よりによってこのヒロインか   作:お餅さんです

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三話

 時刻は中学があるにしても幾分か早い、未だ日が昇り始めたといった頃。

 

「……眠い」

 

 パジャマ姿のカナは、言葉や目をこするといった仕草から未だ夢見心地。けれど一歩、また一歩。覚束ない足取りではあるものの、確かに二階にある自身の部屋からリビングへと歩を進めていた。

 時折何ということもなく立ち止まり、伸びをしながらもたどり着いたのはリビングの扉。玄関から歩いて数歩程と近く、向こう側の景色が薄っすらと見える曇りが入ったガラス戸。

 

 徐々に目が覚めてきたカナは目的地でもあるそれを見て思わず顔をしかめる。それはつい昨日の晩、愛すべき天然の入ったカナの兄姉である幸希と菊乃が行おうとしたサプライズを思い出したから。

 正確に言えば、もはや二人が行ったことに関してはもう気にしてはいない。どうでもいいというわけではないが、そういうものだとでも思わなければ疲れてどうしようもない。尊敬こそしているものの、それが四年という時間を共に過ごした末に感じた二人に対するカナの正直な思いであった。

 

 ならば何故そのような表情をするのか、それはひとえに昨日のカナ自身における行動に起因する。この世界で生きることを心に決めた際、カナは感情の高ぶりや安心感もあって思わず二人に抱き着いた。

 なんてことはない。一日たって冷静になり、昨日のことが途端に恥ずかしく思えてきたのだ。

 

 まだ抱き着いただけならここまでは思わなかっただろう。恥ずかしくはあるがお互いに勢いあってのことなので誤魔化せはする。ただその後、勢いそのままにカナは二人に甘え、二人はそれを快く受け入れた。

 精神が同年代の子どもと比べ成熟していたカナは、今まで多少のデレこそあれ甘えるといったことはなかった。そのためだろうか、その場の雰囲気もあり内容こそ明記しないが、埋め合わせるかの如くお互いに自重はしなかったのである。灯が呆れた顔で早々に帰ったのは言うまでもないが。

 

 とはいっても、この先の一生を二人と会わずに過ごすなんてことは不可能。仮にカナがそれを実行したとしても、妹愛溢れる二人にかかれば一日とかからず失敗することだろう。

 そのためカナはこの世の終わりを認めたかのような顔で取っ手へと手をかける。昨日のような恐ろしい光景ではなく、少しはにかみながらも朝ごはんをもって自身を迎える二人を想像しながら。

 

「あれ、おはようカナ。今日はいつもより早いんだね?」

 

 扉を開けて見えたリビングの光景は殆どカナの想像通り。朝食が乗っているのだろう、湯気立つ皿のある盆を片手に幸希がにこやかにカナへ挨拶をする。

 そこにあえて違う所を挙げるとするならば、それは皿をテーブルに並べていく幸希とは違って菊乃の姿が見当たらないこと。そのことにカナは多少の疑問を覚えながら、未だ少し眠たげな頭でもって幸希にそのまま投げかける。

 

「キク姉は?」

「菊乃は仕事だよ。今日は早番らしいね、カナと朝ご飯食べられないのが残念だってさ」

 

 内気で口数少ないながらも家族愛に溢れる菊乃。カナはそんな菊乃がトボトボと玄関に向かって歩く姿が容易に想像でき、思わずといった風に乾いた笑いを漏らす。

 

「はは、なんか想像できちゃうね」

「まあ菊乃はカナのこと大好きだし、昨日もあんなことがあれば……ね?」

 

 カナは言われた直後、幸希が何を指して言っているのか分からなかった。けれど数秒もしないうちに何が言いたいのか気づき、その顔を耳に至るまで真っ赤に染め上げる。恐らくそれは紛れもない、リビングに入る以前にカナが想像したことだろう。

