魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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前編のあらすじ

政夫は言葉巧みに織莉子の矛盾を指摘し、心の拠り所を壊し、戦意を圧し折ろうとした。しかし、その結果、逆に彼女の本当の目的を見つけさせる切欠となってしまった。
意志と覚悟を持った織莉子の前にほむらが立ち塞がる!

負けるな! 織莉子!



第七十七話 粘着質の政夫 後編

 「美国織莉子。私は貴女の事が少しだけ分かった気がするわ」

 

 暁美はマシンガンを構えてながら、織莉子姉さんに話しかける。

 少し前までの憎しみに満ちた表情ではなく、どこか哀れみを込めたような(うれ)いた顔だった。

 口調もまるで労わるようなもので彼女の理解と共感がありありと読み取れた。

 

「貴女も……守りたい人のために動いている。それ以外を全て投げ出してでも」

 

「知ったような口を利かないで頂戴(ちょうだい)。何も知らないくせに!」

 

 対する織莉子姉さんは敵意のある瞳で睨みつける。

 

「知ってるわ、貴女の目的は。本心を知ったのはこれが『初めて』だけれどね」

 

「……なるほどね。つまり、貴女は『知っている』のね。あの最悪の結末を……」

 

「ええ。嫌というほど見てきたわ」

 

 織莉子姉さんの顔が歪み、激昂した。

 

「なら、何故分からないの!? その少女一人のせいで、世界の……まー君の未来が滅びかねないという事に!!」

 

 鹿目さんに指を差し、暁美を糾弾する。

 鹿目さんは織莉子姉さんの気迫に怯えるが、暁美の陰に隠れる事はせずに織莉子姉さんを見つめ返した。

 巴さんと杏子さんはよく分かっていない様子だったが、黙って、ことのなりゆきを静観している。僕が彼女たちに話したのは「織莉子姉さんは鹿目さんが魔法少女になり、やがて強い魔女になる未来を知り、それを恐れているから鹿目さんの命を狙っている」ということだけだ。

 暁美のことを話さなかったのは、それが僕が言うべきことではないと判断した故だが、そのせいで巴さんたちには暁美の発言の意味が理解できないだろう。

 

 暁美はさらりと怒声を受け流し、落ち着き払った様子で言い返す。

 

「もしも、政夫のせいで世界が滅ぶとしたら……美国織莉子、貴女はどうする?」

 

「………………」

 

「つまりはそういう事よ」

 

 答えられない織莉子姉さんに対し、暁美は口元を弛めた。

 優しい自然な微笑み。そして、お互いのことが分かり合えても、決して和解ができないという諦念の笑みでもあった。

 再び、表情を口を真一文字に引き結ぶと今度は巴さんに顔を向けずに言葉をかける。

 

「マミ、杏子。貴女たちはまどかと政夫に危害が及ばないようにして」

 

「暁美さんはどうするつもりなの?」

 

「さっき言ったとおり、彼女との決着を着けるわ。勝負が着くまで貴女たちは手を出さないで」

 

 

 

 僕と鹿目さんが屋上の隅に集められて、それを守るように武器を構えて巴さんと杏子さんが立っている。

 僕らの目の前に双方向き合うように立っているのが、暁美と織莉子姉さんの二人。

 彼女たちの表情に怒りや憎悪の色はない。ただそこにあるのは意志のこもった瞳があるだけだ。

 一体どうしてこうなったのか。もっと穏やかな方法はなかったのだろうか。

 そんな益体もないことが頭を()ぎる。

 僕の目の前で繰り広げられようとしている戦いを歯痒い思いをしながら黙って見守るしかなかった。

 

 先に動いたのは織莉子姉さんの方だった。

 その場で跳び上がると、空中で足の下に無数の水晶の球が作り上げられる。

 暁美が手に持ったマシンガンの銃口から弾丸を放つが、織莉子姉さんは乗っている無数の水晶球を動かし、さらに上へと浮かび上がる。

 距離を離しつつも無言で下に居る暁美を見下ろしながら、いくつも水晶球を空中に作り出し、狙い撃つ。

 果敢にも暁美はマシンガンの弾丸でそれらを迎撃しようとするが、水晶球は弾丸に当たる前に爆発した。

 いや、爆発()()()のだろう。

 

「……っう」

 

 砕けた破片が暁美の肩や腕に突き刺さり、彼女は苦しげに呻き声を上げる。

 

「ほむらちゃんっ!!」

 

 隣に居る鹿目さんが心配のあまり、暁美の名前を呼んだ。

 巴さんも杏子さんも不安げな表情で二人の戦いを見ている。特に杏子さんの方は手を出したくて悔しそうに槍の柄をギュッと握り締めた。

 当然の事だが、皆は暁美が勝利することを望んでいる。それは即ち織莉子姉さんの死に繋がっている。

 なら、僕はどうだろう?

