『人間以外の生物は地球に不要なんですよ』
コンピュータの画面の中でひとりの男が話している。地下東京都知事・原口裕太郎の談話だ。
『どうして今の地下都市に、犬や猫を飼う市民がいるんでしょうね。ペットが欲しけりゃアニマルロボット買えばいいことなのにさ。この猫型ロボットのドラちゃん見てごらんなさいよ。ホーラホラホラ動きがこんなに本物そっくり。呼べばちゃーんと「ニャア」とお返事してくれる。ほんとの猫がいつもこんなことしてくれます? ボクのドラちゃんはエサ要らないし、トイレの世話もしなくていいし、ネズミを捕る機能だってイヤなら〈NO〉を選択だってできるんだよ。要らないときはスイッチ切ってしまっとけるのに、なんで「生きた本物じゃないとダメ」なんて人がいるんですかねえ。わかんないよねえドラちゃん。ドラちゃんはずっと仔猫のまんま。ずっとボクだけを見てくれる。だから生きたのなんかよりずっとずっとかわいいのにねえ……』
〈ヤマト〉通信室。動画を見ていた通信科員が「絶対こいつ、頭に変な虫がいるよな」とつぶやいた。しかし横で頷き返す別の科員が見ている画面には、
『ガミラスは我ら地球人類とよく似ているに決まっています! だから必ず、互いに理解し合えるのです! 世の中には「もしも彼らが脳に寄生する生物だったりしたらどうする。ガミラスがパラサイトなら、他の生物を脳に取り憑いて操れるかどうかでしか見ないものと考えるべきだ」などと言う者がいます。「地球人が彼らの寄生に適さぬときに生かしておくかの選択は〈NO〉しか有り得ぬだろうから、話し合いなどしようもない」とかなんとか――くだらん! そんなこと有り得ない! ワタシはそんな考えにこそ「NO」と言います! ガミラスとは必ず愛し合えるのです! かつて日本のサムライは諸外国と話し合いをしようとせず、愛の宗教であるキリスト教を弾圧しましたが――』
こんなことをいきまく者が映っている。〈ヤマト〉に対して一方的に主張を送りつけてくる政治結社の
困ったことに政治家・思想家・宗教家は今やそんなのばっかりだ。『話し合いで解決を』だの『理解を得られるように努力を』だのと口にするけれど、彼らの〈理解を深め合う〉とは自身の思想を一方的に他に押し付けることであり、他者を非難し脅しをかけることに他ならないようだった。もっとも、しかしこんな話は別にいま始まったことでもなかろうが。
が、なかにはより直截的に、〈ヤマト〉にこんなメッセージを送ってくる者もいた。
『〈ヤマト〉に告ぐ! 波動砲で冥王星を撃つのをやめよ! さもなければ貴様ら船の乗組員の家族を見つけて全員殺す! 脅しだと思うな!』
覆面をした男達が銃を手にして叫ぶ姿が画面の中に映っている。特に過激な団体が送りつけてきた動画らしい。
「なんなのこれ?」
森は言った。通信科を訪ねたところ、相原が『これを』と言って見せてくれたのがその動画だったのだ。
相原は言う。「こういうのが、地球から大量に来るんだ。しかも日に日に増えてるね」
「って、どのくらい?」
「数えてなんかいられるもんか。だいたい、送ってくるもんのうち、ここでキャッチしてるのは1パーセントもないんじゃないかな。日に百万も送ってくるうち、千個くらいがどうにかこうにか〈ヤマト〉に届く」
「へえ」
「日本語ばっかりじゃないよ」
と言って相原は、
「これは中国語、ロシア語、英語、アラビア語、スペイン、ベンガル、マレー、朝鮮、スワヒリ語ときてこれはセルビア=クロアチア語。それからこれは南米のなんとかいう少数民族の言葉らしいんだけど、なんだろうね。〈ヤマト〉のメイン・コンピュータでも訳せない……」
「内容は」
「どれも同じさ。『冥王星を壊すな』とか『もう帰ってくるな』とか『十一ヶ月で』とか。わかんないのは『〈ヤマト〉なんて存在しないと知ってるぞ』ってのが結構あるんだけど、誰に送信してるつもりなんだろう」
「ううう」
「それからいま見せたのみたいに、『乗組員の家族を見つけて殺してやる』なんてのがある」
「どうするの?」
「どうするって? どうしようもないだろう。こういうのが必ず出るのはどうせ予想されてたんだ。クルーの身元は厳重に秘匿されているわけだし」
「それに」と通信科員のひとりが言った。「クルーの家族は政府から警護されているはずです。それを信じるしかないでしょうね」
「ならいいけど……」
森は言った。家族。どうせ自分には関係のない話だと思いながら。
「でも、家族を殺すなんて脅迫、まさか本気で実行なんて……」
