魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第六十三話 唐突な凶行

 ショックだった。

 織莉子姉さんが「殺す」なんて言葉を使ったことに、その対象が鹿目さんだということに。

 そして何より織莉子姉さんが見た未来では鹿目さんが支那モンと契約していたということが、僕にはとてもショックだった。

 今までやってきたことは全部無駄だったと告げられたような気分にされた。言葉ではうまく表せない脱力感が胸の中でわだかまる。

 それでも、織莉子姉さんにそんな思いを気取(けど)られぬように注意して質問を投げかける。

 

「その女の子の名前って分かるんですか?」

 

 ここで名前が知られているかで鹿目さんの置かれている状況の危険度が変わる。

 僕は内心で緊張しながら、織莉子姉さんの答えを待つ。

 

「いいえ。私が視る事ができるのはあくまで『未来の映像』のみよ。音声も聞こえれば名前を知りえたのに……残念でならないわ」

 

 その答えに僕は表情に出さないようにしながらも、心の中で安堵の吐息を漏らした。

 よかった。なら、すぐさま織莉子姉さんが鹿目さんを狙うことはないだろう。

 だが、次の台詞で僕の安堵はいともたやすくかき消された。

 

「でも、特徴的な色の髪をしていたから見つけ出すのにそう苦労はしないと思うわ」

 

 そうだったー! 鹿目さんの色はピンク。この見滝原市でもそうはお目にかかれないヘアカラーだ。一瞬でも視界に入れば見間違うことはまずありえない。

 でも、十代で白髪の織莉子姉さんも人のこと言える立場じゃないと思う。

 

「へえ。ちなみにどんな色しているんですか? その子」

 

「薄いピンク色だったわ。髪型は両サイドをリボンで束ねていたと思う」

 

 ああ、やはり鹿目さん本人なのか。紙のように薄い確率だったが、別人という可能性は完全に消えた。

 僕が思考を巡らせていると今度は織莉子姉さんが話を切り出してきた。

 

「そろそろ、まー君が魔法少女について何故知っているのか教えてくれないかしら?」

 

 まあ、ここまで話してもらったからには僕の方からも情報を開示するのが筋だろう。

 頭の中で織莉子姉さんに聞かせても良い情報だけを抽出して喋る。

 

「僕が魔法少女について知っているのは、転校初日にショッピングモールの奥で使い魔に襲われていたところを魔法少女に助けたもらったからです。その僕を助けてくれた魔法少女に少しだけ教えてもらいました」

 

 嘘は決して吐いていない。ただ鹿目さんと美樹の存在、あと暁美の話をまるまる端折っただけだ。

 もともと、魔法少女のことを最初に教えてくれたのは巴さんだけだったのだから何の問題もないだろう。

 

「その魔法少女の名前は?」

 

 当然この質問が来ることは想定内だが、果たして本当に言ってもいいのか悩みどころだ。だが、下手に嘘を吐くと後々厄介になってしまう。

 ここは誤魔化さず、正直に教えておくとしよう。名前を伝えることで織莉子姉さんが何らかの反応を示すかもしれないしな。

 

「巴マミ、と名乗ってました」

 

「巴マミね……覚えておくわ」

 

 織莉子姉さんには別段変わった反応はなく、どうやら初めて聞いたという印象だ。恐らくはこの街の魔法少女については知らないと見える。

 そういえば、前にファミレスで暁美に魔法少女について聞いた時にあいつは「私の知らない魔法少女が居たこともあった」と言っていた。その魔法少女とは織莉子姉さんのことである可能性が高い。

 もし僕のこの推測が正しいのなら……織莉子姉さんが実際に鹿目さんを殺した世界もあったのかもしれない。

 

 その後、紅茶を無理して飲み干し、お互いのメールアドレスと電話番号を交換して織莉子姉さんの家から出た。

 もっとゆっくりしていくよう言われたが、これ以上居ると(さと)い織莉子姉さんに僕が情報を隠していることに気付かれかねない。僕自身一人で考えたいこともあったので早々にお(いとま)させてもらった。

 あと、これ以上紅茶を飲まされると紅茶が嫌いになりそうだったせいもある。

 

 

 

 バス停にちょうど良く到着していたバスに乗る。

 日曜日だということもあり、それなりに人も乗っていたが席に座れないというほどではなかった。

 僕は一番後ろの窓際の座席に座ると、窓の外を眺めながら思考に没頭する。

 果たして僕はあそこで鹿目さんのことを言わなくて本当によかったのだろうか?

