魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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前回までの『支那ット・モンスター』 

支那モンマスター目指す若き支那モントレーナーのマサオはミタギハラシティににてジムリーダーのマドカに負けてしまう。
マサオは再びマドカに挑戦するためにピカキュゥを鍛え始める。
しかし、ピカキュゥは一向にマサオの言う事を聞かない。息のそろわないまま、マサオは再戦の日を迎えてしまう。
果たして、マサオはジムリーダーのマドカに支那モンバトルに勝利し、ジムバッジを手に入れる事ができるのか!?




嘘です。


第八十一話 真なる邪悪

「すみませーん。これ、要りませんか? お安くしておきますよ」

 

 道行くそこそこ歳のいった中年の小父(おじ)さんに声をかけ、僕は持っていた『それ』を見せる。

 

「要らないよ。そんな変な()()()()()

 

 小父さんは鬱陶(うっとう)しそうに顔を顔を(しか)めて、そのまま背を向けて去って行った。

 僕は彼を見送り、細い通りに入って壁に背を預ける。そして、『変なぬいぐるみ』を見つめて、にやりと笑みを浮かべた。

 

「変なぬいぐるみだってさ」

 

「……わざわざボクを外にまで連れ出して、何がしたかったんだい?」

 

 変なぬいぐるみこと、支那モンは不快そうな声色で僕に尋ねた。

 自暴自棄になっているのか、表情までもがかつてと比べてやさぐれている気がする。今では感情がないなんてほざいていたあの頃の支那モンが懐かしい。 

 尻尾に突き刺さったままのボールペンが一際シュールを(あお)った。

 

「分からないの? 君、普通の小父さんにまで見えているんだよ? それとも、あの小父さんには魔法少女の素質があったのかな?」

 

「………………」

 

 無言のまま、僕に首を摘ままれながら支那モン、いや、支那モンたちに見捨てられた『はぐれ支那モン』はうな垂れた。

 もう、こいつが持っていた不可視になれる特性は消滅していた。恐らくはリンクを切られた際に失ったのだろう。

 詰まるところ、あの小父さん言うとおり、今のこいつは単なる『変なぬいぐるみ』でしかない訳だ。

 

「さて、支那モン君。一つ質問があるんだけど--君が失ったのは不可視の特性だけなの?」

 

「……それにボクが答える義務はないよ」

 

 ぷいっと顔を(そむ)け、反抗的な態度を取る支那モン。

 その態度からは絶対に思い通りなんか喋ってやるものかという気概が見て取れた。

 

「そっか。それは困ったなぁ」

 

 そう言いながら、僕は何気なく視線を彷徨(さまよ)わせていると二、三メートルほど離れたところに()せた野良犬を見つけた。

 路地に放置されたポリバケツを必死で漁るその姿は酷く哀愁(あいしゅう)を誘わせる。

 同時にそれを見て、この反抗的なぬいぐるみの口の割らせ方を思いついた。

 野良犬へとゆっくりと近付き、片手にぶら下げた支那モンを頭上から垂らした。

 

「お腹空いてるだろう? 食べる? きっと、その生ゴミよりは栄養価高いよ」

 

「な!? 止めてよ! 何をする気なんだい!?」

 

「お腹を空かせた野良犬においしそうな()()を提供してあげようかなーって」

 

「そのご飯って、ボクの事だよね!? 止めてよ! 本当に死んでしまうよ!?」

 

 焦り焦った支那モンのその様子から、死を本当に恐れている事と、インキュベーターという巨大な集合体から弾かれて完全に個体としての自我を持っている事が見て取れた。

 野良犬は余程空腹だったようで、僕には一切警戒せず、一度匂いを()いだ後にぶら下げた支那モンに(かぶ)り付こうと大きな口を開く。

 ふむ。やはり人間だけでなく、他の動物にも視認されるのか。

 短い手足をバタつかせながら、少しでも野良犬から遠ざかろうともがく支那モンを観察しながら、情報を手に入れていく。

 

