魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第六十五話 間違った方向

 僕は暁美を連れて自宅へと戻ってきていた。

 玄関から中を軽く覗くと父さんはリビングには居ないようだった。鍵が掛けられていないので外出はしてないはずだ。十中八九、自室で今担当している患者の資料を読んでいるのだろう。

 あまり関係ないが、父さんは基本的に患者一人ひとりに合った治療法を自分で考えて作っている。

 その間は絶対に騒いではいけないのが我が家の唯一の家訓だ。

 本当に仕事一筋の人間なので趣味や娯楽の(たぐい)をしない。本人に聞いたところ、人を理解してく精神科医という仕事自体が楽しみのようなものだと語っていた。

 幼い頃は自分に構ってくれないそんな父さんが嫌いで、母さんにべったり甘えていたが、いくらか見識が広まった現在の僕はそれが誇りに思えるようになった。

 

 僕としては暁美を家に上げる説明をしなくて済むので、むしろよかった。

 父さんのことだから変な勘ぐりなどは決してせずに軽い挨拶程度で済ませてくれるだろうが、逆にそれが返って恥ずかしい。

 まあ、当然ながら僕は暁美に対して『そう言った気持ち』は欠片も抱いていないが。

 

「上がって」

 

「お邪魔するわ……」

 

 いつになく、しおらしい暁美がおずおずと僕に促され、家の中へ入ってくる。僕の表情が怒ったままなのが効いているようだ。

 玄関から家に侵入するのは初めてなせいか、少しぎこちない。

 来客用のスリッパを出してやろうかと思ったが、そんなことを気にするタイプの人間じゃないだろう。

 

 無言で自分の部屋まで行き、暁美が入るのを待って部屋のドアを閉めた。

 椅子に座って、暁美を睨みつける。空腹なのを抜きにしても、僕は暁美にイラだっていた。

 別に命令したわけでもないのに暁美は黙って正座をする。

 

「それで……聞かせてくれるんだろうな。さっきのふざけた行動の理由を」

 

 語調を強めて、普段はあまり使わない喋り方で暁美を問い詰める。

 少しの逡巡した後にゆっくりと暁美は語り始めた。

 

「かつて、私が巡った時間軸の世界に美国織莉子という女が居たわ」

 

 その一言は呉先輩と繋がりがなく、また不意打ち気味で織莉子姉さんの名前が挙がったことで僕の内心を動揺させた。

 だが、意識的に押さえ込んで、その動揺を顔に出さずに暁美の話を促す。

 

「続けて」

 

「彼女は未来を視る魔法でまどかが魔女になり世界を滅ぼすという未来を予知して、まどかがキュゥべえと契約して魔法少女になる前に殺害しようと目論(もくろ)んだ」

 

 やはり、他の世界の織莉子姉さんも鹿目さんを殺そうとしたのか。予想はしていたが実際に聞かされると不快な気分にさせられる。

 しかし、それは呉先輩とは何の関係もない。

 (いぶか)しく思いながらも黙って耳を傾ける。

 

「その美国織莉子の協力者……いえ、手下と呼んだ方が合っているかしら。それがあの呉キリカよ。奴らは徒党を組んでかつての時間軸のまどかを殺したわ」

 

 よほど織莉子姉さんと呉先輩に恨みがあるのか、暁美の言い方には侮蔑と憎悪がこもっていた。

 苦々しく表情を歪めて吐き捨てるように言葉を(つむ)ぐ。

 

「だから、あの女はさっさと殺しておくべきだったのよ」

 

 他の世界の呉先輩と織莉子姉さんにそんな接点があったのか……。そして、違う世界の呉先輩は魔法少女なんかになってしまったのか……。

 非常に残念な気持ちになるが、それをひとまず置いておいて暁美に聞く。

 

「魔法少女になって、鹿目さんに牙を()く『可能性がある(・・・・・・)』から?」

 

 あえて『可能性がある』の部分だけを強調するように言った。僕の言葉に含まれる意味に気付いてくれると信じて。

 だが、暁美はそれに気付く素振(そぶ)りを見せず、むしろようやく解ってくれたのかと喜びの表情さえしていた。

 

「そうよ。まどかを殺すかもしれない呉キリカは魔法少女になる前に始末しておいた方が……」

 

「どう違う?」

 

「え?」

 

