ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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希望の砦

『〈ヤマト〉が冥王星を撃ち、外宇宙へ出て行けば、必ず次の侵略者を太陽系に呼ぶことになります! 誰がそれを望むでしょう!』

 

地球の地下では、人の集まるところどこでも、そんな演説が響いていた。降伏論者は相変わらず、『ガミラスはいい宇宙人だから〈ヤマト計画〉をやめさせましょう。波動砲を捨てて投降すれば彼らは必ず青い地球を返してくれます』と叫んでいる。

 

この主張にどうやら新しく加わったのが、『波動砲があればガミラスに勝てるかもしれないが、必ずその後にもっと強い宇宙人がやってくる』という論であるわけだった。それを倒すとさらに強い宇宙人。それも倒すとより強力な宇宙人。いつまでやってもキリがないことになるでしょう。しかし武器を持たなければ、どんな敵も来ないのです。だって宇宙に悪い宇宙人なんか、決して一種もいるはずないじゃありませんか。

 

インテリゲンチャの頭の中はどうデザインされているのか……しかしもちろん、相変わらず、道行く人は足を止めずに前を通り過ぎていた。地下に生きる大多数のマトモな市民は、この種の利口バカさん達の狂気の思想に頭をやられたりしない。これについては七年前に横浜で古代進が見た情景と今も大きく変わりはなかった。

 

違いと言えば、その足取りと、人々が顔に浮かべる表情だ。みな絶望に打ちひしがれ、明日に食べる食料をただ求めてさまよっている。あるいは、今日に得たカネを、今日のうちに遣ってしまおうと賭博場を巡る。今日はどこの競輪場で誰が走るのだったかな、とか、どこの野球場で誰が投げるのだったかな、などと思いながら……。

 

地球の地下にはどの街にもその中心に野球場。それは元々、人々の〈希望の砦〉として建てられたものだった。この地下でも我々はまだ野球ができる。だから希望がまだあるのだと、グラウンドに政治家が立って市民に言った。別の地下都市から来たチームを迎え、オレ達の街のみんなもがんばっている、だからこの街も敗けるなと叫んで試合が行われる。スタンドを埋める観客は、敵味方の別なく声援を送ったのだ。

 

しかしそれも海が干上がり、地上の命が死に絶えるまでのことだった。北と南に集まって凍りついてしまった海と、陸のすべてを覆い尽くしてしまった塩……だが、しかしこれだけならば、遊星さえ止められれば元に戻すこともできると言う。何もせずとも百年後には海が戻り、雑草やムカデくらいは勝手に息を吹き返すとも言われている。が、加えてプルトニウムだ。こればかりは十万年。それがジワジワ地下の水を侵しており、人の子供を殺そうとしている。

 

人々はもう希望など失っていた。野球場も今は賭博場と化し、客が選手に浴びせるのは声援でなくヤジとなっている。さらに球場の周りでは狂信者が演説を打っているとなると、マトモな市民は迂闊に近づくこともできない。

 

来ても足早に過ぎるだけだ。降伏論者やガミラス教徒と決して眼を合わさぬように……とにかく今の地下都市で〈愛〉を叫ぶ人間は、何をするかわからない。恐怖の民兵集団と化しているのであるからして、うっかり言葉など交わしひとつ間違った応えをしたら、斧で腕をぶった斬られるか顎を砕かれ舌を引っこ抜かれてもおかしくないのだ。腕ならたとえ斬られてもサイボーグ義手が付くだろうが、機械の口では味を感じることはできない。

 

あるいは捕まり閉じ込められて、変なクスリを飲まされたうえ洗脳ビデオを見せられるとか……ゆえに、もはや球場にいるのはカルト集団も相手にしないような浮浪者同然の者ばかりとなっていた。雨の降らない地下都市ではホームレスでも凍え死ぬことはない。住居をテロで焼かれてしまい客席に住み着いている者もいる。さらにベンチで猫を飼い一升瓶で酒を飲んでるハゲ頭のおっさんまでいる始末だ。

 

正面の大スクリーンには、このあいだの《ワープ成功》に続いて今は《ヤマトが土星で敵戦艦を四隻撃沈せしめた》などというニュースが映し出されているが、誰もそんなもの見はしない。見たとしても、

 

「バカバカしい。あんなの嘘に決まってるよな」

 

そう言われておしまいだ。応える者がいたとしても、

 

「そうそう。仮に殺ったとしても、駆逐艦二隻くらいがせいぜいじゃねえの? こっちの砲がどんだけ強いっつったって、実戦てのはそうそううまくいくもんじゃねえよ」

 

「だいたいなんで土星なんか行ったんだ?」

 

といった話になるのがオチだった。そうしてふたり、スタンドで話し込んでいる連れ合いがいる。

 

「〈ヤマト〉なんかほんとにいるのか、まずそこから怪しいんだよな」

 

「そうだそうだ。いるなら早く波動砲とかいうやつで、冥王星吹っ飛ばしゃあいいじゃねえか。だってんなもん何をどう考えたって、ただそのために積んであるとしか思えねえじゃんよ」

 

「そうだよなあ」

 

