魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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大分、遅い投稿になってしまいました。申し訳ありません。


第六十七話 砕かれた信念

 朝、僕は目覚まし時計の音ではなく、携帯電話の着信音で目を覚ました。

 目を擦りながら、二つ折りの携帯電話を開くと『呉キリカ』と画面に表示されている。その瞬間、後悔の念で目が冴えた。

 昨日は呉先輩にお詫びの電話を入れるつもりだったはずなのに、暁美の話のせいですっかり忘れてしまっていた。

 最悪だ。あれから何のフォローもないままでは、呉先輩は相当不快な思いをしたはずだ。本来ならこちらから電話掛けるべきだったが、こうして電話を掛けてきてくれたことに感謝しよう。

 罪悪感を感じながら、僕はすぐに通話ボタンを押して電話に出る。

 

『あ~、もしもし? 政夫?』

 

 いきなり聞こえた呉先輩の不自然なほど高いテンションの声と僕への呼び方が変わっていたことに一瞬だけ驚いたが、気を取り直し、挨拶をしてから当初の予定通り謝罪をする。

 

「おはようございます、呉先輩。すみません。昨日は僕の友達が失礼なことをしてしまって……」

 

『平気平気。()はそんな事、全然気にしてないよー』

 

 何か良いことでもあったのか、呉先輩は楽しげな声で返してくる。

 …………。おかしい。僕の知っている呉先輩と電話の向こうに居る声の主が一致しなかった。それに呉先輩の一人称は『ボク』だったはずだ。

 本当にこの人は呉先輩なのか?

 そんな考えが脳裏を()ぎったが、単に機嫌がいいだけかもしれないと思い直す。恐らく、一人称を変えたのもクラスの輪に溶け込むために意図的に直したのだろう。

 所謂(いわゆる)、イメチェンという奴だ。一歩踏む出すに当たって、心機一転するための儀式のようなものだ。僕も同じようなことをした記憶がある。

 (ゆえ)にあえて、そのことには深く言及しなかった。

 

「それで、今日はいったいどう言ったご用件ですか?」

 

『用がなかったら電話したら駄目だったかい!? それとも私と会話するのはきみにとって苦痛だったかい!?』

 

 今まで楽しそうに浮かれた声が一転して、不安そうな声音に変わる。

 

「いえ、そういう訳ではないですけど……」

 

『良かったぁ……。私はてっきり、きみに嫌われたかと思って焦ってしまったよ! 危なく、腐って果てるところだった!』

 

 僕が否定すると、今度は逆に大げさな台詞で明るい調子でそう語る。

 

「あはは……そんな簡単に嫌いになったりしませんよ」

 

 軽く笑って流すが、呉先輩のこの躁鬱(そううつ)振りは異常だ。いくら何でも不安定すぎる。またジョークでふざけてやっているようにも聞こえない。

 変な薬にでも手を出した……いや、まさか……。

 『呉キリカはかつての時間軸では魔法少女だった』

 暁美のその台詞が脳内でリフレインする。自分の中で嫌な想像が膨らんでいくのを感じた。

 僕は不吉な思考を首を振って否定する。まだそうと決まった訳じゃない。第一、発言がおかしいからという理由で断定するのはいくら何でも早計過ぎる。

 まずは会って確認しなければ。

 

「では、どこで待ち合わせをしましょうか?」

 

『う~ん、そうだね……。じゃあ、あの時の公園に来てよ』

 

 あの時の公園というと、呉先輩と話したあの公園か。鹿目さんたちの待ち合わせ場所とは逆の方向になるな。

 分かりました、と呉先輩に返事をして通話を一旦切った。そして、携帯のディスプレイを見ながら僕は熟考する。

 悩んでいる内容は、呉先輩の急激な変化を暁美に報告すべきか否かについてだ。

 ある程度、可能性があるとはいえ、流石に神経質になりすぎな気がしてならない。

 大体、昨日の今日でいきなりあの胡散臭いマスコットと契約を結んだりはしないはずだ。何せ基本的に考えなしで猪突猛進なあの美樹ですら、数日間悩んだほどのことだ。そんな簡単に承諾できるはずがない。

 それに今の暁美は冷静な判断力を失っている。昨日の醜態を(かんが)みれば、「魔法少女になった可能性がある」と伝えただけで呉先輩を殺害しに行きかねない。

 しばらく悩んだ末、暁美に伝えるのは止めた。

 その代わりに美樹と巴さんにメールを出しておく。

 美樹へのメールは、今日は『他の人』と登校するので僕のことは待たずに学校に行ってくれという内容。巴さんへのメールは、ホームルームの前の暇な時間に最近知り合った三年生の『呉キリカ』という子がクラスになじめず困っていることについて少し相談をしたいという内容だ。