「わ、分かったよ。喋る! 喋るよ!! だ、だから、助けて!!」

 

 悲鳴にも近い支那モンの叫ぶ支那モンだったが、僕としてはもうある程度支那モンが失ったものを理解したので無用なものでしかなかった。

 

「いや、大体分かったからいいよ。君はこの腹ペコわんちゃんのお腹を満たし、行く行くは血となり肉となるといい」

 

「う、うそだよね? 流石に政夫でもそんな……」

 

「残念。本当でした」

 

 パッと支那モンを摘まんでいた指を離す。

 慣性の法則に従って、支那モンは涎を垂らして食事を(むさぼ)ろうとする野良犬の口へと落ちていく。

 

「う、ああああああああああああ!!」

 

 叫びを上げながら、飢えた犬の餌になりかけた支那モンだったが、僕はそれを寸でのところで再び摘み上げた。

 

「な~んちゃって。うそだよ、うそ。びっくりした?」

 

 にこやかに微笑む顔を支那モンに向けると、恐怖で硬直した支那モンは呆然としたように僕を見つめ返す。

 クゥーンとご馳走を取り上げられた野良犬が抗議するように鳴くが、痩せこけたその犬は人を襲うほど活力はないようでそれ以上は何もしてこない。

 

「ごめんね。これはまだ君に食べさせる訳にはいかないんだ。お詫びとしてはなんだけど、これをあげるから許してね」

 

 僕は野良犬に対して、多少罪悪感を抱いたのでおやつに食べようと思っていた魚肉ソーセージを取り出して、外側のビニールを()いて放り投げた。

 野良犬は瞬時に魚肉ソーセージを(くわ)えると飲み込むような勢いでそれを完食した。

 本来はこういう野良犬は狂犬病などの原因になるので餌は与えてはいけないのだが、支那モンを観察するにあたって、一役買ってもらったのでこれくらいの施しはむしろ正当な対価に当たるだろう。

 もっとも、この犬も保健所に見つかれば毒ガスの充満する部屋に放り込まれる運命なのだが。

 

「……政夫は」

 

「ん?」

 

「ボクに何の恨みがあるんだい?」

 

 睨む、と表現するにはそれはあまりにも弱弱しい視線だった。

 責めようとしているのではなく、もう本当に理解できないから聞いたといったような感じだ。

 僕はそれに対して口元を緩ませ、穏やかな笑顔を作り、懇切丁寧に教えてあげる。

 

「支那モン君、いや、人類を発展させて下さった偉大なるインキュベーター様。その質問はナンセンスだよ。人間は特に意味もなく、他者を(しいた)げる生き物だ。知ってるだろう? ――何せ、君らが僕らのご先祖様を洞窟から引きずりだしたんだから」

 

「っ……」

 

 戦慄したように、一瞬にして支那モンは凍りつく。強張ったその表情には昔あった気味の悪い無表情は影も形もない。

 どうしようもないぐらい、か弱い生き物へと落ちぶれたな。今まで『感情』から逃げてきたこいつには恐怖を抑え付ける術はない。

 

「ある意味、君らは人類の母だよ。まさに孵卵器(インキュベーター)だ。君らが孵化させてくれたおかげで、人間(ぼくら)はこんなにも邪悪に育った。どうもありがとうね、“孵卵器(ママ)”」

 

 顔をぐっと近付けて、吐息がかかる距離まで詰め寄り、支那モンにお礼をする。

 最大級の感謝(あくい)を込めて。

 摘まんでいる僕の指先にまで感じられるほど、支那モンは身体を小刻みに震わせた。

 もしも、本当に人類の発展の理由が支那モンと魔法少女にあるならば――つまり、こいつらが何もしなければ僕らの文明は原始的なものであったならば、人間の持つ独特な悪意は支那モンのせいだと言えるだろう。

