魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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今回はさやか主役です。政夫とか出てきません。


第七十五話 恋する権利

~さやか視点~

 

 

 

 私が一人で呉さんを足止めすると言った時は、皆が必死で止めた。特にほむらの焦りっぷりっていったら、今まで私のイメージをぶち壊しかねないくらいだった。

 でも、私はそれでも呉さんの前に立ちはだかる事に決めた。

 

「ねえ、一つ聞かせてもらってもいいかな?」

 

 目の前に立つ呉さんが、両方の手に藍色のカギ爪を作り出しながら私に聞いてくる。

 

「何で、わざわざ一人で私の前に立ち塞がろうとしたんだい? お前は魔法少女の仲間がまだ三人も居るだろう?」

 

 そりゃまあ、聞きたくもなるはずだ。私が同じ事をされたら、まったく同じように尋ねると思う。

 けど、理解してくれるか分からない。

 この気持ちは多分、『今』の私だから分かるものだから。

 

「呉さん、アンタさ、政夫の事好きでしょ?」

 

「好き? そんなに軽々しいものじゃないぞ! 私は政夫を愛してる! 愛は全てだ! 好きだの大好きだの愛を単位であらわすようなやつは愛の本質を知らない!!」

 

 落ち着いたような態度から打って変わって、弾けたように両方の手を広げて演説みたいに喋り出す。そのテンションの落差が少し前の自分を思い起こさせる。

 恭介に夢中になってた私もこんな感じだったのかな? いや、流石にここまでではなかったと思う。多分だけど。

 でも、やっぱり思ったとおり、この人は少し前の私にそっくりだ。廃工場での政夫への対応を見て分かった。

 

「……本当にそう言える?」

 

 私がそう聞くと、呉さんは言葉を止めて眉根を寄せた。

 

「は? どういう事? 私が政夫の事を愛していないとでも言いたいの?」

 

 トーンの低い、脅すような声が静かに部屋に響く。

 それに萎縮しないで、むしろ、はきはきとした口調で私は返す。

 

「だって、アンタは政夫の事、全然考えてあげてないじゃん。ほむらの事だって殺そうとしてたし。ほむらが政夫の友達だって知ってたんでしょ? だったら、友達をそんな目に合わさせた政夫がどんな気持ちになるか、少しも考えなかった?」

 

「あんな女は政夫には要らない! 居ない方がいい汚らしい害虫だ! だから、私が駆除してあげようとしてるんだよ!!」

 

 興奮して叫ぶように言う彼女の姿はまるで言われたくない事を指摘された小さな子供みたいだった。

 多分、分かっているんだと思う。自分のやってる事が正しくないって事を。でも、必死にそれを誤魔化そうと、暴れている。

 ホント、過去の自分を見せられているような気分だ。

 違うところがあるのは、自己犠牲の振りしてご褒美を待ってるか、ワガママに(わめ)いて欲しいものをねだるか。それだけの違い。

 「誰かを愛してる」なんて口ずさみながら、相手の都合なんて、ちっとも考えてない。

 本当に好きなのは『誰か』じゃなくて、その誰かに恋して、良い気分に浸ってる『自分自身』。

 

「ホント、子供みたい……」

 

 呉さんと昔の自分に対してポツリとそう呟く。

 

「こ、ここここ子供ぉ!?」 

 

 すると、呉さんは眼帯に覆われていない方の目がカッと見開き、口の端を引きつらせて、私目がけてロケットのように飛び掛って来た。

 

「殺してやる! 殺してやるゥゥ!!」

 

 その右手の甲に付いている長いカギ爪を横薙(よこな)ぎに振るった。

 一応、警戒はしていたけれど、突然の攻撃に少し面食らう。辛うじて、剣でそのカギ爪をいなす。

 もう片方の手のカギ爪が私の脇腹を抉りに斜め下に潜り込んでくる。

 

「っ!!」

 

 私は左足を使い、攻撃のためにやや前のめりになった体勢の呉さんの顎を膝で蹴り上げる。狙った訳ではないが、眼帯で死角になってる箇所からの攻撃になった。

 しかし、当たる直前に彼女は身体を捻ってそれを難なく避ける。

 私も軌道がずれたおかげでカギ爪は当たらずに済んだけど、相手が一筋縄では行かないという事を改めて理解させられた。

 杏子との修行がなかったら、今の一撃で勝負が決まっていたかもしれない。「武器だけじゃなく、足もちゃんと使え」と教えてくれた杏子に心から感謝した。

 ……それにしても、今の言葉そこまで切れるような台詞だったかな? いくらなんでも沸点低すぎると思うんだけど。

 

「……思ったよりはヤルみたいだね。うん、でも、まあ、やっぱり大した事ないよっ」

 

 体勢を立て直し、一瞬だけ屈んだかと思うとバネの要領で呉さんは再び、私に突撃しながらカギ爪を振るう。

 流石に二度も同じ技は食らわない。政夫から聞いた話ではこの人が魔法少女になったのは昨日らしい。

 だったら、技量の方は杏子やマミさんに及ばないはずだ。

 そう思って向かえ討つためにこっちも剣を振るうが、何故かさっきと比べられないほど呉さんのカギ爪が早い。

 

「えっ?」

 

 間抜けな声が聞こえた。

 それが自分の声だと気付いた時には肩に激しい痛みを感じて、真横に吹き飛ばされていた。

 思い切り、床に叩きつけられ、呻き声を漏らす。剣を手放さなかったのはほとんど根性だった。

 よろめきつつも即座に私は立ち上がり、横目で肩の傷を見た。

 そこには抉り取られたような三本の傷痕があり、真っ赤な血がどくどくとこぼれている。

 痛みはあったが我慢できないほどのものじゃない。

 

