ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

135 / 387
沖田の裁量

「そうだ。おそらく、こういうことになるだろうと思っていた」

 

第一艦橋で沖田は言う。報せを聞いて集まってきた艦橋クルー達の前にゴンドラで降りてくるなりそう言い放ったのだった。

 

「だから何も問題はない。すべてわしの狙い通りに進んでいる」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」真田が言った。副長という立場を忘れてしまったように、「まさか、波動砲を使う気ですか? しかしあれは――」

 

「使わんよ。あれは使えん。だから使わない。それはわかりきった話だ」

 

「ですが、今のニュースですと……」

 

「それは軍と国連が勝手に民衆に言っただけだろう。この〈ヤマト〉に向かって直接『使え』と言ってきたわけではない。まあ、たとえ言われたとしても使えんものは使えないがな」

 

「ではもし、軍から正式に『撃て』と命令が来たとしたら?」

 

「拒否するよ、わしの裁量でな。だからそう言っとるじゃないか」

 

こともなげに言う。本当に、事態がこう進むのを予見していたように見えた。クルーは皆アッケにとられて沖田の顔を見るしかない。

 

「う、撃てないものは撃てない……」真田が言う。「遂行不能な命令は遂行不能……そういうことですか」

 

「そうだ。しかし相原よ。もし万が一地球から『撃て』と命令が来たとしても、間違っても本当のことを応えるんじゃないぞ。『ハイわかりました撃ちます』と打つのだ」

 

「は?」と相原。「は、はい……」

 

「しかしそれでは本当に命令違反になるのでは?」

 

と南部が言った。撃てるものなら冥王星をやっぱり吹き飛ばしたいらしい。沖田がそれを可能にする機略を編み出してくれるのではとちょっと期待もしたような顔だ。

 

しかし沖田は応えて言った。「フン、実戦は命令すればその通りになるものでないさ。要するに勝てばいいのだ。この〈ヤマト〉でガミラスにな」

 

「今の作戦に変更はないと?」新見が言う。「あれのままでやるんですか?」

 

新見が沖田に言われるままに立てた作戦。しかしそれは、名付けるならば〈出たとこ勝負作戦〉とでも呼ぶべきものだ。冥王星に何が待ち受けるかは不明。だからとにかく航空隊に核を持たせて送った後は、送った後で考えよう。

 

さすがに無謀ではないか、と考えている顔だった。作戦は作戦通りになどいかない。どうせ臨機応変になるというのはもちろん沖田の言う通りにしても……相手にするのは敵の本拠地冥王星。これまで幾多の艦隊が近づくことも(かな)わずに、散っていったところなのだ。

 

そこへ沖田は〈ヤマト〉一隻、波動砲なしで向かおうと言う。地球からは『波動砲を撃て』と半ば直接言われたようなものなのに。

 

「そうだ。地球がなぜあのような発表をしたか考えてみるがいい。軍司令部はたとえ嘘でもああ言わねばならなかったのだ」

 

沖田は言って、部下の顔を見渡した。真田に徳川、島、南部、太田、相原、森、新見……みな優秀な()り抜きの士官だ。それぞれの分野のエキスパートであり、島以下には特に若さを求めての人選になった。〈ヤマト〉のクルーを束ねる者は若い人間でなければならない。〈ヤマト〉が帰還したのちの、地球の未来を切り拓いていく者なのだから。

 

「地球は〈ヤマト〉が冥王星を撃てないことを(しか)とは知らん。〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないのなら砲撃は不可で、できる望みが低いことは一部の者は知っているが、我々はテストの結果を地球に伝えてないからな」

 

「はい」

 

と相原が頷いた。たとえば《トロ・トロ・トロ》などと電信を打って、それが『冥王星砲撃可能と確認せり』という意味だとしておけば、地球は何も(あせ)ることなくあの星が宇宙の塵と消えるのを待てばいいことになる。しかし〈ヤマト計画〉では、その方法は採らなかった。波動砲とワープをテストし、連続使用が可能とわかれば、冥王星を吹き飛ばしてからマゼランに向かう。しかしそれがダメなようなら、冥王星は置いてすぐ太陽系を出る。テストの結果を地球に伝えることはしない。

 

冥王星は地球から望遠鏡で見えるのだから、消えてなくなればすぐわかる。トロトロなどと打たなくていいのだ。

 

