学校からの距離も然程ないからと、下校後制服もそのままに。目的地である清嗣の家、その中にある目当ての物が置かれている部屋へと着いたカナ達。
元々そこは大学教授を職としている清嗣の祖父が使っていた部屋。現在では丸ごと借り受け清嗣のプライベート資料室としてつかわれている。
清十字怪奇探偵団の立ち上げ以来、時には灯も交えてメンバーも何度か来たことのあるその資料室。
不気味な鉄甲冑の鎧に怪しげな装飾の壷、部屋の中央には清嗣が集めた資料を保管するための大きなガラスケースまで置かれている。祖父は忙しく未だにこの部屋の状況をよく知らないらしいが、見ればあまりの光景に咽び泣くこと請け合いだ。もちろん悲しみで。
「この部屋とか何回来ても慣れないよね」
「ぶっちゃけ超成金っすよね」
「君たち口をつつしみたまえ! 大体それ前に来た時も言ったはずだよね!?」
毎回言う必要があるのかい――などと言う清嗣の悲痛な叫びもなんのその、隙だらけだと言わんばかりにカナと島が清嗣の脇を抜けて部屋の中へと入っていく。
リクオやつららはともかくとしても少し緊張していた様子のゆら。けれど今ではカナたちを見て苦笑いを浮かべる程度には慣れてきている。
そしてそんなゆらの様子を見た清嗣を除くカナ達は、少しだが安心したような表情を見せる。なんせここにいる面々は今日初めて会った者ばかり。まだ転校したばかりのゆらが、カナ達とどう距離を掴めばいいのか緊張している様子には誰もが気づいていた。
幸いカナとは転校して初めての友達ということもあり、多少なりとも打ち解けている。そのためカナから積極的に、時には先ほどのように島を巻き込んではここに来るまでの間に何かしら行動していた。
その結果よく標的とされた清嗣の表情が徐々にやつれようと、ゆらという少女の笑顔のためなら躊躇う余地なし。清嗣は犠牲となったのだ。
「全く……さあ、こっちだよ」
もはや学校でのテンションは見る影もない清嗣が部屋の奥、今回集まる切っ掛けとなった物の場所へと全員を案内する。
元々家の中でも奥まった場所にある部屋だが、その中でもさらに奥。他の不気味な品が並ぶ中に、仰々しくも台に置かれてそれはあった。
物の名前をただ読むならば、日本人形と日記。ただそのどちらもが年季が入っているせいもあってか傷んでおり、特に人形についてはそれが顕著であった。以前は艶めいていただろう黒い髪は所々が傷み、抜け落ちた跡もそこそこ。着物についても色が剥げ、花柄の刺繍がほどけかかっている。
初めて来たゆらだけでなく、カナ達も以前来た時は置かれていなかったそれらを前に好奇心にものぞき込んだ。
「これが言ってた人形と本?」
「ほ、本当に呪いの人形なん……?」
「信憑性は高いと思う。持ち主の日記も残ってるから読んでみよう」
そう言った清嗣が年季によって傷んだ冊子を取り、人形について書かれた部分を読み進めていく。
「『2月22日……引っ越しまであと7日。昨日、これを機に祖母からもらった人形をすてることにした。といっても――』」
内容は怪談としては定番といってもいい、古い人形を捨てるといったもの。
その口調は場を意識してかゆったりと低く、真面目な顔でなければ態とかと思うほどそれらしい。けれどその口調、もしくは場の空気にあてられてか、殆どの者が硬くなった表情と視線を清嗣へと集める。
「『すると今日、何故か捨てたはずの人形がげんかんにおいてあり、目から血のような黒っぽい……ってどぉした奴良君ー!?」
突然どうしたことか。清嗣が話す日記の内容に皆が固唾を呑んで聞き入っていた時、人形をリクオが勢いよく押し倒す。
「貴重な資料にタックルかますなー!!」
「はは……ごめん、聞いてたらかわいそうでさ」
「んなあほな……」
