~マミ視点~
そして、その空間の中央に鎮座している巨大な化け物が居る。
そうよ。何をぼんやりしているの?
ここは魔女の結界の中。そして、私は魔法少女。『悪い魔女』と戦わなければいけない『正義の魔法少女』だ。
魔法少女の姿に変身した私は、マスケット銃を黄色いリボンで作り出す。ずっと扱ってきた私が『悪い魔女』と戦うための心強い武器。これで多くの『悪い魔女』とその使い魔を倒してきた。
今日もこの銃で『悪い魔女』を…………。
悪い……魔女? 『倒す』? 『殺す』のではなくて?
そうだって、私は……『正義の魔法少女』だから。
これは正しい行い。私は間違っていない。これは見滝原の人を守るための正義の戦いなのだから。
魔女は何もして来ない。使い魔すら生み出す様子もない。
何故? 私が攻撃しようとしている事は理解しているはずなのに。
銃を持つ手が僅かに震えたが、それを押し殺して、マスケット銃を構える。
魔女は私を見ている。ただじっと私のしている行為を眺めている。
もしかして自分の防御を過信している? それとも、私のマスケット銃の威力を侮っているのかしら?
前者だとしたら、私の攻撃を反射される可能性もある。用心しつつも、私は様子を見るためにマスケット銃の引き金を引く。
魔女がとっさに攻撃してきても、弾丸を反射されようとも対応できるよう全身に神経を張り巡らせる。
だが、結果は私の予想と異なり、魔女はあっさりと倒された。
私の放った弾丸は魔女の大きな巨体を貫通し、断末魔すら上げることなく、床に横たわる。
あっけない。そう思って魔女を見つめていると、その醜い巨体がぼろぼろと崩れた。
「……えっ?」
崩れた魔女の中から出てきた女の子だった。私と同じようにどこか衣装めいた格好をしている。
すぐに彼女が私と同じ魔法少女だという事に気がついた。
出てきた少女は、私を冷たい目で睨み、低い声でこう言った。
「……人殺し」
「え……わた、し…は『悪い魔女』を……」
「人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺しひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシ……」
憎しみと
「ちが、う。だって私は正義の……」
だって知らなかった……。そんな事キュゥべえは一言も教えてくれなかった。
私はずっと人のために、自分を殺して頑張ってきたのに。
「ヒトゴロジ……ビトゴロジ……ビドゴロジ……ビドゴオボジィ……」
血の混ざった唾液が言葉と共にこぼれて、言葉を
「いや……嫌よ」
私を責めないで!私を非難しないで!私を傷つかないで!私を苦しめないで!私に触れないで!
私に私に私に私に私に……。
「嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ァ――――――!」
はっと目が覚めて、私は自分がどこにいるのか確認する。
見覚えのある天井。15年間見てきた私の部屋の天井。
「あれは……夢だったのね」
ポツリと一人
安堵が私の中に広がる。人心地が付くと、自分が寝汗をかいている事に気が付いた。
今見た光景は夢だった。でも、魔女が元魔法少女であり、魔女を私が殺してきた事は紛れもない現実でしかない。
知らなかったとはいえ、私の犯した罪は決して消えない。夢の中のあの魔法少女のような存在から幾度も命を奪っていた。
私はこれからどうすれば良い? 何を指針にして生きていけばいいのか、さっぱり分からない。
今までは正義のためにと思って行動していたのに。
私は今まで何のために戦ってきたのだろう。
「お父さん……お母さん……」
ずっと、堪えてきた自分の弱さをもう隠す事ができない。
ベッドの近くに置いてある大きな熊のぬいぐるみを抱きしめる。自分の顔を隠すようにぬいぐるみに顔を埋める。
助けてほしい。
誰でもいい。私をこの苦しみから救ってほしい。
甘えたい。縋りたい。泣き付きたい。
どうしようもなく情けない想いが私の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