 もしもどうやっても鹿目さんが『最悪の魔女』になることが決定付けられているのなら織莉子姉さんの主張の方が正しいのではないか?

 いや、そもそも僕は鹿目さんの味方に付きたいのか? それとも織莉子姉さんの味方をしたいのか?

 そんな疑念が脳の奥から次々と沸いてくる。

 いつも自分の意見が絶対的に正しいなんて思ったことはないが、納得できる選択肢を選んできたつもりだった。でも、今度はどうすればいいのか具体的な選択肢すら浮かんでこない。

 複雑な心境を抱えながら最寄のバス停で降りると隣から声をかけられる。

 

「あの……」

 

「え? ああ、呉先輩じゃないですか。偶然ですね」

 

 振り向くとそこには呉先輩が立っていた。

 紺の色のカーディガンに黒いスカートという全体的に暗めのファッションをしていた。好みの服装までとやかく言うつもりはないが、表情が基本的に暗い印象があるから個人的には服装は明るくしていた方がいいと思った。

 

「ボクの事……覚えててくれたんだ。嬉しいな」

 

 少し恥ずかしそうに呉先輩は、はにかんだ笑顔を見せる。

 

「いや、一昨日会ったばかりなんですから流石に忘れませんよ。記憶力はいい方ですしね」

 

「そっか。政夫君、頭良さそうだもんね」

 

「そうですか? 少なくても僕は今まで自分が賢いなんて思ったことはないですけど……」

 

 呉先輩は前に会った時よりは多少だが確実に明るくなっていた。いい傾向だと思う。きっとこの調子でクラスの輪に入って行けるだろう。

 魔法だの何だのと関係のない呉先輩と話していると気が休まる。休日なのに少しも落ち着けなかったから、ちょうどいい気分転換になりそうだ。

 うーん、ホッとしたら急にお腹が減ってきた。織莉子姉さんのことが心配になって朝ご飯も食べずに飛び出して来てしまったからな。

 

「それで今日はどうしてこんなところに? どこかにお出かけですか?」

 

 バス停の近くに居たからどこかに行こうとしているのかと思ったが、呉先輩は首を横に振った。

 

「ううん。ちょっとお昼を外で食べようと出掛けたら、たまたま政夫君がバスから降りるところを見かけたから声をかけたんだけど……ダメだったかな?」

 

「いえ、そんなことないですよ。そうだ、よかったら昼食をご一緒しませんか?」

 

 自分で言っておいて軟派のような発言だと思ったが、今は魔法少女のことと関係ない人と少しでも長く過ごしたかった。

 今後のことを深く考えるためにも気分がリフレッシュすればいい打開策も浮かぶかもしれない。

 

「え……。い、いいよ!うん、喜んで!」

 

 急すぎる誘いなので断られるかもしれないと思っていたが、予想以上に歓迎されてむしろ僕の方が面食らった。

 ここまで喜ばれるということは、相当人に飢えていたのかもしれない。クラスで孤立していると自分で言っていたしな。

 なら、少しでも呉先輩が明日クラスに打ち解けられるように、僕が会話の練習台になってあげたいところだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、どこに行きましょうか?」

 

 興奮気味な様子の呉先輩に苦笑いを返しつつ、行き先を聞く。

 

「うんと……、まだ決め手ないけど……ファミレスでいい?」

 

 ファミレスか……。この近くのファミレスっていうと、暁美と最初に入ったあそこのことだよな。

 あのファミレスには何の因果か、『一口も料理を食べられない』というジンクスがあるから正直行きたくないのだが……。

 

「いいですよ」

 

 まあ、大丈夫だろう。今回はいけるはず。何より、呉先輩が自分から提案したことを無下(むげ)に却下してしまうと、拒否されるのを恐れて自分から案を出すということができなくなってしまうかもしれない。これはコミュ障の人間にありがちなことだ。

 今日は呉先輩に自信をつけさせてあげるためにも可能な限りは彼女の意思を尊重してあげたい。

 

