海に一本の道ができていた。氷の道。自転車が通れる程度ではあるが、それでも初めて見る光景だ。
そのままシャボンディ諸島にたどり着くと、クザンは一度海軍の駐屯地へ向かった。
「ちょっとここで待ってて」
「はぃ」
人攫いは多いが、駐屯地の前なら警備もいるし、何かあれば防いでくれるはずだ。
クザンは早々に仕事を済ませると、戻った。自転車に乗るユイの指に止まっている蝶。
「……」
「おかえりなさい」
「ただいま」
言葉を交わせば、蝶が飛んだ。ひらひらと、それでもしっかりと飛んでいく。
クザンもその蝶を見つめると、自転車に跨った。
蝶についていけば、遊園地についた。人も多くいるし、海軍も多い。
「ぁ」
後ろでユイが何かに気がついたように自転車を揺らしたが、影に隠れるそれが、口元へ人差し指を持っていけば、口を閉じた。
クザンもそれを見ると、あくまで自然に自転車を漕いだ。
「迂闊だ」
その影に近づくなり鋭い言葉が刺さった。
「あらら……怒ってる? 一応、はっきりしてからしたんだけどなぁ」
「そうじゃない。場所が悪い」
「雑多に混ざってるいい位置だと思ったんだけどなぁ……」
「……CPが来てる」
「マジか……」
全く気配を感じなかったが、言われてみれば、確かに数人、動きの怪しい奴がいる。ただ、海賊も人攫いも混じっているこの場所では、そいつらが何者かはわからない。
「そっちがバレてるとかじゃなくて?」
「いや、私を追ってるのはふたつ向こうの島だ。長居はできない」
彼女は小さく息をつくと、今度は優しげな声色で続けた。
「ごめん。ユイ。またすぐに会いに来るから」
「……うん」
クザンの方を一度見ると、なんとも言えない表情を返された。
「ユイをお願いします」
「そいつはいいが、お前さん、海軍に戻ってくる気はないのか?」
「なにいって……」
「”海軍”に、だよ」
「…………その話は、今度聞く」
そういうと、その影は溶けて消えていく。
一応、そっと周りを確認すれば、怪しい影は特に動きはない。どうやらばれていないようだ。
「お姉ちゃんは、悪いことをしたって言ってたんです」
「……うん」
「クザンさんは、それがなにか、知ってますか?」
見上げるその目に、クザンは一度目を逸らすと、首を横に振った。
「知らないな」
そう言って、ユイの頭に手をやると、撫でた。
「俺は、それが悪いことだとは思えないからな」
「!」
「なぁ、ユイちゃん。俺、もう一回お姉ちゃんに怒られると思うんだけど、一緒に怒られてくれる?」
「っ……お、お姉ちゃんに怒られるって、どんな悪いこと、言う気……ですか?」
「そ、そんな悪いこと言わねぇって! ただ、まぁ、なんつーか……アレだ。ちょっと非常識っていうか」
「…………」
ひどく冷たい視線にクザンも、少しだけ早足でペダルを漕いだ。