「それでこれからどうすんだよ? このままじゃ、ほむらがヤべーんだろ?」
僕が開き直りに近い思いを抱いて、意識を改めた僕に杏子さんが今後の方針を聞いてくる。
だが、僕はその問いには答えずに頼み事をした。
「それなんだけど、ちょっと杏子さんの携帯貸してくれないかな?」
「構わねーけど、ほむらに電話すんのか?」
取りあえずは今、僕の手元にある有益な情報は二つだけ。
一つは、織莉子姉さんたちが狙っているのは暁美だということ。二つ目は織莉子姉さんか、呉先輩のどちらかは僕の携帯を所持しているということ。
まだ僕が拉致されてから一時間も立っていないが、織莉子姉さんたちの行動力を考えるとすでに暁美と接触している可能性が高い。
ならば、電話をかける相手は暁美ではなく、僕の携帯。すなわち、織莉子姉さんか呉先輩のどちらかだ。
しかし、その前にやって置かなければならないことがある。
「杏子さん」
「何だよ。電話しないのか?」
当然、事態は一刻を争う。暁美がそんなに早くやられるとは思わないが楽観するのは危険だ。
だが、まずは杏子さんに今やろうとしていることを教えなければ話にならない。これには彼女の協力が必要不可欠だからだ。
さらっと概要だけ説明すると杏子さんは僅かに顔を
「政夫……アンタ、意外に
「どう見てたのかは知らないけど僕は元々こういう人間だから」
微妙そうな表情をしながらも状況が状況だけに杏子さんも承諾してくれた。……そこまで抵抗のあることだとは思わないが、これは多分杏子さんの価値観によるものだろうな。
軽い打ち合わせの後、杏子さんの携帯電話に僕の携帯の電話番号を入力する。何度目かのコール音がして後に電話が繋がる。
『誰!? 今、いいところなのに……』
耳に響いてきたのは呉先輩の声だった。どうやら、僕の携帯電話を持っているのは呉先輩の方だったようだ。好都合だ。
すかさず、僕は声を上げる。
「た、助けてっ!! 呉先輩! ……ぼ、僕……こ、この、ままじゃ、殺されちゃう!」
恐怖に怯えた
『ま、政夫!? その声は政夫だね。何があったの、一体!?』
「呉先輩たちが出て行った後……紅いま、魔法少女が……家の中に入って来て――――あがっ! ……ご、ごめんなさい! 殴らないで……ぃぎっ! 痛い痛い痛い痛い痛いぃ――!! 許してください許して――」
痛みに苦しむ振りしながら携帯電話を杏子さんに渡す。当然ながら、杏子さんは僕に暴力は加えていない。全部演技だ。
特に痛い痛いと叫ぶところは
携帯電話を受け取った杏子さんは僕を引いた目で見ながらも、それを耳に当てて喋り出す。
「……聞いた通りだ。お前らがほむらを殺そうとしてんのはこの坊やから教えてもらったよ。アタシはあいつの仲間でね。今、どこに居やがる? さっさと言わねーと……」
「『こいつの眼球を
台詞に詰まった杏子さんに僕が耳に小声で
そう。僕が彼女に頼んだことは狂言誘拐、いや、この場合は狂言強請と言った方が正しいのだろうか。
表情を引きつらせながらも僕の言葉に従って杏子さんは言い切った。
「……こいつの眼球を
『や、止めろ! 政夫に指一本触れるな!!』
電話の音量を上げた訳でもないのに僕にまで聞こえてくるほどの声量で呉先輩が
思った通り、織莉子姉さんは「この街の三人の魔法少女と僕が親しいこと」を支那モンから聞いたと言っていた。つまり、隣町の魔法少女である杏子さんのことは知らない。そして、織莉子姉さんが知らないということは呉先輩も当然知らないはずだ。
これは織莉子姉さんが支那モンに「この街の魔法少女と僕の関係」のみを聞いたためだろう。あの似非マスコットは「聞かれないこと」には基本的には言わないせいだ。
「構わず『そんな態度を取るなら、こっちはこいつの指を一本一本切り落としてやってもいいんだよ。がたがた言わずにとっとと居場所を教えろ』と返して。あ、『もし、ほむらがそこに居るなら危害は加えるな』とも付け足して」
「……そんな態度を取るなら、こっちはこいつの指を一本一本切り落としてやってもいいんだよ。がたがた言わずにとっとと居場所を教えろ。それと、もし、ほむらがそこに居るなら危害は加えるんじゃねーぞ」
『わ、分かった。暁美ほむらにはこれ以上何もしない! だ、だから、政夫には何もしないでっ! ……私たちが居るのは寂れた工業地帯の廃工場だ』