「それを撃たねえって話はおかしいよ。冥王星を撃たないってのは〈ヤマト〉がいないっていうことだ。〈イスカンダル〉とか〈コスモクリーナー〉とか、ぜんぶ嘘。他に考えようがねえよな」

 

「うん」

 

と言って頷き合う。このふたりはおかしなことを言ってるわけでは決してない。こう考えるのが当然で、ごく正常な反応なのだ。

 

そして市民の大半が、このふたりと同じ考えを持っていた。政府は〈ヤマト〉がいると言う。しかしそもそも、それが事実か疑わしい。〈ヤマト〉がいるなら証拠を見せろ。イスカンダルからコスモクリーナーというのを持ち帰れる証拠を見せろ――政府や軍の施設には、まだ理性を持っている市民の声が寄せられている。その多くは子を抱える親達だ。犬や猫を飼う人々だ。多くの市民がガイガーカウンターを持ち歩き、それでなんでも測ってから口に入れている状況で、政府がもしも『人の命や動物よりも冥王星が大切だ。波動砲は星を撃つため〈ヤマト〉に積んだものではない』などと言ったら、それこそ暴動が起きるだろう。『ふざけるな、サッサと敵を消し飛ばせ!』。いま生きている十億のうち九億人がそう叫んで暴れ出すに違いない。

 

何より、〈ヤマト〉の波動砲。冥王星を撃つのでなければ、他に何を撃つためにあるの? 素朴な疑問もまた市民から湧いている。そんなの他にどう考えても使い道はなさそうじゃん。冥王星を撃つんでなけりゃ、一体何を想定して造って船に積んだと言うのさ。

 

ちょっと考えればそういう話になるはずで、そう思わぬ者がいたらそいつは頭がおかしいのである。〈ヤマト〉がちゃんと実在し、コスモクリーナーの話も事実であるなら、証拠を見せろと人は言う。冥王星が吹き飛べば、なるほどすべては本当だったと誰もが納得するだろう。

 

「それを何グズグズしてんだ。早くやることやれってんだバカ野郎!」

 

と、ふたりのうち片方がグラウンドに向かって(わめ)いた。これではまるで選手に向かってヤジを飛ばしているようだ。

 

「おい」

 

と横から口を挟む三人目の者がいた。

 

「あんまり大きな声出すな。そんな話が外に聞こえたら……」

 

「わっ」

 

ふたりは身をすくませた。フェンスの向こうで反戦団体が『波動砲は決して使ってはならない兵器。冥王星を撃つのをやめよ』と叫んでいる。あの中にAKライフルの一挺くらい持っているのがいても全然おかしくない。今の話を聞かれたら、金網越しにバリバリ撃ち込んでくるだろう。やつらは人の命などなんとも思っていないのだから。

 

「助かるのは選民である我々だけだ!」

 

そう叫ぶ声がする。今の地球に『冥王星を撃つな』と叫ぶカルトはいくらでもあるが、そのすべては自分と仲間だけ生き延びて、他の九億九千万人は滅びる未来を夢見ているのだ。銃で人を殺すのは平和のための反戦活動。〈愛〉なのだからやっていい。

 

「それにしてもどうなんだろうな」

 

声をひそめてひとりが言った。

 

「石崎なんかはやっぱり言ってるんだろう。『決して〈ヤマト〉に冥王星は撃たせない』って」

 

「それがなんだよ」とひとりが応える。「〈ヤマト計画〉ってのは国連の計画なんだろ。地球防衛軍自体が各国の連合軍だぜ、一応は。いくら日本が今は世界のリーダーつっても、日本の首相に決定権があるわけじゃねえ」

 

「そうなの? なんか石崎って、自分が計画の立案者みたいな顔してんじゃん」

 

「いやいや。あいつは〈やまと〉っていう名前の船が〈宇宙スペイン〉を蹴散らして最後はカミカゼ特攻するのを空想しているだけでしょ。だいたいすべてを決めているのはイスカンダルの使者ってことになるんだろ? イスカンダルが言うことに地球は逆らえないんだろうが」

 

「あ、そうか。じゃあ待てよ。もしもイスカンダルが『冥王星を撃つな』と言えば……」

 

「〈ヤマト〉は波動砲を使っちゃいけないことになる……」

 

「そんなことを言うやつもいるな」

 

「まさか、そういう話なのか?」

 

「さあて」と三人目が言った。「政府は何も言わないけど……」

 

三人は黙り込んだ。政府――国連と地球防衛軍は、〈ヤマト計画〉について何も明らかにしない。〈ヤマト〉に地球を出てすぐに波動砲を撃たせながら、冥王星をやる気なのかどうかすら……それがテロや暴動を生み、カルト信者をより狂った行動に走らせているにもかかわらずだ。リーダー国の日本を見れば内閣首相や首都の知事までイカレポンチ。独裁者が政権を握ってしまっているのはどこの国も同じことだ。これでは何も明確なことが言えなくて当然と言えば言えるかもしれないが……。

 

それでも〈ヤマト計画〉の中心にいるのはイスカンダルの使者に認められた者であるはずだ。地下の人々を今日まで生きさせ、〈ノアの方舟〉なども維持して、まだ希望を失わない……この野球場だって、元はと言えばそんな者らが造ったものであるはずだった。今はこのザマとは言っても、まだ試合を続けている。

 

〈希望の砦〉であるがゆえに……『野球ができるうちは人は滅びていない』と言うだけは言っている。いつまでもつかだいぶ怪しい状況だが。

 

〈ヤマト〉が一発、敵の基地をやっつければ、人は希望を取り戻せもするはずだ。波動砲があるのなら、事は簡単なはずではないか。なのにどうして、政府は口を閉ざすのだ? 波動砲があるのに撃てない。そんな事情があるとでも言うのか?

