ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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冥王星破壊宣言

軍が〈ヤマト〉は波動砲で冥王星を撃つと発表――そのニュースは、〈ヤマト〉艦内でもクルーがたちまち見ることになった。敵の通信妨害で乱れがちな像ながらも、食堂のテレビなどに映し出される。その場にいた者達が席を立って群がった。

 

画面の中でキャスターが告げる。

 

『――繰り返し、市民の皆様に緊急のお知らせです。地球防衛軍は先ほど、宇宙戦艦〈ヤマト〉は数日中に波動砲で冥王星を攻撃すると発表しました』

 

「おいおい」

 

と誰かが言う。しかしキャスター、

 

『これは〈ヤマト計画〉の一部であり、波動砲はそもそもがガミラス基地を冥王星ごと破壊するため〈ヤマト〉に搭載されたものだと軍は説明しています。予想された威力があまりに大きいために試射を秘密裏に行うのが不可能であったこと。所定の威力が確認され敵を殲滅できると明らかになったこと。また、〈ヤマト〉がワープでき、速やかに敵に近づき星を砲撃できることも確かめられ、これに対して敵がいかなる防御手段も講じる余地がないと考えられること。これらの点を考慮するにもはや機密の必要も有用性も無しとして軍は予定を公表したと述べています』

 

「ちょっと待ってよお」

 

とクルー。だがキャスターは続けて言う。

 

『また、軍はこの発表で、これは国連の決定でありどのように反対されても冥王星の破壊はやめない考えを明らかにしました。作戦を事前に公表するのは〈ヤマト計画〉についてあらためて市民の理解を求めるためであり、テロリストの脅迫には決して屈さず交渉にも応じぬことを知らしめるためであるとのことです。これは現在、世界各地で多発している武装集団の蜂起に対する牽制の意図があるようですが……』

 

画面には民家を襲って手当たり次第に火を放ち、男の腕をぶった斬り女の顔の皮を剥ぎ、逃げる子供や犬猫を〈AK〉で撃って遊ぶ民兵の姿が、残虐な部分にボカシを入れつつ映し出された。《ヤマト計画をやめない限り我々はこれを続けるぞ》と書かれた幕が張られている。

 

「そりゃあ……」とクルーのひとりが言った。「テロに対して無策ってわけにいかないのはわかるが……」

 

「ああ」と他の者が頷く。「でも、だからってなんで……」

 

キャスターは続ける。

 

『また、軍はこの発表で、テロが激化増大するのは〈ヤマト計画〉が市民から充分な信頼を得ていないのが大きな要因と考えられると述べました。宇宙戦艦〈ヤマト〉が確かに存在し、決して一部に言われるような逃亡船などでなく、人類と地球の生物を救うため放射能除去装置を持ち帰る船であることの理解を得るには、冥王星を波動砲で破壊する以外ない。事後でなく事前に作戦を(おおやけ)にし、戦果を眼にして初めて救済計画を信じてもらえると判断したということです。〈ヤマト〉は明日にも冥王星を砲撃するものと見られ……』

 

「待ってくれよな」とまた誰かが言った。「そりゃ、話はわからなくもないけれど……」

 

「一体誰がこんなこと決めたの?」と別のひとりが言う。「軍のトップは波動砲が撃てるかどうかわからないと知ってたはずでしょ?」

 

「そのはずだよ。〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないなら撃ちようがない。できる見込みはかなり低いと元から見積もられてたんだから」

 

「だいたい、撃てるもんならとっくに撃って今頃〈南〉へ向かってるっての。まだおれ達がここにいるってことは……」

 

「そうだ。砲は撃てないってことだ。軍のトップにそれがわからないわけがない」

 

「じゃあどうして? なんなのよ今の発表は! どうしても波動砲を使おうとするなら、方法はひとつしかないわけでしょう!」

 

「そうだよ。ワープなしの通常航行で〈スタンレー〉に行くしかない。でもやったら、百の敵艦に必ず出迎えられてしまう。なんとか星を飛ばしたとしても、その後で〈ヤマト〉は玉砕……」

 

「軍はそれをやれと言ってるわけ?」

 

「そうなのかなあ」

 

「『そうなのかな』じゃないでしょう!」

 

「おれに言うなよ」

 

「だいたい、ちょっと考えてみてよ! 波動砲にはもうひとつ、大きな弱点があるじゃないの! 発射準備中の数分間、船がまったくの無防備になってしまうと言う……」

 

「それだ。どうする? 絶対に〈スタンレー〉なんか撃てっこないぞ」

 

「あたしが聞いてるのよ!」

 

「だから、おれだって知らないよ!」

 

艦内の至るところでクルーがこのように言い合った。波動砲は欠陥兵器で冥王星に使えない。それはもはやクルーの誰もがよく知るところとなっている。やるとしたなら航空隊に核を持たせて送り出し、彼らが基地を探す間、〈ヤマト〉は敵の船と戦う。百隻全部と戦えるわけないのだから、主砲とエンジンが焼き付くまでに基地を落とせるかの勝負――これについては全員の了解事項になっていたのだ。航海要員はこの考えを無謀と呼んで迂回を主張。戦闘員はそれでも行くしかないと言って決戦を唱えてきた。しかしもちろん、波動砲が撃てるのならば行ってサッサとぶっぱなすのに異を唱える変なクルーはただのひとりもいないのである。

 

にもかかわらず軍のトップは地下の市民に冥王星を吹き飛ばすと勝手に宣言してしまった。しかし無理に撃とうとすれば、〈ヤマト〉は確実に沈められる。

 

