ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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ゲームの(ことわり)

「〈エイス・G・ゲーム〉? 何よそれ?」森は言った。「こんなムチャクチャな競技があるの?」

 

島が応えて、「いや、まさか、ほんとにやるやつがいるとは思わなかったが……」

 

「男って一体どこでこういうことを思いつくのよ!」

 

横で太田が、「それより、マジか? 『勝ったら指揮を自分が』とか、『敗けたら死ね』とか……」

 

「ここは軍よ! そんな勝手が認められるわけないでしょう!」

 

「理屈を言えばそうだろうけど」

 

じゃあなぜ、と言いたげな顔で、太田が窓の向こうを見やる。道場内では蹴られた古代が、もういきなり壁に手を着かされている。しかし加藤のルールでは、背中が着かねば勝負あったとならないのか。柔道で言う〈合わせ技〉のようなものもなく、ただひたすら一本勝負。

 

それも、審判無しなのだから、ちょっとこすった程度ではやはり無効なのだろう。思い切り強く相手を叩きつけさせて初めて勝敗が決まるものと考えられる――途轍もなく荒っぽいゲームだ。

 

太田の言葉に、森もそう言えば変だと思った。規律を第一とする軍において、こんな〈喧嘩〉は許されはしない。決着がどうなろうとも妙な取り決めなど無効だ。理屈を言えばそうだ。加藤もまた軍人であり、タイガー隊を任される中隊長。それがわからぬはずがない。なのにどうしてこんな真似を?

 

「どういうこと? 何か考えがあるってわけなの?」

 

「いや、そんな。ぼくに聞かれても」

 

と太田が言う。そこに島が、

 

「『こんなの軍では認められない』って言うのも理屈だが……」

 

「何よ」

 

「いや、軍では、死ねと言われりゃ死ななきゃならないのも理屈だぜ。ましてあいつらは戦闘機乗りだ。イザと言うとき船を護る盾にならなきゃいけないやつら……船務科員なんかとそもそもものの考え方が……」

 

「じゃあ、あれ、本気だって言うの?」

 

「いや、まさか、とは思うが……」

 

窓の向こうでは転がって逃げる古代を加藤が追いかけている。死ねと言われたのなら死ね? 森はふと、自分もいつかどこかで誰かにそんなことを言ったことがある気がした。いつかじゃない。今日の今日だ。誰かじゃなく、あの古代に。艦橋裏の小展望室で言った。誤解しないで。あたしは別にあなたに死ねと言ってるわけじゃ……。

 

いや、もちろん、あれとこれとは全然違う。だが古代と加藤のふたり。そして戦闘機乗り達……彼らは他のどの部署よりも、死ねと言われて死ぬことになる率の高い立場なのだ。加藤はそれを承知のうえでこの〈ヤマト〉に乗っている。

 

だが古代は? どうなのだろうと森は思った。加藤はそれなりの考えがあってこんなことをやっている? だから見守るしかないのか?

 

しかし古代はすぐにもやられてしまいそうに見える。『壁に体を叩きつけられたら敗け』のルールでは、すぐにも勝負がついてしまいそうに思えるが……。

 

〈エイス・G・ゲーム〉。八分の一の重力の中で繰り広げられる格闘は、まるで空飛ぶ生き物同士の空中戦のようだった。古代が壁を駆け上がり、クルリと身を(ひるがえ)して加藤の突きを(かわ)すのが見えた。

 

え、と思う。古代はブレイクダンスのような動きで床を転がって起き上がる。森はいつか見せられたビデオ映像を思い出した。タイタンで古代がガミラス兵士に出くわし、相手を倒して生き延びた記録。

 

あのときに新見が言った。ひょっとすると古代進は、生きるか死ぬかの局面になると天才的な状況判断能力を発揮するようになるのじゃないか、と――いや、同じようなことを、それより前に島からも――。

 

そうだ、と思った。古代は元々、武装のない貨物機でガミラスの戦闘機を墜とした男としてこの〈ヤマト〉と自分の前に現れたのだ。最初はまったくそんな話は信じる気がしなかったが――。

 

加藤は古代に『敗けたら死ね』と言い放った。古代はそれを真に受けてるのか? それはどうかわからないが、とにかく今の局面は古代にとって生きるか死ぬかの状況と言えることになるのじゃないか。

 

あのタイタンも、重力は七分の一の世界だった。古代は宙を舞う動きで敵の銃を奪い取った。鳥が獲物を捕らえるように。

 

今の古代も、まるで一羽の鳥のような動きを見せ始めている。新見の言う古代の状況判断能力というのは、空中格闘戦のような場合に最も力を見せるものなのではないか? 森は思った。空間認識の能力に桁外れの才能を持ち、重力の(くびき)を逃れたときに戦闘で生き残るための力を発揮する男。それが古代?

 

今、廊下で内窓に取り付く者達が、道着姿のふたりの動きを食い入るように見始めていた。楕円形のリングを二羽の鳥が舞う。ゲームの行方はもうわかりそうになかった。


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