魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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前回までのあらすじ

第五十七話を見てください!


第五十八話 半分の罪

 周囲の光景が一瞬の内に薄暗い未改装のフロアから不自然な闇の中に変わった。

 『不自然』というのは地面は足元が見えないほど暗いのに、上の方は驚くほど明るいからだ。多少見づらい程度で周囲も十分視認することができる。

 まるで作り物のような“調整された闇”。ここが僕の知る常識を超えた場所であることをまざまざと見せ付けてくる。

 近くに支那モンが居ないところを見ると、奴は魔女の結界に取り込まれる前に咄嗟(とっさ)に逃げたらしい。もっとも別に居なくても何も問題はないし、むしろ鬱陶しい発言をされないだけありがたい。

 

「さて、どうしましょうか? 巴さん」

 

 隣に居るパジャマ姿の巴さんに問いかける。

 自分で口にしておいて何だが、びっくりするぐらい白々しい台詞だ。こうなることを見越してやったのだから。

 

「どうしましょうかって……この結界の魔女を倒すしかないじゃない」

 

 僕の発言にどこか複雑そうな顔で巴さんは、あのどこぞのウェイトレスのような魔法少女の姿に変身する。魔女になるのを(まぬが)れたとはいえ、流石に魔女を倒す覚悟はできていないようだ。

 だが、ここで巴さんに魔女を倒す覚悟を決めてもらわなければ、どの道彼女は魔女になってしまう。いや、それ以前に僕が死ぬことになる。

 こうなることは分かっていたが、せめて遺書ぐらい書いてきた方が良かったかもしれないな。

 

「それじゃあ、お願いします。か弱い僕を守ってください」

 

「最近気付いたけど、夕田君って食えない人ね」

 

「よく言われます」

 

「……ふふ」

 

 巴さんは呆れたような笑みを僕に浮かべる。さっきまでの何もかも諦めた笑みよりはずっと良い。少しは活力が戻ってきている証拠だ。

 ここで一番恐ろしいのは、巴さんが不安定になって恐慌状態に陥ることだ。もちろん、ここは魔女の結界の中だから慎重にならなくてはいけないが、それ以上にしなくてはいけないのは『ライン引き』だ。価値観の変動といってもいいかもしれない。

 巴さんの中で『魔女を倒す』という行為を許容のラインまで引き上げる必要がある。

 

「じゃ、早速エスコートして頂けますか?」

 

「そういうのは普通、女性が男性に言うものよ?」

 

「ジェンダーフリーって奴ですよ。僕、男女共同参画社会主義者なんで」

 

「……本当にあなたって口がうまいのね」

 

「恐縮です」

 

 そんなふざけた会話をしつつも巴さんは僕の前に立って、しっかりと守ってくれている。

 僕が普通の人間だということが分かるのか、僕を狙って飛び掛ってくる黒い影でできたような蛇の使い魔を一発も撃ちもらさずに倒していく。

 思考を切り替えているのか、その姿には一片の迷いもない。そこら辺は歴戦といったところだ。

 しかし、使い魔を倒すのは許容範囲なのか。魔女は駄目なのに。一般人の僕としてはちょっと理解に苦しむ。

 

 

 しばらく、この結界内を歩いた後、難なく最深部らしき場所に着いた。

 それにしても、魔女の結界というのは魔女によってかなり違うようだ。僕が入った結界は蝶の(はね)が生えたナメクジの魔女のものと、デフォルメされた羽根の付いたテレビの魔女のものと、ここで三つ目になる。前者の二つはカラフルで毒々しい印象があった。

 けれど、この結果は暗くて色が極端に少ない。ほとんど全てが白と黒だけで、あとは奥の方に見える太陽の塔が辛うじて赤色をしている。

 

「あれが……この結界の魔女よ」

 

「へえ、あれが……」

 

 太陽の塔のすぐ近くにこちらに背を向けるようにして、黒い人影があった。

 あれがこの結界を作り上げた魔女か。今まで一番人間の形に近いな。仮に『影の魔女』とでも呼んでおこう。

 影の魔女は僕らに反応する様子もなく、太陽の塔に祈りを捧げるかのように(ひざまづ)いている。もしかしたら動かないのではなく、下半身が床と融合して動けないのだろうか。

 

 しかし、それよりも重要なのは巴さんがあの影の魔女と戦えるかどうかだ。このグリーフシードは昨日の戦いで得たものだと暁美は言っていたし、最終的に影の魔女に止めを刺したのは巴さんだとも聞いた。つまりは交戦経験というアドバンテージがある。

