魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第七十二話 嘆きの種

「美、樹……」

 

 (うずくま)っている鹿目さんの隣に膝を付くと、僕は血に(まみ)れて真っ赤な水溜りに横たわる美樹に触れる。

 べた付く粘性のある鉄臭い液体が指先に付着する。生暖かいその感触はこれが現実だということを否応もなく僕に教えてくれた。

 返って、その絶望感が僕の脳を冷静にさせた。

 ここで(わめ)いたところで何もならない。落ち着いて、現状を把握することに(つと)めろ。

 隣の鹿目さんの泣き声が遠く聞こえ始める。美樹の名前を叫んでいる杏子さんの声も、巴さんの悲痛な謝罪の言葉も全てが遠ざかっていく錯覚に陥る。

 自分の中で思考のスピードが急激に上がっていくのを感じた。

 改めて、美樹を見る。

 酷い有様だ。身体の方はもちろん、顔まで紅に染め上げれている。血で顔が塗りたくられているのではなく、顔の皮膚(ひふ)自体が(けず)られているようだった。

 辛うじて、特徴的な青い髪が美樹さやかの原型を留めている。

 身体の方は魔法少女の衣装も引きちぎれ、顔以上に肌が抉られていた。

 見ているこちらにまで痛みが伝わってきそうなほどの状態のも関わらず、美樹自身はピクリとも身動きしない。ぐったりとしたまま、仰向けに倒れ付したままだ。

 普通の人間ならまず助からないだろう重症だろう。

 

 ――だが。

 

 諦めるのはまだ早い。

 彼女の腰辺りにベルトのバックルのように付いている宝石、変形したソウルジェムを見る。

 青く澄んでいたその石は今や赤黒くなっていた。付着した血液が固まってそうなったのか、魔力の使い過ぎでそうなったのか判別がつかない。

 指で触り、確認すると亀裂のようなものは見つからなかった。

 よかった。不幸中の幸いだ。これなら――可能性はある。

 片手に持っていた学生鞄を開くと手を突っ込んで中身を乱暴に(あさ)る。美樹の血の付いた指が教科書やノートを汚したがどうでもよかった。

 ――あった。

 暁美に返す予定だった『影の魔女』のグリーフシードを引きずり出す。

 誰かに見られても困らないように念のために覆っていた布を引き剥がすとそれを美樹の腰のソウルジェムに軽く押し付けた。

 ソウルジェムが本体なら、逆に言えばソウルジェムさえ無事なら美樹は助かるはずだ。確証などない。

 だが、やれることを全部やっていないのに諦めるなんてできるはずもない。

 奇跡を祈るつもりはない。でも、実際に存在する可能性を否定するつもりはさらさらない。

 ――助かってくれ、美樹。

 グリーフシードを強く握りしめた手が震えていること気付く。自分でも思った以上に美樹のことを大切に思っていることを初めて知った。

 前は(うるさ)くて、デリカシーがなくて、迷惑をかけてくる存在としか思えなかったのに……。いつの間にか僕も変わっていたということか。

 そんな思いが通じてか、ソウルジェムがグリーフシードに反応をしてほんのりと青く輝きを放ち始める。

 ソウルジェムを中心にして淡い光が広がっていき、美樹を包み込む。

 

「政夫……くん、……何、したの?」

 

 集中しすぎてまったく気が付かなかったが、鹿目さんの泣き声が止んでいた。

 そういうえば、鹿目さんはグリーフシードがソウルジェムの魔力を回復させることを知らないんだった。確か、魔法少女体験コースの時に巴さんが説明しようとしたけれど、暁美が銃を構えて現れたから途中で話を聞きそびれてたんだよな。

 

「ちょっと説明に手間が……! 見て、鹿目さん!」

 

 美樹に纏わり付いていた光が徐々に薄れていくと、抉れていたザクロの様に赤い中身を露出していた皮膚が元の傷一つない綺麗な肌に戻っていた。

 破れた上に血を吸ったせいで赤色のボロ切れと化していた衣装まで直っている。余裕なんて欠片もなかったせいで、すっかり頭から抜け落ちていたが、服まで直らなかったら美樹はあられもない姿になっていたと思う。

 付き合っても居ない女の子の裸を見るのは気が引けるので、服まで直っていて本当によかった。

 顔の方も血で汚れてこそいるものの傷跡一つ残っていない。血溜まりはそのまま消えたわけではないのでそのまま修復された衣装をじんわりと赤く染めていた。まあ、これはしょうがない。

