執務室に戻ろうとすれば、貫くような冷たさ。
「……」
気にせず執務室に戻ろうとすれば、ついに目の前に身を乗り出された。
「アレで俺が納得したと思ってんのか?」
「納得していないであろうから無視したのですよ」
そもそもあの場で、クザンが納得するような答えはできない。
確かに、あの場で”スパンダインを殴ってユイを助けに行く”という選択をすれば、この男は喜んで同意してくれそうだが。
「時間がありません。どいてください」
「時間がねェって……テディちゃん」
掴もうとする腕を受け流し、少しだけ重心がずれてできた隙間に体を滑り込ませる。
「少しは話を聞け。テ――」
「私をガキだと言うなら、ガキのワガママだと思って無視してください」
「!」
固まったクザンを置いて、執務室に戻れば、倒れている大尉。
生きている。
外傷も打撲こそあるものの骨は問題なさそうだ。
ソファに寝かせ、書き置きだけ残しておく。
「……」
テーブルに残っているまだ温かい飲みかけのお茶。
ふと触れたお守りの石。
「……仕方ないこと、だ」
***
グランドラインのあるひとつの島の付近の軍艦の上で、白い服の男は目の前の少女を眺めながらため息をついた。
本来、家に忍び込み確保する予定だった少女は、何故か家から逃げ出し本部に避難した。
その上、海軍大尉の護衛までついていた。とはいえ、不意打ちで大尉を倒してしまえば、少女は大尉を傷つけないという条件で身柄を差し出してきた。
スパンダインの話では、作戦開始後、この少女はクザン大将に引き渡すことになっている。
「海兵守って捕まるなんてバカだな、お前。せっかく逃げたってのに」
男に出された任務は、ユイの護衛と説得。
テディから出された条件はただ”ユイをクザンに渡すこと”だけだ。それ以外はなにもない。
つまり、ユイが
「海兵が死ぬのが嫌なのか?」
「当たり前です」
「そうか……じゃあ、テディもか?」
「当たり前です!」
「本当に?」
「本当です」
睨みつけてくるユイに男は、小さく笑みをこぼした。
知っていた。
この娘が心優しく、見ず知らずの海兵でも庇うなんてこと。ひとりで東の海に行く時に、世話をしてくれたテディを大切に思っていることも。
知っている。
「テディが
知っている。
大切な両親を殺したのが、今まで世話を焼いてくれた人間だと知って、驚いて、絶望して、最後に呪い、恨み、ナイフを今まで大切だった人間に突き立てることを。
「……」
ユイは口をつぐみ、少しだけ息をのんだが、ついに口を開いた。
「そんなこと――」
否定。最初はみな、そうだ。
「
正反対の言葉に、頭が真っ白になった。
何度も、ユイの言葉が頭に木霊する。
「し、知ってる……だと?」
嘘だろ。
「知ってて、一緒に……!? いや、お前……」
どういう神経してるんだ。調査段階では、この娘は確かにテディが好きだったはずだ。
もしCPを騙したなら、相当な演技だ。いや、無理だ。それはありえない。
本当に、こいつは両親を殺したと知った上で、テディを好きでいたと!?
「よっこいしょ……」
聞こえるはずのない声に、体を反転させると、甲板の柵を超えたクザン大将がいた。
「なっ……!? 約束の時間にはまだ早いぞ!」
「細けェことはいーじゃねーの。受け渡しが開始後でも、会うことは禁止じゃねぇだろ」
「クザンさん……」
「元気そうだな。ケガも無さそうだし……よしよし」
ユイの前に屈んだクザンは、ケガがないことを確認すると、頭を撫でた。
「そんなの屁理屈だ!」
「お前さんに言われたくはないけどな。まぁ……なんだ。アレだ。アレ。今回の作戦、俺が関わっちゃいけねぇって話でなぁ。ヒマなんだよ」
半分嘘で半分本当だろう。作戦の概説は聞いているが、この男ひとりで止められてしまう可能性だってある。
「暇潰しってわけじゃねーけど、ユイ。そろそろ話してくれねぇか? テディちゃんとのこと」
「……」
じっと見下ろすクザンの目に、ユイは一度目を伏せると、ゆっくりと開いた。
「お姉ちゃんと初めて会ったのは、故郷の港でした」