魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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今回は前編後編に分けることにしました。


第七十六話 粘着質の政夫 前編

 屋上の扉がゆっくりと開き、白い魔法少女、織莉子姉さんが姿を現した。

 美貌と言っても過言ではないその顔は、こちらを睨み付ける鋭い眼光のせいで台無しになっている。

 中央に立つ僕を視認すると、真一文字に引き結ばれた彼女の口が開いた。

 

「最悪の魔女になる、あの少女は何処に居るの?」

 

「そんな怖い顔していたら、せっかくの美人が台無しですよ、織莉子姉さん」

 

 このビルの屋上には僕と織莉子姉さんの二人しか人影がなかった。

 にこりと笑顔を浮かべて僕が飄々と返す。

 織莉子姉さんの瞳が一層鋭くなった。

 

「……もう、貴方に『姉さん』なんて呼んで欲しくないわ」

 

「じゃあ、なんて呼べばいいんですか? ああ、『汚職政治家のお嬢さん』なんてどうです?」

 

 彼女に取って、最も言われたくない呼称をあえて吐いた。ついでにおどけたようにクスクスと笑い声を滲ませる。

 苛立たせ、思考を乱し、会話の主導権を握る。

 

「――黙りなさい」

 

「おや、お気に召しませんでした? なら、『現実逃避のメンヘラさん』はどうですか?」

 

「……私の何処が現実逃避をしているというの? 私は誰よりも現実を見ているわ」

 

 会話に乗って来た。流石に現実逃避は聞き捨てることはできなかったようだ。

 でもね、織莉子姉さん。わざわざ反論するってことは、それだけ貴女の中でその言葉が突き刺さった証拠なんですよ。

 当初の予定通り、話を脱線させて織莉子姉さんを意識を僕に向けさせることに完璧に成功した。

 

「何を言っているんですか? 貴女は誰よりも逃げ続けているでしょう?」

 

 ねっとりと絡み付くような視線を送りながら、僕はさも大仰に語る。

 まるでこの場の主役のように振舞うことで、周りの雰囲気を支配していく。

 

「だから、私の何処がっ……!」

 

「『殺人の汚名を被ってでも世界が滅ぶ未来を回避する』。それが織莉子姉さんの目的でしたよね?」

 

「……………………」

 

「いや~、実に格好がいい! まるでファンタジー漫画か何かの主人公みたいだ! 少年週刊誌に載ってたら、毎回楽しみにしてしまいそうですよ!」

 

 視線を上に向け、両手を広げ、いかにも愉快だと言わんばかりに声を張る。

 

「言いたい事があるならはっきり言いなさい……!!」

 

「では、お言葉に甘えて――織莉子姉さん、貴女に取って世界って何ですか? 信じていた父親に裏切られて、周囲の人間には見放され、挙句の果てには住居を破壊されるような貴女が何の罪もない女の子の命を奪ってまでこの世界を護る理由があるんですか?」

 

 意地悪な質問だと自分でも思う。そもそも、現実に居る人間が『世界』のために命を懸けることなど出来はしないだろう。

 世界を救うだなんて、あまりにもスケールが大きすぎてピンと来ないのが正常な人間の反応だ。

 漫画やアニメの主人公じゃないのだ。自分が見たことも会ったこともない大勢の人たちのために命が張れる人間が本当に居るとしたら、そいつは確実に狂ってる。少なくても正気の人間じゃない。

 ましてや、織莉子姉さんは周囲の人々に見放された人間だ。にも関わらず、頑として世界を護ろうとするのは、なぜか?

 答えは自然と一つに絞られる。

 鋭くこちらを睨みつけていた織莉子姉さんの瞳がここに来て、初めて揺らいだ。

 けれど、すぐに僕をまっすぐと見つめ直し、堂々と言い放った。

 

「それは……世界を救うことが私の使命だと、生きる意味だと思ったからよ! それがお父様の夢でもある!」

 

 凛々しく、神々しいと言っても差し支えない姿だった。恥ずかしげもなく正義を叫ぶその様は正しく英雄のよう。もしも、この世界が漫画だったら本当に主人公を張れてしまいそうとすら思える。

 それなら、僕は主役に論破された悪役のように惨めな台詞の一つでも言って退場するのが正しいのかもしれない。

 だが、生憎とこの世界は現実だ。

 

「違いますよ。貴女のそれは現実逃避です」

 

 あくまでも平然と、当たり前のように彼女の言葉を否定した。

 

「え……?」

 

 愕然とする織莉子姉さんを前に僕は言葉を紡ぐ。

 もう、僕の顔には最初に付けていた笑顔の仮面はなかった。変わりにあるのは同情と憐憫の表情のみ。

 

「貴女は『世界を救うために行動する』という大義を得ることで、父親が汚職に走って自殺したことや周囲の人間が自分から離れていったことを無意識に忘れようとしている。僕に言ったでしょう? 『自分の価値を知るためにインキュベーターと契約した』って。詰まるところ、それが本心です」

 

 要は、織莉子姉さんが語った美しい台詞は自分の行動を合理的に納得させるための後付に過ぎない。

 失礼な物言いだが、端的に言ってしまえば中二病という奴だ。

 汚職政治家の父親に死なれ、世間からバッシングを受ける惨めな少女よりも、自分の手を汚してでも世界を救おうとしている悲劇の魔法少女の方が格好がいい。

 もちろん、それが全てとは言わないが、根本にあるのは現実逃避だ。

 でなければ、これほどまでに虐げられた中で『世界を救う』なんて発想が出る訳がない。

 

「ち、違う……私は世界を……」

 