リクオによる突然の奇行に周囲が驚く中、元あった場所へと自身で置き直す。一応念の為にと清嗣が人形を確認するも、倒されたことによる髪の乱れこそあれ、他にこれといった異常は見当たらない。
「……なんとも、なってないか。まあいい、次だ。貴重な資料だからもうするんじゃないよ」
確認後に何もないと分かれば、不謹慎にも少し残念そうに言葉を漏らした清嗣。当たり前だがこれ以上おかしなことをしないよう、リクオへ釘を刺したところで再び日記の朗読が始まる。 ただ、再開した清嗣へ視線を集めない者が数人。それは言わずもがな、物語の主人公であるリクオを一人目に、その側近として描かれているつららで二人目。
事実清嗣が確認した時は何の異常もなかった人形だがその少し前、リクオが人形を押し倒す直前は違った。リクオが自身で倒した人形を元に戻す際、確かに人形の顔を拭くような素振りを見せていた。そして話が再開したにも関わらず、つららと二人身を寄せ合って何事かを相談するかのような素振り。
それはまさしく、物語のワンシーンのようだと――三人目、カナが一人諦観した瞳で見ていた。
物語で判断するのなら今日この日この場所が、『家長カナ』が初めて妖怪というものを本当の意味で認識する日。旧校舎もカナからすればそうに違いなかったのだが、それは幸希達の善意によって半ば流れたような形になっている。
そして繰り返すもこの世界で生きることを決めたカナは、つい先ほど改めてこの世界の
「『おかしい……、しまっておいた箱が開いている』」
横目で見るカナの視線の先にいる二人は、けれども現状を穏便に打開するための答えを出すことはできなかった。
清嗣が日記を読み進めるにつれて人形に再び変化が訪れる。来た当初のような人形特有の固まった無機質なものではなく、般若のように歪み何処からか刀まで取り出す始末。
「日記を読むのをやめて!!」
流石にこれ以上は危険だと判断したのか、清嗣が日記を読むのをやめるようリクオが声を荒げる。
背後で人形が背中へと刀を突き刺さんとする状況の中、それでも周りを助けようとするその姿。周りが驚いている中、カナはその姿にただ尊敬を覚える。ただ、尊敬の思いが浮かぶのみ。
人形がどれほど強いのかは分からないが、それでもこうして清嗣が知る程度には曰く付きと呼ばれる代物。しょせん一般人でしかないカナが動いたところで、よくてリクオの身代わりとなるぐらいだろう。だから、動かない。けれど、それはカナが自分欲しさにリクオを見捨てたという訳ではない。
視線の殆どが人形に集まる中、カナが一人視線をずらす。そこには動き出した人形によって注目が集まらないものの、身にまとう雰囲気が冷たく研ぎ澄まされたかのようなつららの姿。
このままカナの期待通り――物語通りに進めば誰一人、何一つ怪我を負うことなく今日を終えられる。仮にそうならなかったとしても、既に臨戦態勢に入っているつららが標的とされているリクオに傷を負わせるはずがない。
カナが動かなくともリクオの命は保証されている。むしろ動いたことで何かしらのイレギュラーが発生する恐れもある。そんな正当性のある、どこか歪なカナの思い。
けれどリクオの背中へと刀が突き刺さる、つららの雰囲気がより鋭くなる少し前。カナ自身の顔の横を風切り、人形へ向かって一直線に飛んでいく数個ほどの白い影たち。それらが人形に当たったことにより生じた、爆発にも近い大きな破壊音。
「陰陽師花開院家の名において、妖怪よ。あなたをこの世から……滅します!!」
最後にあどけなくも凛々しい、頼もしさすら感じられるゆらの陰陽師としての宣言。カナは自身の口角が、無意識に吊り上がっていくのを感じていた。
のちに清嗣の独断によって名付けられた人形騒動。大なり小なり何人かに思うところを残したその出来事も、時もたち今では既に先週のこと。カナ達人形騒動の時にいた面々は、学生にとって貴重な休みの日を各々が好きな服装で目的地へと歩いていた。