 確かに織莉子姉さんは鹿目さんを殺そうとしている。説得にも応じてくれなかった。もうどうすることもできない。

 でも、死んでほしくないと思わずにはいられない。

 今、僕が生きているのは紛れもなく、六年前の織莉子姉さんの言葉があったからだ。

 しかし、暁美もまたこの街で出会った大切な友達だ。

 出会った時の印象は最悪で、鹿目さんに執着する理由を聞いた時には軽蔑すら感じた。

 けれど、暁美ほむらという人物を少しづつ知っていく内に、その感情は徐々に変わっていった。

 友達のために怒り、友達のために涙を流せる優しい女の子だと気付かされた。

 どちらにも死んでほしくない。

 わがままな思考のまま、僕の中で答えは出てきそうになかった。

 

 傷付き、動きを止めて(うずくま)った暁美に追い討ちをかけるかの如く、水晶球が襲う。

 だが、今度は爆発する前に水晶球が砕け散った。

 見ればいつの間にか暁美は織莉子姉さんの後方の位置に移動していた。とても、一瞬で動ける距離ではない。

 十中八九、時を止めたのだろう。

 水晶球は任意で爆発させることができるようなので、爆発もせずに砕けたということは暁美が打ち落としたということだ。それにも関わらず、僕らにはマシンガンの銃声が聞こえなかったのも証拠の一つだ。弾薬の装填もその時に行ったのかもしれない。

 

 今度は背後を取った暁美が攻勢に周り、マシンガンの雄叫びが空気を揺らす。

 普通のなら、いきなり目の前から標的が消えたことで動揺が走ってもおかしくはないと思うが、織莉子姉さんは知っていたように後ろに振り向き、水晶球を壁になるように生み出す。

 多分、とっさに未来視を使って一瞬前にこの光景を視たのだと思う。

 それにしても、これだけの水晶球を作れるということは恐らくは『影の魔女』のグリーフシードによって、魔力を全回復でもしたのだろう。時間稼ぎに使ったグリーフシードだが、それは返って良くない結果を引き出してしまったかもしれない。

 

「くぅ……」

 

 だが、水晶の球で作った壁である以上、どうしても隙間ができてしまう。そこに飛び込んでいく弾丸を織莉子姉さんは腕を使って防ぐ。

 純白の衣装の袖に赤い斑点が一つ、また一つ増えていく。

 足場になっている水晶球を動かして、弾丸の嵐から逃れようとするが、暁美は僕の知らない間に持っていた楕円形の物体を織莉子姉さん目掛けて投げつける。

 

「っ!!」

 

 それは手榴弾だった。

 僕がそれを視認した瞬間、爆発を起こして、煙が織莉子姉さんを包み込む。

 割れた水晶の破片が地面に落ちてさらに音を立て細かく砕ける。それと同時に鈍い落下音が聞こえた。

 煙が霧散していくと、そこには衣装が破れ、傷だらけの織莉子姉さんが倒れていた。

 

「織莉子姉さっ……」

 

 自然と口に出してしまい、僕は気まずくなって鹿目さんの横目で見た。

 彼女は何も言わずに僕の手を取って、優しく包み込む。

 その優しさが今の僕には申し訳なく感じさせた。

 暁美はマシンガンを構えて、ゆっくりと近付き、織莉子姉さんの傍まで来ると宣言するように言った。

 

「勝負は着いたわ。私の勝ちよ」

 

「……冗談じゃ、ないわ」

 

 被っていた帽子は吹き飛び、整えてあった白い髪は乱れていながらも、織莉子姉さんは気丈にも腕を使って起き上がろうとする。

 

「私は負けられないのよ。ここで諦めたら……まー君はあの破滅をもたらす少女と心中する破目(はめ)になる。それだけは、それだけは絶対にさせない」

 

