「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか」
巴先輩がハンバーガーショップの店内で高らかに宣言する。
傍
僕達は巴先輩の『魔法少女体験コース』とやらに参加するためにハンバーガーショップに集まっていた。・・・今更だけど、僕やっぱり要らないよね?正直もうすでに、帰りたいんだけど。
「準備はいい?」
「準備になってるかどうか分からないけど…持って来ました!何もないよりはマシかと思って」
美樹はごそごそ鞄をあさると、金属バットを取り出した。
それを見て僕は口に含んでいた飲み物を噴き出しそうになった。
「持って来ました」じゃねーよ。それ、学校の備品じゃねーか!マジックでばっちり側面に『見滝原中学校』って書いてあるぞ!
「まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」
巴先輩はそう苦笑いするだけで美樹に注意はしなかった。それでいいのか、最上級生。
「・・・鹿目さんは何か持ってきたの?」
僕は鹿目さんに話を振った。
君はこいつと違って変なもの持ってきたりしてないよね、という意味を言外に滲(にじ)ませる。
「え?えっと。私は…」
鹿目さんはノートを一冊取り出して、ページを開いてからテーブルの上に乗せた。
書かれていたのは、ピンク色のフリフリしたファンシーな衣装を着たデフォルメされた鹿目さん自身が描かれていた。
え?そんな黒歴史ノート見せられても、僕はどう反応していいか分からないよ。
美樹は、歯に衣着せぬリアクションをする。気持ちは分かるけど。
「うーわー」
「と、とりあえず、衣装だけでも考えておこうと思って」
一応羞恥心はあったらしく、照れたように慌てていた。でも、これ数年後に思い出してクッションに顔をうずめて足バタつかせるレベルのものだよ。
「ま、政夫くんは何か持ってきたの?」
話を強引にそらそうと鹿目さんは僕に振った。
僕は鞄から、数十枚に及ぶ原稿用紙を引っ張り出した。
「僕も鹿目さんと同じで武器になるような物は持ってこなかったけど、とりあえず、遺書だけでも考えておこうかと思って」
一応、武器を持ってくることも考えたが、下手に攻撃手段があると気が緩むので持ってこなかった。逃げに徹して、巴先輩に何とかしてもらった方が生存率は上がるだろう。
なぜか鹿目さんと美樹はそれを見て唖然としていた。
「い、意気込みとしては十分ね。でも夕田君。そこまで覚悟しなくても・・・」
「何言ってるんですか、巴先輩。死ぬかもしれないんですよ?実際、僕らは昨日死にかけた。そういう場所にこれから行くんです。これくらいの覚悟は必要不可欠ですよ」
そう。一歩間違えば死ぬのだ。簡単に。何の意味もなく。
僕に言わせてもらえば、鹿目さんや美樹のスタンスの方が異常だ。遊びに行くのとはわけが違う。
ハンバーガーショップを出た後、鹿目さんはおろか、お調子者の美樹までほとんど喋らなかった。二人は思いつめた顔で巴先輩の後に付いて行く。ちなみに僕は最後尾だ。
「基本的に、魔女探しは足頼みよ。こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」
巴先輩は、ソウルジェムをかざして歩きながら、僕たちに説明を説明をする。
裏路地を通り、薄暗く寂(さび)れた区画へと入っていく。周囲には嫌な雰囲気が漂ってきた。
しばらく歩いたところで巴先輩がぽつりと呟(つぶや)いた。
「かなり強い魔力の波動だわ。近いかも」
その言葉に僕らに緊張が走る。いよいよ来るのか。
そのまま進むと大きなビルの前についた。
「間違いない。ここよ」
「あ、マミさんあれ!」
鹿目さんの言葉で彼女が見ている場所を見上げると、自殺寸前の女の人が見えた。
やばいと思った時には女性は飛び降りていた。
「ハッ!」
声と共に魔法少女の姿になった巴先輩は、どこからともなく黄色いリボンを召喚する。そして、そのリボンは落ちてくる女性を見事にキャッチしてみせた。
すごい。もう駄目だと思ったのに。僕の中で巴先輩の株がストップ高になった。
「魔女の口づけ…やっぱりね」
巴先輩は女性の首の辺りを見てそう言った。
僕も見てみると女性の首に変なマークがあった。『魔女の口づけ』と言うぐらいだから、この自殺未遂も魔女のせいなのだろう。たしか魔女の呪いの影響で割と多いのは、交通事故や傷害事件と巴先輩は説明していた。
「この人は?」
鹿目さんが心配そうな顔で巴先輩に聞いた。
「大丈夫。気を失っているだけ」
そう聞いて、鹿目さんはほっとした安堵を見せた。優しいな鹿目さんは。そこまで面識もない人を心配できるなんて。それに比べて・・・。
僕が美樹を見ると、不思議そうな表情を返された。
「どうしたの?政夫」
「いや。何でもないよ。僕も同じようなものだしね」
「さあ、三人共。行くわよ」
巴先輩に
ここからが本番だ。
「今日こそ逃がさないわよ」
ビルの中に入ると巴先輩は、傍から見ても分かるくらいはりきっていた。多分、僕ら見学者がいるせいだ。
・・・地味だもんな。人知れず平和を守ると言えば、聞こえはいいが実際行う側からすれば、たまったものではないだろう。
「美樹さん。ちょっとそのバット貸してもらえる?」
巴先輩は美樹から、金属バット(見滝原中学の備品)を借りると表面をそっと
なんという事でしょう。匠の技により、ただの金属バットはデコレーションされ、華麗に生まれ変わりました・・・・って、何してんだ、この人!それ学校の備品!そんな魔改造しちゃってどうするつもりだよ!
「うぅ、うわぁー」
「すご~い」
何で二人ともそんな好意的に見てるの?突っ込もうよ!こんなの絶対おかしいよ!
