魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第七十四話 決戦の準備

「こことかどうだ?」

 

「そうだね。ここが良さそうだ」

 

 僕たちが逃げてきた場所は、とある廃ビルだった。

 何でも、前に巴さんと杏子さんが戦った場所なのだという。二人とも、そのことについて聞くとバツが悪そうに言葉を濁した。

 まあ、もうお互い和解しているし、別にそこまで掘り下げることでもないので問い詰めるような真似はしなかった。

 逆に巴さんの方が僕に尋ねてきた。

 

「というより夕田君。鹿目さんも連れてきたら、あの廃工場と変わらないんじゃないの?」

 

「いいえ、彼女たちの目的は鹿目さんの殺害です。それに鹿目さんをどこかに逃がしても、織莉子姉さんの予知の魔法で探されるとすぐに捕捉される可能性が高いです」

 

「織莉子()()()、ね」

 

 僕と巴さんの会話に割り込むように暁美が言った。

 彼女は責めるような口調で僕を(とが)める。

 

「政夫。さっきも美国織莉子の事をそう呼んでいたけれど、貴方とあの女はどういう関係なの? あの女の魔法の事だって政夫が知っているのはおかしいわ」

 

 暁美のその意見はもっともだ。呉先輩のことについて話した時には、織莉子姉さんのことは知らない振りをしていた。

 僕と織莉子姉さんの関係について洗い(ざら)い話しておこう。もう隠す理由も必要性もない。

 

「中に入ってから話そう。色々としなきゃならない準備もあるしね」

 

「ちゃんと教えてもらうわよ。私は……貴方の事を疑いたくはないわ」

 

 上目遣いで暁美は僕を見つめる。その瞳には僕への信頼が一目で見て取れた。

 こんなに重要なことを隠していた僕をまだ信じていてくれるのか。信頼されるということがここまで嬉しいと思ったのは初めてだ。

 自然と頬が笑みを形作る。

 

「ありがとう。信じてくれて」

 

「うわー! まーた二人だけの空間作ってるよ。私やまどかも話に混ぜてよ」

 

 美樹が僕の肩に寄り掛かるようにして、ずいっと話に入ってくる。

 

「もちろん。美樹さんたちにもちゃんと話すよ」

 

 『どれだけ辛くても、家族や友達を、自分の周囲の人を大切にしてみて。きっとその事がまー君を幸せにしてくれるから……』

 織莉子姉さんが言ってくれたあの言葉は満更嘘でもなかった。

 僕は今、確かに幸せを感じている。僕の生き方は決して無意味ではなかった。

 

 

 

 

 廃ビルの中は当然の如く荒れていて、夜は不良たちの溜まり場にでもなっているのか、そこら中に空き缶やビン、ビニール袋などが散乱していた。

 スプレーで書いた色取り取りの落書きが目に付く。幸い、この時間帯には居ないようで安心した。流石に不良とはいえ、できることなら無関係の人間は巻き込みたくはない。

 念のため、屋上まで行って見てみるが、人っ子一人居なかった。

 

「それでここまで来て何しようってんだ?」

 

 杏子さんは屋上の真ん中辺りの床に胡座(あぐら)を掻く。

 スカートが汚れるとか気にしないんだろうか。年頃の女の子とは思えないワイルドさだ。見習いたいとは思わないが。

 

「そうだね。……取り合えず、巴さん」

 

 僕は巴さんの方へ向いた。

 

「何かしら? 夕田君」

 

「巴さんのあのリボンって、衝撃を吸収できたりしませんか?」

 

「魔力で作り出したものだから、ある程度は可能だと思うわ」

 

 そうか。なら、命綱代わりにさせてもらおう。

 僕はYシャツのボタンを外し、脱ぎ捨てる。

 

「ゆ、夕田君いきなり、服を……脱ぐなんて。破廉恥よ。そういうのはもっとお互いの事を知って、段階的に……」

 

 顔を赤く染め、わたわたと慌てる巴さんに僕は頼み込む。

 

「巴さん。僕の身体にそのリボンでテーピングしてもらっていいですか?」

 

「え?」

 

「そうすれば僕も少しは無茶できますから」

 

 織莉子姉さんももはや僕を見逃したりはしないだろう。下手をすれば僕を優先的に狙ってくるかもしれない。

 ここまでくれば少しでもリスクを減らす準備をして置きたい。

 

「ああ、そ、そう。そうよね。ええ、分かってたわ」

 

 何の説明もなしに急に服を脱ぎ出した僕が悪いのだが、巴さんも巴さんで反応が過剰なんじゃないか?