 

「う……うん?」

 

 穏やかな寝顔のように目を閉じていた美樹が目を開く。

 寝ぼけたような間抜けな顔が今は心から嬉しかった。

 

「さやかちゃんっ!!」

 

 目を覚まして上体を起こした美樹に感泣(かんきゅう)極まった鹿目さんが抱きつく。

 美樹は戸惑いつつも、それを受け止める。

 

「お!? ま、まどか!? あれ? 私、水晶球が迫ってきて、いきなり爆発して……そ、そうだ。まどか無事だった?」

 

「うん。さやかちゃんのおかげで怪我してないよ」

 

「そっか。じゃあ、よかった」

 

 二人だけの雰囲気になっているな。杏子さんも巴さんもほっとした顔をしているが、声をかけられずにどうしたものかと思案しているようだった。このままにして置いてあげたいのもやまやまだが、事態が事態だ。悪いけど、水を差させてもらおう。

 グリーフシードが大分穢れを吸い取ったのを確認すると一旦ポケットにしまい、美樹に話しかける。

 

「親友同士で語り合ってるところ、悪いんだけどまだ危機的状況を脱してないから集中してね」

 

「政夫、いつの間に居たの!? たしか、(さら)われたとか何とか聞いたけど」

 

「あー、それについては詳しくは後で話すよ。それより――」

 

 視線をずらし、僕を鋭く睨みつけている織莉子姉さんの方へ目を向ける。

 

「先にどうにかしなくちゃいけないことがあるからね」

 

 彼女の表情は一見微笑んでいるように見えるが、その目は一切笑っていなかった。

 通常、自然な笑顔というものは頬の表情筋が上に吊りあがるため、必然的に「への字型」に細まる。

 けれど、今彼女が浮かべているものは瞳だけはいつもと変わらないまま開いていた。

 

「……どういうつもりなの、まー君?」

 

「見ての通りですよ、織莉子姉さん」

 

 片膝立ちから、すくっと立ち上がると僕は美樹たちから離れ、織莉子さんの近くへ歩いていく。

 そして――――織莉子姉さんの脇を通り過ぎる。

 

「――え?」

 

 疑問符の付いたような彼女の声を背中に聞きながら僕は進む。そして、斜め後ろに居た呉先輩の目の前で足を止めた。

 呉先輩はこの状況下で安心しきった笑顔を浮かべていた。僕の無事が確認できたことが彼女をそうさせたのだろう。

 それほどまでに僕の身を案じてくれていた彼女に対して、僕は本来ならば感謝と謝罪の言葉をするべきなのかもしれない。

 だが、呉先輩の裏には服と顔を汚して横たわっている暁美が居た。うつ伏せの姿勢で見上げた顔には傷だらけで、口の端からは血が垂れている。

 さっきの電話から聞こえてきた内容からも、暁美を傷付けたのが誰かなど考えるまでもなかった。

 自分の中で、形容し難い黒い感情が這い上がってくる。

 

「無事、だったんだね、政夫。あんな電話の後だったから、私心配し……」

 

「呉先輩。退()いてください」

 

「えっと……どうしたんだい? そんなに怖い顔をして。私、何か政夫を怒らせるような事して……」

 

「退いてください」

 

 淡々とした声で再びそう言うと、納得していない様子で身を横に引いた。

 僕は片方の膝を突いて、暁美の前でしゃがみ込んで顔を覗く。

 暁美は少し呆けた顔で僕を見上げていた。状況をまだ把握できていないのだろう。

 

「政夫……」

 

「ごめんね。ほむらさん……」

 

 ポケットからオレンジのレースの付いたハンカチを取り出して、暁美の口に付いた血をふき取る。

 申し訳なさで胸が張り裂けそうだ。暁美がここまでボロボロにされているとは思っていなかった。

 それもこれも、僕が見捨てようとしたせいだ。

 

「っ、まどかは! まどかはどうなったの!?」

 

 ハンカチが頬に触れた時に痛みが発したのか、はっと正気に返ったように暁美は表情を険しいものに変えた。

 

「大丈夫。美樹さんが身体を張って守ったから、鹿目さんは無傷だよ。美樹さん自身も一命を取り留めた」

 

「そう……よかった……」

 