 

「どうなんだろうな」とひとりが言う。「冥王星が吹き飛んだら、そこで叫んでいるやつらはどうする? 狂ったやつらがいよいよ狂って手がつけられなくなるんじゃないか?」

 

「まあそうだろうが、でもなあ」

 

降伏論者は『降伏すればガミラスは青い地球を返してくれる。だが波動砲を使ったら、永遠にその機会が失われる』と言っている。今もそのフェンスの向こうで叫んでいる。マトモな頭の持ち主ならばバカバカしくて聞けないような主張だが、彼らは本気でそうと信じ込んでいるのだ。なのに〈ヤマト〉が波動砲を撃ったなら、狂人達はさてどうする?

 

相手は血に飢えた殺人教徒。それが百万、一千万人。どうなるかなど、誰にもわかるわけがない。遠くでタタタとミシンを打つような音がするのは、今どこかで〈AK〉をぶっぱなしてるのがいるのだろうか。

 

『かくなるうえは最終手段だ!』

 

叫ぶ声が聞こえてきた。同時にダダッと音がして、まさに〈AK〉がフルオートで街の天井めがけて撃たれたのが見える。

 

『我々は銃を取る! 〈ヤマト〉などという船で、波動砲などという兵器で、すべてを解決できるなどと思う者を殺して殺して殺しまくる! そうしなければならないのだ!』

 

『おーっ!』

 

拳を振り上げ衆が叫び応えていた。球場の中の三人は、目をひん剥いてそれを見た。銃を連射する者は叫んだ。

 

『恐れることはない! 石崎総理のために死ぬ者は、緑の地球に必ず生き返るのだ! 死は一時(いっとき)だけのものだ! だから死のう! 戦って死のう! 総理の〈愛〉を受け入れぬ者を、ひとり残らず殺して死のう! 種子バンクに火を放とう! 〈ノアの方舟〉の動物を一匹残らず殺してやろう! そんなものを生かしてはならん!』

 

『おおーっ!』

 

興奮した者達がフェンスをバンバン叩いたり、支柱を揺すったりし始めた。中の三人は震え上がった。

 

「やっべえ……〈石崎の(しもべ)〉かよ」

 

「なんで死んでも生き返れると思うんだ?」

 

なぜか首相の石崎和昭を(あが)める者は、たとえ死んでも地球に海が戻るとき自分も総理が生き返らせてくれるのだと信じることで知られている。だから死を恐れずにどんなことでも平気でやるのだ。〈独裁〉とは元々そういうものであり、今の地球で独裁者にすがろうとすればなおさらそういう考え方になって不思議はないのかもしれない。

 

だが常人にはやはりまったく理解できない光景だった。三人はフェンスの向こうの狂宴を席の陰から見守った。

 

「まずいよ。ほんとに、これは内戦になるんじゃないか?」

 

「かもなあ。やっぱり、そういうのって、こういうふうに始まるんだろうから……」

 

ここだけじゃない。世界中のありとあらゆる地下都市が、血と炎のカマドと化す。それが始まる瞬間までもはや秒読みの段階に見えた。チクタク、チクタク……。

 

いや、内戦など、もうとっくに始まっているのかもしれなかった。問題は、いつそれが激化するかだ。火がどこまで燃え広がるかだ。人類はすでに滅亡の瀬戸際にいる。滅亡まであと一年とも言われている。

 

しかしそのリミットは縮める方にはいくらでも縮めることができるのだ。たとえばもしも種子バンクのすべての種が焼かれたら? 人類は何を食って生きると言うのだ。動物も。一年どころか、ひと月だって生きられるはずがあるものか。

 

人は食料を取り合って殺し合うことになるだろう。希望の砦を奪われたとき、人は(すみ)やかに滅び去るのだ。チクタク、チクタク……秒を読む時計の針は狂っていた。目盛りをいくつも飛ばしながら、〈ゼロ・アワー〉を目指して確実に進んでいる。〈滅亡の日〉まで本当はあと何日なのか、もう誰にもわからない。

 

――と、球場内がざわめき出した。あちらこちらで、「おい、見ろ」などと言う声が聞こえる。

 

さっきからの三人も見た。正面の大スクリーンだ。《ヤマト、土星で圧勝》の表示が消えて、新たなニュースが表れている。

 

こう出ていた。

 

《地球防衛軍はヤマトの波動砲には冥王星を粉砕する能力があると発表。太陽系を出る前に敵を殲滅すると宣言》


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