そこかしこで口々に、クルー達が『どうするんだ』と叫び出した。波動砲には、ワープと砲の発射とを連続してできないことに加えてもうひとつ大きな弱点がある。発射準備中の数分間、船を無防備にしてしまうことだ。エンジンが推進力を失って、主砲副砲はもちろんのこと対空火器まで使用不能に(おちい)ってしまう。そのとき〈ヤマト〉はカモネギ船だ。どうする。そこに、タイタンでやられたみたいに核ミサイルでも撃ち込まれたら。

 

「そうだ、どうする、そんなことになったとしたら! てゆーか、絶対、敵はやるに決まっているぞ!」艦内のあちらこちらでクルーが言った。「やつら、絶対、砲の弱点に気づいている! 地球で空母撃ったとき、きっとどこかでカメラで撮ってたに違いないんだ。映像を解析されたらそのくらいすぐわかるに決まってる! それでなくたって……」

 

「そうよ!」と応える者がいる。「〈スタンレー〉に〈ヤマト〉が艦首向けたなら、敵は星を撃たせまいとして猛然と襲ってくるに決まってるじゃないの。応戦できない〈ヤマト〉が耐えられるわけがない……」

 

そうだ。どう転んでも波動砲は使えない――正しくは波動砲が欠陥兵器と言うよりも、護衛なしの一隻だけで〈ヤマト〉が行くしかないことが冥王星を撃てなくしているのだが、とにかくできないものはできない。軍が市民に何を言おうが、この道理は引っ込まないのだ。

 

けれどもこれは、〈ヤマト〉のクルーしか知らないことだ。地球の市民は、それを知るよしもない。

 

テレビには、元から街をデモしていたのだろう〈ヤマト計画〉反対集団が、早速にも怒り狂って暴動を起こしたようすが映し出された。モノレールや路面電車が銃撃を受け、火炎瓶や爆弾の(たぐい)を投げ込まれる。爆発炎上するそれらから、火ダルマの人が転がり落ちるのだ。

 

『「どのように反対されても」だとおーっ! これでもか!』テロリストが叫んでいた。『〈ヤマト〉よ! 軍や国連でなく我らの言うことを聞け! 今すぐガミラスに投降するのだ! そうしなければ貴様らが帰ってくるまでに日本人はひとり残らず死ぬと思え! 冥王星をもしも撃ったら日本人は全部殺す! 女も子供も全部殺す! 必ずだ! それでもやると言うのであれば、見ろ!』

 

〈AK〉の連射を受けてボウリングのピンのように人が倒れる光景が映る。ストライクだ。

 

「うわー」と〈ヤマト〉艦内でクルーが言う。「どうすんだよ、一体……」

 

「迂回よ、迂回すべきなのよ。だからずっと言ってるでしょう!」航海要員のひとりが言った。「どうせ〈ヤマト〉に〈スタンレー〉は越えられない。わかっているはずでしょう? 〈ココダ山道〉を行くのは無謀よ。〈スタンレー〉は迂回してすぐ〈南〉へ向かうべきなの!」

 

「しかしだな」と戦闘要員。「事がこうなったところで敵を避けたら、それこそ〈ヤマト〉は逃げたもんと思われちまうぜ。でなきゃ、やっぱり〈ヤマト〉など元から存在しないんだ、なんてことになっちまう……そうなったらどうする。結局テロリストの思うツボだろうが」

 

「じゃあどうするの。上が発表したんだからって、波動砲を撃つ気なの? それこそ〈ココダの道〉でしょうが!」

 

「そうは言わないよ。だから、やっぱり航空隊で……」

 

「だからそれが〈ココダ〉と言ってるんじゃないの! 戦闘機隊を送り出して、基地を叩けなかったらどうする? パイロット達を見捨てて〈ヤマト〉だけワープで逃げることになるのよ。そんなんで旅が続けられると思う? いいえ、無理よ。できっこない。それにどのみち、コスモクリーナーを持ち帰っても人類は自滅しちゃってる。だから〈スタンレー〉を越えるのはやめて迂回するべきなのよ!」

 

「いや、迂回はテロに屈するのと同じだ! それをやったらもう人類に希望はない! 〈スタンレー〉を越えてでなければ〈南〉へ行くことはできない!」

 

「だからどう敵と戦うつもりなのよ! 勝てるもんならあたしだって『迂回』なんて言わないわよ!」

 

「それは、その……」

 

「ほら、なんにも考えなんかないんじゃない。それが無謀だと言ってるのよ。艦長は何を考えてるの?」

 

「は? なんだよ急に。話を変えるな」

 

「急な話じゃないでしょう。前から言ってることじゃないの。この〈ヤマト〉がいつまでも太陽系を出ないからこんなことになるんだし……〈スタンレー〉に行くなら行くで航空隊長があれって何よ。あのがんもどきが隊長で敵の基地が落とせると思うの?」

 

「腕はいいみたいじゃないか」

 

「そういう問題じゃないでしょう! あの一尉さんが隊長で指揮ができるの? できるようになるまでずっとここにいるの?」

 

「まさか。そうはいかないだろうが……」

 

「そうでしょ? ほんとに、艦長は何を考えてるの? だいたい、発進早々に波動砲なんか撃つから、市民が過剰に反応するようなことになったのよ!」

 

「そりゃあ、まあ……」

 

「そうでしょう。なのにその後はグズグズと……〈スタンレー〉に行くにしても迂回にしても、早くしなけりゃいけないのに、いつまでもここにいるから事が悪化するんじゃないの。艦長は一体何を待ってるわけ?」

 

「さあ、それは……」

 

「まさか、これを待っていた、なんて言うんじゃないでしょうね?」と航海要員は言った。「〈機略の沖田〉のことだから、こうなるのがわかっていた。すべて計算のうちだったとか……」

 

「いや、まさか。そんなことはないと思うが……」


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