「たとえば、人間の精子や卵子を冷凍保存しておいて、後で人工授精させよう、なんて言ってる学者がいる」
と島が言う。太田が「うん」と頷きながらも、
「けど、その話どうなんだろう。実現の見込みあるのかな」
「さあねえ。『まず無理だろ』ってのが大方の考えらしいが……だいたい、それって牛か馬にでも人の子を産まそうって話なんだろ? 人間の女の腹はもう使えなくなってんだから……」
赤ん坊の代理母には動物を使うしかないというわけだ。人類存続のためにはそれしかないということになればそれしかなくなってしまうのかもしれない。しかしどうやらその方法は、技術的にも実現の見込みは低いらしい。とりあえず犬に猫の子を産まそうとして失敗したりしているとか。
「そうなるともうひとつ、〈ヤマト〉の女性クルーが人類の〈イブ〉となり、何百人かの子供を産んでそこから殖やしていこう、なんて考えもあるけど」
とまた島が言う。太田はやはり頷きながらも、
「そうなると、後の人類は日本人だけということになる」
「まあな。しかしどうなんだろうな。みんな白人と黒人の男に持ってかれちゃって、日本の男は誰も父親になれないかもだぞ」
「あはは」
と太田は笑った。それから少しマジメな顔で、
「けど、ほんとにどうなんでしょうね。どの国でも女にだけ飲ませる水を確保したりはしてるわけでしょ?」
「ああ」
と島は言った。太田が言うのはつまりこうだ。まだ汚染のされてない水を溜めておき、子供が産める若い女を選別して、彼女らだけの飲み水とする。それによって〈ヤマト〉の帰還がたとえ半年遅れても、一部の女が子を産めるようにする――。
どの地下都市でもそうしたことは行われているはずだった。そうでなくても金持ちは大きな樽を買い込んで自分や子のための水を確保しようとするし、これを妬む人間は樽を割ったり穴を開けてやろうとする。すると金持ちも銃で武装した警備を雇い、近づく者を威嚇する――水を巡って殺し合いさえ起きているというのが今の地球の現状だ。人類存続のためならば、子供を産める女を選別するのもやむを得ぬかもしれない。とは言え――。
「それで生き延びられると思うか?」島は言った。「火星なんかは水の汚染の問題はないから、エリートの
だから〈メ二号作戦〉という狂気の作戦もやろうとした。ガミラスに勝ちさえすればプルトニウムの半減期も急に突然
火星ではやはり地上にプルトニウムが撒き散らされたが、地下の氷を解かして水にしているために放射能の問題はない。けれども地熱発電が地球と違ってできないために食糧生産が充分にできず、数千万しか生きられない。それも地球がダメになれば、先に餓えることになるのだ。
しかし〈火星人〉達にそう言っても聞こうとしない。代わりに、我らはまだまだやれる、ガミラスに勝ちさえすればいいことなのだと怒鳴るばかりだ。
そのセリフが言えたのは、〈メ号作戦〉で敗ける前の日までだったのだが――〈ゆきかぜ〉が沈んだときに人類は『あと二年』の余命宣告を受けたのだ。いずれ食べ物がなくなったときに、彼らも間違いに気づくだろう。地球でも水と食べ物を取り合って殺し合いが増すだろう。口減らしに老人を殺し、異なる人種や宗教に分かれて人を殺し合う。白人対黒人が、イスラム対キリスト教が、そして日本とそれ以外の国々とが、憎み合って互いの子を殺そうとする。
そうなるのは
太田は言った。「〈ヤマト〉が地球に十一ヶ月で戻るようなことになれば、女子供はみんな死んでいるかもしれない……」
「だろ? そうでなくてもだ、千や一万ばかりの人でひとつの星をどうにかできるわけがない。地球の自然を還すのだって同じだよ。氷を解かして海を戻し、かぶった塩を取り除き、〈ノアの方舟〉の動物がまた生きられるようにするには何億人が何十年もかけてやるより他にないんだ。それができなきゃ、結局、人はおしまいさ。滅亡を食い止めるには、やはり女と子供達を億の単位で救うしかない」
「そうね」と太田は言った。「なのに石崎みたいなのは自分さえ助かれば一年後には地上は命が溢れるものと思っているし、その独裁者を信じてすがる者がいる。地球の社会はガタガタで、この機会に自分らだけ助かろうとする集団ばかり……」
「そうだ」
と島は言った。干上がった海の〈大和〉で見た地球の光景を思い浮かべる。あの残骸の甲板からは、屋久島の宮之浦岳を見ることができた。塩をかぶった枯れ木の山へ行ってみたこともある。あそこの森は、どう頑張っても元に戻すに百年かかることだろう。
だが現日本国首相の石崎という男は、自分が助かりさえすれば一年であの屋久島も元通り。一度は枯れた樹齢千年の屋久杉も千と一歳の大木としてまた葉を付けて、柿だろうとアボカドだろうと実を付けると信じ込んでる。そうしてあの島を囲む海も何もせずとも元に戻り、一度は死んだイルカやクジラが『あ、ボクは、今までどうしていたのかな』とか言いながら生き返って、自分のために曲芸を見せてくれると無邪気に思ってしまっているのだ。これに対して『総理、正気になってください』などと言う者は、〈愛〉のわからぬ人間として吊るし首にされてしまう。
それだけならばただのイカレたひとりの狂人。厄介なのは、この男の歪んだ〈愛〉にすがる者達がいることだ。石崎を信じていればたとえ死んでもきっと生き返らせてくれる。気がついたら石崎総理にお姫様抱っこされていて、『あ、ワタシは、今までどうしていたのでしょう』なんて言うことになるのだとどういうわけか思い込むのだ。