 僕の疑問をまるで理解していない暁美に冷めた目で僕は尋ねた。

 静かな怒りが低い声となって声帯を振るわせる。

 

「それは『最悪の魔女になって世界を滅ぼすかもしれないから』という理由で鹿目さんを殺した美国織莉子とお前のやろうとしたことは、どのくらいの差があるのかと聞いているんだ」

 

「ち、違う。私は……美国織莉子とは違う!?」

 

 その暁美の見苦しい弁明に留まっていた僕の感情が爆発した。

 脳のどこかががりがりと嫌な音を立てているような錯覚すらした。

 

「どこが違うんだ! 『かもしれない』で人の命を奪おうとするその理不尽な行いのどこに正当性がある!? ふざけるんじゃない!」

 

「私は、私はただ……まどかを守ろうと――」

 

 本人にはそのつもりはなかったかもしれない。だが、鹿目さんに責任を押し付けるようにしか聞こえなかった。

 僕ももう完全に冷静さを欠いていた。感情に任せて、暁美の頬を叩いてしまった。

 やってしまった後に、思考が落ち着きを取り戻す。

 

「その先は言わないで。僕はほむらさんのことを軽蔑したくない」

 

「政夫……」

 

 驚いたような目でこちらを見つめる暁美に僕は頭を下げた。

 

「ごめん。君の顔を叩いたことは謝るよ。でも、僕が言ったことについては謝る気はないから」

 

 その後、暁美に帰ってもらってから、熱くなって暴力を振るってしまった自分に自己嫌悪をした。

 自分をコントロールできなくなることが嫌いだったはずなのに。今の僕は人として失格だ。

 それでも僕は織莉子姉さんがやろうとしていることも、暁美がしようとしたことも間違っているとしか思えなかった。

 

 

 

 

 

~キリカ視点~

 

 

 なんで。なんで。なんで。

 なんでボクがこんな思いをしなきゃならないの? ボクが何をしたっていうの?

 訳が分からない。理不尽すぎる。

 瞳から(こぼ)れ落ちる涙が視界を歪める。でも、ボクは足を止めずに走り続ける。

 一歩でもあの場所から離れたかった。政夫くんに顔を見られたくなかった。

 

 今日政夫くんと会って時は胸の中が喜びでいっぱいだった。

 彼はボクの事を初めて理解してくれた人だから。ボクの事を本当の意味で見てくれた人だったから。

 そんな彼に一緒にお昼ご飯を食べようと誘われた瞬間は舞い上がるほど嬉しかった。夢なんじゃないかって疑ったほどだ。

 それなのに……それなのに!

 急に変な女が現れて、何もかもぶち壊して行った。

 ――暁美ほむら。 

 ……あの女だ。全部あの女が悪いんだ。

 いきなりボクに銃を突きつけてきて、それで……。それで――。

 

『僕が愛しているのは君だけだ!』

 

 政夫くんの声が頭の中で再生される。一番聞きたくない台詞が鼓膜に張り付いて離れてくれない。

 

『ごめんね。恋人に勘違いさせちゃうなんて彼氏失格だよ』

 

 やめて! その女にそんな言葉を吐かないで! その女にそんな優しい声で(ささや)かないで!

 自分の心が引き裂かれていくのが解る。胸の奥を痛みが蹂躙しているのを感じる。

 消えてなくなってしまいたいほど辛い。苦しい。悲しい。

 こんな痛みを感じるくらいなら、あの女に銃で撃ち殺された方がずっとマシだった。

 

 顔を下に向けて、何も見ないようにひたすら前へと走り続ける。

 肺が痛みを(うった)えても構わない。そんな痛みなんかボクの心を駆け巡る激痛に比べたらどれほどのものでもない。

 道中、何人か人とぶつかったが、気にしている余裕はなかった。ただ今居る場所から逃げ出したかった。

 

 どれくらい走っただろうか。ボクは今まで来た事のない場所に立っていた。

 薄汚れた路地裏の一角。汚くて、臭くて、ジメジメとしている。周りには誰も居ない事だけが救いだった。

 乱れた呼吸を元に戻そうとするが、しゃくり上げてくる嗚咽がそれを邪魔する。

 

「ひっく……ひっく……」

 

 こんな所で一人ぼっちで泣いている自分が酷く惨めに思えた。

 政夫くんに相談して、ようやく嫌いな自分(ボク)から変われると思っていたのに、結局全部駄目だった。

 