 暁美はトドメを刺そうとはせず、ただ無言でそれを見ていた。

 震える手足を動かし、織莉子姉さんは生まれたばかりの動物の赤ん坊のように立ち上がる。

 その目には強い意志と覚悟が伝わってくる。

 そこまで、織莉子姉さんは僕のことを大切にしてくれていたのか……。

 涙が滲んで僕の視界が霞んできた。

 僕は声を上げて叫んだ。

 

「織莉子姉さん! だったら、僕らで協力して鹿目さんを魔法少女にしなければ良いだけのはずです! 織莉子姉さんが手を貸してくれれば……」

 

 暁美を睨んだまま、彼女は僕に答えた。

 

「まー君。それはできないわ」

 

「どうして!?」

 

「まー君はあの絶望を、恐ろしさを知らない。万が一でもあの厄災の芽は摘み取って置かないといけないの……あれはあまりにも救いがなさ過ぎる。それに……」

 

 そこで一呼吸置いた後に静かに言った。

 

「あれはもう決定事項のようなものなんでしょう? 暁美ほむら」

 

「………………」

 

 暁美は何も答えない。

 

「貴女の正体に合点がいったわ。時間遡行者、それが貴女の正体よ。それなら私の名前や能力を知っていた事も、あの滅びの未来を知っていた事にも説明が付く」

 

 喉から搾り出すような怨嗟のこもった声を吐きながら、じっと暁美を見つめる。

 

「一体何度あの地獄を見たの? 一体何度繰り返したの? 一体何人の命を犠牲にしたの? ……いえ、そんな事はどうだって構わない。ただ許せないのはこんな愚かな行為にまー君を巻き込んだ事」

 

 織莉子姉さんの周りに水晶球が次々と出現する。

 その数は今までの比ではない。十や二十ではなく、下手をすれば百を越すかもしれない。

 無数の水晶球は太陽の光を浴び、きらきらと宝石のように輝いている。その美しい光景と満身創痍の織莉子姉さんは、皮肉にも傷付きながらも困難に立ち向かう、神に祝福された救世主のように見えた。

 

「私は護る。護ってみせる。まー君の未来を!」

 

「似てるわね、貴女と私。でも――」

 

 そこで暁美は一層悲しげに目を細めた。

 

「貴女は私と違って、まだ孤独なままなのね」

 

 暁美に向かって、大雨のように降り注ぐ水晶球。

 そこに(おど)り出たのは黄色と赤の二人の影。

 赤黒い柵状の壁が突如暁美の目の前に出現し、水晶球の猛威から暁美を護る。

 

「なっ……!」

 

 この戦いの中で初めて驚いた顔を見せた織莉子姉さん。

 その彼女の後方から黄色いリボンがうねる様に巻きつき、身動きを封じる。

 

「やはり、その水晶球を出すので精一杯で、未来予知の方まで割く魔力はなかったようね」

 

「貴女たち……!」

 

「おっと、ずるいだなんて言わせねーよ。なあ、マミ?」

 

「ええ。私たちはちゃんと聞いたわ。『勝負は着いた』って。私たちが手を出さないのは勝負が着くまでの間だけよ。その後は何も約束はしてないわ」

 

 織莉子姉さんが非難するように睨みつける中、杏子さんと巴さんは悪戯っ子みたいな笑みを浮かべていた。

 僕が織莉子姉さんに叫ぶ前から、杏子さんと巴さんは割り込もうとしていた。僕はそれを察し、二人が注意を逸らすように声を上げたのだ。

 もう未来予知もできない織莉子姉さんは、目の前の暁美に完全に意識を取られていたので成功するのは目に見えていた。

 水晶球は数を増やしたせいか、威力は先ほどものより格段に劣っており、全て柵状の壁に阻まれた。隙間を通過してきた破片は、杏子さんが槍をバトンのように回して吹き飛ばす。

 

「美国織莉子、もう一度言うわ。貴女の負けよ」

 

「くぅうう……」

 

 唇を噛み、悔しそうな表情で声を押し殺し、織莉子姉さんは嗚咽を漏らした。

 ぐうの音もでないほどの完全なる敗北だった。もう、織莉子姉さんには打つ手はない。

 これで鹿目さんの殺害を諦めてくれる。

 僕がそう思った時、屋上の扉が開いた。

 現れたのは呉先輩だった。

 

