているというのが、これまた辛い。ダメージはさらに加速する!

 

「ふふ、貴方も照れることがあるのね。初めて見たわ。でも意外に似合っているわよ?」

 

 さっきまでの泣きそうな表情はどこへ行ったのか、暁美は口元に手を当てて軽く笑っていた。最近、と言っても付き合いがまだ浅いので何とも言えないが、出会った頃より格段によく笑うようになっていた。

 それに(ともな)い、性格もおちゃめになってきているような気も否めないが……まあ、良い方向に向かっているとは思う。

 

「うるさいよ。それで、まさか僕のパジャマ姿をからかいに来たのが君の目的なの?」

 

「いえ、残念ながら違うわ。……マミのことで相談に来たの」

 

 微笑みが()がれて、暁美の表情に再び影が差す。それでも、俯かずにまっすぐ僕の顔を見ているあたり、こいつはしっかりしていると思う。失礼な話だが、呉先輩を見て改めて暁美の芯の強さを確認できた。

 そんなこいつが僕に相談事をしにくるのは、余程(よほど)困っているからだろう。

 どうでもいいが、さらっと美樹に引き続き、巴さんの呼び方が変わっているのもこいつの心境の変化なのか?

 

「巴さんのこと、と言うと……魔女を倒すことに忌避し始めたとかかな?」

 

 僕の中で最も可能性のある理由を述べてみると、暁美は頷いた。

 僕の言葉に暁美は、喜んでいるようにさえ見える。

 

「本当に貴方は鋭いわね。その通りよ。マミは魔女退治を……人殺しなのかもしれないと言ったわ」

 

「人殺し、か」

 

 魔法少女にとって、魔女退治は元同族殺しだとは思うが、人殺しだとは僕には思えない。あそこまで変質しまったなら、もはや化け物以外の何者でもない。

 恐らくは巴さんにとっては、「人」と「魔法少女」と「魔女」が全てイコールで繋がってしまったのだろう。だとするならば、巴さんの中では自分のやって来た魔女退治への後悔と罪悪感が渦巻いているはずだ。

 懸念はしていたことだが、実際に現実になってしまうとは……。

 

「暁美さんは、巴さんのその意見をどう思っているの?肯定してるの?それとも否定してるの?」

 

 しかし、まずは暁美個人の意見を聞かせてもらうとしよう。同じ魔法少女として魔女を倒すことに対して、どう考えているのか参考にしたい。

 

「私は今まで考えないようにしていたわ。まどかを救うことだけを支えにしてね。……でも、今はマミの言いたい事も理解できる。けれど……」

 

「それを肯定してしまったら生きて行けない、ってところ?」

 

「何でもお見通しなのね」

 

 自分への理解が嬉しいのか、暁美は口元が僅かに(ほころ)ばせた。

 こいつは今まで、その程度のものすら与えてもらえなかったのだろうか?だが、必要以上に頼られても正直困る。

 僕は極々(ごくごく)普通の一般人なのだから。

 

「さて、巴さんの件だけど、やはり一番の問題は倫理的なものだね。魔女を倒す理由が自分が生きるためでは巴さんの性格上納得できないんだと思う」

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

「大義名分が必要だ。元は自分と同じ魔法少女だった魔女を倒しても納得できるだけの大義名分が」

 

 巴さんは今まで孤独な戦いの日々を『正しいこと』だからという考えの(もと)に生きてきた。とても立派な所業だ。僕にはまねできない。

 しかし、だからこそ、『魔女=絶対的な悪』という定義が崩れてしまった今、巴さんは『正義』という肩書きを失ってしまった。

 

 ならば、新しく免罪符を与えればいい。

 名前も知らない赤の他人だけではなく、僕や鹿目さんを守っているという自覚をもたせる。

 

「要するに『自分のしていることは絶対的な正義ではないけれど、身近な友達を守るためだから仕方がない』という言い分を巴さんの中で納得してもらうんだ」

 

「具体的には?」

 

「具体的にはね――」

 

 暁美の聞かれて、僕は言葉を一度切った。

 何も考えていなかったのではなく、これから言う台詞は僕もそれなりのリスクが必要とされることだからだ。

 

「僕が魔女退治に同行して、巴さんに自分が戦うことによって魔女から人を守っているということを実感してもらう。ちなみに暁美さんと杏子さん、美樹さんは来ないで。じゃないと巴さんが止めを刺さなくても何とかなってしまうから」

 

