テディベアの傍らに   作:こっここーまん

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42話 逃走劇

 手元で少しづつ大きくなる炎。

 ゆっくりと息を吹きかければ、新鮮な空気に触れた炎が勢いを増し、紙に燃え広がっていく。

 あと少し。

 見慣れた名前が、黒く塗りつぶされていく。

 文字が全て消えるか消えないかという、その時、燃えていた紙は炎と共に消えた。

 数秒遅れて、棚が崩れる音。

 

「自分の痕跡でも消しに来たのか? 随分と余裕だな」

 

 CP9に蓄えられた極秘資料の山。

 無論、CPに所属しているメンバーについての資料も置かれている。

 たった今、ルッチが一部の資料をまっぷたつにしたが。

 

「ショカン暗殺に失敗。命からがら逃げ出すとはな」

 

 倒れた本棚に足をかけながら、ルッチは暗闇に立つテディを睨む。

 目立つ外傷はほとんどない。だが、服の解れや痕からして、中はボロボロだろう。

 

「らしくねぇな」

 

 会話は、多量の情報を含む。

 言語的な意味だけではなく、繕った呼吸に、相手の呼吸のリズム、意識、隙。

 悟らせたくないならば、口を閉ざせばいい。だが、それはそれで、一種の回答になりえる。

 だから、偽る。

 諜報部であるなら、無言よりも偽りきった方が、得られる情報が多い。

 

「……」

 

 だが、テディは答えなかった。

 命乞いも嘘も、真実もなにも口にしなかった。

 

 いや、できなかった。

 

 立っているのもやっと。

 能力は使えこそしても、無数の蝶になって逃げるほどの体力も集中力も、既にない。

 

 なら、これ以上の会話は無用だ。

 ショカンの暗殺ができているなら、スパンダムに報告している。

 していないということは、失敗したか、していないにしろ、CPを抜ける気であることに違いはない。

 

「そうか。なら、死ね」

 

 今度は建物の壁までも切り裂く嵐脚。

 

「ルッチ! テメェ、ここにどんだけ重要な資料があるかわかって――」

「なら、その重要な情報を頭にいれた女を逃がすか?」

 

 どちらを選ぶかなど、火を見るより明らかで、スパンダムも口を噤む。

 

「あれもこれも、全部あの女の所為にしてやる……!!」

 

 激しくなっていくルッチの攻撃に、自分の身の危険を感じ、捨て台詞を残し逃げていく。

 残されたカクは、随分と行き来のしやすくなった資料室から、ルッチの攻撃を避けながら転がり出てきたテディを見下ろす。

 仲間意識はなくはない。だが、任務であるなら容赦はしない。

 甘えは、この冷たすぎる世界で、ただの命取りだ。

 

 刀がテディに触れるその一瞬、テディはいつものように刀から身を守るのではなく、別の何かから身を守るように腕を構えた。

 半ば反射だった。

 あと数ミリを刀を振り下ろすより、身を引く方を優先させ、重心を下げる。

 

 広がった視界に見えたのは、壁や天井に反射して自分たちへ向かう無数の嵐脚。

 

「な――っ」

 

 あの数はルッチではない。テディだ。

 自爆紛いの無数の嵐脚は、カクとテディを襲う。

 

「うぉ……こりゃ、テディ、逃げる気だな」

 

 ひび割れる壁や天井に、今だにぶつかり続ける嵐脚は、遠からず壁を破壊するだろう。

 嵐脚飛び交う常人なら、五体満足では戻れない場所から、吹き飛ばされてきたカクの頭上に屈む。

 

「なんだ。生きてんのか」

手合わせ(日頃の行い)のおかげじゃな」

 

 ルッチもテディも周りなど気にしない戦い方をしている中に飛び込むのは、ただの自殺行為だ。

 ジャブラもカクも、ため息を共に見守るしかなかった。

 

 ルッチもテディが逃げようとしていることは分かっていた。

 自分への攻撃ではなく、退路確保のための攻撃。

 なら、狙うべき決定的な隙は、確保できたと確信した瞬間。

 