「キリカ!? 良かった。今すぐ、このリボンを切って! 貴女が居るならまだチャンスは……」

 

 織莉子姉さんの顔に光が戻る。

 呉先輩が来たということは、美樹は殺されてしまったのかと不安が競りあがったが、すぐにそれは要らぬ心配だったと知った。

 呉先輩の後から、ふらふたした足取りで疲れた様子の美樹が顔を出した。

 

「呉さん、私、血抜きすぎて貧血気味なんだから……というか、おんぶしてくれてもいいぐらいだよ……」

 

「嫌だよ。何で私がそんな事しなくちゃいけないのさ。私に乗っていいのは政夫だけだよ」

 

「え!? 諦めたんじゃないの?」

 

「愛は無限大。永久に不滅なんだよ」

 

 なぜか、親しげに会話を繰り広げていた。下の階で一体何があったというのだろうか?

 

「キリカ……どういう事?」

 

 織莉子姉さんが最もな疑問を投げかけると、呉先輩はあっけらかんとして答えた。

 

「織莉子、私はこいつに負けた。だから、政夫の本意じゃない方法で政夫を助けるのももう止めるよ。……嫌われたくないしね」

 

「何を……何を言ってるの!? 本当にまー君の事を愛しているなら、心を鬼にしてでも止めなさい!」

 

「それ、独りよがりなんだってさ、こいつに言われてしまったよ」

 

 隣に立った美樹が「こいつじゃなくて、さやかですって」と訂正をしているのが、場違いで気が抜けそうになった。

 でも、これで完全に雌雄は決した。

 もう、織莉子姉さんには万に一つの勝ち目もない。

 僕は鹿目さんと繋いでいた手を離して織莉子姉さんに近付いていき、彼女の前に立つ。

 

「織莉子姉さん。僕の友達は凄いでしょう? 彼女たちが居れば、未来だって変えられます。だから、もうこんな事は止めてください」

 

「それはできないわ。私は死ぬまで足掻き続けるわ。もし……止めたいなら私を殺しなさい」

 

 駄目なのか。ここまでしても織莉子姉さんの心を変えることはできないのか?

 彼女の言う通り、命を奪わない限りは止められないのか……?

 もし、そうなら、せめて僕が手を汚したい。

 

「ほむらさん。僕にも扱える銃はある?」

 

「政夫……分かったわ」

 

 暁美に聞くと、意図を察して楯からハンドガンを取り出して、僕に手渡してくれた。

 そして、織莉子姉さんの方に向けようとして、手を掴まれた。

 

「駄目だよ! 政夫くん!」

 

 それは鹿目さんだった。

 僕の傍に近付いていた彼女は両腕でしっかりと僕の手にしがみ付く。

 彼女の目には涙が浮いていた。

 

「絶対にそんな事したら駄目だよ! 美国さんは政夫くんにとって大切な人なんでしょ!?」

 

「でも」

 

「でも、じゃないよ! こんな事したら政夫くん絶対後悔する!」

 

 鹿目さんは織莉子姉さんにも言った。

 

「美国さん。もしも、私がキュゥべえと契約しようとしたその時は殺しても構いません。だからっ、大切な人同士で傷付けあうのは、止めてください!!」

 

 一気に畳み掛けるように言う鹿目さんに毒気を抜かれ、織莉子姉さんは唖然として固まった。

 僕は向けかけた銃を下ろして、苦笑いをこぼす。

 

「ねえ、織莉子姉さん。僕らのためにここまで言ってくれる女の子が本当に世界を滅ぼすのか、確かめませんか?」

 

 織莉子姉さんは、何も言わなかった。それが僕には肯定にしているように思えた。

 今日、改めて知ったことは『女の子は強い』。その一言に尽きた。

 僕のつまらない小細工など、本当の強さの前では意味を成さない。

 非力な両手で僕を押さえ込もうとしている鹿目さんがとても力強く見えた。

 




やっと織莉子編終了しました。想定していたストーリーと全然違ってしまったのはご愛嬌。


さて、突然ですが『活動報告』にてアンケートを実施しています。
内容は政夫のパートナーキャラを誰にするかです。詳しくは『活動報告欄』に書き込んであります。
アンケートは、『活動報告欄』に書いてください。

もちろん、感想の方もお待ちしております。

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