ただその顔触れが以前とは少し違う。カナに清嗣や島といった、積極的に活動へ参加するメンバーはもちろんいた。けれど同じように参加の頻度の多いリクオ、最近入ったばかりの氷麗と倉田はいない。そしてその代わりと言っては何だが、あまり参加をしていない者二人が珍しくも足並み揃えてそこにいた。
「分かった、Cの
「ブー!! 巻きくんもまだまだだね。気合が足りないんじゃないかい?」
「気合って、それ関係あるの……?」
「まあ勘て言っちゃってる方もっすけどね」
目的地へと向かう際、雑談代わりに話すのはもちろん妖怪のことについて。中でも先週から異様にテンションの高い清嗣は、誰かしらに訓練と称しては妖怪のクイズを吹っかけていた。
「というより家長くん! さっきから花開院さんと話してるけど君にはこの妖怪クイズが分かるのか――」
「Bのふらり火」
「あ、一応聞いてたんすね」
「また器用なことしとるな」
清嗣の問いに対して、ゆらと話していたカナはたった一言のみで返す。一見素っ気なく感じるその態度は――話を途中で遮れば誰だってそうだが――けれどみるものが見ればそれも違う。
「(なんか、最近カナの機嫌いいよね。なんか変わったことあったっけ?)」
不思議そうにカナへと視線をやりながら、本人に聞こえぬよう小声で漏らしたのは
ロングの金髪に三白眼、そして中学生とは思えない程の大人びたスタイルが特徴の彼女。近頃あった旧校舎探検、清嗣の家への訪問等々。それらを用事があると断っていた彼女は、けれど今日に限っては自身から参加を希望していた。
「(ゆらちゃんで女子メンバーが増えたからとか……じゃあないか。私たちいるし、カナってそういうのあんまり気にしなさそうだし)」
不思議そうな巻の言葉に対し、自信なさげに
黒髪を後ろ手にまとめた猫目の鳥居は、巻と同じく近頃は清十字怪奇探偵団の活動に参加していなかった。けれどやはり同じように、今日に限っては巻と同じく話を聞くや否や参加を希望している。
そんな二人がこそこそと意味あり気に視線を向けるカナは、実際清嗣に対する態度とは違って確かに機嫌が良さそうに顔を綻ばせていた。他の者には明確な理由こそ分からないだろうが、その雰囲気はひとえに先週の人形騒動について。
あくまで漠然としたもので証拠というものほどないカナだが、恐らくこの世界には物語のように妖怪がいると感じていた。そしてそれは、先週に人形が目の前で動いたことから確信に変わる。
ただ仮にそれだけならば、妖怪の存在など望んではいないカナからすれば悪夢同然。清嗣でもなしに、半端にも物語がある分それもひとしおと言える。
けれどあわや鬱エンドとなりかけた時、現れたのが陰陽師としての花開院ゆら。目で追えていたわけではないが、恐らく何らかの術でもって人形を滅する彼女の姿。
それはカナにとって、清嗣のように本物の陰陽師がいたのだという感動に収まらない。比喩や誇張などは抜きに、この先の人生において明確な形で希望を感じた瞬間であった。
そのため先週からカナの機嫌はすこぶる良い。カナの知る物語とは違い、巻や鳥居がこの場にいることも気にならないほど。
「((――心配だね!))」
二人が珍しく来た理由の八割が、からかいということにも気づかないほどに。
「あ、見えて来たよ」
「おや、本当だ。それにしても相変わらずのボロ屋敷だね」
「あれがリクオくんの……」
女子学生特有の乙女な妄想を繰り広げられているなど、当たり前だが一切気づきもしないカナ。けれどそのカナが目に入ってきた建物による一言に、妖怪の話に夢中だった清嗣や他のみんなも気づき反応しだす。