 初見の魔女よりは戦い易いはずだ。もっとも、向こうの魔女にもひょっとしたら巴さんと戦ったことを覚えている可能性もあるので楽観はできない。

 

「………………」

 

 巴さんは複雑そうな表情で影の魔女を見つめながらも、マスケット銃をベレー帽から地面に何本か出現させて臨戦態勢を取る。

 影の魔女も微動だしないが、魔女を守るように影の蛇が数匹横一列になって真っ黒い床からぬっと生えた。襲い掛かろうとせずにこちらの様子を探っている。

 

「巴さん」

 

「夕田君、悪いけど今は喋っている余裕は……」

 

「そんなに魔女と戦いたくないですか?」

 

「っ……!」

 

 魔女と使い魔から目こそ逸らさなかったが、巴さんの顔に動揺が走る。

 今の状況がどれだけ危険かは理解している。自分の発言で巴さんがどういう反応を示すかも承知の上だ。

 けれど、それでも言わなくちゃいけない。今のままの巴さんが変わる転機はこの時を()いて他にはないだろう。

 

「だったら、僕を置いて逃げればいいじゃないですか」

 

「そんな事できる訳ないでしょ!?」

 

 巴さんが後ろに居る僕に振り返って怒鳴った。

 その瞬間、影の蛇が一斉に僕ら目掛けて飛び掛って来る。巴さんは軽く舌打ちをしてマスケット銃を地面から引き抜いて、飛んできた影の蛇を一匹一匹精確に打ち落としていく。

 影の蛇はマスケット銃の弾丸に当たると砕け散るように四散して、煙状になって消えた。全ての蛇を撃破すると巴さんは安心して肩を落とした。

 

 危なかった。巴さんの戦闘技術を信用していたとはいえ、一歩でも間違えたら巴さんも僕もあの影の蛇に食いちぎられていたかもしれない。分かっていたが本当に命懸けだ。

 物理的な脅威に肝を冷やしつつも、僕は恐怖など微塵も感じていないかのように淡々と喋る。

 

「どうしてですか? あなたは『正義の味方』じゃないんでしょう。僕を助ける理由なんてありませんよ? 今だって僕のせいで命を落としかねなかったじゃないですか?」

 

「どうして!? そんなの私が夕田君に死んでほしくないからに決まってるじゃない!!」

 

 巴さんは僕が見たことないほどの剣幕で怒っていた。穏やかで取り乱した時ですら、ここまで大きな声をあげたりはしなかった。

 ここまではっきりと言い切ってもらえると正直嬉しい。巴さんの中では僕の存在はそれなりに大きいようで何だか気恥ずかしくも感じる。

 

「その理由は、巴さんが魔女を殺す理由に足りえますか?」

 

「!……夕田君……。まさかそれを言うために……」

 

「答えてください。巴さん」

 

 巴さんに詰め寄り、瞳の奥を覗き込む。

 ここが正念場だ。戦う理由を与えてあげられるかどうかで彼女の行末(ゆくすえ)が決まる。

 

「私は……――っ、魔女が!」

 

 巴さんが言葉を(つむ)ごうとしていた時、突如今まで静観していた影の魔女が動きを見せた。

 何と言い表せばいいのか正しいのか分からないが、しいて言うならそれは真っ黒い巨大な大木のようだった。こちらに目掛けて巨大な真っ黒い大木が早送り映像のような速さで迫って来ている。

 

「夕田君は私の後ろに!」

 

 そう言うと巴さんは僕から魔女へと向き直り、黄色いリボンを出現させる。そのリボンが寄り合わさり大きな銃の姿に構成された。

 かつて、蝶の(はね)が生えたナメクジの魔女を一撃で粉砕した巨銃。巴さんの必殺の武器。

 恐らく、あの影の魔女を一撃で葬り去ることが可能だろう。だからこそ、今の巴さんにそれが使えるのか疑問だ。

 

 だが、影の魔女が伸ばす巨大な影の樹木はそうこうしている間にもこちらへと距離を縮めてくる。魔女の方もこの一撃で終わらせる気なのだろう。

 巴さんは巨銃を支えながらも、弾丸を発射させる様子はない。

 よく見るとその肩は小さく震えていた。まるで臆病な幼い子が悪いことをする一歩手前で良心が痛み出したようなそんな震えだ。

 こうしている瞬間も巴さんの中では『魔女を殺す』ということに葛藤があるのだろう。

 