寂れた工業地帯の廃工場……。恐らくは僕が前にテレビの魔女に殺されかけたあの工場、もしくはその周辺だ。
詳しい位置情報ではなかったが、僕は大体の居場所は把握できた。
そして、やはり呉先輩は暁美と接触して、
事態は思ったよりも悪い。他ならぬ僕のせいで、だ。
僕は下唇を強く噛むと、最後にすぐ行くからそこでじっとしている旨を杏子さんに言ってもらい、通話を終えてもらう。
「政夫。アンタ、見た目と違って実は結構あくどい奴なんだな……。かなり引いたわ」
「それは悪かったね。謝るよ。それより、廃工場の場所はある程度知ってるから急いで向かおう」
呆れた目で僕を見る彼女を尻目に僕は学生鞄を持って玄関に向かう。杏子さんが入ってきた窓は閉めたが、玄関の鍵は渡されていないので施錠は諦めた。
家から出た後、表の通りでタクシーを拾い、工業地帯まで向かってもらった。僕も杏子も学生服の上にまだ朝だったため、運転手のおじさんは僕らを怪しんだが『社会科の授業で工場見学があったけれど、僕ら二人は寝坊してしまった』という嘘を丁寧に話すと納得してくれた。
恥ずかしげに頭を掻きながら苦笑いをする演技が良かったのかもしれない。
隣で黙って話を聞いていた杏子さんがぼそっと「政夫って嘘付くのにホンット躊躇ないな……」と呟いたが無視する。
今はそんなことを気にしていられる状況ではない。嘘くらい、いくらでも吐いてやる。
目的の場所に着くと、僕は運転手のおじさんに財布から今月のお小遣いの大半になる金額を渡してタクシーから降りる。財布に多少の痛みを感じたが、そんなことはどうでもいい。
タクシーが居なくなると杏子さんは魔法少女の紅い衣装に変わる。
「どう?」
「ああ、前の黒い魔法少女とまた知らねー魔法少女のソウルジェムの反応がある。ほむらのもあるし、……おいおいマミとさやかの反応まであるぞ!」
知らない魔法少女というのは十中八九、織莉子姉さんだとして、巴さんや美樹まで居るのか?
だったら、僕らが急いで来たのは取り越し苦労だったかもしれない。
そう思ったが、次の杏子さんの発言で僕のその考えは霧散した。
「おい! さやかのソウルジェムの反応がおかしい。魔力が極端に弱まってやがる。クソッ、何だ、こりゃ! ――とにかく急ぐぞ!」
青ざめた杏子さんに急かされ、彼女の後を追い、僕は見覚えのある廃工場に着く。
シャッターが開かれた工場内では膝を突く魔法少女姿の巴さんとしゃがみ込んでいる鹿目さんの後姿が真っ先に見えた。
「巴さん、鹿目さん!」
「おい! 大丈夫か!」
僕と杏子さんは薄暗い工場内に入ると、中に居た四人の視線が集中するようにこちらを向いた。
全員の中で一番奥に居るのは呉先輩。最後に見た時と同じ眼帯に燕尾服に似た衣装を纏っていた。僕の姿を見て、ほっとした笑みを浮かべている。
その足元にうつ伏せの姿勢で顔だけを上げて少し呆けたような表情で僕を見ていた。
二人から少し手前に立っているのは純白の格好をした織莉子姉さん。きっとこれが魔法少女としての姿なのだろう。見たこともないほど怖い表情をしていたが、僕に気付くと途端にいつもの穏やかな顔に変わった。
そして、僕らに一番近い巴さんと鹿目さん。
巴さんは身体にいくつかの傷を負い、血を流して苦悶の形相だった。鹿目さんの方はボロボロと涙をこぼしながら、しゃがみ込んで床を『赤い何か』を抱きしめている。彼女の制服は赤い液体で汚れていた。
……一人足りない。
そのことに気が付いた僕は一瞬遅れて、工場内を漂う強烈な鉄の臭いを感じた。
いや、わざと目を逸らしていたのかもしれない。
鹿目さんが抱えている『赤い何か』。
「か、鹿目さん……君が触れているそれは――」
何、という言葉は声にならなかった。
顔を僕の方に向けると、鹿目さんはしゃくり上げながら答えにならない答えを返してくれた。
「ひっぐ……ひっぐ……さ、さやかちゃんが、さやかちゃんが……わ、私を守るために……」
質問の答えではなく、彼女の頭の中の言葉を口に出しただけだった。
だが、僕には伝わった。
ぐったりと横たわる人の形をしている真っ赤なそれが、僕の良く知る青い髪の少女だということを。
テスト期間だというのに私は何をしているのでしょうか?
息抜きのつもりが割りと時間を持っていかれました。