「あはっ! 調子に乗ってた割には弱いねっ」

 

 いつの間にか上に跳んでいた呉さんのカギ爪が私に振り下ろされる。私は後ろに引き下がるようにジャンプして、何とかそれをかわした。

 攻撃を避けられた呉さんは私が元居た場所に着地して、獰猛な笑顔を浮かべると、私を小馬鹿にしたように眺める。

 図星を突いた私をじわじわと痛めつけるのが楽しいのか、追撃をしてくる様子は今のところない。

 すっかり、忘れていた。ほむらが言っていた呉さんの魔法の事。

 ほむらが時間を止める魔法を持っているように、呉さんは相手の動きをスローにする魔法を持っているらしい。

 何でこんな事をほむらが知っているのかは、話すと時間がかかるし、うまく話せる自信がないって言っていたので深くは聞かなかった。

 ほむらの事を嫌っていた頃の私なら、信用しなかったと思う。

 けど、あいつの事をよく知った今なら、絶対に私が損をするような嘘は吐かないって知っている。

 

「……都合の悪い事を言う相手はすぐに黙らせようとするんだね」

 

「っ! ふふ、いいさ。そんなに早く死にたいっていうなら、殺してやる」

 

「……負けたくないからよ。昔の自分にはね」

 

「? どういう意味?」

 

 訳が分からない風な表情をした呉さんに私は、自分を奮い立たせるように言う。

 

「最初に私に、一人で立ち塞がったのって聞いたよね? あれの理由はさ、アンタがちょっと前のカッコ悪い私にそっくりだったから」

 

 残念ながら、頭の悪い私にはスロー化の魔法を破る手段も思い付けそうにない。

 でも、諦めるつもりもない。

 馬鹿な私にできる事は真正面からぶつかっていく事だけだ。

 

「自分の事しか考えられないアンタに恋をする権利なんてないよ。アンタに政夫は――絶対にあげない!」

 

「言わせておけばぁ! ナニサマだよ、お前ぇぇーー!!」

 

 両手をこっちに向け、呉さんは手から生やしたカギ爪を打ち出してくる。

 遅くなった私にこの攻撃は避けられない、そう思って、私はあえて避けずに飛んでくるカギ爪に対して、逆に突っ込んでいく。

 ダメージは気にしない。剣で弾けるのは弾いて数を減らして、残りは大人しく食らう。

 太もも、脇腹、腕、肩、頬。さっき斬られたのよりも威力の高いカギ爪が私の身体を襲った。肉を抉られ、剣を落としかけるほどの激痛が走る。急所に来るのだけは絶対に弾くようにしているけれど嵐のような猛攻に身体を削られていく。

 呉さんのカギ爪はいくらでも作り出す事ができるようで、尽きる事はなさそうだった。その代わりといっては何だけど、知らない間に私の速さが元に戻っていた。

 多分だけど、威力のある攻撃をすると、スロー化の魔法は使えなくなるみたいだ。

 それでもなかなか彼女には近付けず、一歩一歩亀のように進んでいくのでせいいっぱいだった。

 泣き出したいほど痛い。

 今すぐ逃げ出したほど辛い。

 何にも考えたくなくなるほど苦しい。

 でも。

 立ち向かわなきゃ、駄目だから。

 

「う、あああああああああああああああああああああっ!!」

 

 剣を振りながら、私は前へと走り出す。

 もう、なりふりなんか拘ってられない。私は最低限の急所だけを守りながら雄叫びを上げて突進した。

 傷や痛みは一層激しさを増す。

 その代償に私と呉さんの距離が縮まっていく。

 ――痛い。

 知らない!

 ――辛い。

 我慢しろ!

 ――苦しい

 諦めるな!

 

「あああああああああああああああああああ!!」

 

 すぐ目の前。まさに目と鼻の先に呉さんが見えた。

 

「っう!?」

 

 私は完全に守りを捨てて、剣を上段に振り上げて、振り下ろす。

 狙ったのは頭。全身全霊を込める。

 ガッと鈍い音がして、呉さんの額が割れて血が垂れた。

 そのまま、彼女は後ろへと崩れるように倒れた。

 私も勢いに乗ったまま、血に塗れた傷だらけな身体が前のめりに転ぶ。

 

「―――――――――――――――――――――っ!?」

 

 傷口が床とキスをして、頭の中で激痛が大合唱を奏でた。言葉に絶叫が口からこぼれた。

 しばらく、ぜいぜいと息を荒くしていると、出血が収まり始め、少しずつ傷が治り始めていく。

 私の勝ち、でいいのだろうか?

 最後は無我夢中だったので、勝った実感が持てなかった。

 

「……何で、(みね)の方を振り下ろしたんだい?」

 

 仰向けに倒れたままの姿勢で私のすぐ横に転がってる呉さんが口を開いた。

 

「刃の方なら……私を殺せていたのに」

 

 その問いに私は当たり前の答えを返した。

 

「だって、そしたら政夫悲しむでしょ?」

 

 私はそんな真似は絶対にしない。本末転倒もいいとこだ。

 何のために辛い思いまでして戦ったのか分からなくなる。

 

「くっ、あはっ! あはははっははははははは!」

 

 呉さんは笑い声を上げながら……泣いていた。

 天井を向いたその横顔からは大粒の涙が止め処なく流れている。

 

「はははははは……私の、負けだよ。完敗だ」

 

 その涙の意味が私には理解できた。それはかつて私が流したものと同じ気持ちが詰まっている。

 だから、何も言わずに黙って彼女の乾いた笑い声を聞いた。

 ホント……恋をするのも、楽じゃない。

 




次回 織莉子編最後にしたいです。

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