 両方とも返信は必要ないと末尾に添えておいた。

 

 これでいい。

 こうすることで、もし仮に何らかの理由で呉先輩が魔法少女になっていた場合、僕が学校に行けなくなったとしても(さと)い暁美なら美樹と巴さんの情報を共有することで、僕が呉先輩と会っていたという事実に行き着くことができるだろう。

 もちろん、何事もなければ文字通りのただの軽いメッセージで通る。純粋に呉先輩には巴さんを紹介してあげたいというのもある。

 にしても、知り合いの先輩のテンションの高い電話一本でここまで悩んでいる僕は馬鹿なんじゃないだろうか。

 自分を客観視するとただの考えすぎのアホにしか見えない。

 

 

 

 

 着替えを済ませ、父さんと一緒に朝食を取った後、僕は待ち合わせをした公園に向かう。

 そういえば、今日暁美は家に来なかった。まあ、来たら来たで呉先輩と登校することを説明しなければいけなくなるので、僕としてはありがたかったが。

 ひょっとしたら、僕が怒ったことを気にしているのかもしれない。だとしたら少し面倒だ。

 叩いたことに対しては僕が悪いと思っているが、発言に対しては間違ったことを言ったつもりはないのでフォローのしようがない。

 ため息を一つ吐きつつ、公園の入り口を抜けて中央で公園内を見渡す。

 朝の日差しを浴びた錆びの目立つ鉄棒が日光を反射し、ただでさえ寂れたイメージがあった公園がなおさら寂しげに僕の目に映った。

 もっとも、忙しいこの時間帯にわざわざ公園などに来る僕の方が異端なのだから仕方ない。

 

「あ、来た来た。待ってたよ、政夫!」

 

 僕の後ろの頭上から声がかかった。

 振り返るとジャングルジムの頂上に居る呉先輩が見えた。片足を投げ出し、もう片方の足を抱えるようにして、どこか子供のような無邪気な笑みを浮かべて頂上に座っている。その様がどこか猫のようでスイミーを僕に思い出させた。 

 呉先輩は立ち上がるとバランス感覚が問われる足場から危なげなく、軽やかに飛び降りた。

 そして、嬉しそうな表情でこちらに寄って来る。

 

「呉先輩。いきなりで申し訳ないんですが、少し手を見せてください」

 

「手? いいよ……あ」

 

 不躾(ぶしつけ)だったがいきなり呉先輩の手を取って観察する。

 

「大胆だね。でも、私は構わないよ。むしろ、もっと乱暴に扱われてもいいくらいさ!」

 

「――――ッ」

 

 できれば違っていてほしかった。僕の早とちりであってくれればよかった。

 けれど、彼女の指に()められていた指輪が魔法少女であることを証明していた。

 胸を焼くような後悔が競り上がって来る。昨日、涙を流していた呉先輩を追いかけていれば未然に防げたかもしれない。

 ――あの時ならまだ間に合ったかもしれないのに。

 その思いがもはや無意味でしかないが、しかし、そう思わずにはいられなかった。美樹の時の過ちを繰り返してしまった自分に歯噛みする。

 

「どうしたんだい、政夫!? そんな辛そうな顔をきみには似合わないよ?」

 

 心配する呉先輩の顔にハッとなる。どうやら顔に出ていたらしい。意識的に注意すれば、表情を隠すくらいわけないのだが今回はそんな余裕はなかった。

 気を取り直して呉先輩に魔法少女についてどこまで知っているのかを聞く。

 

「呉先輩はこの指輪の、いえ……魔法少女のことをどこまでご存知なんですか?」

 

 もう回りくどく話している暇はなかった。単刀直入すぎる物言いだったが気になどしていられない。

 

「え? あー、実は……」

 

「それについては私が話すわ」

 

 呉先輩の台詞を(さえぎ)って、僕の背中から声が聞こえた。

 涼しげで、たおやかで、優しげなその声は聞き覚えのあるものだった。

 振り返る必要すらなかった。今、僕の後ろから近付いている人物は――。

 

「織莉子姉さん……」

 

 美国織莉子。

 他者に失望して生きる意味を見出せなくなっていた僕に生きる指針をくれた恩人。僕の中の倫理や道徳、いや、正義そのものと言っても過言ではない人物。

 

