「考えてもみてください」
と新見が言った。
「たとえば、ゲームでありますよね。20世紀の太平洋戦争で一度沈んだ戦艦〈大和〉が実は海底で改造受けて、ドドーンと浮上するんです。キャラメル食べて三百メートルになってたりして、これが沖縄、硫黄島、サイパン、ミッドウェイ、ハワイと敵を蹴散らして進む。で、パナマ運河を抜けてワシントンを砲撃して、あの戦争を日本の勝ちにして終わる。それで口だけ『我々は愛し合うべきだった』だとか言って反戦のフリ」
「まあ」
と加藤は頷いた。ゲームであれなんであれ、この二百五十年、そのテのものは日本国内で絶えず作られ、〈愛国的〉な者達に消費され続けてきた。そこで〈敵〉とみなされるアメリカ国内の白人至上主義者だって南北戦争で南軍が勝つ小説を三百年間読みふけってきたのだから、取り上げてこんなものやめろと言うのも大人げない話だが、
「そのテのゲームをやってみたことがありますか? 〈大和改〉には最初〈
「うん」と南部が、そんなゲームが好きそうな顔で頷いた。
「けれどその〈震電〉は、十機中七、八機が撃墜される。〈大和改〉に補充はない。なのになぜか次の珊瑚海戦では二十機に増えているんです。それでアメリカ空母艦隊と戦って、また十四、五機墜とされる」
「ははは」とシミュレーターのオペレートをしている隊員が笑った。まだ同じ管理室だ。「で、次のミッドウェイでは三十機になってるわけですね。先に進めば進むほどに増えていく」
「そう。ハワイで四十パナマで五十。で最後のワシントンでは百機の〈ジェット震電〉が〈大和改〉からビュンビュン飛び立つことになる」
座を囲んでいる全員がヤレヤレとばかり首を振った。
「まったく」と南部が笑って、「あの原口が都知事やってるくらいだもんな」
「〈ぐっちゃん〉と言えば――」とまたオペレーター。「さっき船務科が来て話して行きましたよ。今度はぐっちゃん、『〈ノアの方舟〉や種子バンクなんか要らない』って言い出したとか。『生物は地球に人間だけでいい』」
「え?」南部は眼鏡の奥の目をパチパチさせた。「まさか。いくらあのバカでも、そんな――」
「それが言うには、『アジの開きでも揚げナスでも機械で合成できるようにすればいいことだから』って。『都民の生活に支障はない』と。東京モンは生き物を皿に乗ったものしか知らない――」
「アハハハハハ!」
室内が爆笑に湧いた。それから皆、深く深くため息をついた。
「原口なんかまだいいよ。ただのおっぱい星人だもんな。石崎なんて一体どんな恐ろしいことを考えてるか……」
南部が言うと、皆が頷く。加藤も「ええ」と言って思った。現日本国首相の石崎。あれは〈社会の中心で愛を叫ぶけもの〉だ。あと三百数十日で自分を最後のひとりとして全人類が死ぬことになるが、〈ヤマト〉はただそのときにさえ間に合えばいいと考えている。自分さえ助かるならばあっという間に自然は回復、陸には森が、海にはサンゴが、ライオンもサメも草食生物として蘇り、地球は生き物の楽園となって、ただ一年で人口が百億になると本気で信じ夢見ているのだ。そのすべてが自分のおかげで〈愛〉と呼ぶべきものであり、シャレは一切通用しない。ひとつ態度を間違えただけの忠臣も処刑する。
支持率はわずか3パーセント。にもかかわらず地下社会に君臨するのは、老人票があるためと言う。〈ヤマト〉がたとえ戻っても老いた者に明日はない。放射能の障害で数年のうちにみな死ぬのだ。その現実を受け入れられぬ者達が、独裁者にすがりつく。石崎を信じるならば生きられるとなんの根拠もなく思うのだ。そして、一部の若い者も……。
現宰相・石崎
加藤は言った。「〈ヤマト〉が地球に戻るとき石崎などが基盤を強固にしていたら、コスモクリーナーは〈人類浄化装置〉として使われるに違いない、なんて話もありますね。汚染除去は日本人と白人が飲む水だけで、他のアジアや黒人などには渡されない、とか……」