 まあ、一言で言うなら、魔女と僕の命を天秤に掛けさせて選ばせるということだ。

 しかし、これはまた僕が命の危機に陥る可能性があるから、乗り気ではないのだが……放っておけば巴さんは立ち直れずに魔女になるかもしれない。

 

「……貴方、またわざわざ危険に首を突っ込むの?もしもマミが魔女を殺すのに躊躇(ちゅうちょ)したら死ぬかもしれないのよ?」

 

「いや、命のありがたみなら人一倍知ってるよ。でもね、やっぱり身体を張らないと、得られないものもあるよ」

 

 ましてや、巴さんに無理やり魔女の殺害をさせてるんだ。僕だけ何も賭けないのはフェアじゃない。僕なりに、彼女に友達としてやってあげられることをするだけだ。

 それが僕にとっての『正しい人間像』だ。

 

 だが、暁美はそんな僕を心配そうにしている。

 

「政夫、相談しに来ておいて、こういうのはなんだけど、何も貴方が全て背負う必要はないのよ?」

 

 暁美が僕の心配か……。本当にこいつは内心は良いやつだな。

 人間の多面性のことを忘れていた僕は偏見と初対面の印象だけで、暁美という人間を見ていた。自分の視界の狭さに呆れてしまいそうだ。

 

「ありがとね。君も今日の魔女退治ご苦労様」

 

 お礼と(ねぎら)いの言葉をかけた後、一つ良いことを思いついた。

 僕は机の引き出しから、ライターと薄紫色のアロマキャンドルを取り出して机の上に置く。

 

「それは何?」

 

「アロマキャンドルだよ。ちなみに香りはラベンダーだ。僕はこれを疲れた時に使うんだ」

 

 そう言って、アロマキャンドルにライターで火を(とも)した。そして、椅子から立ち上がって、部屋の電灯のスイッチをオフにする。

 ふわっと、優しく穏やかなアロマキャンドルの明かりが広がる。

 

「綺麗でしょ?」

 

「本当ね。こんなに小さいのに明るくて綺麗……」

 

 まるで明かりが(にお)いを運んできたように、ラベンダーの香りが鼻腔(びこう)に届いてくる。

 僕は椅子に座り直すと、暁美の方を向いた。

 暁美の瞳はアロマキャンドルの光が反射して、きらきらと宝石のように輝いて見えた。

 

「僕はね、この炎が好きなんだよ。自分をすり減らしながら、周囲を明るく照らそうとする様が人間の生き方みたいでさ」

 

「私は……そんな立派な生き方できてないわ」

 

「そんなことないよ。少なくても今の君は、美樹さんや巴さんのことをちゃんと気遣ってる。必死に照らそうとしてるよ」

 

「そうかしら?」

 

 こちらを向いた暁美の頬はアロマキャンドルの明かりで紅くなって見えるため、照れているのかいまいち分からない。

 それが面白くて、少し笑えた。

 

「それに君の名前の『(ほむら)』って、このキャンドルの上で燃えているような炎って意味だろう?」

 

「ええ。そうだけど」

 

 怪訝(けげん)そうな表情の暁美に僕は言った。

 

「鹿目さんは格好いい名前って言ってたけど、もしかしたら君の両親はこの炎のように美しいイメージを込めて付けたのかもしれない。だとしたら、君の名前はこれ以上にないくらい女の子らしい名前だな、と思ってさ」

 

「私の名前が、女の子らしい?……そんな事、初めて言われたわ」

 

 僕から顔を隠すように暁美はそっぽを向いた。

 その様子から見て、怒らせてしまったのかと思ったが、どうやら喜んでいるらしい。意外に乙女チックですね。

 

「ねえ、政夫」

 

 顔をこちらに見せないようにしながら、暁美は僕の名を呼んだ。あえて、僕も暁美の方に視線をやらず、アロマキャンドルをじっと見つめた。

 

「何?」

 

「今日は随分私に優しいわね。一体どうしたの?」

 

「僕はツンデレだって言っただろう?デレてるんだよ。どう僕って萌えキャラ?」

 

 若干、僕も恥ずかしくなったので、ちょっとふざけて誤魔化(ごまか)す。

 くすっと小さな笑い声が聞こえた。

 

「なら一つ、お願いを聞いてもらえないかしら?」

 

「種類によるね」

 

 僕がそう言うと、少しの間の後に恥ずかしそうに搾り出した声が僕の耳に届く。

 

「今度からは……その、名前で呼んでもらえない?」

 

 




政夫、ついにデレる。

いや、恋愛感情はもってないんですけどね。

感想お待ちしております。

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