 僕はまだアンダーシャツを着ているし、大した露出なんてしていない。杏子さん以外の女の子は一様に目を逸らしたり、手のひらで顔を隠して恥ずかしがっている。何だかんだ言っても、皆、結構初心(うぶ)らしい。

 ただ美樹だけは「うわー」とか言いつつ指と指の隙間からしっかりと見ていた。……こいつは何なんだろう。

 

「じゃ、じゃあ、巻いていくわね」

 

 恥ずかしそうにしながらも、巴さんは魔力でリボンを作り出し、僕の身体に丁寧に巻いてくれた。

 脱いだYシャツを再び着直していると、なぜか冷めた目で僕を睨む暁美が切り出してきた。

 

「それで聞かせてもらえるわよね。貴方と美国織莉子との関係を」

 

「分かってるよ。でも、関係っていうほど大したものじゃないけどね」

 

 それから、皆に六年前に僕が一番弱っている時に織莉子姉さんと出会ったこと、彼女から僕の信念というべき生き方を教えてもらったこと、そして、この街に来て魔法少女となってしまった彼女に再会したことを包み隠さず全て話した。

 話し終えて、しばらく経った後も、誰も何も言わず沈黙が流れた。

 

「それで……政夫くんにとって美国さんはどういう人物なの?」

 

 一番最初に口を開いたのは鹿目さんだった。

 彼女が気になるのも当然だろう。現在進行形で自分の命を狙っている相手にお世話になったと友達が話しているわけなのだから。

 鹿目さんの心中はさぞ複雑なはずだ。

 

「僕にとって、か。一言で言うのは難しいね。でも、言うならば……僕を救ってくれた人かな」

 

「そうなんだ……。だったら、政夫くんはその人と敵対しちゃって辛くないの?」

 

 心配そうな表情で僕の顔を覗き込む。

 本当にこの子は優しい。人に命を狙われているという、下手をすれば心の均衡を崩してもおかしくない状況で、僕のことを気にしてくれている。

 いくら世界が滅ぼす可能性があるしても、こんな心優しい女の子を殺そうとしている織莉子姉さんは間違っている。

 僕の選択はやはり間違っていなかった。そう確信できた。

 

「でも、今の織莉子姉さんは絶対に間違ってる。だから安心して。鹿目さんは殺させたりなんかさせないから」

 

「……だったら、政夫は当然、美国織莉子や呉キリカを殺す事を推奨してくれていると思っていいのね?」

 

 冷や水を掛けられたような台詞が僕に浴びせられる。

 腕を組んで屋上の手摺(てすり)に腰掛けた暁美が僕を見つめていた。

 暁美が魔法少女になる前の呉先輩を殺そうとしたのを止めた時のことを言っているのだろう。

 僕はその問いに首を振って答える。

 

「ううん、違うよ」

 

「なら、政夫は一体どうしようというの? あいつらは……まどかを殺そうとしているのよ!?」

 

 僕のどちらにも就かないような発言に声を荒げた。いつになく、暁美は感情的だった。それほどまでに織莉子姉さんに恨みを抱いていることが容易に想像できる。

 

「鹿目さんは殺させない」

 

「それなら……」

 

「でも、織莉子姉さんたちも殺させない」

 

 僕は暁美の顔を正面から、堂々と告げた。

 それが許せなかったようで暁美は苛立ちを含んだ声で一蹴した。

 

「無理よ! そんな事できる訳がない!!」

 

「『する』さ。してみせる」

 

 満面の笑みで返すと、暁美は片手で顔を覆い、深く溜め息を吐いた。

 片手が顔から離れるといつも通りの無表情が戻っている。

 

「…………随分と分からず屋なのね。『二兎を追う者、一兎も得ず』って言葉を知っている?」

 

「二兎を追う者に心強い仲間が四人も居るのなら、三兎だって四兎だって得られると思わない?」

 

 僕の言葉で今まで黙っていた巴さんが笑い出す。

 

「ふふっ、暁美さんの負けね。ここまで言われたらもう何も言い返せないんじゃない?」

 

「……人事みたいに言わないで。さやかや杏子は何か言う事はないの!?」

 

 暁美がまだ何も発言していない二人に振る。

 

「私はそれでいいよ。何かまた政夫には助けられちゃったみたいだし、今度こそは名誉挽回したいからね」

 

「そいつに舌先で相手したら勝てねーよ。キュゥべえ以上のペテン師だぞ?」

 

