古代は〈ヤマト〉艦内トレーニング室で、器械に挟まれもがき苦しんでいた。宇宙軍艦の艦内では筋肉トレーニングにバーベルやダンベルのような器具は用いない。そんなもの床に転がしてたら、何かのときに危なくてどうしようもないではないか。筋トレは床に固定された器械を使い、油圧仕掛けのバーを押したり引っ張ったりすることになる。
それにしても、今の古代はまるで地震で崩れた家に閉じ込められた人間が、柱や梁に挟まれ潰されかけていて、なんとか抜け出そうとしてジタバタしているかのようだった。あるいは、機械のタコにでも捕まり食われかけているか……強力なバーの力で手足をがんじがらめにされてる。
「も……もういいだろ……おれもうダメ……」
「まだまだ」と山本が言う。「あと五十回です」
山本は古代の隣りの同じ器械で、古代と同じ運動をしている。古代がヒイヒイ言ってるメニューをなんなくこなしているようだった。絶対こんなの女じゃねえとあらためて思う。
山本はただ前を見て運動を続けている。一体どうしてそんな顔してられるんだと古代は思った。かつての訓練生時代、他の候補生に対していつも感じていたのと同じ疑問だ。
厳しい訓練に耐え抜いて、パイロットに選ばれたならエリートだ。地球を護る英雄として戦闘機を与えられる――だがそうしてどうなると言うんだ? この戦争で宇宙戦闘機のパイロットが長く生きられるわけがない。一回一回の出撃がロシアン・ルーレットじゃないか。レンコン弾倉の六つの穴にタマ一発。カチッ、カチッと引き金を引き、五回無事なら君はエースだ。しかし六回目でズドン……。
そのときは必ずやってくる。腕が良ければいつまでも死なずに済むというものでは有り得ない。
それが戦闘機パイロットだ。この戦争で誰よりも生き延びられる確率が低い。この〈ヤマト〉の航空隊なんてそれこそだろう。任務を果たして船が地球に戻れたとして、そのとき何人生きているやら。
訓練は、だから死ぬためにするようなものだ。そう考えたら、とてもやってられないと思う。かつておれが脱落したのも、教官にそこを見抜かれたからじゃないのか。
敵と刺し違えて死ぬ覚悟がない者を戦闘機には乗せられないと……あの頃、まわりの訓練生は、みな死にたがりとしか思えなかった。この戦争は、どうせ生きるか死ぬかなのだ。人類を皆殺しに来る敵と闘って今すぐ死ぬか、十数年後に放射能で死ぬか。その違いしかないのだ。ならば今、戦闘機のパイロットに選ばれるのは幸運だ。地球を護る最も尊い使命のために死ぬことができる。その立場が与えられたのだから……なのにどうして命を惜しむ? これ以上に誇りのある死があるか?
そう言われればその通りな気もしたものだった。しかし死ぬのはイヤだと言うのは、理屈でどうにかなるものじゃない。特に筋トレ、走り込みなどさせられるとなおのこと思う。どうせ死ぬのになぜこんな苦しい思いをしなけりゃいけないのか、と。
むしろ考えはしないのか。死にたくない、生きたい、と。筋トレマシンのバーを掴んで押したり引いたりするたびに、何がなんでも生きたいと思わなければ力なんて出ないんじゃないか。ランニングで一歩一歩の足など踏めはしないんじゃないか。
少なくとも、おれはそうだと古代は思った。また山本を横目に見る。グイグイと力を込めてマシンのバーを動かしているが、何を考えているものか。
たぶん何も考えてはいないんじゃないかな、と思った。『何も』ではなく、余計なことは考えず心を無にしてトレーニングに集中しているように見える。そうできるのがプロのトップガン・パイロットであって、できないおれはアマチュアってことか……なんてことを考えるのもやはり雑念なのだろう。にもかかわらず、おれの方が隊長とは。
山本はおれを隊長と呼ぶ。さっきはあの医務室で、二度と隊長機を失うことはさせないと言った。あなたはわたしが護る、と――。
本当の隊長は、敵に突っ込んで死んでいる。だが山本は、あれは自分がやるべきだったとも言った。だから次には、おれを護って自分が敵に突っ込んで死ぬとでも言うのか。
冗談じゃない。そんなこと言われてこっちがいい気分になるとでも思ってるのか。
自分が死ぬのもイヤだがしかし、おれのために人が死んだと聞かされるのに比べたら……そうだ。だったら死ぬ方がずっとマシだと古代は思った。あんな思いはもうたくさんだ。おれが死ぬ方がいい。敵に突っ込んで、その後は――。
誰かが隊長をやればいいんだ。加藤でも、山本でも、誰だっていいだろう。おれが隊長なんて話が元々おかしいのだから。
ましてやおれが〈ゼロ〉に乗り冥王星で戦うなんて――とてもできると思えない。タイタンではおれはひとりで飛ぶだけだった。だからひたすら逃げればよかった。しかし今度はワケが違う。
〈コスモゼロ〉は隊を指揮するための戦闘機。だからそれに乗る者は、指揮官としてのスキルが必要になる。
だが、それこそ、おれにないものじゃあないか。船を護って戦ったことも、敵の中に突っ込んだこともないおれに、どうして歴戦のパイロットどもを率いることができると言うんだ?