「気休めだけど。これで身を守る程度の役には立つわ。絶対に私の傍を離れないでね」
巴先輩は、何かをやり遂げたような達成感あふれる表情しておられた。これはもうだめかもしれんね。
僕はもうすでに精神的に疲れたよ。もう帰りたい。
とうとう僕らは魔女の結界の内部まで来てしまった。
仕方ない。ここまで来たら気持ちを切り替えよう。少しでも情報を集めて、今後の役に立たせるとしよう。
僕は周囲を見回す。そして、ある事に築いた。
前は余裕がなくて気がつかなかったが、この結界の模様というか背景はずいぶん人工物のような外観をしている。
なぜだ?魔女とかいう存在が人間よりも高位の存在だとするなら、人間が作り出した物にここまで関心を示すものだろうか?
近いものを上げるなら父さんの仕事の関係で見た、精神分裂症の患者が書いた絵のようだ。
「来るな、来るなー!ちょっと政夫も何かしなさいよ!女の子だけに戦わせる気なの?!」
美樹は髭と目玉がたくさん付いたアイスクリームみたいな使い魔(ミニアイスおじさんと命名しよう)を必死で振り払おうとしていた。
うるさいな。無理やり連れてきといて何言ってんだろう、あの青髪は。
しかも、デコレーションバットを振り回しているが、一発も当たっていない。というかバットからバリアのような物が発生して防いでいるため、バット自身を振り回す意味は皆無だった。君は一体何がしたいの?
「どう?怖い?三人とも」
先頭を歩きながら、マスケット銃で使い魔を打ち落としていた巴先輩は振り返って、僕らに聞いてきた。
「な、何てことねーって!」
美樹は無駄に虚勢を張るが、怯えているのが簡単に読み取れた。前も思ったがこいつは間違いなく、僕や鹿目さんよりもメンタルが脆(もろ)い。時折(ときおり)見せる威勢のよさも内心では恐れている証拠だ。
「怖いけど…でも…」
鹿目さんは小さな声で答えるが、多分僕よりも落ち着いている。恐らく、恐怖より魔法少女というか巴先輩への憧れの方が強いせいだろう。美樹とは対照的だ。
『頑張って。もうすぐ結界の最深部だ』
突然、支那モンの声が足元から響いた。
忘れてた。この
「見て。あれが魔女よ」
おかしな装飾をされた扉をいくつも
気持ちが悪い。あれのどこが魔『女』なんだ?一体どこら辺に女の成分があるんだよ!性別なんか存在してなさそうだよ、あれ。
「う…グロい」
「あんなのと…戦うんですか…」
美樹も鹿目さんも、僕と同じような感想持ったらしく、二人とも顔色が悪くなっていた。
対して巴先輩はそんな二人を気遣うように、優しく微笑んだ。
「大丈夫。負けるもんですか。下がってて」
そしてデコレーションバットを床に深々と突き刺した。その途端に不思議な光が周囲を覆った。多分バリアか何かだろう。
巴先輩は、魔女がいるホールへと飛び降りた。
そして、難なく着地する。そしておもむろにスカートを持ち上げると、そこから二丁のマスケット銃を取り出した。そのスカート、どうなってんですか。四次元空間とかと繋がっているんだろうか。
魔女は巴先輩に向かって、自分が座っていた椅子を投げ飛ばす。
巴先輩はすくむことなく、避けながら銃を撃つ。魔女は大きさに関わらずに機敏な動作でホール内を縦横無尽に飛び回って避けた。
巴先輩のマスケット銃はやはり単発式らしく、一発ずつ撃つと投げ捨てていた。
どうするのかと思ったら、今度はベレー帽を振ると何丁もの銃が出現する。そのいくつもの銃を手に取り、一発撃っては捨て一発撃っては捨てを繰り返す。
魔女はこれも飛び回って避けた。
「あっ…ぅ…ぇ…あっあ!」
突然、巴先輩が変な声を上げた。よく見ると、足元にいたミニアイスおじさんがまとわり付いていた。
ミニアイスおじさんは巴先輩の足から腰の辺りに一列になって組み付くと、そのまま
巴先輩はそれでも気丈にマスケット銃で魔女に攻撃を当てるが、壁に思い切り叩きつけられてしまった。
鹿目さん達は声を上げるが、僕だけは巴先輩が死んだらここをどう抜け出すかを模索し始めていた。
ここから急いで入ってきた入り口まで逃げれば、どうにかなるだろうか?
「大丈夫。未来の後輩に、あんまり格好悪いところ見せられないものね」
巴先輩のその台詞と共に、魔女の後方にあったバラの花が崩れ、そこから黄色いリボンが生えてきた。恐らく、巴先輩が魔女に気付かれず仕掛けておいたのだろう。
あんな姿をしているくせに魔女は花が傷ついたことにショックを受けたらしく、リボンの方に近づいていってしまう。案の定、魔女は長く伸びた無数のリボンに絡め取られ、身動きが取れなくなった。
それを見逃すほど、巴先輩は愚かではない。というよりこうなるようにあらかじめ動いていたと見た方がいいだろう。
「惜しかったわね」
巴先輩は首元に付いているリボンを引き抜くと、そのリボンで自分を宙吊りしている紐を切り裂いた。そのリボンは巻きつくように形を作ると、巨大な銃に姿を変えた。
「ティロ・フィナーレ!!」
巴先輩のは謎の単語を叫ぶと、巨大な銃口から黄色い光の弾丸が発射され、魔女に激突した。魔女は光に包まれると消え失せた。
巴先輩はなぜかこちらに振り向いた時にティーカップで紅茶を飲んでいた。どんだけ余裕ぶっこいてんですか、先輩。