『随分と元気がないようだね? どうしたんだい、マミ』
急にかけられたその声に反応して、私はぬいぐるみに埋めた顔を上げ、ベッドの脇に目を向けた。
当たり前のようにそこに居たのは、私が友達“だと思っていた”キュゥべえだった。
「キュゥべえ……」
『おはよう、マミ。今日は顔色が優れないようだけど大丈夫かい?』
私の体調を気遣うような優しい台詞。
けれど、私にはもうその台詞から白々しさしか感じられなかった。首を傾げた可愛らしいポーズにさえ、機械的に見えてしまう。
「しばらくぶりね。夕田君から、魔法少女の秘密は聞いたわ」
何故教えてくれなかったのという抗議の意味を込めて、私はきつい口調でキュゥべえに言った。
もうキュゥべえを信じる事はできなかった。でもせめて、キュゥべえの口から言い訳が聞きたかった。謝罪の言葉がほしかった。
『ああ、政夫は君にもその事を教えたのか。一体どこから手に入れた情報なのか言っていなかったかい? 本当に不思議な人間だよ、彼は。魔法少女としての素養もなく、ボクがわざわざ姿を現さなければ、視認する事さえできないのに何故そんな情報を知りえたのか非常に気になるよ』
けれど、キュゥべえは少しも悪びれる様子もなく、私にそう返した。それどころか私の事には興味がないような
私は理解してしまった。キュゥべえにとって私はただの道具でしかなかったという事に。
私たちの間には友情なんて欠片も存在していなかった。
自分の中の何か大切なものが突然ガラクタだと知ったような救いのない気分になりながらも、私は震える声でキュゥべえに尋ねた。
「……最後に一つだけ聞かせて。お父さんが運転していた車が急に事故を起こしたのは、あなたが原因だったの?」
『どうしてそう思うんだい?』
キュゥべえには何の動揺も見られない。紅いガラス玉のような瞳に険しい顔をした私が映りこんでいるだけ。
「今までは考えた事もなかったけれど、あの時のあなたの登場はどう考えても都合が良すぎるわ。これも夕田君が言っていた事だけど、もしも急に『キュゥべえが運転中のお父さんの前に姿を現した』としたらあのいきなり起きた事故にも、都合の良いあなたの登場にも納得がいく」
『マミは長年一緒に過ごして来たボクよりも、会ってそう日も経っていない政夫の言う事を信じるのかい? ボクとマミは友達だっただろう?』
否定するわけでも、肯定するわけでもなく、話を
その様子に私の
「話を逸らすのはやめて! 私がほしいのはそんな台詞じゃない!」
『今更そんな事を知ったところで一体何の意味があるんだい? ボクの答え次第でマミの両親が生き返るわけでもないだろう? 終わった事を何時までも気にするなんて訳が分からないよ』
「キュゥべえっ!!」
『確かにマミの父親に姿を見せたのは事実だよ。でも、それが直接の事故の原因になったかなんて、もう誰にも確かめる
誤魔化しから一転して、開き直ったようにあっさりとキュゥべえは私に話し出す。
『あの時のマミは特に明確な願望を持っていなかったから、ボクとしては君が事故に合ってくれたおかげで契約ができて良かったけどね』
空々しい声がどこか遠く頭に響く。
怒りや悲しみよりも、空しさが心を圧迫する。
「そう……やっぱりあなたが……」
いつの間にか握り締めていたソウルジェムから、マスケット銃が飛び出す。
無意識の内に殺意が形になっていた。
私が今こんなにも苦しんでいるのは『コレ』のせいか。
私が今こんなにも傷つかなければいけなかったのは『コレ』のせいか。
『ボクを殺すのかい? 無駄だよ。マミだって見ただろう? 代わりなんていくらでも……』
何時になく、落ち着いた気持ちで構えて、そして、引き金を引いた。
キュゥべえの頭が
それをぼんやりと見つめて一つだけ頭に
ああ、
これはもう駄目かもしれませんね。本当は明るい話にしようかと思っていたのですが……。
というか、キュゥべえさんがまったく出てこないので書かなきゃいけないなと思って書いた話なのでご容赦してください。
ちょっとぐらいシリアスなのもいいですよね!