魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第七十三話 決定的な対立

 不思議な感覚だった。今まで聞こえていた小さな物音が急に途切れて、織莉子姉さんや呉先輩も口を僅かに開けたまま微動だしない。

 さっきまであった色彩が白と黒に取って代わられたような光景。落ちているグリーフシードからは周囲を包むように黒い霧状のものが途中半端に広がり、動きを停止している。

 僕がそんな空間に目を奪われていると、突然ぎゅっと手のひらを握られる感触がした。

 振り返ると暁美が僕の手を握っている。

 

「政夫。楯に触れているだけじゃ手が離れてしまうかもしれない。ちゃんと掴まって」

 

「ああ、うん。……それにしてもこれが時が止まった世界なんだね」

 

「そうよ。どうかしら? 初めて見た感想は」

 

「何か漫画みたいだね! 空気とか重力とかはどうなってるの? あと時間が止まっていたら光や音もないから真っ暗で何も見えも聞こえもしなくなるんじゃない?」

 

 状況が状況だけにはしゃぐつもりはないが、正直に言うと興味津々だった。今までの魔法は武器を作り出したりするようなものばかりだったから、こういうあからさまなファンタジーのような魔法は心(おど)る。

 空気の分子が止まっていたら呼吸なんかとてもじゃできないだろうし、重力や大気圧も止まるなら真空状態になってしまうだろう。

 そもそも、空気が止まっているなら音が伝わらないので声が聞こえるわけもない。白黒ながらも目が周りが視認できるも不思議で堪らない。

 不謹慎とは思いながらもわくわくしながら疑問を投げかけるが、対する暁美の返答は冷めたものだった。

 

「知らないわ。そこのあたりは魔法だから詳しく理解するのは不可能じゃないかしら」

 

 ここら辺の発想は女の子だ。ロマンの欠片もない。僕ならこの世界をもっと分析して理解しようとするのに。

 

「それより、これからどうするつもり? 時間だって、何時までも止めていられるわけじゃないのよ」

 

「分かってるよ。とにかく、結界が工場内を覆う前に皆を連れてこの場から撤退しよう」

 

 そのためにあえて『影の魔女』のグリーフシードを孵化させたのだ。織莉子姉さんと呉先輩の二人掛かりなら負けないと思うが、結界内に足止めできれば少なくてもこの工場から離れるくらいの時間は稼げる。

 ところが、暁美は僕に異見を唱えた。

 

「今なら、美国織莉子と呉キリカを同時に始末できるわ」

 

 暁美は二人を射抜くような目で睨み付ける。僕と繋いだ手が強く握り締められた。

 自分を実際に甚振(いたぶ)っていただろう呉先輩よりも、その後ろに居る織莉子姉さんの方を見ているようだった。

 それほどまでに織莉子姉さんを憎んでいるのだろう。

 事実、美樹が命懸けで(かば)っていなければ、確実に鹿目さんの命を奪っていた。暁美の怒りは正当なものだ。どんな言葉を並べても擁護することはできない。

 だが、この場ではその怒りを納めてもらわなくてはならない。

 

「駄目だよ、ほむらさん。ここには鹿目さんも居るし、美樹さんは一命を取り留めたとはいえ、死に掛けたんだ。巴さんだって怪我をしてる。深追いせずに逃げるべきだ。いつまでも時間を止めてられないんだろう?」

 

「……分かったわ」

 

 暁美は渋々ながら引き下がってくれた。僕が説得するまでもなく、現状を理解していたのだと思う。ただ、それが感情では納得できなかったのだろう。

 僕と暁美は、織莉子姉さんたちの脇を抜けて、巴さんたちの方へ行く。その際、暁美の織莉子姉さんに向けた表情は憎悪に歪んでいた。

 僕はそれに何も言わず、彼女と繋いだ手を握り返した。

 巴さんたちも当然ながら織莉子姉さんたちと同じように硬直していた。おまけに背景と一緒で白黒写真のようなモノトーンのカラーリングになっている。織莉子姉さんや呉先輩と違って、巴さんも杏子さんも髪や衣装の色が派手な分、一層違和感があった。

 

「これはどうすればいい?」

 

「政夫はマミの方の手を握って。私は杏子の方を握るわ」

 

 暁美の指示に従い、巴さんの手に触れる。

 すると、彼女に本来の色が戻り、彫像のように固まっていた身体動き出した。

 

