ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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愚痴

「提督か」沖田は言った。「あのとき、後ろを振り向いて、わしはそこに顔を見たよ。率いる船のすべてを失くして何が艦隊の提督だ、と嘲笑(あざわら)っていた。あれは魔女だ。魔女がわしを笑っていた……」

 

艦長室だ。真田は言った。「艦長……」

 

「君は知っているかね。冥王星を〈スタンレー〉と最初に呼んだのはあの古代守だった」

 

「いえ……そうだったのですか」

 

「そうだ。どうやら、あいつが子供の頃に読んだ本の題から取ったらしい。五千メートル上がらぬはずの複葉機でジャヤの(いただき)を越えようとしたパイロットの本とか言ったな。リンドバーグの大西洋横断より何年か前の話とか」

 

「その本なら知っています。あいつは何度も読み返していたようでした」

 

「そうか。あいつが何を言い出したのか最初はわけがわからなかったよ」

 

「無理ないでしょう。ココダは〈知られざる戦場〉です。時代が平成になる頃には、よほどの戦記マニアでなければ知らない話になっていたようです。まして我々22世紀の人間が……」

 

「まあそうだが……古代のやつもその本がなければ知らなかったのだろうな」

 

「そうでしょう。スタンレーの山越えは、日本人にはなかったことにしたい戦いだったのかもしれません。カミカゼ特攻を批判するフリして美化する映画は戦後百年間に腐るほど作られて、『日本はアジアに謝れ』と言う人間と『南京(ナンキン)やシンガポールの虐殺はなかった』と言う人間の両方がニコニコしながら映画館を出たそうですが……」

 

「〈ココダの戦い〉なんてものには誰も眼もくれないか」沖田は言った。「古代守は三浦半島で生まれ育ったと聞いたな。三浦と言っても湘南でなく、もっと南のマグロ漁港と大根畑に囲まれたところと言っていた。そんなところで魚なんか釣りながら、海の向こうの富士山を飛行機で越える空想をしていたのか」

 

「かもしれません。そういうやつでした」真田は言った。「あいつは言ってましたから。いつか銀河の渦をこの眼で見るんだと。飛行機で富士を上から見るように……」

 

「あいつらしいな。こうも言ったぞ。冥王星は〈スタンレー〉と」

 

「〈ココダ〉……あるいは、〈ジャヤの頂〉という意味ですか。魔女が待ち受けるところだと? 確かに、あいつなら言いそうですが」

 

「そうだ。行くのは愚か者だという意味だ。しかしあいつはこうも言った。男にはたとえ敗けるとわかっていても戦わねばならないときがある、と……」

 

「ですが艦長、しかしそれは……」

 

「辻政信の理屈だ、とでも言うのか。わかっているよ、そんなことは。辻政信か――そんな男は、ニューギニアを逃げる船から海に蹴り落とすべきだったのだ。ただそれだけでガダルカナルで無駄に兵を死なさず済んだし、沖縄が戦場になることも、焼夷弾と原爆で街が焼かれることもなかった。日本は〈エメラルドの首飾り〉を日本のものとしていたのかもしれんのに」

 

「歴史にタラレバは禁物です。それはかえって軍部の増長をあおっていたと思いますが」

 

「そうだろうな。第二第三の辻政信を生み出して1999年あたりに全面核戦争か。人類は21世紀を見ずに滅んでいたかもしれん……だがな、わしが考えるのはもうひとりの男のことだ。スタンレーの山を越え、敵の基地までもう少しに迫った男……」

 

「ええと」と言った。「堀井(ほりい)ですか」

 

「それだ。そいつは、まさに鬼神だったらしい。直前に『引き返せ』との命令が出なければ、それを聞きさえしなければ攻略を見事果たしていたのじゃないか。あのとき、わしは古代と共に〈ジャヤ〉に行くべきだったのじゃないか。なのにわしは堀井と同じ決断をしてしまったのじゃないか……」

 

「艦長……」

 

「わしはこの一年間、それを思わぬ日はない。魔女の笑いを忘れぬ日はない。たとえ敗けるとわかっていてもわしはあのとき……」

 

「ですが……」

 

「わかっているよ。これは愚痴だ。すまんな、こんな話を聞かせて……今度はそんなわけにはいかん。この〈ヤマト〉はイスカンダルに行かなければならんのだ。そして帰ってこなければいかん。今は敗けると知りながら敵に挑むわけにはいかん」

 

沖田は艦首の三つ〈ひ〉の字のフェアリーダーを眺め下ろしているようだった。旧戦艦〈大和〉のそれは他の船に曳航してもらうときに鎖をかけるための鈎だが、この〈ヤマト〉のそれは寝かせ折り曲げた十字架だ。(おもて)髑髏(どくろ)の模様が刻みつけてある。

 

フェアリーダー。『船を正しい方向に導け』との願いを込めて〈ヤマト〉艦首に飾られたもの。真田もそれに眼をやってから、

 

「ならいいですが、しかし先ほど……」

 

「うん、言ったな。『今のままでは勝てない』と。だから行かんよ、安心したまえ」

 

「は?」と言った。「しかし艦長、さっき『行く』とも……」

 

「だから、勝てるようになったら行くさ。そういう意味だ、簡単だろう。わしは無謀なことはせん」

 

「ええと……ですが艦長、そうおっしゃいますが……」

 

「何が不安なのだ」

 

「古代です」真田は言った。「弟の方です。こんなことはあまり言いたくありませんが、あれが〈ゼロ〉のパイロットでは、勝てるものも勝てなくなるとしか思えませんが……」

 

「タイタンではうまいことやったじゃないか」

 

「そんなのが勝てる理由になりますか? 失礼ですが言わせていただきます、艦長。艦長はことあいつに関しては、まともな判断ができなくなっているとしかわたしには思えません」

 

「かもしれんなあ」

 

「艦長!」

 

「まあ、いいじゃないか。君こそ人のいいところをなるべく見るようにしたらどうだ。古代進がそんなに悪い人間か? キャリアがあってもどうしようもない人間を君もさんざん見てきてるだろ。それと比べてどうなんだ」

 

「比べていいとか悪いとか……」

 

「だいたい、他のどんなやつならガミラス相手に勝てると言うのだ。教えてくれれば、考えてやらんこともないぞ」

 

「そ、それを……それを言われると困りますが……」

 

「そうだろう。だからあいつでいいんだよ。古代なら今日のうちにも闘争心を目覚めさせるさ。もうじきだろ」

 

「闘争心の問題ですか?」

 

「わしはそう思っとる。あいつに足りんのはそれだけだ」

 

「そうですか? 他にもいろいろ足りないような気がしますが」

 

「まあな。だが肝心なのはそこだよ。兄貴に比べて随分と出来の悪い弟だが……それでもあの(すすむ)と言うのは、兄の(まもる)を超えるかもしれんぞ」

 

「そう願いたいものです」

 

「そうだ。それに、君もな――真田君」

 

「は?」と言った。

 

「忘れたのかね? わしが必要な人材として認めたのは古代進だけではないぞ。君だ。古代を航空隊長にしたとき、一緒に君を副官に任命したではないか」

 

「ええまあ……」

 

「それも、すべてはこのためだ」沖田は言った。「真田君、君ならば〈スタンレーの魔女〉に勝てると見込んでわしは副長に選んだのだ」

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