「おはよう、まー君。良い天気ね」

 

 僕の脇を通り、呉先輩の隣に並び立つと織莉子姉さんは微笑と共に朝の挨拶をした。

 その表情を見て、なぜ呉先輩が短期間で魔法少女になったのかという謎が氷解した。してしまった。

 

「あなたが呉先輩を(そそのか)したんですか……?」

 

 疑問ではなく、答えの確認。接点のなかったはずの二人が一緒に居る理由。突然の呉先輩の変貌。そして、暁美から聞かされた『別の世界の美国織莉子と呉キリカ』の関係。

 すべてを繋ぎ合わせれば、それ以外の可能性はないに等しい。

 

「唆したなんて人聞きが悪いわ。私はただキリカの背中を後押ししてあげただけよ」

 

「あなたは知っていたはずだ! 魔法少女になるデメリットを! 化け物になるかもしれない未来をっ!」

 

 さも親切な行いをしたような態度に、僕は声を荒げて織莉子姉さんに(つか)みかかる。

 けれど、織莉子姉さんは一瞬だけ目を背けた後、僕の瞳を射抜くような視線で見つめ返す。

 

「まー君。大勢の人を救うためにはキリカの力が必要なのよ。それに事後承諾だったけれど、そのことには彼女も納得済みよ」

 

「そうだよ、政夫」

 

 織莉子姉さんの言葉に呉先輩が追随(ついずい)する。

 

「まあ、ちょっと驚いたけど大した事じゃないしね。それよりも私は政夫と織莉子が知り合いだったって事の方がびっくりしたよ」

 

 あっけらかんと言う呉先輩は本当に気にした様子はなく、魔女になることへの恐れは見られない。

 信じられない。朝起きてから信じられないことばかりだ。

 何より、あの他人を大事にすることを教えてくれた織莉子姉さんが支那モンとの契約を教唆(きょうさ)したという事実を僕は信じたくなかった。

 実はまだ眠っていて悪夢でも見ているだけと、そう思いたかった。

 

「織莉子姉さん……あの言葉は嘘だったんですか?」

 

「あの言葉?」

 

「『どれだけ辛くても、家族や友達を、自分の周囲の人を大切にしてみて』。そう教えてくれたあの言葉は何だったんですか!?」

 

 それは僕の心の底から()き出した声だった。信じていたものへ憤りだった。

 今の織莉子姉さんは呉先輩を唆し利用して、鹿目さんの殺害に加担させようとしている。それはあの言葉から最も遠い行いだ。

 涙で目が(にじ)んで、織莉子姉さんの輪郭がぼやけてくる。

 怒りと、悲しみと、苦しみが()い交ぜになって身体中を駆け巡る。

 

「ああ。ごめんなさい、まー君。そんな小さな事(・・・・)を教えてしまって」

 

「え……?」

 

「『大きなもの』を守るには『小さなもの』を差し出さなければならない。そんな『小さな事』を大切にしていたら世界という『大きなもの』は守れないわ」

 

 当たり前のように、常識を知らない幼い子供に諭すように織莉子姉さんは言う。

 

「最悪の未来を防ぐためなら、私は何もかもを捧げるわ。例え、それが自分の周囲の人間を犠牲にする事になったとしても」

 

 僕の中で何かが砕ける音を聞いた。

 六年間、信じてきた信条をそれを教えてくれた人に否定された。

 どれだけ辛くても、嫌なことがあった時も守り続けた自分の核が一瞬にして価値を失う。

 織莉子姉さんの制服を掴んでいた手から力が抜け、そのまま崩れ落ちるように両膝を地面につける。

 呆然としている僕に織莉子姉さんがまだ何かを言っているが、それを言葉として認識できなかった。

 

 今まで過ごしてきた六年間は一体何だったのだろうか?

 

 絶望ではなかった。

 未来への『望』みが『絶』たれることを絶望と呼ぶのだから、未来だけではなく、現在と過去まで否定された僕は……何と言い表せばいいのだろうか。

 ただ悲しみはなかった。あるのは底知れぬ虚無感だけだった。

 




よし、政夫を絶望させたぞ!
いつまでも余裕で居られるほど人生は甘くはない事を知らされましたね。
彼、どうなってしまうんでしょう?
まあ最悪、主人公交代すれば構わないですし、平気でしょう。


次回予告
打ちひしがれる少年にさらなる苦悩が待ち受ける。
負けるな政夫! 作者の悪意を打ち砕け!



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