 一気にさっきまで彼女が纏っていた絶対的な気迫が収縮していた。

 かつての恐ろしい眼光も頼りなく震えている。今の織莉子姉さんは、救世を成し遂げようとする魔法少女ではなく、歳相応のただの一人の女の子だった。

 

「なら、貴女が罪もない女の子を殺してまで護りたいその世界には――誰が居るんですか?」

 

 止めを刺すように僕は言う。

 彼女にそんな存在が居ないと知っていながら、彼女から戦意を奪うために容赦なく言葉の刃を放つ。

 鹿目さんを殺せば一番苦しむのは彼女だ。だから、絶対に止めてみせる。例え、彼女を傷付けてでも。

 それが僕に手を差し伸べてくれた六年前の織莉子姉さんへの恩返しだ。

 

「それ、は……」

 

 居るはずがない。

 母親は既に死別している。父親も自殺した。友人は父親が汚職に手を染めた途端に手の平を返した。

 呉先輩は、出会ってまだ一日しか経っていない。そこまで友情は築けていないと考えるのが妥当だ。

 これで織莉子姉さんも理解したはずだ。鹿目さんを殺してまで、この世界を護るほどの意味がないことに。

 彼女は間違いなく、戦意を失うだろう。

 

「もう、止めて下さい。貴女には戦う理由なんてないんですよ」

 

「……くせに」

 

「え? 何て言ったんですか?」

 

 織莉子姉さんの小さな呟きがうまく聞き取れず、(はか)らずも難聴系主人公のようになってしまった。

 

「私がっ……一番辛かった時に傍に居てくれなかったくせに、どうして! どうして、今更、そんな事言うの!?」

 

 織莉子姉さんは泣いていた。

 僕の方へ早足で歩み寄ると、胸倉を掴むように服を引っ張る。こぼれた涙がYシャツに染みを作った。

 

「魔法少女なんか! ならなかったわよ! まー君が傍に居てくれたら!」

 

「……っ」

 

 胸の内側を金槌か何かで叩かれたような気分になった。

 

「独りじゃなかったら! ここまで思い詰める事もなかった! 仕方ないじゃない! 誰もっ、誰も助けてくれなかったのよ!? 縋るしかなかった、ただの幻想だとしても!」

 

「織莉子姉さん……ごめん。ごめんね」

 

 愚かだったのは僕の方だ。織莉子姉さんのことを分かった気になって、彼女の辛さに気付くことができなかった。

 彼女をできるだけ優しく抱きしめる。ただ、静かに想いを込めて。

 癒すことができなかったその時の贖罪も兼ねて、強く強く抱きしめた。

 

「……もう、遅いわ。まー君」

 

 腕の中に居る織莉子姉さんが呟く。

 その言葉の意図に気付いた僕は、上を見上げる。そこには水晶の球が数十個ほど浮かんでいた。

 その球がそれぞれ『何もない』ビルの隅に向かって勢いよく飛んでいく。

 

「チッ!」

 

 僕でも織莉子姉さんでもない第三者の舌打ちが『何もない』場所から聞こえた。

 蜃気楼のように水晶の球が飛んで行った場所が揺らぎ、赤い槍が振るわれ、マスケット銃が弾丸を放つ、マシンガンが飛び出して乱射する。水晶の球は全て打ち落とされ、代わりに隅から魔法少女たちが姿を現す。

 

「……幻覚の魔法ね。今まで気付けなかったわ」

 

「大したもんだろ? ま、できれば最後まで気付かないでもらえりゃよかったんだけどな」

 

「確かめるために攻撃なんて、本当に容赦ないわね」

 

「まどか、大丈夫? 怪我はない?」

 

「うん。大丈夫。ありがとう、ほむらちゃん」

 

 今まで杏子さんの魔法によって、姿を隠していた皆がそれぞれの武器を構えた。

 しくじった。本来なら、織莉子姉さんの戦意を()いだ後、隠れていた巴さんがリボンで拘束するという手筈だったのだが、僕が合図を出す前に織莉子姉さんに勘付かれてしまった。

 

「その涙も嘘だったんですか? すっかり騙されましたよ」

 

 僕から身体を離して、涙を(ぬぐ)う織莉子姉さんに非難するように言うと彼女は首を振った。

 

「いいえ。私の涙も言葉も嘘偽りない私の本心よ。ただ、私はこの世界を救いたい。それだけよ」

 

 その言葉に思わずカッとなり、声を荒げた。

 

「まだそんなことを! 貴女が言う世界は……」

 

「確かに私が言った言葉はただの現実逃避かもしれない。私が言う世界が空っぽだというのも否定しないわ」

 

「だったら!」

 

「でもね、まー君。私は貴方に生きて欲しい。例え、貴方の大切な友達を殺してでも私はまー君に未来を歩んで欲しい。これは心からの想いよ」

 

 どこか晴れやかなその顔は、六年前に僕が見た織莉子姉さんと同じ温かさを持っていた。

 偽らざる彼女の本心なのだと理解できた。だからこそ、僕はそれが容認できない。

 

「織莉子姉さん、それは……」

 

「政夫、もういいわ。その女の言いたい事も分かる」

 

「な! ほむらさん!?」

 

 意外にも僕の言葉を止めたのは暁美だった。

 この場で最も織莉子姉さんを憎んでいる彼女が、あろうことか鹿目さんを殺害しようとすることを認めるようなことを言ったのだ。

 意味が分からなかった。矛盾しているにも程がある。

 しかし、暁美はそんな僕には取り合わず、織莉子姉さんに視線を向けた。

 

「だから、美国織莉子。決着を着けましょう」

 

 




自動車の免許を取るにために教習所に通い始めました。
後編がいつ書けるのか分かりません。

しかも、サークルの小説も終わらせなければいけないのでちょっと間隔が空いてしまうかもしれません……。

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