「ええ」と新見が頷いて、「まあ、一部の反日思想家が言ってるだけのことですが……」
しかし日本が世界のリーダー国家の現在、権力者の中には本気で〈浄化〉を夢想する者もいるはずだった。それも、かなりの割合でだ。〈愛〉の呼び名で正当化され、実行されることになるかも。
新見は続けて、「石崎などは確かにやりかねませんからね。特に〈ヤマト〉が十一ヶ月で帰るようなことになれば、日本人以外の者を生かす男とは思えない……」
そうだ、と思った。石崎。あれは殺すだろう。これが愛だと叫びながら殺すだろう。せっかく十億に減った人口。もっと減らして自分の理想に
そのときおれは、その最悪の〈解決〉に加担したことになってしまう――冗談じゃない、と加藤は思った。〈ヤマト〉は荒れた世の人々を救けるために宇宙の天竺に
それにはやはり航空隊が、〈スタンレー〉に行かねばならぬことになるが――。
「まあとにかく」と新見は言う。「話を最初に戻しますが、あたしが何を言いたいかというとですね、戦術士として、決してバカなゲームみたいな考え方はしていないということです。損耗してもなかったことになるばかりか、むしろ数が増えてくなんて変な話があるんだったら、戦闘部員の仕切り役は仕事がラクでいいでしょうね。けれどもこの〈ヤマト〉には人員の補充はありません」
「やはり――」と加藤は言った。「〈スタンレー〉でたとえ勝っても、一度戻って出直すわけにいかないんですか」
「はい。途中の一時帰還は〈ヤマト〉がエリートの逃亡船になるのを意味する。その原則は、たとえ遊星投擲を止めたとしても変わりません。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに子供が十万も死ぬことになる事実も忘れてはいけません。航空隊が全滅すれば〈ヤマト〉は船を護る機なしで〈南〉への旅に出なければならない」
32機の〈コスモタイガー〉。一機たりとも無駄に墜とさせるわけにはいかない。もちろんそうなのではあるが、
「そうは言ってもな……」
加藤は新見と南部の顔を見て思った。古代。本来ここにいて、このふたりと顔付き合わせなければならないのはおれではなくてあいつなのに、指揮官どころかてんでアマチュアときてやがる。あれをプロに鍛えるために時間をかけたら人類は滅ぶ。それもはっきりしてしまった。となると、一体どうすりゃいいのか。
「航空隊のパイロットは墜とされれば終わりです。脱出しても救助は難しいでしょうが……」
新見は航空隊員達の顔を窺うように言った。全員が『まあね』という表情で頷く。
「しかし〈ヤマト〉の艦内もです。戦闘になれば死者も出る。その補充ができないのも問題ですが、それ以上に厄介なのがケガ人を多く出すことです。すぐ治るケガならいい。ですが何ヶ月も動けなくなってしまう者がおそらくどうしても出てきます。しかしこの〈ヤマト〉では、港に寄って負傷者を降ろすことはできない」
「そう」と南部が言った。「だからと言って船の外に放り出すわけにいかないよな」
「ええ。〈死人が出る〉よりも〈ケガ人が増える〉ことの方がこの航海では支障となる。動けぬ者が二百にも三百人にもなってしまい、その看護に多くの人手を取られるようになってしまうと、船の誰もが身体的精神的に疲弊することになるでしょう。そこを敵に突かれたら〈ヤマト〉はおしまいです」
「ふむ」と加藤は言った。「そうなるのを防ぐためにも、交戦は基本的にやはり避けなければならないという……」
「そう。だから間違っても、ゲームの主人公みたいな士官が艦橋の真ん中辺りに立って、敵を見ては戦おう戦おうと言うようなことがあってはならない。この〈ヤマト〉の戦闘指揮を取る者は、それがわかっていなければならないわけです」
「ふうん、無茶はいけない、か」加藤は言った。「クルーには死ぬよりもケガされる方が困るから……」
しかし、何よりまず古代だ。〈ヤマト〉は明日にも太陽系を出なければならない。冥王星も迂回できない。となれば、古代を