 何故なら、時間をかけて得るべき『文明』を過程を極端に減らして手に入れれば、歪みが起きない訳がないのだから。

 マナーやルールも身につけていない小学生にいきなりインターネットを繋いだパソコンを与えるようなものだ。

 テクノロジーは急速に進化しても、人間の精神性や思考はそれに付いて行けるほど早くはない。

 時間をかけて、ゆっくりと変えていかなければ、人の心は必ず歪んでしまう。

 僕が小学校の後、がむしゃらに自己啓発をして性格が捻くれてしまったように、力技で押し込めばどこかで破綻してしまうのだ。

 

 野良犬がどこかへ行った後に、僕は支那モンをそっと地面に下ろす。

 支那モンは僕を胡乱(うろん)な目で見つめたまま、微動だにしない。

 

「じゃあね。インキュベーター様。もう会うこともないだろうけど、お幸せに」

 

 僕が別れの言葉を告げて立ち去ろうとすると、ようやく我に返った支那モンが僕を呼び止めた。

 

「ま、待って! え!? どういう事なんだい!?」

 

「何が?」

 

「何がって、君はボクを苦しめたかったんじゃなかったのかい?」

 

 突然の僕の対応の変化に戸惑っているらしく、実際は単に混乱しているだけだろうが、聞き様によってはもっと虐めてほしいようにも聞こえる発言をする。

 

「虐めてほしかったの?」

 

 おどけた調子で聞くと、当然ながら支那モンは首を横に振った。

 

「い、いや、違うけど。ボクは政夫の行動が理解できないだけだよ。政夫はボクを苦しめて楽しんでいたようだったから。解放してくれるならそれに越した事はないよ。良かった、安心したよ」

 

 これ以上、僕に危害を加えられることはないと思ったのか、さっきよりは少し余裕が出てきたようで、小さくボールペンの刺さったままの尻尾を揺らした。

 それを見て、僕はこいつがまだ自分の現状を把握できていないのだと理解した。

 

「インキュベーター様。君は何か勘違いをしているようだね。仕方ないから、教えてあげよう」

 

 小さく溜め息を吐いて、僕はこの無力で目立つか弱い似非マスコットに伝えた。

 

「君は今誰の目にも見えて、かつ牙も爪もない猫にすら劣る、簡単に死んでしまうほど脆弱な生き物なんだよ? きっとカラスすら追い払うことができないと思うね。さっきみたいに飢えた野良犬に食べられるかもしれない。 悪戯好きの子供たちに見つかった面白半分で弄繰(いじく)り回されるだろうね、子供って残酷だから。……そうそう何より、君を目の敵にしている魔法少女がこの街には居たねぇ」

 

 暁美とそれから巴さん、あとは織莉子姉さん。

 彼女たちには、家から出る前にそっとメールを出しておいた。

 内容はざっとことのあらましを箇条書きにして(まと)めた短い文章だ。

 ただ、最後に「こいつにインキュベーターへの憎しみをぶつければきっと少しは気がすむと思いますよ」という一文を添えてある。

 

「そ、そんな……何で……」

 

「君もインキュベーターの一匹として、今まで宇宙のために働いてきてくれてありがとうね。これからはドキドキワクワクを感じながら、スリルある余生を送ってよ。安心や安全とは無縁の生活のスタートだ。いや~、楽しそうだね~」

 

 そう言って、僕は細い路地から抜けて、大通りへと歩いていく。

 後ろで、支那モンが声にならない叫びを上げたが、僕は振り向かなかった。

 きっと、これからの自分の人生に向けて、抱負でも叫んでいるのだろう。

 幸せなマスコット君だな。本当に。




しばらく、期間が空いてしまいましたね。
ぶっちゃけ、これでもぎりぎりです。

今度はいつ書けるのかは分かりません。期待せず、待っていてください。

それと、アンケートを活動報告でやっていますが、そろそろ締め切ろうかと考えております。投票する人はお早めに。

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