 普段は年齢も性別も分け隔てなく親身に接する幸希の、今回に限っていたずらっぽくもカナの様子を試すような口調だ。

 手に持つ盆に乗っていた皿をテーブルに並べていく幸希、背を向けているためカナからはその表情こそ見えない。それでも時折震える肩から、口調相応の表情をしていることなどカナには容易く理解できた。

 

「……いただきます」

 

 自分もそうだっただろ――と言いたいところだが、生憎とカナには幸希を口で負かすなんて経験は記憶にある限り皆無。

 未だ赤面のまま、渋々といった動きで椅子に座り朝食を食べ始める。その様子すら幸希に微笑ましいと思われているとは考えもついていないのだろう。

 

『皆さんおはようございます! 毎週末企画の「朝一番観光所巡り」。今日はここ京都の二条城より、ゲストの方を交えてお送りしたいと思います!』

 

 カナが食べ始めてしばらくもしないうち、不意に聞き慣れぬ声に気づいて皿に向けていた視線を上げた。

 視線の先はテーブルのどの席からも見られるよう、高めに置かれた台に乗っている一つのテレビ。映像は風情ある日本式の建物を背景に、女性が画面に映るもう一人を紹介しようとしているところだ。

 

 女性の方はカナも知っている。美人のアナウンサーで番組問わずよくテレビにも映っていたし、クラスの男子が休み時間中に話していたのも聞いたことがある。

 一方、もう一人は顔に深いしわが彫られており、ぱっと見厳つい老人と言えるような風貌の男性。たくましくも長い髭を蓄え、見た目に反して衰えを感じさせないその堂々とした身を法衣のような着物で包んでいる。

 カナは、そんな老人の方も知っていた。むしろ女性よりもよっぽど。ただそれは、女性を知っていた事と同じような経緯ではない。

 

『なんとこの方は、あの京都一の名家と名高い花開院(けいかいん)家のご当主、花開院秀元(ひでもと)さんです!』

『皆様、お手柔らかにお頼みます』

 

 カナは思わず自身の向かい、テーブルの向こう側へとテレビから視線を少しずらす。そこにはカナと同じように、自身で作った朝食を食べるため席についている幸希。けれど手元付近にはテレビのリモコン、体の向きこそカナ同様テーブルへと向かっているがその楽し気な視線はテレビへと。

 それらから突如点いたテレビは幸希によってということが分かる。ただ気にはしたものの、その何の気ない様子からカナはまたテレビへと視線を戻す。

 

 ――花開院

 

 カナの知る物語において、花開院とは妖怪退治を生業とする陰陽師(おんみょうじ)の一族。

 彼らは初めこそ四分の一とはいえ妖怪である主人公のリクオと敵対するも、最終的に共通の敵を倒すために良き好敵手として共に戦うことになる。個々人によって程度は異なるが、その際の活躍から物語における花開院という名の重要度は計り知れない。

 

 そしてテレビに映るアナウンサーが紹介したように、花開院秀元とは27代目に当たる現頭首。存在こそ序盤から言われていたが、実際にはいわゆる京都編にて初登場。そして同編、人々を守りぬくという志半ばにも敵妖怪の幹部に殺されてしまった人物。

 カナが今生を、この世界で生きていくことを決めたのはつい昨日。そこに確固とした覚悟がなかった訳ではない。だがテレビ越しとはいえ、こうしてまた新たに物語に出ていた人物。それも初めての物語内で死ぬ人物を見て、知らず心が僅かに震えた。

 

「カナ知ってるの? 陰陽師とか結構マイナーだと思うんだけど」

「……へ? あ、うん!?」

 

 カナは自分自身何を考えていたのか、声が自身へ向けられたということに一拍遅れて理解する。そしてそれに驚き慌てて答えるも既に遅い。気づけばテレビを眺めていた幸希が不思議そうにカナを見つめていた。

 

「友達が、そういうのにちょっと詳しくってさ」

「この前会った清嗣くんのことかな? 確かにあの子そういうの好きそうだね」

「そうそ……って、もうこんな時間!? ごめんコウ兄、残りは帰ってから食べるね!」

「りょうかい、気を付けて行ってくるんだよ」

 