「いや、まさかとは思わない方がいい」と相原。「地球ではテロや暴動が多発してるんだし。『〈ヤマト計画〉反対』なんて叫んで自爆テロするようなやつが世界じゅうにいて、毎日何万て犠牲が出てる。もしもクルーの誰かの家が狂ったやつに知れたりしたら――」
「〈もし〉じゃなく、すでに何件も事件が起きているようですよ」と通信科員。「『あの家の子が軍に入ってる。もしかしたら〈ヤマト〉の乗組員かも』なんて思い込みで関係ない家を囲み、火を放って丸ごと焼き殺すなんてことが……地下の市民住宅なんてダンボールの長屋みたいなもんでしょう。あっという間に五軒十軒燃え広がって犠牲者多数、やって来た消防隊員にも暴力ふるう、なんて……」
「そうだ」と相原。「そんなやつらがいま地球で〈平和主義者〉を名乗ってるんだ」
また機器が操作され、〈ヤマト〉に送られてきたものらしい動画が画面に映し出される。テロの現場らしかった。紙で出来た地下都市の市民住宅が何十棟と燃えていて、それを背にして立つ者らがいる。
顔にはやはり覆面していた。そして叫ぶ。日本語ではない。
《ヤマトに告げる! 波動砲などという兵器を持って外宇宙へ出るのをやめよ! 貴様らのしていることは正義ではない! 地球人が生き延びるためなら他の星を破壊してもよいなどとする考えは決して認めてはならない! それが宇宙の真理であり宇宙の愛だ! 我らは愛のために戦う! ヤマトよ! 貴様らが企みをやめない限り、我らは愛の活動を続けるだろう! これは破壊ではない! 宇宙の愛と平和を守る神聖な行動なのだ!》
男はやはり、銃を手に持ち振りかざしていた。映像ではよくわからないが、おそらく〈AK〉と総称される自動小銃の一種だろう。250年前のロシア――当時はソ連と呼ばれた国で、カラシニコフという名の男が造ったライフル。世界各地でコピーされ改良とも改悪ともつかないものが重ねられ、今では最初の1947年型とまるで別物と化しているが、それでも燃える炎を背に黒く浮かぶシルエットは、〈AK〉のものに間違いなかった。この250年間に、ガミラスとの戦争などよりはるかに多くの地球人を殺してきた人類史上最悪の〈小さな大量破壊兵器〉。その男の背後には、まさにその〈AK〉を連射している最中らしい者達の影も映っている。
地球のどこかで、〈ヤマト〉に『NO』を叫ぶ狂徒の集団が虐殺を行っているのだ。それを
燃える家から逃げ出してくる人々に銃弾の雨が浴びせられる。女子供の別もなかった。悲鳴を上げて泣き叫ぶひとりの男がカメラの前に連れて来られる。数人がかりで上着が剥ぎ取られ、シャツの袖が引きちぎられた。
〈AK〉を持った覆面男が叫んだ。字幕に、《ヤマトの乗組員どもよ! よく見ろ! これが貴様らのしようとしていることに対する我々の答えだ!》
袖を裂かれた男の腕が台に乗せられ押さえつけられた。フランス語で『やめてくれ』と訴えている。だが男らが聞くわけもない。大きな斧を持った男が画面の中に入ってきた。顔にはやはり覆面をしている。
「まさか……」
と森は言った。こんなときに、なぜかふと、子供の頃に神社で見た餅つきのことを思い出した。
「この先は見ない方がいい」
相原が動画再生のスキップボタンに指をかけた。押せば三十秒ばかり飛ばし再生がされるらしい。
「飛ばすよ」
押した。しかしその後に流れた映像は充分過ぎるほどに凄惨だった。血にまみれてのたうつ男。片腕は肘から先がなくなっていた。覆面男が切り落とした腕をカメラに見せつけてから、燃えている家に向かって放り投げた。これでその手はグリルローストされてしまい、腕のいい医者でも繋げなくなるだろう。
《どうだ、ヤマト!》
覆面男は叫んだ。もがいている男を指して、
《こいつは「子供を救うためなら波動砲で冥王星を壊すのもやむを得ない」などと言っていた男だ! 我らはこれからこういうやつらの腕を片っ端から斬り落としてやる! わかったら波動砲などという兵器を捨てろ! イスカンダルなどという悪の星へ行くのはやめろ! 大量破壊兵器による平和など有り得ないとわからぬやつに宇宙の愛を教えるには、もうこうするしかないのだ! わかったら我ら愛の戦士の言うことを聞け!》
「な……」と森は言った。「何よ、これ……」
男は続ける。《わかっているぞ、貴様らはどうせ日本人だろう! どうせ日本人だけが生き延びる気でいるんだろう! そうはさせん! 警告を無視して冥王星を撃ったら、日本人をみな殺してやる! 女も子供もひとり残らず殺してやるぞ! それで貴様らは根絶やしだ! 脅しと思うな、我々は必ず実行する!》
「これがいま地球の地下で起きてることさ」相原が言った。「さすがにここまでひどいのはまだごく一部だろうけど、今後拡大するかもね。地球全体でこんなのが増えるようだと、もう……」