 

 

 ファミレスに着いて中を外から覗くと、日曜の昼前だけあって相当混み合っていた。

 想定はしていたとはいえ、実際に()の当たりにするとげんなりせざるを得ない。家族連れが多いせいかなかなか席が空かない。

 会計の前にある待ち合いゾーンすら、人がぎっしりと詰まっている。早くても二十分は確実に待たされそうだ。

 

「混んでますね。どうします?」

 

「ごめん……ボクがここがいいって言ったせいで」

 

 しょんぼりした風に俯いて謝る呉先輩に僕は軽く笑って、手を横に振った。

 

「気にしないでください。こういうのよくあることですし」

 

 だが、流石に僕のお腹の方も本格的に空いてきている。近くにハンバーガーショップでもないかと見渡すと、今はあまり会いたくない奴を見つけてしまった。

 向こうは最初から僕を捕捉していたようで真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

「こんにちわ。あけ……ほむらさん」

 

 なぜか後ろの方で戦闘機の羽のように二股に分かれた黒髪の顔立ちの整った女の子、暁美ほむらが僕の前に来る。

 珍しく制服じゃなく、無地のレースの付いたブラウスと薄紫色のキュロットスカートを着ている。こいつの私服を見たのはこれが初めてだ。

 なかなかいいファッションセンスだ。常に制服を着たきりの暁美のセンスとは思えない。多分、昨日鹿目さんとデートした時に選んでもらったものだろう。

 

「政夫。今、また『暁美さん』って言おうとしたわね」

 

 一見無表情のように見えるが微妙にムッとした表情で暁美は僕に文句をつけた。

 本当に呼び方に拘るなぁ、こいつ。前は自分に似合ってない名前とか言っていたのに。

 けど、出会ってからずっと苗字で呼んでいたせいで、僕の中ではもう苗字呼びで固定化されている。今更名前呼びにしろと言われても慣れないのだからしょうがない。

 

「いや、そんなことないよ? それより可愛い格好だね。よく似合ってるよ」

 

「……この服は昨日まどかに選んでもらったのよ」

 

 やはりそうか。こいつに年頃の女の子らしいお洒落をするような思考回路を持ち合わせてはいなさそうだからな。

 暁美は大好きな鹿目さんが選んだ服を褒められてか、やや照れて顔を逸らしつつも嬉しそうだった。張り詰めた顔をしているより女の子らしい表情をしている方がいいな。

 

「……政夫君? その子は?」

 

 呉先輩が僕の後ろで暁美について聞いてきた。

 そうだった。暁美に反応していたせいで呉先輩と話が途切れてしまっていた。キャラの濃さでは同じ黒髪コミュ障でも段違いだ。

 

「僕の友達の暁美ほむらさんです。僕と同じ転校生で、転校してきた日まで一緒なんですよ。ちょっと凄いですよね」

 

「……ふーん」

 

 少し面白くなさそうな顔で呉先輩は暁美を一瞥(いちべつ)した。

 その気持ちは分からなくもない。友達が自分の知らない友達と仲良く喋っているのを見ると疎外感をどうしても感じてしまうものだ。

 

「ほむらさん、こちらは呉キリカ先輩。僕らの一つ上の――」

 

 暁美に対しても紹介しようとしている途中、暁美がいきなり魔法少女の格好に変身した。

 あまりのことに僕と呉先輩が唖然としていると暁美は強張(こわば)った表情で、手に付いた盾状の物体から一丁のハンドガンを取り出した。

 

「え?」

 

「なっ……」

 

 銃口を呉先輩に向けて、構える。呉先輩を撃とうとしているようにしか見えなかった。

 意味がまったく理解できなかったが、とっさの判断で呉先輩を(かば)うように前に立つ。

 

「退きなさい、政夫。そいつを殺せない……!」

 

 気が触れたとしか思えない暁美の行動に着いていけず、僕はただ呉先輩を守るように立ち(ふさ)がることしかできなかった。

 




ヤンデレ魔法少女に愛されてお昼も食べれない政夫ちゃん。

……ギャグになっていませんね。
おりこマキガを読んでいる人はほむらの行動の意味が分かると思います。でも、読んでいない人と政夫には気が触れた行為にしか見えません。




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