 テディの誘いに乗り、拳を握り込む。

 これで殺せるならそれでよし。殺せないなら、動物系の瞬発力でテディの心臓を切り裂く。

 

 テディの肉が刳れる。だが、致命傷ではない。

 壁に穴があく(退路ができる)

 両者が確信したその時、同時に両者の目が合った。

 

「死ね」

「まだ、ダメ」

 

 互いに口にはしなかった。だが、確かに聞こえた。

 

 壁の穴の前で、ルッチはただ反吐が出るほど澄んでいる空を見つめた。

 

***

 

 予想外の戦闘のおかげで、ユイが待つ島まで戻ることもままならず、海軍本部で膝をついていた。

 この状態で雨でも降っていたら、すぐにでも体力を奪われ、倒れていたことだろう。運が良かった。

 風のないおかげで、船で追うには時間がかかる。単身で向かうにも、海軍本部内部に面倒事を持ち込むのは、スパンダムは避けたいはず。

 一刻も早くユイの元へ戻りたいところだが、それまでに海に落ちては元も子もない。

 

「……」

 

 包帯だけでも拝借するかと、医務室へ目を向ければ、近づいてくる気配。

 反射的に身を潜め、相手の足音を探れば、知っている足音。

 

「テディ……?」

 

 ガープだ。センゴクと共に、ショカンの嘘に気がついていながら、見逃した、その人だ。

 なんてツイてるんだ。

 

「あの子を、助けたいんです」

「あの子?」

 

 この人なら、きっとユイのことを、守ってくれる。

 

「時間が、ない。あなたなら……」

 

 懇願するように腕をつかめば、肩をつかまれた。

 そして、積み上げられた木箱の裏へ押し込まれると、目の前に広がる白い布。

 何事かと顔を上げれば、近くにいた気配。

 

「ガープ中将? こんなところでどうされたのですか?」

 

 不思議そうな声をあげる男の声に覚えがあった。CPだ。

 

「あ? なんじゃ。別になんでもいいじゃろ」

「そ、それはそうですが……中将がこのような人気のない場所におられるのは、珍しいように感じ」

「わしの勝手じゃろ。あー夜のパトロールじゃ。パトロール。海軍本部に不届きものが紛れ込んでいるかもしれんしの」

 

 鼻ほじってそう、なんてくだらないことを考えながら、気配を殺していれば、もうひとつの気配が笑いながら会話に入ってきた。

 

「そんなこと言って、また正義の羽織、風に飛ばされたんでしょう? 見つかりました?」

「飛ばされ取らんわ。ほれ」

 

 そういって、剥ぎ取られた正義の羽織を見せつけるガープに、ボガードは「よかったですね」と笑い、CPも分が悪いと悟ったのか、そそくさと離れていった。

 

「……中将。その誤魔化し方、いい加減変えませんか?」

「うるさいわい!

 ……それより、テディ。お前、CP抜けたのか?」

「はい」

 

 素直に答えれば、ガープもボガードも驚いたように目を見開くものの、すぐに表情を緩める。

 

「本当にその怪我で行くんですか?」

 

 手当てをしてくれたボガードですら、できればムリにでも止めたいほどの怪我。

 

「私の手当はあくまで応急処置程度で、本来なら軍医に診てもらうべき傷――」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。これだけしてもらえれば、動けます」

 

 動物系能力者は、身体能力もだが、しぶとさも人を超える。

 それこそ、覚醒していれば、ほぼ死んでいる状態でも数分で復活できるほどだ。だが、テディは覚醒はしていないため、そこまでの回復力は持ち合わせていないが、それでも人より回復力はあるし、生命帰還で多少の無茶が効く。

 

「ガープ中将」

「ワシは間違ったことをしたつもりはないぞ」

 

 それは、断固としたものだった。

 ショカンの事は、絶対に口を割らないという。

 

「……これ以上は言わん。お前さんが、そんな顔しとるんじゃ」

 

 どうして奴の幸せを奪ったと、説教する気にもならなかった。

 彼女は、奴の平凡な幸せを奪ったことを、誰よりも、後悔している。なら、言えるはずがなかった。

 

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