偉大なる航路のとある島。
港に行くと、普段は見かけない船がいた。
「?」
決して大きくはないものの、近場の島になら渡れるほどの大きさの船。
こういった船に乗ってくるのは、大抵商人だ。
近くの島から売れそうなものを持ってきて売る、島と島での流通に欠かせない存在。
「こんにちは」
船をのぞき込んでみれば、そこにいたのは大きな体の男の人と女の人。
「いらっしゃい。お嬢さん。落ちないように気を付けて」
男の人は、女の人に目をやり、少女も船の中をのぞき込むと、たくさんの木箱の中に詰め込まれた果物。
「フルーツだ!」
「あぁ、ひとつ食べてみるか?」
「いいの?」
「いいとも」
帽子をかぶった女は、ひとつ果物を手に取ると、手馴れたように一部分を切り出し、少女に差し出す。
「おいしい! お姉ちゃんたちは、フルーツ屋さん?」
「主にはね。他にも、近隣の島から運べるものがあれば運んでるよ」
食べ終えた少女に、またひとつ切り出すと、目を輝かせた。
「いいの?」
「あぁ。フルーツは足が速い。これも腐りかけでね。一番おいしいけど、次の島までは持たないからね」
パクリと口に入れる。
「ここの島の子?」
「うん。ユイだよ」
「ユイか。ユイの家は、フルーツはよく食べる?」
「生はあまり食べないかな。でもね、ママがパイは、すっごくおいしいからよく食べるよ! 今度持ってきてあげる!」
「それは嬉しいな」
「あ! 後で、連れてくるね」
しかし、女は少し迷った後、困ったように笑う。
「それは嬉しいが、実を言うと、ここは店じゃないんだ」
「え?」
「港で店を開くとほかの人の邪魔になるだろう? だから、本当の店は向こうにあるんだ」
すると、ユイは慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「気にしないで。ただ、ここにあるのは、別の島用だったり、売れないものだったりするから、買うなら向こうの店に行ったほうがいいってだけ」
詳しい店の場所を教えると、ユイも少しだけ恥ずかしそうに頷く。
「じゃあ、お姉ちゃんたちは船番なの?」
「あぁ。結構暇なもんでな。退屈してたんだ」
「そうなの?」
女に目をやると、微笑み頷かれた。
「売上は売上として、またここにきてくれたら嬉しいな」
「! うん! じゃあ、今度はパイを作ってくるね!」
そう言って、ユイが手を振って去ると、男は顎に手をやった。
「初日から引っかかるとはな。幸先がいい」
「……」
女は何も言わずに、濡れたナイフを拭う。
男もその様子を眺めるものの、全く感情が読めず、見るのをやめた。
***
家のドアを開けると、テーブルの上にカゴにいっぱいのフルーツが置いてあった。
「あ!」
「おかえり」
「これ、今日来てた」
「えぇ。そうよ。ユイも見つけてたのね」
「うん。ママに教えようと思ってて」
「ありがと。じゃあ、今から作ろっか」
「うん!」
焦がさないように、チェリーと砂糖を入れた鍋を混ぜながら、先程のことを話す。
「あら、そうなの? じゃあ、いっぱい作ろうね。パパが食べきれないくらいに」
「うん」
甘い香りが広がってくると、火から降ろし、生地を作っていた母の元へ行く。
「渡すなら、小さく包もうか」
渡された生地を伸ばし、ひとつひとつにジャムを包んでいく。
母は自宅用を手際よく作り上げると、ユイの様子を見ながら、窯を温める。
「できた!」
そう言って、差し出されたパイは、ハートの形をしていた。
「随分、かわいくなったわね」
「かわいくした!」
パイの焼き上がりを待っていると、開いたドア。
「ただいまーチェリーパイか?」
香りに誘われるように、台所をのぞき込めば、ユイが窯の中をのぞき込んでいた。
その隣には、大きなパイが既に焼きあがっている。
「家の分は焼きあがってるわよ」
「またどこかにおすそ分けか? いっそ、本当に店にするか? 人気がありすぎて嫉妬しそうだ」
「はいはい。どこかの誰かさんがいっぱい食べるから、お店に並ぶ分はありません」
冗談交じりに笑う妻から渡されたパイを手に、ユイの隣で同じように窯をのぞき込めば、見えにくいものの妙な形のパイ。
「…………」
おそらく言ってはいけないことを想像したが、すぐに笑う。
「ハートかぁ……俺が食べていい?」
「ダメ!」
「いやだって、娘のハートって」
「はいはい。パパは大人しく、パイを切っておいてください。もう少しで焼けるから」
妻にテーブルの方へと押されていった。
***
「……ケ――いや、冗談だ! うまそうだ! いただくよ」
翌日、店に彼女たちがいないことを確認してから、ユイは船に来ていた。
ハート型のパイを見て、男が何か言いかけたが、すぐにパイを口に放り込んだ。
「うん。うまい!」
あっという間に食べきると、女の方へと目を向けた。
「……」
女も一口食べて頷いた。
「おいしいよ。ありがとう」
「! よかった!」
安心したのか、ユイも女の隣に座り、自分の分のパイを口に入れた。
「そういえば、お店の人に聞いたんだけど、お姉ちゃんたち、明日出航しちゃうの?」
「あぁ。また隣の島にいくんだ」
「そっか……」
「またくるよ」
柔らかく微笑み、頭を撫でれば、ユイは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、今度来たら、もっと美味しいパイ作るね!」
「それは楽しみだ。じゃあ、お礼に今度来る時は、ユイが好きなフルーツを持ってこよう。何がいい?」
「うーん……チェリーが好きかな。あ、パパとママは桃が好きなんだけど、なかなか手に入らないんだって」
「桃か……この辺だと、わりと珍しいな。もしかして、パパとママは別の島から移住してきたの?」
「うん。旅行先で会って、一目惚れなんだって」
たまたま偉大なる航路のひとつの島で出会った彼を探すのは、それはもう苦労したのだと、よく母に聞かされていた。
それを父に聞かれるたび、惚気のなんとも気恥しい空気に、ユイですら困ってしまうほどだ。