波動砲とワープを連続させるのはまず無理と、軍や国連の内部では一部の者が知っていた。しかしテスト結果を見ねば、本当のところはわからない。もし砲撃が可能であれば撃ってくれと、出航前に〈ヤマト〉は軍から重ね重ね言われていたのだ。

 

当然だろう。冥王星に生物でも確認されているならともかく、今の地球の状況で悠長なことは言ってられない。地下都市では日に日に水の放射能汚染が深まっている。人々はコップにガイガーカウンターを当て、数値が徐々に増えていくのを見ているのだ。

 

なのにそれを飲まねばならない。男達は妻に飲ませ、子がいるならば子に飲ませ、年老いた親にも飲ませ、何もわからぬ犬や猫にも、鉢の花にも与えねばならない。水を摂らずに生き物は生きていけないのだから……。

 

どこに希望があるだろう。遊星投擲を今更止めても、水の汚染は止まらない。放射能を除去できるのは、〈ヤマト〉が持ち帰るとされるコスモクリーナーだけだと言うが……。

 

「〈スタンレー〉を叩かずに〈ヤマト〉が外へ出て行ったとき、人は希望を持てると思うか。無理だな。人は、〈ヤマト〉は逃げたに決まっていると言うだろう。そんな船はそもそも実在すらしない、そうに決まっているとさえ言うだろう。多くの(たみ)がガミラス教のもとに走る。それを止めることはできん」

 

沖田は言って森を見た。森がカルトの家に育ち、この戦いに身を投じたのも両親との確執からだと知っている顔だった。そして森が、地球人類を救う使命に疑問を感じていることも……生きるのをあきらめている無気力な人々。麻薬やギャンブル、テレビゲームに(うつつ)を抜かし、ガミラス教の誘いに乗って易々(やすやす)と洗脳される、そんな地下都市の人間達を救ってどうする。そんな価値があるのかと思わずいられないことを……森にとって本当の敵は人類の中の狂信者であり、〈ヤマト〉は逃げたか()もしないかだと言って死を待つ以外には何もしない者達なのだと。

 

「軍も国連もそれを知っている。冥王星を潰さなければ、やはり人類は滅びるのだ。だから言わねばならなくなる。『〈ヤマト〉は居る。逃げはしない。必ず地球に戻ってくる』とな。しかし民衆の理解を得るには、証拠を見せなくてはならん」

 

「証拠……」と真田。

 

「そう。ひとつしかないだろう? 冥王星だ。あれを消し飛ばしたら、誰も〈ヤマト〉などいないとか、逃げたなどと言う者はない。単純にして強力な証拠だ。波動砲の力が本物であるのなら、〈ヤマト計画〉はイカサマでなく、イスカンダルの話も期待できることになる」

 

徳川が言う。「確かにそうはなるだろうが、しかし……」

 

「そうだ。波動砲は使えない。にもかかわらず、あの発表をせねばならない。地球はそこまで切羽(せっぱ)詰った状況にあるのだ。人類が存続できるかはこの一年がヤマであり、〈ヤマト〉は帰還に日程通り行けたとしても九ヶ月――しかし〈一年〉と言う数字は、水の汚染を基準にした目安に過ぎん」

 

太田が言う。「本当の期限はもっと短い……」

 

「そうだ。今のままならば、地球はあと半年もたん。水の汚染を待つまでもなく人類は自滅する。人間同士の不和によってだ。地下の人々は絶望している。もう地上には戻れぬものと思っている。それが滅亡を早めるのだ。市民に希望を与えるには、〈ヤマト〉の力を見せねばならん。波動砲で冥王星を吹き飛ばす。それを見せねばならぬところまで、地下都市社会は来てしまっているのだ。だから軍は、今日のあの発表をした……そうだ。わしは事態がこう進むだろうと知っていた」

 

「波動砲を使わなければ、地下の市民に〈ヤマト〉の力を見せられない……」新見が言う。「それでは滅亡まで半年……それを〈一年〉に戻すには、〈スタンレー〉を撃つしかない。だから無理にでも撃てと……」

 

「そうだ」と沖田。「軍は〈ヤマト〉にそう言うしかなくなるのだ」

 

「〈ヤマト〉に直接言えないから、代わりにあの発表をしたと?」

 

新見の言葉に沖田が頷く。そこで相原が、

 

