すごく、怖い夢を見た。
怖い夢を見る時は、きっと良くないことが起きる。
だから、大好きな人のところに行くんだって。
もし、良くないことが起きるとすれば、きっと大好きな人のところだから。
リビングに飛び出したけど、お姉ちゃんはいなかった。
時計を見ても、いつもより少しだけ遅いくらい。まだいつもなら家にいるはず。
なのに、クザンさんと一緒にいないってことは、何かあったんだろう。
急いで部屋に戻り、すぐに着替えて、玄関を飛び出した。
クザンさんの部屋に入れば、誰もいない。
どこにいるのだろうかと、振り返れば、驚いた顔で立っている見覚えのある海兵。
「ユイちゃん? どうしたんだ? こんな朝早くに」
「ぁ、ぇっと……その、お姉ちゃんは……」
「……あぁ、怖い夢でも見たのか? しかし、困ったな……今、クザン大将もテディ中尉も緊急の要件で呼び出されていて……」
海兵は困ったように頭をかくと、ユイを抱え上げた。
「私で良ければ、一緒に待っていよう。中尉も直ぐに帰ってくる」
「……」
「息子といつも遊んでくれてありがとう」
「ぇ……あ!」
どこかで見たことがあると思ったら、いつも遊んでいる男の子の父親だ。
「でも、あまりここに来るのは感心しないな。ここは遊び場じゃないんだ」
「ごめんなさい……」
「わかればいい。今日は特別だ」
「いいんですか……?」
床に下ろされ、見上げれば、頭を撫でられた。
「そんな青い顔した子供を放っておけないだろう」
そう言って、笑いかけられた。
***
その頃、クザンは息が詰まるような思いをしていた。
前にいる、センゴクもさすがに眉間にしわを寄せ、もしこの場で叫んでいいなら、きっと恨み言のひとつでも叫んでいたことだろう。
「いい加減ダンマリも飽きてこねぇか?」
その現況である現CP0のスパンダインが、この場に来てから片手で数えられる程度しか口を開いていないテディに問いかけるが、やはり反応はない。
表情も変わらず、ただひたすらに無だ。
「人形の口を開くには、やっぱり女の子が必要ってか?」
「……」
明らかな挑発。テディも何も言葉を返さなければ、クザンが息を吐いた。
「お互い暇じゃねぇし、さっさと済ませようぜ? 用件は? テディちゃんの顔見に来たなんて温い話じゃないだろ。テディちゃんの首を寄越せっていうなら拒否だ。とっととお帰りください」
いかにもめんどくさそうに頭をかきながら答えるが、その目は本物。
もし、その通りだ。なんて言った日には、スパンダインの体は凍りつくだろう。
それを察したのか、スパンダインも身構えるように息をのんだ。
「邪険にするなよ。青キジ。俺は、その人形に朗報を持ってきたんだぜ」
「朗報?」
「あぁ。そこの人形は、CPを裏切った。本来なら、抹殺対象だが、海軍に戻ったってことで一時的に様子見になってる。逆に言えば、抹殺に値するならCPはその人形を殺す。たとえ、大将の副官であってもな」
適当な罪状さえ付いてしまえば、大将の副官だって関係ない。
「海軍だって同じ世界政府だ。昔の好で見逃してやろうって話だ。悪い話じゃないだろ」
「オタク、話が長いな。女によく逃げられねぇか?」
「なっ――」
テディも、おそらく内容を知っているであろうセンゴクへ目をやると、小さくため息をつかれた。
「そこのスパンダインには、CP0が係わる、とある作戦にテディを協力させろと言われた。交換条件が、テディの逃亡の罪の放免」
「天竜人絡みですか」
「あぁ。正直、あまり気乗りはしないが」
天竜人では、断りようがない。
それこそ、テディが関わることは拒否しても、作戦そのものは行われる。変わることと言えば、海軍やテディの立場程度。
センゴクも、おそらくこの作戦に共感は示していないのだろう。天竜人の命令というのは得てしてそんなものだ。
「……テディ」
初めて海軍に来たときにセンゴクと交わした約束。
あくまでクザンの立場の邪魔をしないこと。
「構いません」
センゴクも悩んだ。クザンのことはもちろんだが、天竜人の娯楽のためだけの作戦に、テディの命をかけるなど。
「おい。俺の意見は無視――」
「元帥の勅命です。それに、私にはこれ以外の選択はありません」
スパンダインに目をやれば、ほぼ同時に小さなでんでん虫が鳴き始める。
その音に目を弧に歪めると、でんでん虫を取った。
「スパンダイン」
『対象を確保』
誰のことを指しているかは想像がついた。
「スパンダイン。どういうことだ?」
「予防的処置ですよ。センゴク元帥。この人形の暴走を止めるための」
センゴクだけではない。クザンも覇気で探るがユイの気配を探るが、誰かと一緒に、本部の中を移動している。
ここからなら、数秒で追いつけるはずだ。
「どうだぁ? テ――」
「ユイを作戦開始と同時にクザン大将に引き渡す。これが最低限の条件だ」
「テメェに条件を出す権利があるとでも」
「なら、今この場に肉塊ができるだけだ」
「ッそんなことすれば、テメェだけじゃねぇ、そこの男の立場も――」
「だからなんだ」
覇気でもなんでもない。ただひたすらに冷たいナイフのような殺気が、スパンダインの喉元に突き立てられる。
心臓の音すら聞こえない。
「…………」
ようやく出せた音は、舌打ちだった。