見えてきたのはリクオの実家、話通りならこの場にはいないリクオが中で用意をして待っているはずだ。その外装は歴史を感じさせる、清嗣の家にも負けないほどの大きく立派な屋敷。そして今回の清十字怪奇探偵団の会議場として使う予定となっている。
『今日はもう遅いし、よければ花開院さんの話は来週にまた奴良くんの家でしよう』
先週起こった人形の騒動後。ゆらちゃんという本物の陰陽師に興奮冷めやらぬ様子の清嗣だったが、これで案外気遣いが出来る男。もちろんリクオに一言断りを入れてからの発言である。
同じメンバーである巻や鳥居もおらず、時間も夕暮れ時と既に遅い。そういったこともあり、来週となった今日この日に改めて話を聞くことになった。
「ごめん、遅くなっちゃったかな……?」
それから門前で待つことしばらく、リクオが少し開けた門の隙間から気まずげに顔を出した。
「以前来た時と比べれば十分だとも。さあ、花開院さんは初めてなのだからさっさと案内したまえ!」
「あ、リクオくん。私は別におかまいなく」
「はは、気にしないで花開院さん」
いつものことだから、そう苦笑いするリクオが屋敷の中へとメンバーを案内する。
庭には樹齢幾分あるであろう松の木に、小さくも赴きある綺麗な小池。屋敷内には障子張りされた白一色の戸が幾つもあり、先の見えない程長い廊下では床が光沢を思わせるほどに磨かれている。
絵にかいたような、それこそ今時文化遺産ぐらいでしか見ない日本屋敷。けれど以前も会議と称して来たことのあるカナ達はもちろん、ゆらも実家が京都なだけあってむしろ清嗣の家より落ち着いていた。
「広い聞いてたけど、奴良くんの家ってほんまにすごいんやね」
「おかげで妖怪屋敷とか言われちゃってるけどね」
案内された先はいくつもの畳が敷かれた大部屋。和式ということもあり、知っている者は記憶に新しい先週の人形を頭に思い浮かばせた。
けれど今は昼間ということもあって、障子からは外の暖かな日差しが差し込み、時折ししおどしの心地よい音色が響く。厳かにも落ち着いた雰囲気を感じさせるこの一室、誰一人に対しても嫌な空気を感じさせることはなかった。
「それじゃ始めよう。今日は花開院さんにプロの陰陽師の妖怪レクチャーを受けたいと思います」
「はい、そう……ですね。最初にこの前の人形、あれは典型的な”付喪神”の例でしょう。特徴としては――」
清嗣の促しによって始まるゆらの陰陽師としての妖怪レクチャー。他人伝いであり元々そこまでの興味はなかったため、巻と鳥居については半信半疑。けれどその他の清嗣や島にリクオ、中でもカナはとりわけ真剣にその話に耳を傾けていた。
巻や鳥居はともかく、清嗣達の感じる大体のそれは単純に、未知に対しての純粋な好奇心に畏れといったもの。けれどカナについてはそれ以上の、死活問題として考えているところが大きい。
カナは今まで清十字怪奇探偵団として何かしらと動いていたものの、清嗣のように自ら調べた
正誤も不確かな知識などあてにならないし、下手に勘違いすれば危ないというもの。例を挙げるならば、べとべとさん。見た目可愛らしいが流石にあれはないだろう。
そしてそれに引き換え、現在話しているのは現役の陰陽師。本物を抜いて妖怪について聞くにはこれ以上の相手はいない。
「つまりそれは――」
「いいえ、そうではなくこの妖怪は――」
「え、ならあたしらの家にも……」
「もしかしたらおるかもしれんね」
「ええ!?」
専門的な単語についても、一般人でしかないカナ達に配慮してか度々言い換えながら話すゆら。時に真剣に、時に冗談を交えながら繋げていく会話に、清嗣だけでなく興味が薄いと公言している巻や鳥居までも惹かれていく。
理由こそあれだが、貴重な休みの日を潰してまでこの場にいる。友人との怪談話という割合も大きいだろうが、言うほど興味がないわけでもないのだろう。