 白々しいにもほどがある様子だが、事実カナ本人が予定していた時間を経過している。気まずげに壁に掛けられた時計へと視線を移したカナ。現在の時刻に気づくと食べかけの朝食をラップがけし、慌てた様子でリビングを飛び出した。

 

『では花開院さん、番組の最後に一言よろしいでしょうか?』

『暇さえあれば遠慮せずにいらっしゃい。ワシらは、ここ京都は誰であろうと拒むことなどせ――』

 

 幸希の指がリモコンに触れると、瞬きする間もなくテレビから色が消える。音すらもカナが出ていったことで、独り言をすることもない幸希の周りからは消えていった。

 けれど音のない空間の中、色の消えたテレビへと向けて目を細めた幸希。その眼差しには尊敬、哀愁、郷愁、様々な葛藤。未だ湯気の立つ目の前の料理に揺れ動くその瞳。ただそれらだけが、唯一時間の進みを感じさせた。

 

 

 

 

 

 普段こそ登校してきた生徒たち等により、やかましくも楽し気な会話が溢れる昇降口。けれど門自体は開いてはいるが、やはりこの時間はまだ早いため通る生徒もまばら。下駄箱に入っている靴の数も心なしか少ない。

 

「……ん、どこだっけ」

 

 そんないつもとは違う雰囲気といえども、実際それだけで何が変わることはない。むしろカナからすれば気にしろという方がおかしな話なのだろう。

 何を感じ入ることもなく、欠伸交じりに自身の下駄箱へと向かう。

 

「カナちゃん!」

 

 突然背後から聞こえてきた声。朝一にしてはあまりに大きなその声に、驚き周りを少し気にしながらも振り向く。

 

「おはよう!」

「おはようリクオくん、お互い今日は早いね」

 

 傍目にも明らかに眠たそうに、見つけた場所へと脱いだ靴を入れようとしたところに話しかけてきたのはリクオ。

 朝早く眠いだろうこの時間でも朗らかに、一欠けらほどの負の感情すらも見当たらないその笑顔。カナは一瞬といえど出ていた、こんな朝早くに大声で誰だという思いに、少しの申し訳なさを感じながらも返事を返した。

 

 そのまま別れる理由もなく、むしろ初めはお互いに機嫌よく目的地であるクラスへと。途中に心霊や恋愛など普通の学生らしく、他愛もない話を続けながら二人は歩き始める。

 ただその間に、カナは徐々に機嫌を悪くしていた。そのことに気づかないほど鈍感ではないリクオだが、生憎気に障るようなことをした覚えもなくただ狼狽える。

 カナもそんなリクオの狼狽えも、その理由が自身の機嫌によるものだと理解していた。そのことにカナはリクオに対して再び申し訳なさを感じている。だが、後ろから迫る気配を思うとどうにも気が滅入って仕方がなかったのだ。

 

「やあ、君たちごぶさたぁ。あのとき以来だねぇ……」

「き、清嗣くん……?」

 

 溢れるような影と重圧をその身に纏い、背後からカナとリクオの方に両腕を預けた清嗣。狙っているかのようなその雰囲気もさることながら、語尾を伸ばす口調すらも酷く重々しい。その様子は理由を知っているであろう、リクオすらも若干引いてしまっているほど。

 

「清嗣くん重いー」

「あっ、すまない家長くん……って違う!!」

「いいじゃん、すごい反省してたよ」

「そうだけど! そうなんだけど!!」

 

 廊下の真ん中で女子生徒の両肩を掴み、前後に揺さぶりながら叫ぶ男子生徒。その声につられてか、近くの教室から生徒や教室が何の騒ぎだと覗きに来るがそれも直ぐに散っていった。

 イジメに見えなかったとしても止めるべき案件だが、そんなことをするのは周りでオロオロと様子を窺うリクオぐらい。他の殆どはまたあいつらか――と、呆れて元居た場所に帰っていく。

