ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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エースの条件

「隊長機を正面から撃て?」

 

加藤は言った。シミュレーターの管理室。モニターには古代と山本の飛行をシミュレートしたリアルタイムの映像が映し出されている。〈アルファー・ワン〉と〈アルファー・ツー〉。トリトンの仮想の空を飛び続ける二機の〈ゼロ〉。

 

「そうです」と新見が言った。「このヴァーチャル訓練は後でガミラスの戦闘機と会敵するようプログラムが組まれているわけですね。これを変更し、いま隣りで訓練しているタイガー隊と闘ってもらう。で、〈タイガー〉のパイロットらにひとつ指令を与えるのです。『〈アルファー・ワン〉と真正面に撃ち合え』と」

 

「それはいいが、どんな意味があるんです?」

 

加藤は言った。これは仮想のシミュレーションだ。テレビゲームと同じであり、何があっても本当に機が墜落するわけではない。しかしパイロットが気絶して、医務室に(かつ)ぎ込まれるなんてこともないとは言えない。並みの人間をいきなり乗せたら死んで不思議はないほどの強烈なGにさらされるのだ。

 

一秒間に1キロも進む宇宙戦闘機同士に真正面で撃ち合いをさせる〈ヘッド・オン〉――ボクシングで言えばクロスカウンターパンチというところだろうが、本気でやらせてヘタをすれば熟練したパイロットでもひどいダメージを受けるだろう。人間が耐える限界を超えた衝撃が一瞬にかかるおそれは充分にあった。それを承知でやれと言うのか?

 

「これを見てください」

 

新見は言って、モニターに3Dの映像を出した。何やら一機の宇宙艇が宇宙空間を行くようすが表されている。

 

戦闘機のものではなかった。七四式軽輸送機。〈がんもどき〉と呼ばれる醜いアヒルの子だ。

 

「古代一尉が〈サーシャの船〉を追うガミラスと遭遇したときのデータを解析したものです」

 

「ふうん」

 

と言った。そんなものが存在するとは初耳だったが、しかし驚くことでもない。古代についてきたあのロボットが記録していて当然なのは加藤にもわかることだった。それを新見が分析したというわけか。

 

それよりも意外なのは、

 

「あの話、やはり本当だったのか?」

 

加藤は言った。航空隊の隊員達も顔を見合わせてモニターを覗く。彼らの誰もが、まさかという思いでいるようだった。

 

当然だろう。パイロットが墜としていない敵を墜としたとホラを吹くのは当たり前にある話だ。誰も古代がガミラスを一度に三機墜としたなんていう話を信じてなどいなかった。どうせ偶然、〈サーシャの船〉の残骸を見つけただけだろと思っていたのだ。ましてそのとき乗っていたのが武装のないオンボロ貨物機? 一体どうすりゃ、そんなことが可能と言うのだ。

 

「まあ確かに、フラップなんて古い手で一機殺ったのは見たが……」

 

とひとりが言った。あの沖縄の空でのことだ。古代は無人戦闘機を一機失速させて墜とした。それは確かにおれも見たなと加藤は思って頷いた。

 

古代はこれまで全部で四機を墜としたという。あと一機でエースだという。すでにそれだけで驚異的だ。互角の機体が1対1でやり合えば、勝つ確率は2分の1。二機墜とすのは4分の1。三機墜とすのは8分の1で、四機墜としてエースまであと一機に迫る確率は16分の1となる。

 

けれどもそれは、敵と互角である場合だ。乗る機体の性能がこちらの方が上であるなら、当然勝つ確率は上がる。アニメを見過ぎテレビゲームをやり過ぎたそこらのガキが『五機墜としてエース』と聞けば、なんでタッタそれだけの数でと言うだろう。戦闘機の性能が地球の方が上であるなら、勝って当たり前じゃないか。十機二十機百機二百機墜とせて当たり前じゃないか。ウン、ボクに、ちょっと〈ゼロ〉なり〈タイガー〉なりに乗させてくれたら、たちまち千でも一万機でもガミラスやっつけられるんじゃないかな、と。エースというのは十万くらい墜として初めて名乗るもんじゃないすかねん、と。

 

なわけ、ねーだろ。ヲタクなど社会にとって有害なだけでなんの役にも立たんのだから、〈ヤマト〉が戻ってくる前にひとり残らず死んでいやがれ。〈タイガー〉や〈ゼロ〉が強いにしても、あくまで1対1の話だ。かつて飛行機がプロペラで地球の空を飛んだ時代、〈零〉と呼ばれた戦闘機があった。1対1なら敵の方がたとえ新型でも敗けないなどと言われたが、二機相手だとカラキシだった。当たり前だ。そういうものだ。ひとつ間違えば墜とされる。ゲームのようにボタンひとつでそれをなかったことにはできない。命はひとつしかないのだ。だから、殺られたらおしまいだ。

 

腕がいいというだけではダメだ。場数を踏んで闘いに生き残る(すべ)を身に付ける。それができた者だけが、五機目を墜としてエースと呼ばれるようになるのだ。

 

最初の一機は戦闘機の性能で偶然勝てもするだろう。二機目でようやく落ち着いて敵を狙えるようになる。三機目を殺ったところでこれをずっと続けていればいつか自分は死ぬことになるとあらためて思う。四機目でそれがたまらなくおもしろくなるが、しかし五機目……。

 

この〈ヤマト〉の航空隊の者達は、全員がそれを乗り越えてここにいる。多くの仲間が五機目を殺れず死んでいったのを見ている。ゆえに誰もがよく知っていた。一対三で敵と闘うなどはまともな作戦じゃないと。

 

新見が言ったバレーボールの話と同じだ。なるほど選手の背が高ければ試合において有利だろうが、だからと言って五人の敵にふたりで向かうチームがあるか?

 

しかし、古代――この男は、経験など何もないのに死地を三度くぐり抜けた。いずれも決して本来なら生き延びられるはずのない状況を。ここに並ぶトップガンでもまさかと思う状況を。

 

四機墜としてエースまではあと一機。しかしこれが事実なら、この〈四機〉は四十にも、ことによると四百にも相当するものかもしれない。

 

その証拠となるものが、いま見られるというのである。戦闘機に乗る者が、身を乗り出さずいられるわけがなかった。全員がモニター画面を注視する。

 

「最初のポイントはここです」新見が言った。「敵は三機のうちまず一機だけを〈七四式〉に差し向けました。この時点では明らかに敵は古代を軽んじています。真正面から古代に向けて敵は突っ込み――」

 

そこで黙った。古代が敵の攻撃を躱す瞬間を再現した映像が流れる。並ぶ者達が息を止めて見守った。

 

ひとりが言った。「今の動きは――」

 

「はい」と新見。「これはいわゆる、〈クルビット機動〉です」


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