話は誰しも時間を忘れて続けられていく。途中、着物を身に着けた長髪の女性がお茶を持ってきたことで止まるも、カナ達が以前来た時に面識があったためすんなりとその場は流れた。
そして全員がその身を乗り出さんばかりに聞き入り出したとき。この話も終盤だと、雰囲気を重くしたゆらが一拍おいてその口から言葉を紡ぐ。
「――そして、それら百鬼を束ねるのが妖怪の総大将。ぬらりひょんと、言われています」
「古の時代より彼らを封じるのが我々陰陽師。その
もはやレクチャーや解説といった枠を超えた、妖怪に対する宣戦布告とも捉えられるその言葉。その表情には多少の陰りこそあれ、不安はついぞ見当たらない。ただ自身がやるべき、行うことだという、傲慢とはまた違った一種の自信、使命感の表れ。
清嗣は感動で涙を流しながらスタンディングオベーションを決めた。
日もとうに暮れ、街灯の灯が徐々にその明るさを目立たせる横浜の中華街。ゆらはそんな場所を一人、京都より引っ越してきた家へと帰宅するために歩いていた。
ただ、今までの慣れ親しんでいた京都とはまた別の街並み。広く複雑な場所など京都だけでなくどこにでもある。だが、それにしてもまだ来て数週間しか経っていないゆらには辛いもの。
「ここ、どこなんやろ……」
端的に言って、現在のゆらは迷子だった。
リクオの家で妖怪についてレクチャーをした後、妖怪屋敷ということで案内の際に手持ちの札を張り周ったゆら。その後は特筆することもなく、また部屋に戻っては他愛もない雑談をし、適当な時間でそろそろかとその場で解散。
けれど清十字怪奇探偵団の活動のせいなのだろう。ゆらが思っていたよりカナ達が妖怪についての知識を持っていたため、つい熱が入って長く話し込み過ぎていた。そしてその帰り道、暗くなる前によく知っている道ではなく、あまり知らなくとも近道をと考えたのがいけなかった。
ゆらにとっては少し遅く感じる時間も、街灯や店の明かりが多い中華街ではまだ人通りも激しい。未だ慣れない道を観光客や地元民にぶつかり、もまれ、気づけば来た方向すら分からない始末。
「おじょーちゃん、制服着てどこ行くの?」
「よかったら家まで送るよー?」
さらには先ほどから男女問わず、ゆらへとひっきりなしに絡んでくる人々。なんとか大丈夫だと躱してこそいるが、それも中々一人不安や寂しさを感じさせる。
ゆらがそれを予期していなかったといえば嘘になるだろう。何故なら引っ越す前にも重々注意をするようには聞いていた。ただ、これほどまでに複雑だと思っていなかったのも事実。ゆらは疲れてきた足を何とか動かしつつ、思わずため息を吐いた。
「ゆらちゃん!」
「え、どこどこ?」
「あそこだよ鳥居、街灯の下あたりにいる女の子」
不意に聞き覚えのある声、ゆらの視線が反射的にその方向へと動く。
「あ、家長さんたち……?」
視線の先にいたのは少し前にリクオの家で別れたカナに巻、鳥居の女子メンバー三人。少し離れたところにいるが、慣れているのか人波にのまれないようにゆらの方へと迷いなく進んでいる。
ただゆらの記憶が確かなら、帰る方向が違うからと三人とは途中の道で別れたはず。ゆらにはどうして三人がこの場にいるのか見当もつかなかった。そのためどうすればよいか分からず、ゆらがオロオロと戸惑う間に三人は直ぐ傍にまでたどり着く。
「この辺危ないから別の道で一緒に帰ろ?」
「特にこの時間はなー。近道ってだけならちょっと暗くても変えた方がいいぜ」
「まあ私もカナが言わなきゃ忘れてたんだけどね」
言葉から察するに、三人はゆらが一人帰ることを心配してわざわざ戻ってきた。そのことに気づいたゆらは少しの申し訳なさと、それ以上の感謝で内心が満たされていくのを感じた。
「おおきに。恥ずかしいんやけど、実はちょっと迷子になっとったんや」