 カナはその事実に死にかけの目で助けを――と、近くにいるだろうリクオの他に頼れる島を探してみる。清嗣いるところに島あり。そばにこそいないが、少なくとも清嗣がいるにも関わらずいない筈がない。

 

 そうして見えたのは、まだこのやり取りを見慣れていない野次馬の中に一つ紛れている金の色。身長が低いため顔や体こそ見えはしないが、思わず校則を確認したくなるあの髪色で隠れきれるはずがない。

 カナはこれが終われば必ず、かの邪知暴虐、出来もしない他人のふりする島を除かなければならぬ――と、清嗣によって揺れる頭の中で決意した。

 

 もし、だ。仮にカナの側に非があるならば、大人しくこの状況も受け入れたことだろう。けれど清嗣が荒ぶるのも、今回に限ってカナは何故私がとしか思えない。

 何故なら清嗣が荒ぶる様子にカナが察したのは、例の旧校舎で行われた肝試しについて。大方、やっと妖怪と出会えたというのにその正体はただの人。それも一緒に来ていた友人の兄という事実。事情も説明され誠心誠意謝られはしたが、溢れる思いが止まらなかったといったところ。

 

 実際何の過不足なく当たっている。そしてそれを理解出来ていると取るか、それとも清嗣が分かりやすいと取るかはまた別の話。

 どちらにせよ、カナは大した抵抗もせずにされるがまま。ほぼ孤立無援といった状態も一役かっているが、このちょっとした公開処刑ももうじき終わるため。それは物語由来の予想。元より大きく異なっては入るが、それも今更というものだろう。

 

 カナの視界には、リクオが自身を心配して残っているのを揺れて捉えられた。そしてさらに、その奥の野次馬から進み出てくる人影。カナはその人影に、自身の自由を確信した。

 そして人影は近くまで寄り二人へと声をかける。そう、それは物語通り幼くも凛とした少女、雪女の妖怪であ――。

 

「おい、その辺にしとけ」

「「へ……?」」

 

 かけられた声はカナの予想に反し、小さくとも野太く力強い声。驚きに声を揃えたカナと清嗣が見れば、そこにいるのは声音通りの体格をした大男。物語で知っているカナはもちろんだが、清嗣も身に覚えのある彼は倉田――もとい青田坊だった。

 

「俺はやめろっつたんだが」

「え……あ、申し訳ない家長くん。つい熱くなってしまったよ」

「いや、全然大丈夫だよ。その……倉田くんもありがとうね」

 

 突然の乱入者に驚くも、続く二言目に冷静になった清嗣が家長を離して謝罪。そしてそれを見た倉田がカナの言葉を背に受けつつ、いつの間にかいた氷麗とリクオの方へと歩いていく。

 そうして多少気まずい空気を残しながらも解散となったのだが、カナは一人その場に残って考えを巡らせていた。

 

 物語ではリクオが荒ぶる清嗣につかまったところを、氷麗(つらら)が清嗣をわざと挑発することで場を鎮める。カナはそれを知っていた。そのため捕まったのは自身なれど、リクオがこの場を離れることが出来るよう氷麗が止めに入ると考えていたのだ。

 なのに結果はどうあれ、止めたのは氷麗ではなく青田坊。別に止めてくれるのならばどちらでも良い。それに青田坊の生い立ち故、未だ子どもの域を出ない自身に対して悪感情を抱くことはないだろうともカナは考えていた。

 ただ旧校舎で唯一、奴良組の若頭であるリクオから離れてまで自身のそばに青田坊が残った事。その際にも何故、と考えていたこともあって尚更考えてしまっていた。

 

 ただ分からない、理解できない、自身の手に負えないことはどうしようもない。卑屈で後回し、他力本願ともみられる考えではあるが、自身の現在持っている能力を正確に把握しているカナだからこその考え。