 暁美の頬から涙がこぼれた。

 そっと僕は暁美の左手を持ち上げる。手の甲に付いている菱形(ひしがた)のソウルジェムは紫の色から濁り、黒に近付いていた。

 どれだけこいつが鹿目さんのことを心配して、不安になっていたかが手に取るように分かった。

 ハンカチを取り出した方と逆のポケットからグリーフシードを出して、暁美のソウルジェムに押し付ける。美樹の分で大分容量が溜まっていたようだが、何とか元の紫色に見える程度には穢れを除去できた。

 だが、グリーフシードも限界のようで、ちかちかと点滅を始める。魔女が孵化する直前といったところだろう。このままではまた影の魔女が生まれてしまう。

 

「支那モン。居るんだろう? 出てきなよ。君の大好きな感情エネルギーだよ」

 

 点滅するグリーフシードを見せびらかすように掲げると、工場の奥の暗がりから支那モンが現れる。

 

「キュゥべえ……!」

 

「あ、しろまる」

 

 緊迫した声の暁美と、のんびりした声の呉先輩がほぼ同時に聞こえた。

 「しろまる」というのは呉先輩が支那モンに付けたあだ名だろうか。まあ、正式な名前で呼んでいないのは僕も同じだが。

 

「居ると思ったよ。こんなおいしいシチュエーション、君が放って置くはずがない。大方、美樹さんが死んで、ほむらさんが魔女になった後にもったいぶって出てきて、鹿目さんに契約を取り付ける予定だったんじゃないの?」

 

 僕の嘲るような調子で言うと、支那モンはやや不服そうな様子で答えた。

 

『……そうだよ。政夫のおかげで台無しにされたけどね』

 

「君の邪魔になれて何よりだよ」

 

 支那モンを挑発をしながらも、気付かれないよう横目で織莉子姉さんを観察する。

 織莉子姉さんは現れた支那モンに注意を奪われている。未来視ではここまで見なかったのだろうか。

 僕としては支那モンが登場したせいで鹿目さん殺害をしようと暴走する可能性を危惧したが、杞憂(きゆう)だった。

 いや、美樹のダメージから察して織莉子姉さんは思ったよりも魔力を消耗していると考えるのが自然だ。杏子さんが援軍として来たおかげもあって、現状では鹿目さんには手を出せないと踏んだのだろう。

 だから、支那モンを鹿目さんに近付かせないよう気を張っている訳だ。

 

 だったら、この場を打破するいい方法がある。

 頬を吊り上げて腹立たしい表情をしながら、こっそりと暁美の左手の楯をとんとんと人差し指で叩く。

 怪訝そうな顔をする暁美に視線は向けずに支那モンに語り出す。

 

「僕が落ち込んでいる()は、よくもまあ調子に乗って挑発してくれたよね。結構頭に来てるんだよねぇ、僕。君の息の根を()()()()くらいにはさ」

 

 「時」と「止めたい」の部分だけ、ほんの僅かに語意を強める。

 暁美は僕の意図を察してくれたようで、小さく頷いた。

 

『解らないね。ボクを殺したとしても、大して意味がない事ぐらい知ってるだろう?』

 

「チッ。ムカつくけどその通りだよ。ほら、孵化しかけのグリーフシードだ。背中の(ふた)開けなよ」

 

 これ見よがしに舌打ちをして、手の中のグリーフシードをアピールする。支那モンだけではなく、織莉子姉さんと呉先輩からも注目を集める。

 

『そのグリーフシードは君のおかげで回収し損ねたものだね。ありがたく頂かせてもらうとするよ』

 

 支那モンはくるっと後ろを向けて、背中に付いた蓋を開き、グリーフシードを投げ込むように催促する。

 

「それじゃ――はい、どうぞっ!」

 

 僕はその催促に応え、グリーフシードを投げた。

 支那モンとは()の方向に。

 工場の床を転がり、一際大きく点滅したグリーフシードは空間を包み込むように変質させようとする。

 

「ほむらさん! 今だよ!」

 

 僕の合図に呼応して暁美は左手の楯に触れる。

 ガシャリと金属質の音が聞こえたと思うと、不自然な色合いの世界が目の前に広がっていた。

 




「あそこまで延ばしておいて、普通に助かるのかよ!」と言われそうですが、そこはまあ許してください。
なかなか展開が進みませんが、次は早めに投稿する予定なので……。
4000文字くらいを目安に書いているので下手に長くしても、読者の方が飽き飽きしてしまうと思いますし。

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