「巴さん」

 

 僕は彼女を後ろから抱きしめた。

 

「夕、田くん?」

 

 唐突な僕の行動に巴さんは戸惑う素振(そぶ)りをする。けれど、僕はそれを無視して喋る。

 

「あなたが魔女を殺すことが罪だと言うのなら今は僕も一緒に背負います。僕には戦う力はありませんから全部は無理ですけど、せめて半分だけは背負わせてください」

 

 酷い男だと自分でも思う。今、僕は罪悪感に(さいな)まれている女の子に『殺し』を強要させている。

 半分背負うから、お前も半分背負えと共犯者に仕立て上げている。

 

「だから、巴さん。あなたも背負ってください」

 

「……夕田君。あなたって本当に食えない人ね。いいわ、私も背負う。だから一緒に」

 

「はい。一緒に」

 

 迫りくる黒く巨大な影の樹木が僕らの目と鼻の先ほどの距離まで近づいてくる。回避はもはや不可能だ。直撃すれば死は免れないだろう。

 

「ティロ……」

 

 しかし、避ける必要なんてない。

 

「「フィナーレ!!」」

 

【挿絵表示】

 

 

 巴さんと声を合わせて僕は叫んだ。

 銃口から黄色に輝く弾丸が発射されて、影の樹木を縦に引き裂いて飛ぶ。弾丸は輝きを増して、薄暗い闇を切り裂いて空間に黄色の軌跡を描いた。

 まったく勢いを殺さないどころか、弾丸はさらに加速をして影の魔女へと狙いを定める。

 影の魔女を守るように無数の影の蛇が現れ、壁状に固まるが、黄色の軌跡はそれを容易(たやす)く打ち砕いた。

 

 影の魔女が最期に一瞬だけ僕らの方に振り向いたように見えた。真っ黒でのっぺりと目も鼻もないその顔がなぜか僕には巴さんを(うらや)んでいるみたいに思えた。

 

 周囲の空間が歪み、不気味な世界からショッピングモールの未改装のフロアに戻っていく。

 (ほこり)っぽい不衛生な空気が無性に安心感を(かも)し出してくれた。今ならゴキブリすら愛おしく……いや、流石に無理だな。

 

 魔法少女の衣装から、再びパジャマの格好に戻った巴さんは僕に深々と頭を下げた。今気付いたが、履いているものも靴ではなくサンダルだ。どれだけ混乱していたかがよく分かる。

 

「ごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに、夕田君を危険な目に合わせてしまって……」

 

「それは僕が勝手にやったことですよ。それに初めて会った時に命を助けてもらった恩もありますし」

 

「でも、先輩として、魔法少女として、とても恥ずかしい行為だと……」

 

 申し訳なそうにする巴さんだったが、クゥ~と可愛らしく彼女のお腹が鳴った。真面目な話をしていた途中のことだったので、そのギャップが微笑ましくてつい笑ってしまう。

 

「くっ、あはははは」

 

「ち、違うの。今のは。ちょっと、そんなに笑わなくたっていいじゃない! 夕田君のいじわる」

 

 恥ずかしそうに怒る巴さんは、いつもよりも幼く見えて可愛らしく感じた。年上然としている彼女よりも(しょう)に合っているのかもしれない。

 ジャンパーから携帯を取り出してジーパンのポケットにしまうと、ジャンパーを巴さんに羽織(はお)らせる。冬ではないが、パジャマのままでは流石に寒いだろう。

 

「ごめんなさい。お詫びに昼食(おご)りますから機嫌直してください」

 

「ずるい人ね。夕田君は」

 

 巴さんに謝りながら、床に落ちていたグリーフシードを拾ってじっと眺める。

 今回は巴さんが助かっただけじゃなく、思わぬ収穫があった。

 それはグリーフシードがリサイクル可能だということだ。このことをうまく使えば、魔法少女の魔女化の可能性をある程度減らせるかもしれない。

 あとで暁美とも相談する必要がありそうだ。

 




今回でマミさん編終了と言ったところでしょうか?
本来ならここで政夫は死んでいたかもしれませんが、皆様が意外と政夫に好意的だったので死にませんでした。

あと、今更なんですが、政夫のキャラ設定出した方がいいでしょうかね?
多分、読んでれば大体想像できると思いますからなくていいと思いますけど……。

ちなみに「みてみん」というイラスト投稿サイトに政夫のイラストを絵凪さんに描いてもらったことがあるので良かったら見てください。すぴばるにあるのの拡大版ですが。

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