 実際程度は違えど、この程度の差異は今までも多くある。そのため気にしすぎ、物語の主要人物ということに捉われ過ぎたのだろうとカナは結論付けた。それになにより、今の流れから今朝が()()()だと確信できたのも大きかった。

 

「あの、ごめんなさい」

 

 リクオ、氷麗、青田坊は何処かへ。清嗣、島は既に教室へ。巻、鳥居は今のような時間にはまだ学校に来ない。知られてはいるものの、清十字怪奇探偵団以外との交友関係がほぼ皆無なカナが彼ら以外に話しかけられるのは珍しい。

 そして珍しくも今日に限り、何度目かの背後からかけられたその声。若干のなまりが入っている、申し訳なくも可愛らしい少女の声だ。

 

「どうしたの?」

「職員室はどこですか? 勝手がわからなくって」

 

 カナは考え中だったこともあり、内心驚きつつも返す言葉はきつくないよう。むしろ明るく、初対面だからこそ特に気安いイメージを持ってもらえるように意識する。

 そしてさらに返すのは、初対面にも関わらずカナからしては()()()()()()。近く学校中で噂されるであろう、カナよりも少し背が低い黒髪ショートの少女だ。

 

「ああ、先生が言ってた転校生かな。なら私も早く来過ぎて暇だったし、折角だから一緒に行かない?」

 

 少女はカナの言葉に少しばかり悩む表情を見せた。それでもカナの接し方が効いたのか、あまり長引くこともなくおおきに――と、一言お礼を言い賛同する旨を示す。それにカナはまた満面の笑顔で返し、次いで今思い出したと言わんばかりの口調、仕草を作って言葉を続けた。

 

「そういえば自己紹介まだだったね。私は家長カナ、あなたは?」

 

 流石に勢いが強すぎただろうかと、目をぱちくりさせる目の前の少女に不安を感じるカナ。けれどそれも直ぐに笑顔で返事を返されたことで安堵する。

 転校してきたことによって、学校だけでなく住む周辺にも知り合いがいなければ未開の地。そんな折に優しい人と会えてよかった――そんな思いが言葉や表情の端々から見て取れる。

 

 カナはもちろんそれに気づいて、内心で気にしなくてもいいのにと苦笑い。

 

「花開院ゆらです。どうぞよしなに」

 

 何故なら数日前からずっと、名乗った少女に会うためだけに朝早くから学校に通っていたのだから。

 

「花開院さん人気者だったね」

「はあ、別にゆらでええよ。それに京都のことなんて聞いてもおもろないやろうに。他と違うとこなんて寺や神社が多いぐらいやよ?」

 

 職員室までカナが連れて行った後、教室に戻り朝に行われるホームルームの時間。物語と同じように、ゆらはカナ達と同じクラスの転校生として先生に紹介された。

 そして可愛い女の子ということもあって転校生お馴染み、休み時間にクラスの殆どから質問攻め。不快とまではいかないが疲れが出たのだろう。朝知り合いとなった顔を見つけるや否や、カナの所まで逃げて来て今に至る。

 

 陰陽師なのにな――等と心の中で思うところはあれ、表情には一切出すことのないよう笑いながら話を続けるカナ。そんな清十字怪奇探偵団以外の人と話すのがそこまで珍しいのか、周りが驚きながら遠巻きに見るさまは朝と変わらない見世物のよう。

 ゆらがそのことに気づいているかはカナにも分からない。けれどそうして目立つことになろうと、カナにとってゆらとの会話はメリット以外の何ものでもない。

 

 ――花開院ゆら

 

 物語において、花開院の陰陽師の中でもごく限られた者にしか扱うことが出来ないと言われる『破軍(はぐん)』を扱うことのできる天才陰陽師。

 実際に扱えるようになるのは京都編になってからだが、今の時点でも狼や鹿に鎧武者等の式神を複数同時に戦わせることができる。それがどれだけ凄いのかは本職でもなく、あくまで物語でしか知らないカナにはよく分からない。だが対峙していた敵の驚きからも、その才能による片鱗が垣間見えた。

 