「待ってください。地球の地下には波動砲を使うのに反対する者がいます。その勢力がテロを起こし、内戦に発展しようとしている。なのに〈スタンレー〉を撃てば……」

 

「テロの激化を招く。その通りだ。しかし政府と言うものは、テロに決して屈さぬ姿勢を見せねばならぬものでもある。だからやはり、それがどんな結果を招くか知っていても、冥王星を吹き飛ばすと衆に言わねばならんのだ」

 

「艦長はそれも……?」

 

「そうだ。わしは見通していた――いや、わしが、そうなるように仕組んだのだ。事がこのようになるのを狙って、あのとき空母に波動砲を撃ったのだからな」

 

「え?」

 

と南部が言った。地球を出てすぐ行われた試射。いかに超大型とは言え、空母一隻沈めるのにエネルギー充填120パーセントの全出力。あのとき、沖田は、敵に対する示威(じい)を兼ねるものだと言った。地球人類が波動砲を持ったのをガミラスに知らしめるためである、と。しかし本当は――。

 

「それじゃ……まさか、『示威』と言うのは……」

 

「そうだ。敵だけではない。地球に残る人々にも、この〈ヤマト〉に波動砲があるのを見せるために撃ったのだ。だからあのとき言ったろう。これは市民に希望を与えるためでもあると。波動砲が冥王星を撃つためだけの武器というのは誰でもわかる。こんな兵器は他に用があるはずないのだ。わしは地下の人々がそれに気づくようにした」

 

「え?」と今度は新見が言った。「でも、波動砲は……」

 

「致命的な欠陥があり、本来の用に使えない。その通りだ。試射はそれを確かめるだけになるとわかっていたが、承知のうえでやったのだ。わしは地球の地下都市市民に、〈ヤマト〉は冥王星を吹き飛ばしたのち外宇宙へ出ていくものと思わせようと考えた――それが発進してすぐに、波動砲を撃った理由だ」

 

「そんな。実際には撃てないとわかっているものを、撃てると見せかけようとしたとおっしゃるんですか?」

 

「そうだ」

 

「なぜ? 降伏論者のテロが激化して、内戦になるのも知っててやったと言うんですか? これでは人は半年もたずに自滅するのに……」

 

「いいや」と沖田は言った。「そうはならん」

 

「は? ですが――」

 

「そうはならんよ。テロリストどもは『冥王星を撃つな』と言って人を殺してるんだろう。だが〈ヤマト〉で〈スタンレー〉は撃てんのだ。波動砲を使わずにガミラス基地だけを叩けば、狂信徒は主張することがなくなる。その後から『〈ヤマト〉を待つよりやはりガミラスに降伏しよう』などと言って、誰が耳を貸すと思う?」

 

「う……」

 

とまた新見が言った。敵を撃滅した後でその敵に降伏しようと唱えて聞く者がいるか。

 

「テロはグズグズになって終わり、内戦も回避される、と……?」

 

「そうだ。わしはそう見ている」

 

「待ってください。しかし、なぜです!」と、今度は島が言った。「なぜ、撃てない波動砲を撃てるように見せかけなけりゃならないんです! 〈ヤマト〉が早く太陽系を出ていれば、軍はあんな発表をしようとしてもできなかったはずです。〈ヤマト〉一隻で〈スタンレー〉と、波動砲なしでどう戦うと言うんですか! 勝てる見込みがあるんですか? 必ず勝てる保証でもあると言うなら別ですが、でなきゃこんなバクチみたいなことはするべきじゃないでしょう!」

 

「島」と真田が言った。「ちょっと言葉が過ぎるぞ。艦長に対してそんな口は――」

 

「いや」と沖田。「いい。機関長、あんたはどう思うかね」

 

「ふむ」と徳川が言った。「言わせてもらうが、島の意見に賛成だな。波動砲が使えるのなら、〈スタンレー〉に行くことに誰も反対などしない。しかしこの〈ヤマト〉が沈めば、地球人類も終わりとなるのだ。艦長、それがわかっていてなおも戦うと言うのかね」

 

「そうだ」

 

「それは無謀ではないのか? この〈ヤマト〉は戦う船ではないはずだ。そもそも最初の計画からして、波動砲が使えぬのなら〈スタンレー〉は迂回してすぐマゼランへ行くことになっていたのだし……」

 

