村長の乗った船が島から離れていく。遠目ではあるが、ショカンの姿も確認できた。
果物の傍らに置かれたでんでん虫の受話器を手に取り、繋げる。
「売れ行きは順調だ」
作戦開始の連絡を告げ、通話を切る。
「さぁ、新鮮な果物はいらないかい? この島じゃ、滅多にお目にかかれないのもあるよ!」
通行人に笑顔で声をかければ、見知った婆さんが近づいてくる。
「あなたたちが来てから、色々なものが手に入って助かるよ」
「それは良かった。また欲しいものがあったら言ってくださいよ」
「本当に助かるよ。ありがとうね」
婆さんを見送り、誰もいなくなった港。
ここまで港に人がいなくなることは、珍しい。本当にたった数分、すぐにまた人がやってくるだろう。
だが、そのほんの短い数分、いや、数秒でよかった。
海から港へ掛けられた手に、男は最期まで気づくことなかった。
***
ショカンがいない時は、危ないものもあるからと入ってはいけないと言われるショカンの部屋。
でも、ユイにとっては、不思議なものが多い、遊び場だった。
ママにだって、危ないからと注意されるが、今は買い物に出かけていない。
部屋に忍び込めば、色々な島のことが書かれた記録に手を伸ばす。ユイのお気に入りだった。
「……」
ドアの外にいたテディは、周りを確認していた。
監視用でんでん虫はいない。問題は、中にいるユイだ。
革命軍との繋がりを調べるには、ショカン本人の部屋を調べるしかない。本人さえいなければ、罠、監視用でんでん虫がいたとしても、調べることはできる。
問題があるとすれば、時間だ。
バスターコール紛いの砲撃許可が降りた今、やめさせるには艦隊の集結前。残り時間は短い。
ユイに気づかれないように眠らせることは容易だが、もしユイが最悪な予想通り、革命軍の一員で連絡係だった場合、見逃すことは許されない。
もう少し、様子を見ようと見聞録の覇気で探れば、感じた気配。
「――ッ」
反射的に体を逸らせ、数瞬できた隙間に腕を差し込めば、強い衝撃。
直接当たっていないのに、揺れる視界。
「――」
久々に見た笑みは、腹に加わった衝撃で一瞬で離れていく。
「カハッ……!!」
けたたましい音が周りから響く。
気づかれていたとか、いつからとか、そんなことより、回避。
ひとつ決めれば、目、耳から一気に情報が入ってくる。
踏み込む直前。
右腕の拳を、転がりながら回避し、距離を取る。
「……本当は最初の一撃で頭を潰す気、だったんだがなぁ」
ふぅ……と息をつき、テディを見つめる。
テディが強引な手段を取った理由は、なんとなくわかっていた。そもそも、自分の居場所がバレた時点で、想定される事態ではある。
少しばかり、隠蔽に手を借りた友人を思い出したが、あのふたりがそのへんの海兵に丸め込まれるとは思えない。心配も、それこそありえない。
「強くなったな。テディ」
先程まで肩で息をしていたくせに、今はその様子すらない。
相変わらず、仕事と割り切れば、体の全てを管理できるらしい。やはり、生命帰還なんて覚えさせるべきじゃなかったか。
その内、任務のために、死んでる状態でも心臓を動かすゾンビになりそうだ。
「昔話ってガラでもないか。取引も、応じないよな」
「今作戦は、貴方を内々に抹殺するための処置だ」
「妻や子は何も知らない。俺の命を差し出すから、妻子は助けてくれ」
「……わかった」
よくある会話。
よくある取引。
ターゲットはその場で自害、妻子は約束通り逃がされる。
「――んなわけねェーよなァ?」
わけもなく、その後、殺される。
CP9なら当たり前に想像できる、くだらない取引。
「なら、死合うしかねェなァッ!!」
一撃一撃が空間を振動させる重い一撃。
白ひげとも正面から戦えると言われるだけの、諜報部お抱えの化け物だ。
とにかく、いなして隙を窺う他ない。
「正直に言うと、お前とルッチとは、一度本気で殺しあってみたかったんだ」
鋭い蹴りが目の前を掠める。
これで泳げなくなるのを嫌って悪魔の実を食べていないのだから、政府もできるだけ悪魔の実を回したくないのもわかる。
もし食べて、裏切られたなら、それはもう手が付けられない。
「ヒュ――ッ」
直撃していないにしても、衝撃が全身を蝕んでいく。
最初の一撃で、内臓がいくつかやられた。骨は致命的ではないが、ヒビは入っているかもしれない。
直撃コースの拳を弾こうと手を向ければ、握っていた拳は開かれ、腕をつかまれる。
気がついた時には、既に遅かった。
「ニッ」
心臓、肺に拳が当たるのは確定だ。
鉄塊なんて意味をなさない。
なら、諦めるしかない。
代わりに叩きつけた拳は、硬いものに当たった。
ショカンには、届いていない。
あと一歩。
突き抜けていった衝撃に、這い上がる血。
腕を離せば、力なく床に倒れるテディの体。
「は……っ……」
微かに血に溺れる呼吸が聞こえる。
人の体を貫くことはできる。だが、あまりすることはなかった。ただの好みの問題でもあるし、体はそのまま残っていたほうが諜報部として良いことも多かった。それだけだ。
そのせいか、本気での戦いほど、相手の体はそのままになるが、あれを食らって生きているだけ、やはり強くなった。普通なら死んでる。
「このままでも死ぬだろうが……」
ドアの向こうのユイは一部始終を聞いていた。
まさか、ここにいるのが、憧れのお姉ちゃんなどと知りたくはないだろう。
首と胴体を切り離して、首は処理しておけば、海賊だとでも言い張れる。
足元で小さく鳴る、砕けた緑色の石。
「最後の一発はギリギリだったな……」
あと少し速ければ、このお守りがなければ、あの拳は届いていた。
もし、あの拳が当たっていれば、一撃が決定打にはならなかったはずだ。
テディの体を起こして、首に手をやる。
「あぁ、楽しかったぜ。最高に」
弟子に別れを告げて、力をいれようとしたその時、首が前に傾き、体が震えた。
辛うじて動く目で、後ろを見れば、紫色の蝶。
「――――」
あぁ、そうだ。当たり前じゃないか。
人形と呼ばれる任務以外を知らない少女が、CPのかけがえのない戦力になるなら、
政府は
だが、脊髄を切られては、さすがに動けない。
「……ほん、と、つよ、なっ、たな」
動かない体は、テディに寄りかかる。
「お、ぇ、やさ、し、すぎ、ぇ、むいて、ね、のに」
孤児として連れてこられたあの時から、すぐに死ぬと思っていたのに。
歪んで、おかげで生き残って。
「ごめ、な」