 美樹は快活に、杏子さんは呆れ気味にそれぞれ態度に差異はあったが、二人とも僕に協力してくれるようだった。

 それにしても支那モン以上のペテン師とは……凄まじい言われようだ。これでも僕はフェアな人間だと自負しているのに。

 

「多数決でもする?」

 

「もう、いいわ。私の負けよ」

 

 諦めたようにそう言うと、いつもより少々乱暴に髪をかき上げた。

 こいつもこいつで物分りが良くなったと思う。少し前の暁美なら絶対に納得しなかっただろう。

 

「仕方ねー。こうなりゃアタシも本気を出さねーとな」

 

 座っていた杏子さんが立ち上がり、首を曲げて音を鳴らす。

 注目を集めたかと思うと、にっと笑って僕に言った。

 

「アタシの魔法を見せてやるよ。アンタの方が上手い使い方考えてくれそうだからな」

 

 

 

 

 

~さやか視点~

 

 

 階段を一段一段上ってくる足音が聞こえてくる。

 私が今居る階は屋上の下の階の踊り場だ。まるでゲームの中ボスみたいな気分になってくる。

 バケツみたいな帽子の白い服の魔法少女と、眼帯を着けた黒い服の魔法少女が私の丁度真下にある階段から見えてきた。

 白い方は私に、正確にいうと私の後ろに居たまどか目掛けて、水晶の球をぶつけて来たので顔を覚えている。こっちが美国織莉子。

 政夫の恩人で、まどかの命を狙ってて、実際に私を殺しかけた人。こう言い表すととんでもないなぁ、この人。

 

「貴女は確か、あの時の魔法少女の一人の……」

 

「……一応、覚えててくれたんだ。美国さんでいいかな? そっちは呉さんだっけ?」

 

 ぞっとするような冷たい目で私を睨むその顔は魔女なんかより、ずっと恐ろしく見えた。

 ただ対面してるだけで思わず、背筋が凍りつき、汗が滲んでくる。

 

「一度しか言わないわ。――退きなさい。今は貴女なんかに構っている暇はないの」

 

 両目をかっと開いて私を恫喝(どうかつ)してくる。凄み、としか言えない迫力が彼女にはあった。

 私はごくりと生唾を飲み込んだ。知らない内に口の中がカラカラに渇いている。

 私は魔力で作っておいた剣を構えて言う。

 

「……いいよ。でも、そっちの呉さんは駄目」

 

「はあ? 何言ってるの、こいつ」

 

 呉さんの方は美国さんよりも迫力が劣るけれど、チンピラみたいな粗暴な怖さがあった。

 私は怯えを押し殺し、精一杯の虚勢を張る。

 

「上で政夫が待ってる。でも、二人で来られるのは困るから、……悪いけど呉さんの方は足止めさせてもらうよ」

 

「お前、ふざけて……」

 

 私に怒鳴ろうとした呉さんを、一歩前に出た美国さんが制す。

 

「分かったわ」

 

「ちょっと織莉子、何勝手に決めてるのさ!」

 

 噛み付くように怒る彼女に美国さんは淡々とした口調で返した。

 

「キリカがこの子に負けるとは思えないわ。あの魔女を倒したように、さっさと倒して上がってくればいいだけよ。――それともこの子に勝てる自信がないの?」

 

「っ! そんな訳ないだろう! いいさ、ならやってやる」

 

 私から見ても都合良く乗せられたようにしか見えない呉さんは、階段から離れて、フロアの方を指差した。

 

「そこじゃ、狭すぎてやり難いからこっちにしようよ。お望み通り、ぐちゃぐちゃにしてやるからさ」

 

 私もそれに連なり、広いフロアへと移動していく。

 踊り場を通って、階段を上がっていく美国さんの背中に私は声を掛けた。

 

「政夫を、悲しませないで下さいね」

 

 どうしても言わずにはいられなかった。あの余裕の雰囲気をいつも纏っている政夫が、美国さんの事を話していた時だけは酷く悲しそうに見えて仕方がなかった。

 表情は普段通りにだったけれど、それが逆に無理をしているように感じた。

 

「分かったような事を言わないで」

 

「え?」

 

 返事が返ってくるとは思わなかったので、びっくりした。

 美国さんは振り返りはしなかったが、足を一度止めて、そう言うとまた階段を上り始めた。

 気になったが、ここから先は政夫たちが頑張るところだ。私はフロアの中央に立っている呉先輩へと向き直り、剣を構える。

 私は、私にできる事をするだけだ。

 




次回、さやかVSキリカ!
似た者同士はぶつかり合う。

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