ほんとに、あの艦長は、何を考えてるんだろう……結局、また、何度繰り返したか知れない同じ思いにたどりつく。自分が指揮官なんだから、指揮官のなんたるかをわかっているはずだろうに、なんでおれなんか選ぶんだ。
なるほど、確かに、おれは四機の敵を墜とした。しかしあのヒゲは会った途端に、逃げてるうちに相手が勝手に墜ちただけだろうと言った。あのときはちょっとムッときたが、考えてみればその通りだった。
本当の戦いなどはまるで知らない。仲間と命を預け合い、編隊を組んだことすらない。誰かの指揮下で戦場を飛んだことなどありゃしないから、自分が部下を指揮するたってどうすりゃいいかわかるわけない。
これでどうしておれが指揮官? アニメの
あれはどういうつもりなんだ。おれが隊長で冥王星に向かって行って、勝てると本気で思ってるのか。
タイタンで見た沈没艦。あのとき〈ゼロ〉のコンピュータが出したデータが思い浮かんだ。艦名〈ゆきかぜ〉。〈メ号作戦〉にて戦没。
艦長名は古代守。
兄さん。
おれの兄貴は冥王星を叩きに行って死んだのか。沖田艦長はそのときに生きて帰って来たわけだ。生半可なことで勝てる相手じゃないのは誰より知ってるはずじゃないのか。
兄貴にできなかったことを、どうしておれが……一体全体、あのヒゲはおれに何を期待してんだ? 『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』とかなんとか、わけのわからないこと言って……。
わからない。とにかく自分に、〈ゼロ〉に乗る資格があると思えない。
どうするんだ、こんなんで……〈ヤマト〉が敗ければ地球はおしまいなんだろうに。誰かがなんとかしなければ、人は絶望のうちに死ぬ。十年かけてジワジワとだ。誰かがそれを止めなきゃいけない。
〈ヤマト〉ならば、ひょっとして、冥王星に勝てるのか。基地の位置がわかるなら。それをやり遂げる者がいるなら。
ああ、確かに、できるのなら、誰かがやるべきだと思う。けれど、おれが? 一隊員としてならまだしも、決死隊の隊長として?
おれには無理だ。とてもできない。できるかもとも思えない。
筋トレマシンのバーハンドル。これももう動かない。手に力が入らない。
なんだこんなもん。タイタンで追われたときに比べたら――と自分でも思うが、無理なのは無理だ。古代は架にかけられたキリストみたいになって動くのをやめた。山本はチラリと眼を向けただけで運動を続ける。
「ねえ」と言った。
「なんですか」
「いや、別に」
「あと36回です」
「代わりにやっといてくれ」
ついでに隊長も、と思う。古代はすべてに降参して首をガックリ垂れた。そのときだった。
「ウチの隊長はいるか!」
声がした。トレーニング室の中に響き渡る。ドアを開けて入ってくるなりそう言った男が、筋トレマシンが並ぶ間をツカツカとやって来るのが古代が下を向いていてもわかった。
今、この室内では古代と山本の他にも数人、クルーが体を動かしていた。誰もが手を止め、声の主を向いたようだが、古代は気にしなかった。疲れて顔を上げる気もしない。
足音が近づく。どうやら何かの隊の者が、隊長さんを探しにここに来たらしい。けれどもおれの前は通り過ぎて行くだろう。おれの場合はおれを隊長と呼ぶのは山本だけで、それは隣りにいるからな。だから〈隊長〉とかいうのは、おれでない別の誰かだとわかるわけだ。以上証明終わり。
そう考えてそのままでいたら、すぐ前に人が立ち止まる気配を感じた。なんだろう、と思って古代は、まず右に眼を向けてみた。次に左を向いてみた。人が通り過ぎていったようすはない。
それで初めて重い頭を上げて前を向いた。黒地に黄のパイロットスーツ。タイガー隊の戦闘機乗りとひと目でわかる男がそこに立っていた。さらに視線を上げていくと、加藤の顔がそこにあり自分を見下ろしてるのと眼が合う。
「隊長、ちょっとよろしいですか」
「ええと……」
古代は背後を振り向いてみた。ひょっとすると加藤が隊長と呼んでいるおれが知らない人間が航空隊の中にいて、そいつが今この後ろに立ってるのかなと思ったのだ。しかし壁があるだけだった。
すると、と思う。まさかなあ。おれのことじゃないよなあと考えながら仕方なく聞いた。
「『隊長』って?」