星もよく見える天気のいい日だというのに、滴の音。それと共に漂う、海とは違う生臭さ。
なにかと足を進めていれば、知っている顔がいた。
「テディ……?」
CP9のテディだ。
臭いの元もどうやらテディのようだ。体をよく見てみれば、ひどいケガ。このまま放っておけば死ぬであろう傷と出血量。
「その怪我、どうした?」
「あの子を、助けたいんです」
囁かれた言葉に目をやれば、瞳は揺れ、感情もなく任務を遂行していたテディとは思えない、子供のよう。
その様子に、ガープも眉をひそめた。
「あの子?」
「時間が、ない。あなたなら……」
その言葉は子供が縋るようで、ガープはテディの腕をつかんだ。
「じゃあ、お姉ちゃん、出かけてるんですか?」
遊びに来たユイにテディがいないことを告げれば、少しだけ残念そうに眉を下げた。
「なぁに、すぐに帰ってくる。さっき、センゴクの奴に連絡が入ってたからの」
「!」
すぐに嬉しそうにしたユイは、テディと違って素直だ。いや、テディも素直といえば、素直だが。
「ハッハッハッ! ユイは本当にテディのことが好きなんじゃな」
「あ、当たり前です!」
頭を撫でる手の下で暴れるユイにガープは、なおさら大きな声で笑えばユイは困ったように頭を撫でられるのだった。
***
マリンフォードは海軍本部があるおかげで、他の島に比べ、夜でも明るい。だが、その光が届かない場所もあった。そんな暗く静かな海の傍で、座り込む女。
「――――」
小さくつぶやかれた言葉は、波にかき消された。
「こんなとこにいたのか」
その声はクザンだった。
「報告は明日。元帥にも詳細は明日伝えます」
「そう」
クザンはテディの隣に座ると、同じように海を見た。
「どうだった?」
「モモンガ中将は巻き込んでしまったため、事情を説明しました。CP9はしばらく手を出してきません。私を確実に殺せるようになるまでは」
「そいつは、よかったな」
CPが手を出してこないなら、気の持ちようが違う。嬉しい報告のはずだが、テディの様子は嬉しそうではなかった。
「なんで、こんなとこで座り込んでた?」
「……」
テディに寄りかかれば、身長差も大きいせいか、少しだけ邪魔そうに眉をひそめる。
「前の仲間と会って、戻りたいって思ったか?」
「……それはありません」
今戻るくらいなら、抜けることだってしなかった。彼らのことを、憎んで嫌っているかと言えば、それは違う。
立場が違って、戦わなければならないから、彼らとは相対した。それだけだ。
「ただ……」
「ただ?」
「ショカンは本当にすごい人だったんだと、思っただけです。私じゃ、追いつけないくらいに」
表情はないというのに、どうしてか泣いているように見えた。
「”クザン”」
「!」
ようやくこちらを見たテディの目は、柔らかくて、吸い込まれるような紫色の目が、クザンを写す。
「ユイは一般人だ。CP9にしか殺せない。でも、CP9は、ユイを殺さない」
だから、あとは私が消えればいい。
その言葉は、言えなかった。目の前の、ひどく怒ったような歪んだ表情をする男の言葉によって。
「テディちゃんさ、言ったよな? 『信用できないか?』って。すぐにいなくなろうとする奴は信用できねぇ。お前のことを待ってる奴がいるのに置いていく奴もな」
「しかし、状況的にこれで事が収ま――」
「だったらその状況判断は間違ってる」
はっきりと言い切られては、テディも言葉につまる。もう一度、頭で状況を整理するが、やはり結論は同じ。
「CPは命よりも情報かもしれねぇが、海軍は命だ。時には命をかけることもあるだろうが、そんときは、俺がテディちゃんの命を守る」
「……」
「もう、テディちゃんの命は政府のものじゃないんだ。ユイちゃんを生かすためのものでもな。まぁ、なんだ……少しは素直になれ」
テディの肩に手をやれば、数度瞬きをすると、静かにその手を下ろされた。
クザンの言っている意味はわかる。これからのことは自分の意思で決めろ。そして、死ぬな。
政府の命令のみが全てで、そこに意思を介入させてこなかったテディにとって、その言葉は理解できても実行するには少し難しかった。だが、ひとつだけはっきりしていることがある。
「ユイを生かしたいのは、私の意思だ。でも……死ぬのは、今じゃなくても良さそうだ」
そのままテディは立ち上がると、家に向かって歩き出した。
残されたクザンはといえば、頭を抱えていた。
「どんだけ素直じゃねぇの……何十年も自分の意思と無縁だったとはいえ……あ、テディちゃん!」
呼び止めれば不思議そうに足を止めて、振り返った。
「テディちゃんって何歳だっけ?」
「25です」
不思議そうに眉をひそめるテディに、クザンも頭をかいた。
確かに、親子ほど離れていた。
***
「――――」
「――――」
声に引かれるように、すっかり閉じてしまっている瞼をうっすらと開きながらドアを開ければ、目に入ったあの時のように泣き出しそうなお姉ちゃんの顔。
「おねーちゃん、すわって」
「?」
目の前に屈んだお姉ちゃんを、強く抱きしめた。
「起きてたの?」
「んーん」
「起こしたか……ごめんね」
「ん……なかないで」
「……少し、疲れただけ」
ユイはずいぶん眠そうだ。と、背中を軽く叩かれれば、温かくて力が抜けそうになる。
「おねーちゃん、だいすき」
「……うん」
「きぁぃにぁ……」
最早、言葉ではない言葉を残して、テディの腕の中で睡魔に耐え切れず眠ってしまった。
一応、テディはルッチと同い年です。
テディは見た目年齢では若く見られがちですが、海軍上層部ではあまりにも長い期間いるおかげで実年齢より高く見られがちという、世代階級あてクイズができそうな人物です。