「ああ。しかし今では軍が〈ヤマト〉は敵を叩くと言ってしまった。ここで迂回したならば、人々はもう今度こそ、決して〈ヤマト〉を信じなくなる。イスカンダルの話など元々全部嘘だったのだと言うだろう。そのときこそ人類の終わりだ。たとえ半年で戻ったとしても間に合わん。そもそもすでに一年前から女は子供を産まなくなっているのだからな。その意味ではとっくに絶滅しているのだよ。人が勝利を信じなくなった日こそが〈滅亡の日〉だ」

 

「ですが……」と島。

 

「いいや、そんなことにはさせん」沖田は言った。「もともと、道はひとつしかないのだ。それが〈ココダの山道〉でもな。この〈ヤマト〉一隻で、波動砲を使わずに、〈スタンレー〉を叩き潰す。できぬなら人が滅ぶと言うのであれば、たとえ無茶でもやらねばならん。〈ヤマト〉が沈めばすべてが終わる。わかっていても、イチかバチかに賭けねばならん。島よ、お前の言う通りだ。これはバクチ作戦だ。しかしそれでも、これはやらねばならんのだ」

 

「そんな……」

 

と島が言った。他の者はみんな黙り込んでいた。沖田の気迫に呑まれたように棒立ちになっている。

 

「島よ」と沖田はまた言った。「確かに、無理であるのなら、〈スタンレー〉は迂回すると言うのが最初の計画だったな」

 

「はい」

 

「しかしそもそも、どうしてそんな話になっていたと言うのだ? 今や地球は女を選別し始めている。エリート達は1パーセントの女だけに飲ませる水を確保しようと考えている。それで〈ヤマト〉が十三ヶ月で戻ったとしても、百万くらいは子供を産める女が残っているかもしれない。だがそれでどうなると言うのだ? 滅亡を止める役に立つのか?」

 

「それは……」

 

と言った。太田を見る。沖田の言葉は、さっき自分で太田に言った島の考えそのままだった。そうだ。わかっていたのだった。人類滅亡を食い止めるには、子供達を〈千万〉から〈億〉の単位で救わねばならない。太田だけでない。誰に対しても島はそう言い続けてきたのだ。

 

十万単位。百万単位。そんなものでは足りないのだ。塩にまみれた地に緑を戻すのは、人がやらねばならぬのだから。何十年もかけて取り組まなくてはならないのだから。その仕事を託すのは、未来の者になるのだから。

 

コスモクリーナーは放射能を除去するだけ。鳥や魚や草花を地上に戻せなければ、やはりすべて滅びるだろう。人だけほんの少しばかり救けたところでなんになる。

 

確かに〈ヤマト〉は戦うための船ではない。波動砲が使えぬならば冥王星は迂回して、イスカンダルから一日でも早く戻るように努める――それが元々の計画であり、億の子を救う道なのだ、と島は言い続けてきた。ガミラスや冥王星の問題は〈ヤマト〉本来の任務ではない。他の者が別に考えればいいことだと。

 

しかし、沖田の言う通りだった。地球の政治家や官僚は、エリートだけが逃げようとか、子を産む女を選別しようとか、そんなことばかりすぐ考える。やれば結果がどうなるか、それで人類の存続が成るか、ちゃんと考えてなどいない。

 

すべてがその場しのぎなのだ。今日の発表にしてみても、テロに屈さぬ姿勢を見せぬためが理由でもあるのだろう。けれども先を見越したうえで、あれをやったわけではない。どうせ太平洋戦争当時の日本軍大本営と同じだ。〈ヤマト〉が玉砕した後で、どいつもこいつも言うことになる、『いやいやワタシは反対したんですけどね』などと――。

 

エリートなどと言うのはしょせんそういうものだ。そうだ。沖田の言う通りだった。最初から、道はただのひとつしかない。

 

この〈ヤマト〉一隻で、波動砲を使わずに、冥王星のガミラス基地を見つけ出して殲滅する。それが唯一の道ならば、無茶も無謀もありはしない。そこに進むしかないのだ。

 

「か、艦長のおっしゃることはわかりますが……」島は言った。「しかし、どうすると言うんです。〈スタンレー〉に一隻で行って、〈ヤマト〉が勝てると思うんですか?」

 

「ふむ。そうだな」

 

沖田は言った。

 

「今のままでは勝てんな」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。