「お姉ちゃんは、いつ帰ってくるの?」
「できるだけ早く戻ってくるよ」
「……」
紫色の目は困ったように歪んだ。手を伸ばしてくれないお姉ちゃんの代わりに、抱きしめれば背中を優しく叩かれる。
「ごめん」
「私、何も手伝えない……? お姉ちゃんと一緒にいられない?」
「悪いことしたら、その対価を払う必要がある」
「私は、お姉ちゃんのこと、好きだから、許したよ……?」
強く抱きしめれば、小さく笑われた。
「そうだね。ありがとう。だけど、それとは別のこと」
「じゃあ、お姉ちゃん、今、それ、してるの?」
「うん。まぁ……いいこと、ではないけど。終わったら、ちゃんと帰ってくる。終わったら、ユイがしたいことをしよう」
「ぎゅってしたい」
「……今、してるけ――」
「毎日!」
「……わかった」
温もりに、目を開ければ、見たことのない部屋に変わった匂い。
「ぇ……?」
見たこともない部屋。体を起こせば、見覚えのある白い服。持ち上げれ見れば、正義と書かれている。
見た瞬間、頭に駆け巡る映像。
お姉ちゃんと会ったあと、買い物を済ませて、また氷の道を帰っていた時、眠くなって、
「寝ちゃったんだ……」
血の気の引く音。
立ち上がれば、靴も履いていないし、やはり見たことのない場所。庭が見える廊下に出れば、若い海兵。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ。えっと……ガープ中将のお孫さん?」
「ぇ、あ、えっと……」
「お孫さんが来てるなんて聞いてなかったけどなぁ……あ、ガープ中将ならあちらにいましたよ。一緒に行きましょうか?」
「あ、だ、大丈夫です……!」
一歩下がれば、海兵は不思議そうに首をかしげて一歩進んできた。
「怖がらなくていいですよ。広いですから、手、繋ぎますか?」
差し伸べられた手に、また一歩下がった時だ。
「なんじゃ。起きたのか」
「「!」」
「ガープ中将!」
犬の被り物をしたお爺さんがこちらに向かって歩いてきていた。そして、海兵に目を向けると、海兵はすぐに背筋を伸ばして敬礼をした。
「何か用か?」
「はっ、サカズキ大将より軍艦の破損に関する書類の提出を急ぐようにとのことです」
「それなら、今センゴクに出したわい」
偉そうに……と文句を言っているが、海兵はもう一度敬礼をすると足早に去っていった。
「……相変わらず、嗅ぎつけるのだけは早いの」
「あの……」
「ほれ、中に入れ。別に取って食いはせん」
先程、確かにガープと呼ばれていた。クザンさんがいうには、お姉ちゃんが最初に上げていた頼ってもいい人。
低いテーブルに座ると、乗っていた煎餅をかじり始めた。
「名前はなんて言うんじゃ?」
「ユイです」
「ユイか。ワシはガープ。知っておるか?」
「お姉ちゃんから、何かあったら頼れって……」
「なんじゃ、クザンじゃなかったのか?」
「えっと……歳が、なんとかって……」
「何ィ? ……まぁ、いいか。今度、本人に聞こう」
お姉ちゃん。なんだか、悪いこと言ったかもしれない。
差し出された煎餅に手を伸ばし、かじる。
「テディから何か聞いておるのか?」
「すぐに会いに来るってくらいしか……」
「会いに来るって……忍び込む気か」
バリバリと煎餅をかじりながら、ガープさんはじっと私を見下ろすと、
「にしても……お前、まさか」
「?」
「いや、なんでもない」
何かおかしなことでもしただろうか。
もう一口、煎餅をかじる。
「テディとは、どこであったんじゃ?」
「シャボンディ――」
「初めて会った場所じゃ」
「……」
カリカリと口の中で煎餅がドンドン小さくなっていく。
もう一口、煎餅を口の中に入れる。
「親子には、見えないしの」
「…………」
「……そういうことか」
ぽんっと肩に乗せられる手。何かと見上げれば、ガープさんは豪快に笑っていて、何が起きているのか全然わからなかった。
「そうかそうか。そういうことか」
訳が分からないまま、ガープさんはぬるくなったお茶を飲み干すと、新しいのを注いだ。
「何か困ったことがあったら言うんじゃぞ。あの青二才役に立たんことも多いからな」
「あおに、さ……あ、クザンさん?」
「そうじゃ」
ガシガシと強めに撫でられた頭は、初めての感覚だったが、嫌な感じはしなかった。