 そんなゆらと現在、カナは物語よりも積極的に関わろうとしていた。振り返るこの四年間、カナからこうして物語の乖離を図ったことはない。この世界が物語の世界だと気づきながらも否定し続けていたカナは、だからこそ幸希や菊乃に灯の存在という乖離を物語の否定だと歓喜していたのにだ。

 そしてそれは、もしこの世界が物語とは少しずれただけの世界だったら。乖離をし過ぎたためにハッピーエンドを迎えることが出来なかったら。その思いが何時だったか頭によぎった瞬間、カナは清十字怪奇探偵団に入ることを、リクオ達と同じ学校に通うということを決めた。

 

 乖離を何よりも望んでいたカナは、逆にその乖離が何よりも恐ろしかった。

 

 けれど今は違う。妖怪とは未だ直接会ったことは、少なくともそんな覚えなどカナにはない。けれどそれ以前にも感じながら無視していた確かな予感を受け止め、この世界で生きることを決めた。

 物語と差異はあるものの、妖怪も陰陽師もいるだろう一種のパラレルワールドのような世界。そんな世界で家族や友人共々生き残る。目指すにあたって物語に対し忠実に、けれど出来る努力は惜しまない。ゆらとの関係性の構築もそういった思いから。

 

 ――もう少し砕けて言ってしまえば、物語の鳥居や巻のように陰陽師についての教えを受けれたらなという下心。加えて物語のいちファン、同じヒロインとしての立ち位置ということで仲良くなってみたいといったもの。もちろんそれだけという訳ではないのだが、俗な理由もあるには違いなかった。

 

「町内の怪奇蒐集マニアの友人から買い付けた『呪いの人形と日記』がある! あれを使って必ずや持論を証明して見せる!」

 

 突然の大声と物音に、カナとゆらの会話が止まる。周りの生徒もそれに驚いたようで聞こえた先、教室内の一点を見つめていた。それになんだとカナも視線を向けたそこにはやはりというべきか、今朝も昇降口近くで会った清嗣の姿。その近くに巻と鳥居がいるところを見るにまた煽られでもしたのだろう。

 カナは改めて確認したところで一つため息をつき、まだ耐性がついてないため驚き固まっているゆらに友達だと告げる。するとそのことで清嗣の目に入ったのか、それはいい笑顔で二人のいる机へと近づいてきた。

 

「やあ家長君、さっきは本当にすまなかったね。話は聞いていただろうし、よければうちにこないかい?」

「あー、確か今日は何もなかったかな。いいよ、お邪魔させてもらうね」

 

 快く、とは流石に言い難いが参加することを清嗣に伝えたカナ。それでも参加人数が一人でも増えたことが喜ばしいのだろう、嬉しそうに笑顔を見せる清嗣。

 それを見てカナも思わず笑みを浮かべるが、何も清嗣につられたからというわけではない。それは普段のメンバーである自身の参加だけでこの反応、ならば物語通りだと乗ってくるゆらが行きたいと言えばどんな反応をするのだろうといったもの。

 

「その話本当? それ、私も見たいんやけど」

 

 何故か目をキラキラと輝かせ、清嗣に自身も行きたいと申し出るゆら。その反応に清嗣は一瞬呆然とするも、みるみるうちに破顔していく。以前からのメンバー以外にも、人が増えたことがよほど嬉しかったのだろう、比べるものではないだろうが、カナの時以上に大喜び。乗りに乗って偶々教室を通りかかったリクオと氷麗をすら強制参加させていた。

 ただ来るかと思われた、元々のメンバーの巻と鳥居は今回も用事があるからと不参加に。それもなにを思ったか下校するまでの間、変わらずテンションの高い清嗣に隠れながらカナに対して度々の合掌。

 

 カナは物語のこともあり来ないだろうとは理解していたが、来れただろうにとは思わずにいられなかった。

 

 

 島はもちろん強制参加につき、カナ直々にゆらとカナ二人分の荷物運びが命じられた。

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