ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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ヘッド・オン

レーダーに映る〈タイガー〉の指標が《UNKNOWN》から《BANDIT》に変わる。〈不明機〉から〈敵機〉。〈ゼロ〉のコンピュータは迫ってくる四機を〈敵〉と判断したわけだった。〈バンデット・ワン〉と〈ツー〉が自分の機、〈スリー〉と〈フォー〉が山本を狙い定めるのがレーダー画面の中の動きに表される――しかし、二対四で〈タイガー〉とやれ? いくら訓練だと言っても、なぜいきなりそんなこと命じられねばならないんだ?

 

勝てるわけがないじゃないか! 古代は思った。敵は〈タイガー〉。船を護る戦闘機。格闘戦では〈ゼロ〉より上で、パイロットは百戦錬磨。あの四機を動かしてるのは、コンピュータのわけはなかろう。実戦経験を重ねた腕利き中の腕利きどもだ。いつかの無人戦闘機のような速度と機動性だけが頼りのロボット三等パイロットとはわけが違う!

 

コンピュータはどこまで行ってもコンピュータだ。このシミュレーターのようなものを本物と寸分違わず動かすようなことはできても、戦闘機を人間よりも上手(うま)く飛ばすなんてことはできない――二足歩行ロボットが二百年かけても未だにアナライザーのようにヨタヨタとしか動けないのと同じ理屈で、手足を自在に動かすようなことに関して機械は人に及ばない。22世紀末の今に至ってまだそうなのであり、これは決して永久に変わらないかもしれないとさえ言われている。

 

このヴァーチャル対戦ゲームでいま敵として向かってくるのは、機の翼をまさに己の手足とする者達だ。〈ゼロ〉をやっと飛ばせるようになったばかりのおれに、どうして(かな)うわけがある?

 

逃げるしかない――そう思った。格闘になれば殺られる。それはわかりきってるのだから、逃げの一手でいくしかない。スピードはこちらの方が上なのだから、エンジンを全開にして振り切れば敵はついて来られない――。

 

が、問題があると気づいた。このトリトンの重力だ。地球のたった12分の1。脱出速度はとうに超えているのだから、これ以上に速度を出せばアッという間に上昇して宇宙空間に出てしまう。しかし、この訓練ではそれは禁じられているのだ。

 

高度を上げれば敵の対空砲火を受ける。その想定の訓練であり、だから敵に出会っても低空で闘えとの指示が出されていた。破ればたちまちゲームオーバー。この状況でも、当然、それは変わるわけが――。

 

案の定だった。ちょっと高く昇っただけで、レーダーが警報を鳴らしてくる。これ以上は敵のレーダーに引っかかる、だから高度を下げろと告げる。

 

流星のような光がいくつも空を交差するのが見えた。敵の対空ビーム砲火だ。

 

古代は〈ゼロ〉を降下させた。たちまちヒビ割れた地面が近づく。墜落寸前に機首を上げ、上昇。水平が保てない。速度計とピッチスケールの数字がみるみるハネ上がり、目盛りが下に流れていく。

 

また警報が鳴った。無理だ。トリトンの丸みに沿って、〈ゼロ〉を高速で飛ばすなど――この星の空ではとても〈タイガー〉から逃げられない。

 

噴煙に突っ込んだ。液体窒素の間欠泉が黒いみぞれとなって翼にからみつき、キャノピーを覆って視界を閉ざす。ロールを打ってその中から抜け出したとき、古代は、自分が二機でなく三機の〈タイガー〉に取り巻かれているのに気づいた。

 

二機が巧みに噴煙を避けて〈ゼロ〉を後ろから追い詰めて、真正面からまた一機――山本に対していたはずの〈バンデット・フォー〉が突っ込んでくる。

 

ヘッド・オンだ。パルスビームの曳光が、自分めがけて放たれるのを古代は見た。

 

操縦桿を咄嗟(とっさ)に引いた。機首を持ち上げ、〈ゼロ〉はすんでにビームを躱す。

 

が、しかし、そこまでだった。無理な機動に〈ゼロ〉の機体はでんぐり返ったようになり、宙をクルリとひるがえる。その後は(はじ)かれたベーゴマのように、まるでデタラメな動きで宙を転げまわった。

 

機体が強度の限界を超えてヘシ折れ、まっぷたつとなってトリトンの大地に墜ちる。そこに積もった黒い雪を吹き払って爆発し、赤い炎を立ち上らせた。


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