これはすでに一種のカルト信仰だった。石崎に
狂ってる、と島は思った。そんな狂人が今後増えるに決まっているのだ。だから急がなければならない。
「〈人類延命計画〉なんて全部ダメに決まってんだろ。〈ヤマト〉が早く帰る以外にできることはないんだよ。あと三百何日なんて猶予があるわけないんだからな。十一ヶ月でなんか戻ったら、絶対に、ただのひとりも生きちゃいないさ。殺し合って自滅してるに決まってる」
「わかるけど――」
と太田は言った。やはり病気の親のことが頭を離れぬようだった。
太田の前の3D画面には冥王星の立体像が果物のメロンほどの大きさで映し出されていた。膨大な量の情報がその球体を取り巻いている。何百という無数の線が星にマスクメロンのような刻み目を入れ、カゴに置いて網を被せて紐をかけたように。航海士の眼で太田はそのひとつひとつを解きほぐしているらしかった。登山家が地図の等高線を追って登攀ルートを探るように、ゴルフのキャディがホールの起伏を読み取ろうとするように。
冥王星でもし戦うことになれば、航海士の海を見る眼が必要になる。太田はそれを自覚して、〈ヤマト〉がどう立ち回るべきか検討しているのだろう。それも病気の父親に希望を与えるためなのだろう。それは島にもわかるのだが――。
「それで何がわかるんだ? 〈スタンレー攻略ルート〉なんてもんでも見つかったりなんかするのか? 〈ナントカ山道〉とかいうやつが」
まさかなあ、と思いながら聞いてみた。太田に及ばないにしても、宇宙海図の見方はもちろん知っている。しかし結局、星などどれも宇宙に浮かぶボールとしか見えないが。
「〈ココダ山道〉ですか。そんなのはあるわけないけど……」太田は言った。「とにかく、大きさと重力ですよね。それで何もかも変わってくる」
「まあな」
と言った。たとえば、土星の衛星で言えば、よく知られるのがタイタンとエンケラドゥス。だがタイタンは直径が5000キロと大きいのに比べ、エンケラドスは10分の1の500キロ――スイカとスモモほどに違う。エンケラドゥスには重力なんかほとんどないから、コスモナイトの貨物ポッドを古代は片手で持ち上げて遠く投げ飛ばしただろう。
当然、船の戦い方も、まるきり違うものになる。冥王星はエンケラドゥスとタイタンのほぼ中間の直径2300キロ。つまり〈メロン〉のサイズなわけだが――。
太田は言う。「敵はタイタンで爆雷を駆逐艦に撒かせたけど、冥王星であの手は使えないでしょう。きっと今度は最初からデカイやつをぶつけてくる」
「かもな」
と言った。冥王星に敵は百隻。うち半分が小物として、それを出してくることはすまい。小型の艦は〈ヤマト〉に対してせいぜい爆雷を撒くくらいしかできず、冥王星ではそれも無効。
〈ヤマト〉は駆逐艦ならば一度に三十を相手にできるとされているが、それは条件が対等のときだ。もしも相手が闇雲にただ突っ込んでくるようならば、五十だろうが六十だろうが軽く沈めてやれてしまう。敵がそんなバカでないのは明らかだから、冥王星では〈ヤマト〉の主砲をもってしても簡単には殺れないような大型艦十隻ほどで迎え撃ってくると想定すべき――。
そのくらいは別に戦術の専門家でなくてもわかることだった。島は言った。
「『冥王星に敵は百隻』とは言っても、実際にはそんなに多くと戦わなくていいって言うのか?」
「そう」と太田。「〈ヤマト〉はもともと大型艦との闘いを得意とするはずです。だからとにかくデカブツとの立ち回りを考えればいい」
「簡単に言うけどなあ」
「しかも、無理に相手を沈める必要はないわけでしょう。航空隊が基地を潰すまでの間、持ちこたえればいいんだから。〈ヤマト〉自体は戦わないで逃げてられればいいんですよ」
「だからそう簡単に言うが……」
「そこでこの冥王星の大きさですよ」
太田が3Dマトリクスの
「冥王星は小さいから、丸みが強くなりますね。大昔の人間がどうして地球は丸いと知ったか知ってるでしょう。水平線に船が行くと、船体からマストへと沈むように見えなくなる――」
「ああ」
と言った。船と言えば帆船で、帆が遠くからよく見えるほど大きかった時代の話だ。『そう見えるのは世界が丸いからだ』と言って、船乗りは新天地に乗り出していった。
「だからそれと同じですよ。地平線に隠れてしまえば、敵は〈ヤマト〉を狙い撃てない。冥王星の丸みを使って、敵のビームから逃げるんです」
「うーん」
「エンジンにあまり無理をかけずに済むし、主砲の過熱も抑えられる。これで〈ヤマト〉はかなり有利に戦えるんじゃないかと……」
「うーん」
「この戦法はタイタンくらい大きな星だと難しいし、逆に小さ過ぎてもできない。冥王星の大きさなら有効だと思うんですが……」
「うーん」と言った。「星の丸みが生む死角。それを使って敵の砲火を避ける、か……」
考えてみる。航海士の太田らしいアイデアとは言えるだろう。〈ヤマト〉の艦橋クルーに選ばれただけに、太田は優秀な人材だ。これも決して使えない策と言うこともなかろうが。
「そんなにうまくいくのか?」島は言った。「敵がお前の考えを見越して、対策を取っているってこともあるんじゃないか? そうしたらどうする」
「まあ確かに……でも、〈対策〉って、たとえばどんな?」
「『どんな』と言われても困るけどな」