積み上がった書類をなんの感情もなく、じっと見下ろす女に恐る恐る声をかければ、ただ一言、
「はぁ……」
ただひとつ、ため息をついた。
「い、いやぁ……大将ってのは案外忙しいっていうか……」
「それをこなす人間が大将になるんでしょう」
「ごもっともです……」
現状、上司であるからか、テディは敬語だったが、目が鋭すぎる。
「とにかく、締切りを過ぎてるものから早々に終わらせてください」
「は、はい」
初日で既に立場が逆転しそうだ。いや、元々は逆に近かったが。
手に持っていた書類に改めて目を落とせば、テディも同じように書類の山に手をかけた。
「なぁ、テディちゃん」
「なんです? 手は止めないでください」
「はい」
こちらのことを一切見ずに、手を止めたことを察したテディはさすがというべきか、なんというか。
「センゴクさんと何話してたんだ?」
テディのことをセンゴクに報告すれば、それはもう驚いていたが、諦めたように副官を許可すると、クザンは部屋に返され、テディとふたりだけで何か話していた。
「CPのことです。正直、元帥は責任や追求を免れませんから。それから理由も聞かれました」
「惚れたから」
かっこよく決めるものの、テディは特にこちらを見るわけでもなく、手がしっかり動いている。
「……反応なしかよ」
「あの時、頷かなかったとして、あなたはユイを出したでしょう。そうすれば、私は副官を受け入れる他ない」
「不満?」
頬杖をつきながら、クザンがテディを見つめれば、少しだけ手を止めると、またすぐに手を動かした。
その様子を口元を歪めながら見ていれば、チラリと向けられた視線。
「サボってません! 仕事します!」
慌てて書類にサインをいれた。
「そういえば、ユイちゃんって何者なんだ? テディちゃんの子供じゃないよな?」
「えぇ。拾った子供です」
明らかにそれだけではないが、聞いたところで答えてくれそうな空気はない。ユイも同じだ。
どこでテディと会ったのかと聞いたところで、絶対に答えないし、両親のことを聞けば、ふたりとも死んでしまったと答えるだけ。
「なんか、見たことあるんだよなぁ……」
「そうですか」
さすがに諜報機関に所属していただけはある。全く揺さぶれない。
「テディちゃん、笑ってみて!」
「今、笑顔は必要ないです」
「俺のやる気的な意味で必要!」
「お断りします」
鈍い音を立てて目の前に置かれた紙束。
「確認終わりました。今日中にお願いします」
「はぇーな……」
「普通です。もっと処理の速いのを知っています」
そういえば、テディがまだCP9にいた頃、よく傍らに立っていたメガネをかけた女が、テディが要求する資料を瞬時に用意していた。確かに、アレは速かった。新たな六式かなにかと思うほどの技術だった。
つまりは、常人にはムリ。
「それにしても……どれだけ怠ければこうなるんだ」
いくら情報の管理や処理に慣れているとはいえ、貯まりに貯まった書類にはさすがに骨が折れそうだ。
***
海軍は上下関係のはっきりした組織だ。比べて、CPは上下関係は長官が上に据えられているだけで、実力次第で上下関係のようなものがないわけではないが、海軍よりは重要視されていない。
もはや癖のような組織と持ち得る情報、権利の所在の確認。
「……」
歩く海兵の動き、会話に耳を傾けていれば、騒がしい足音。
「テディじゃないか!」
「ガープさん」
「こんなところでなにしとるんじゃ?」
「書類を届けた帰りです。ガープさんは?」
「ワシはこれから出かけないと行けなくてな……めんどくさい」
心底嫌そうなガープは、一度テディの方を見た。「頑張ってください」なんて定型文を無表情で返している。
「その前に……」
頭を傾ければ、顔の真横を通る拳。
そして、避けたとわかると、もう一発迫ってくる拳。
「これほど早く頼ることになるとは思っていなかったんです。十年程経って、ガープさんは現役を続けているか、は、わかりま、せんし」
最初はただのゲンコツだったのが、表情を見る限り、全て避けていることに闘志のようなものが出てきてしまったのだろう。
「お前の言いたいことはわかった。だがな、ワシはまだまだ現役じゃぞ!」
「やめてください。周りの迷惑です」
遠巻きに海兵が驚いた様子でこちらを見ている。
そりゃそうだ。伝説の海兵の拳を紙一重で躱し続けている、見たこともない若い海兵がいたら、何事かと思うだろう。
(鉄塊……は、ガープさん相手にはやりたくない……)
受けると察した時点で、覇気はさすがにしないだろうが、今以上に力を込めてくるだろう。受けるよりは避けられるなら避けたほうが得策だろう。
とはいえ、このままでは終わりそうにない。
「やめないかいッ!」
見事な一喝に、ふたりが目を向ければ、つるが呆れたように立っていた。
「まったく……この子が知らせてくれなきゃ、海軍本部が壊れるところだよ」
つるの後ろに隠れるように立っていたユイはそっと、顔をのぞかせるとテディを見つめた。
「ぉ、お姉ちゃん……? ガープさんと、ケンカ……?」
「してない。久しぶりに会ったから、実力を見たかったんだよ。それより、おつるさんを呼んできてくれてありがとう」
後ろでつるに説教されているガープがいたが、特に気にせず、ユイの持っていた箱の方に目をやる。嗅いだ事のある香り。
「パイ? 焼いたの?」
「うん! ガープさんのところに行こうと思ったから。お姉ちゃんの分もあるよ!」
「おや……それじゃあ、残念だね。ガープの奴はこれから出なきゃいけないんだよ」
後ろでめんどくさそうにしているガープに、つるは「早くいきな」とまた怒れば、渋々と行った様子で歩いていった。
「あ……あの! 今度またパイ、焼きます!」
「おう! 楽しみにしとるぞ!」
ガープを見送ると、ユイはつるに頭を下げた。
「ありがとうございました」
「むしろ、こっちがお礼を言いたいよ。またアイツが暴れてたらすぐに教えておくれ。テディも」
「了解しました」
つるも仕事があると戻ってしまい、ユイもテディを見上げた。すると、テディは上を見ていて、その視線の先を追えば、2階の廊下からこちらを見ていたふたりが手を振った。