「変わりたい……変わりたいよ……」

 

 誰に言うでもないボクの情けない台詞が(のど)の奥からあふれ出してくる。

 

「こんな惨めなボクから変わりたい……」

 

 薄汚い地面を泣きながら見つめて、馬鹿みたいに大きな声を上げた。

 

「変わりたいよぉ!!」

 

「そう。なら手を貸してあげるわ」

 

 思わぬ返事にボクは驚いて顔を上げる。さっきまで誰も居なかったはずなのに、いつの間にか白い衣装を纏った女の子が傍に立っていた。

 円柱状の帽子とドレスのような衣装が漫画で見るような聖職者に似ている。

 

「だ、誰……」

 

 音もなく現れた真っ白い少女にボクを後退(あとず)らせる。

 

「私は美国織莉子。貴女の味方よ」

 

 どこか憂いを含んだような優しげな表情が、なぜか政夫くんを思い出させた。

 突然出てきたよく分からない相手だったけど、今のボクには『味方』というフレーズが心地よく聞こえた。

 

「ど、どういう意味?」

 

「言葉どおりの意味よ。貴女の願いを叶えてあげる。……キュゥべえ」

 

 織莉子と名乗った女の子は後ろを向いて呼びかけると、白くて丸っこい猫のような不思議な生き物がどこからともなく出てきた。

 

『へぇ、本当に織莉子の言ったとおりだ。なかなか良い素質を持った少女がこんなところにも居たなんて気が付かなかった』

 

「何これ……て、今言葉、喋った?」

 

 ボクが驚いて目を丸くしていると、その白くて丸い生き物は当たり前のように自己紹介をしてきた。

 

『おっと。自己紹介が遅れたね。ボクの名前はキュゥべえ。魔法少女になってもらう代わりに、何でも一つだけ君の願いごとを叶えてあげるよ!』

 

「何、でも?」

 

 今のボクにはその言葉はまさに魔法だった。

 ずっと待ち望んでいたものが向こうからやってきてくれた。魔法少女という単語が少々引っかかったが、そんなものはささいな事だった。

 小さい頃に信じていたサンタクロースが欲しかったプレゼントを持ってきてくれたような、現実味のない夢のようなありがたさ。

 

『うん。何だって構わないよ。さあ、君の願いごとを言ってごらん?』

 

 キュゥべえ、白くて背中に丸が書いてあるし、呼びやすいから内心では『しろまる』と呼ぶ事にしよう。

 ボクはそのしろまるに促されるようにボクは口を開く。

 自分じゃない誰かに動かされるように。でも、もう止まれない。

 

「ボクは……変わりたい。こんな情けないボクを変えて欲しい。もしもこの願いを叶えてくれるなら、魔法少女にだって何にだってなってあげるよ」

 

 じっとそのやり取りを見ていた織莉子がボクに一際優しく微笑んだ。

 

「素晴らしい願いね。きっと……叶うわ」

 

 けれど、どこかその笑顔にはほんの僅かに薄暗い陰があるように感じた。もしかしたら、ボクの気のせいだったかもしれない。

 しろまるが耳から飛び出している耳毛のようなものがニュッと伸びて、ボクの胸の中に吸い込まれていく。

 

「うっ……」

 

 一瞬だけ電流が走ったような痛みを感じた後、

 

『おめでとう。君の願いはエントロピーを凌駕した。さあ、受け取るといい。それが君の運命だ』

 

 ()は変わった青紫色の宝石を握り締めていた。

 

 不思議な気分だったさっきまで泣いていた自分が嘘のようだ。何が楽しいわけでもないのにはしゃぎ出してしまいそうだ。

 今なら何でもできそうな気がしてくる。もう惨めな『ボク』はどこにも居なかった。

 ここに居るのは強く生まれ変わった『私』だけだ。

 

 

 

 




さて、一体誰の選択があっていて、誰の選択が間違っていたのでしょうか?
そればかりは終わってからしか分からない気がします。


それはともかく、なかなか筆が進まず投稿できません。スランプ気味なのでしょうか? まあ、趣味で書き始めたものですからこんな程度のものかもしれませんけれど。

追記、キリカの一人称間違っていたのですが、魔法少女以前は『ボク』だったという事で許してください。
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