テディベアの傍らに   作:こっここーまん

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41話 壊れた人形

 小さく紡がれた謝罪は、誰に向けてだっただろうか。

 妻か、娘か。

 あぁ、気にしてはいけない。

 そんな余裕はない。

 

 ショカンの体はずり落ち、体を確認する。

 動く。

 ギリギリではあるが、動きはする。

 この状況だ。あとのふたりは生きていないだろう。

 なら、外部に報告しないと。

 

 ドアの開く音に目を向ければ、立っている女。

 ショカンの妻だ。

 

「アナ、タ……?」

 

 ちょうどいい。どうせ処理しなければいけない。

 心臓部の蝶を戻し、足に力をいれる。

 

「貴方が、殺したの……? 許さない……!! 許さない!!!」

 

 台所に置かれていた包丁を構えて、こちらに走ってくる。

 叫んでいる声が、どこか遠くに聞こえた。

 足を伸ばして、右足を前に。

 武装色の覇気を右手に纏って、包丁を奪い取る。

 息をのんだ相手の首を、奪い取った包丁で、切り裂く。

 

 一連の作業を終えて、倒れた女の目から完全に光が消えるのを確認。

 

 最後は一人。

 包丁についた血を軽く弾き、壊れたドアへ目をやる。

 

 どうやら、最初にショカンが一歩遅かったのは、開けられないようにドアを壊したかららしい。

 こちらから開けるのは、壊すしかないだろう。

 

 外れかけているドアの一部を壊せば、ゆっくりと開いたドア。

 その向こうには、ひどく怯えた顔の少女。

 

「おねえ、ちゃん……?」

 

 震えた声。

 前はどうやって接していたっけ。

 わからない。

 笑えばいいのだろうか。

 

「泣いてるの……?」

 

 戸惑った声。

 わからない。

 何を言っているのか。

 何をすれば――

 違う。

 少女を処理する。

 そして、島の外で待つCPに報告。

 

 それだけ。

 

 それだけ。

 

 少女の首に包丁を突き立てる。

 

 ただ、右腕を前に。

 

「……やっぱり、ダメだ」

 

 微笑む少女。

 

「お姉ちゃんのこと、きらいに、なれないや」

 

 何もかもが軋むように音を立てる。

 

「わかんないけど、お姉ちゃん、私のこと、殺すんだよね?」

 

 涙でいっぱいにした目で笑う少女。

 

「大好きだよ」

 

 何かが音を立てた。

 

「おねぇ、ちゃん?」

 

 落ちた包丁を見つめるユイは、驚いたように私を見た。

 

「いやだ……ごめんなさい……ごめん、なさい……いや、だよ……」

 

 膝をついた私に、ユイは抱きついてきた。

 背中に触れる温かさに、しばらく何も考えられずにいた。

 

 ユイだけでも、どこかに逃がせないだろうか。

 方法は、わからない。CPは、娘の存在を知っているのだから、ずっと追いかける。死ぬまで、ずっと。

 だから、師匠が死んでまで、守ろうとした人たちを、結局私が壊した。

 師匠ですら、完遂できずに、本当に死んで――

 ()()()()()()()……?

 

「お姉ちゃん、大丈夫? お医者さん、行かないと」

 

 ユイの問いかけに首を横に振る。

 

「でも……」

「約束、する。ユイを、殺させない」

「……お姉ちゃん?」

「だから、一緒に、来て」

 

 このぬくもりを、師匠が守ろうとした小さな命を、せめて、壊したく、壊させない。

 

 

 

 ここから先、やることは四つ。

 

 ひとつ、ユイを安全な海、東の海へと逃がす。

 犯罪の温床になっている場所は存在するが、いくつかのポイントを避ければ、他の海よりは安全だ。

 いくつか孤児を引き受けてくれる、安全な孤児院を知っている。

 

 ふたつ、ユイの存在を書類から抹消する。

 ショカンが実は死んでいなかった。これはCP9にとって、とてつもない失態だ。

 故に、スパンダムもスパンダインもできうる限りの口止めを行なった。

 上層部への報告はせず、内部で片付ける気だ。

 だからこそ、古代兵器の調査に潜り込んでいたルッチを呼び戻すなんてことをしたのだろう。

 ショカンを倒すための戦力が欲しいなら、それこそ海軍本部へ応援を要請したほうが確実だ。

 今回の作戦に参加している数名にも、偽りの情報もしくは今後処理の予定がすでに立てられている。あのふたりについても、遅かれ早かれ同じことになっていた。

 

 つまり、ユイの資料はCP9の中にしか存在しない。それを全て破壊すれば、個人的にスパンダムたちが追うことはできても、不確定要素の多いユイを世界政府が危険視して狙うことはない。

 スパンダムたちも、執拗に狙えば上層部から失態を探られかねないため、大きくは動かないはずだ。

 

 みっつ、ユイがこの先、頼れる人を見つける。

 あの子の生き方をこれ以上、私が邪魔することはしない。

 けど、本来頼れるべきものを奪ってしまったから。

 何もない少女が、ひとりで生きるには、この海はあまりにも荒々しすぎる。

 心当たりは、ふたりしかいない。

 

 そして最後、私が死ぬこと。

 すべての任務が完遂後、世界政府から確実に追われ続ける私は、死ななければいけない。

 ただの裏切り者として。

 決して、師匠やユイの存在を悟られずに。

 

「お姉ちゃん?」

 

 のぞき込むユイの頭をなでる。

 できるできないの話ではない。やる。それ以外にない。

 いつだって同じだった。

 

「ごめん。私は、少し行く場所があるんだ」

「じゃあ、私も」

 

 首を横に振る。

 

「待ってて。必ず戻るから」

 

 ユイは、あの島からいくつか離れた別の島にいてもらう。

 子供だけで、偉大なる航路を渡ろうとするなら、今の状況では革命軍を疑われる。待たせるのが吉だろう。

 

「……うん。待ってるから、帰ってきてね」

 

 

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