「え!? 夕田君っ!? どうして、さっき奥の方に居たのに……? それに周りの景色も……」

 

「すみません。今は十分な説明をしている暇がないんです。でも、僕を信じて行動してくれませんか?」

 

 ほんの僅かに間の後、巴さんは頷いてくれた。

 

「そう、分かった。夕田君がそう言うのなら聞かないわ。ちゃんと後で説明してくれるんでしょう?」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って僕は頭を軽く下げた。

 この状況下で、説明なしで信用してくれるのは本当にありがたかった。

 巴さんには支那モンが説明をしてくれなかったせいで深く傷付き、絶望しかけた過去がある。『説明をしてもらえない』というのは巴さんにとってトラウマになってもおかしくない。

 にも関わらず、黙って僕を信じてくれるのは彼女が強くなった証だと思う。

 

「それで私は何かしなくてもいいのかしら?」

 

「ああ……、なら鹿目さんに触れてあげてください」

 

 巴さんは黙って頷くと、(うずくま)った姿勢で美樹を抱きしめて硬直している鹿目さんの肩にそっと手を掛けた。

 モノトーンの世界に特徴的な桃色(ピンク)水色(ブルー)が追加される。

 

「ふぇっ? マミさん? あれ、政夫くんまで」

 

「ど、どうなってんの?」

 

「二人とも。私にもよくわからないけど、とにかく今は夕田君を信じましょう!」

 

 鹿目さんと美樹は戸惑いを隠せない様子だったが、先輩の巴さんの力強い()つ、どこか無責任な言葉に押されて従ってくれた。

 巴さん、凄いのだけれど、どう褒めたらいいのか僕には検討が着かない。

 一方暁美の方もどうにか杏子さんを説得したようで、お互いに手を握っていた。これで左から、杏子さん、暁美、僕、巴さん、鹿目さん、美樹の順に手を繋ぎ合っていることになる。

 

「全員しっかりと手を握り合って。さっさとこの工場から出るわ」

 

 暁美はそういうと僕から見て左側に居る杏子さんを先頭にして手を繋いだまま駆け足でシャッターまで走り出す。

 美樹は少し前まで重症だったのでちゃんと走れるか心配だったが、杞憂だったようで平然としていた。むしろ、足をもつれさせて転びかけた鹿目さんを支えていた。

 僕らは開いたシャッターを抜けて外に出る。外の景色も白黒だったが、広さがある分開放感を感じた。

 前に聞いた金属音が再びしたかと思うと、世界に色彩が完全に戻ってきた。

 

「もう手を離しても大丈夫よ」

 

 暁美の言葉を聞いて、全員がお互いの手を一旦離した。

 僕は振り返り、シャッターの開いた工場の中を見る。一瞬だけ、顔だけ振り返った織莉子姉さんと視線があった。

 すぐに『影の魔女』の結界が織莉子姉さんたちを覆い隠してすぐに見えなくなったが、彼女の表情はしっかりと目に焼きついていた。

 

「――――っ」

 

 その顔は目の笑っていない笑顔ではなく、とても冷たい目で僕を睨んでいた。

 これできっと、織莉子姉さんの敵と認識されてしまっただろうな。けれど、後悔はない。今の織莉子姉さんの行いは絶対に許容できない。

 

「ていうか、さっきの何? 色がなくなってて、それに何かあいつら止まっていたように見えたけど……?」

 

「あ、ああ。それはほむらさんの魔法だよ」

 

 美樹のもっとも過ぎる疑問に答えるため、できるだけ解り易く簡潔に説明する。丁度いいので織莉子姉さんが鹿目さんを狙っていることも一緒に話した。

 それは彼女に敵対されたことに予想以上にダメージを負った自分を落ち着ける意味合いも兼ねていた。

 説明を終えると、美樹が手を挙げて質問する。巴さんあたりなら分からなくもないが、美樹が質問してくるのは意外だった。

 

「あのさ、政夫。一つ聞かせてもらってもいい?」

 

 美樹は見たことないほど真剣な顔をしていた。

 

「何か分からないことあった? まあ、僕も何もかもを答えられるわけじゃないから、詳しくはほむらさんに聞いて欲しいんだけど」

 

「いや、それよ。それ。何でほむらの事、名前で呼んでるの? この前まで苗字で呼んでたじゃん」

 

 まさか、数分まで死に掛けていた人から、こんなクソ下らない質問が飛んでくるとは思いもしなかった。

 馬鹿なんじゃないか、こいつ。ひょっとして、あの時の怪我で頭のどこかがおかしくなってしまったのか?