ゆらがはにかみながらもそう言えば、けれどカナ達は嗤うことはない。むしろ大丈夫だったか、と顔色を変えてまで心配し始める。
それにゆらはまたしても驚いた。まだあって一週間ほどという、決して長いとは言えない期間。にもかかわず、恐らく本心からだろう三人からの接しよう。
「ほんま、おおきにな」
生まれてからずっと過ごしてきた町から離れる。自分一人で妖怪の総大将を封じる。それら以外にもゆらは様々な悩み事や不安な思いを抱えていた。
けれどゆらは少し、それが晴れたような気がした。
「いやあ、四人ともいいね! 通りがかりで見てたんだけどオレ感動しちゃったよ!」
さあこのまま帰ろうかといった時、突如四人へと大きな声がかかる。
いきなりかけられた声に驚いた四人、その視線を一心に浴びるのは顔立ちが整った若い一人の男性。けれどその男性は金髪に派手な髪型、白のスーツといったあからさまにホストな風体。
わざとらしいその口調もあり、通りかかる偶然見ていたなど信用ならない。現にこういった場に慣れないゆらですら、なんだこいつはと言わんばかりに眉間にしわをよせていた。
「よかったらさ、このままオレの店で遊ぶなんてどう? あ、みんなでどっか行くのもありかもね!」
「あたしらもう帰るから」
しつこいほどに四人を遊びに誘う男性であるが、見慣れているのか巻相手には取り付く島もない。素っ気なく返事を返し、カナ達三人の手を取りながら男の脇を抜けようとする。
「ちょ、なによあんたら」
けれど、いつの間にかカナ達を囲んでいた別の男たちによってそれも無駄に終わる。
にやにやと笑ながら、カナ達を逃がさぬように周りを囲むその男たち。全くという訳ではないが格好は一人目の白スーツと同じホストのようなもの。そのため関係性を疑わずにはいられず、初めに声をかけてきた男へと巻が背中に三人を庇いにらみをきかせる。
「下がって……巻さん」
「花開院、さん……?」
ゆらに声を掛けられながら巻が掴んでいた腕を逆に引っ張られる。それによってゆらが巻達を背に庇う立ち位置に入れ替わり、額に汗を浮かべながらその雰囲気を重くした。
「アンタら……
気づけばあれほど流れていた人混みはどこにも見当たらない。周りには四人を囲むホストの格好をした男達に、話しながら近づくリーダー格のような白スーツの男。
けれど四人以外の誰一人として、ただの人間とは言い難い。何故ならじわじわと近づくその間、男たちはその顔を歪ませる。
「夜はまだまだ長いぜ?」
それは表情を、というわけではなく、それこそ顔そのものが徐々に人間からかけ離れていく。そしておもむろに髪をかき分ける仕草をした後、そこにあったのは異形の相貌。
顔には先ほどまでの肌色ではなく獣のような毛で覆われ、歯が並んでいるはずの口にはひと一人容易に噛み殺せそうな無数の牙。
「骨になるまで……しゃぶらせてくれよォォ!」
愉悦に歪み血走った瞳が、目の前にいるゆら達を捉える。
けれど、そんな中。
「カ、カナ……一体なんなの、これ」
ゆらが庇うように立つ巻の、そのさらに後ろ。目の前の事態を呑み込むことが出来ない鳥居が、隠れるようにしながら両手を使ってカナの服を掴む。
傍から見れば友人を盾にしているかのようなそれ。けれど、いっそ哀れなほどに震える少女を一体誰が責められるだろうか。
中には、もしかすればそう感じる者もいるかもしれない。だが少なくとも、掴まれている当人のカナはそう思わない。
むしろ安心するよう、震えながら服を掴む鳥居の手に自身の手を優しく重ねる。それどころか荒い息を鎮めるかのように、鳥居の背に手を添えてゆっくりと撫でながら、静かな口調で言葉を紡いでいく。
「安心して、大丈夫だから」
怯えも、恐怖も、畏れもないその瞳。
見つめる先は、どこか作り物めいていた。