 おかげで真面目な雰囲気が霧散していくのが分かる。

 

「……それ、わざわざ聞くようなこと?」

 

「聞くような事だよ。ねえ、まどか」

 

 意味もなく、鹿目さんに同意を求める美樹。……鹿目さんまでアホな話に巻き込むなよ。

 

「うん、まあ。そうかも」

 

「そうなの!?」

 

 しかし、予想外にも鹿目さんは乗ってきた。親友の血塗れ姿を見た後だから元気に立ち直ってくれるのは嬉しいが、この状況でこんなアホな話題に食いついてくるとはちょっとどうなんだろうか。

 もっと他に聞くべきことがあるだろう。特に鹿目さんは織莉子姉さんに狙われているんだから。

 とにかく、まだ危機を完全に退けたわけじゃない。ほんわかし始めた雰囲気を振り払い、僕は真面目な表情をする。

 

「というか、そんなことよりもまずはここから離れようよ。魔女の結界に閉じ込めたとはいえ、きっとすぐに彼女たちは出てくると思うよ。それと鹿目さんはこれを」

 

 取り合えず、鹿目さんは制服が美樹の血を吸って真っ赤に染まっているので、僕は学ランを脱いでをそれを羽織(はお)らせる。

 流石に血塗れの女の子をそのままにしておくのは忍びない。それにここから移動するのにあまりにも目立ちすぎる。

 

「あ、ありがと、政夫くん……」

 

「あ! 誤魔化した! 今、誤魔化したよね!」

 

 しつこいなぁ。何がそこまで美樹を拘らせているのか、僕には理解ができない。

 大体、友達の命が狙われているんだから、もっと真剣になってほしいものだ。

 溜め息を吐きつつ、どこに逃げればいいのかを熟考する。

 どこに逃げても織莉子姉さんには未来を視ることができるため、完全に()くことは不可能だ。

 ならば、身を隠せる場所ではなく、少しでも僕らにとって有利な場所に移動することが良いだろう。

 

 

 

 

~織莉子視点~

 

 

 まー君がグリーフシードをキュゥべえに投げる瞬間に工場の外に彼が居る未来を視た。あまりにも突然の事だったせいで私は何の対応もできなかった。

 すぐさま、シャッターの方を振り返れば、視えた光景と同じようにまー君や魔法少女たちは既に外に逃げていた。床に転がったグリーフシードが孵化して魔女の結界が周囲を覆っていく。

 景色が完全に魔女の結界内に取り込まれる中、最後に一瞬だけ外に居るまー君が振り返り、視線が絡み合う。

 その目には若干の罪悪感と――強い覚悟が見て取れた。

 そう。貴方もお父様と同じで私を裏切るのね。

 深い失望と胸の中を焼け付くような怒りが湧き上がる。

 私はまー君、いえ、夕田政夫を睨みつける。

 

 

 

 自分の生きる意味を知るためにキュゥべえと契約した私は、この世界の滅びを視せられた。

 私はこの世界を護る、そのためだけに生きようと決めた。それだけが私の存在理由だと定めた。

 でも、この街で六年ぶりに彼に会って、その決心が鈍りかけた。

 まー君。

 私と同じように、幼くして母親を失った痛みを共有した大切な弟のような存在。

 最初に彼に会った時は戸惑いと、嬉しさを感じた。誰もが、お父様の付属品をしか見ていなかった私を彼だけは個人として見てくれた。私を名前で呼んでくれた。

 世界のためだけに全てを捧げようと誓ったはずなのに、いつの間にか世界よりも貴方の未来を守るために動いていた。

 

 ――でも。

 

 貴方が全てを知った上で私の敵になるのなら、私の救世を阻むのなら。

 もう貴方なんて要らない。

 私は世界の滅びを防ぐだけの装置でいい。私は孤独で構わない。

 誰にも、何にも、期待などしない。

 

 私の名前は美国織莉子。願いは唯一つ。

 世界を救う。

 ただそれだけ。

 




何だかんだ言って予定より投稿が遅れてしまいました。
次か、次の次ぐらいには決戦になると思います。織莉子編長い……。

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