ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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ゲームの結末

古代はもう限界だった。いや、限界など超えていた。

 

肺と心臓がもうオレ達は耐えられないと叫んでいる。走ろうにも足はもつれ、眼はかすんでよく見えず、腕を振ろうにも上がらない。重力が8分の1Gしかないにもかかわらずだ。ゼイゼイと息をつき、ヨタヨタと歩いて加藤と掴み合う。もう蹴り足も上がらないし、跳んだり壁を駆け上がることもできない。

 

それは加藤も同じであるようだった。こちらの胸ぐらを掴みはしても、投げ技をかけたり足を払って転ばしたりなんてことはできないらしい。その体力が残ってないのだ。古代を睨みつけながら、ヒイハアと荒い呼吸をしている。

 

「ひい……ふう……」

 

「ぜえ……はあ……」

 

古代と加藤は、楕円道場の真ん中で、組み合ったままとうとう動きを止めてしまった。互いに肩で息をして、ひたすら呼吸を整えに努める。

 

「なんだ……」と加藤が言った。「だらしねえな、隊長さんよ……もう息が上がったわけかい……」

 

「そ……」と古代。「そっちこそ……おれを敗かして隊の指揮を取るんだろ……なら、も少し頑張ったらどうだ……」

 

「言うじゃねえか……まだ、四機しか墜としていないがんもどきが……」

 

「はん……あんとき、もうちょっとで、〈がんもどき〉でエースになってやったのによ……」

 

ニヤリとした。「そうかい……おれが邪魔をしたって?」

 

「そうさ……」笑い返した。「おかげで、〈五機目〉がパーだ……」

 

「ほざいてろ」

 

言って加藤は、古代を背負い投げようとした。しかし、8分の1Gなのに、その途中で潰れてしまった。折り重なって畳に倒れる。

 

それきりだった。古代はもう動けなかった。重力八分の一どころか、八倍の重さになったみたいに体が持ち上がらない。加藤もどうやら同じようすで、ズルズルと畳を這って古代の下から抜け出したものの、それ以上は動かなくなった。

 

ふたりで荒く息をつく。しばらくすると加藤の呼吸に笑い声が混ざり始めた。

 

古代はゼイゼイ言いながら、加藤の方に眼を向けてみた。加藤は畳に突っ伏して、顔をこちらに見せないままに笑っている。その向こう、楕円の壁にズラリ並んでいる内窓は満員電車を外から見るような具合になっていて、アッケにとられた大勢のクルーがそんな加藤と古代を見ていた。

 

 

 

   *

 

 

 

「な? こうなると思ったんだ」島が言った。「あんな激しい運動を長く続けられるもんかって。ボクシングみたいに三分やって一分休んでとやるんでなきゃ無理さ」

 

「ははあ」と太田。

 

「だから、加藤はわかってたんだよ。このルールじゃ勝負なんかつかなくて、ふたりとも息が上がっておしまいになるに決まってるとね。『勝った方が指揮権を』とか、『敗けたら死ね』とか言うのはだから本気じゃなかった」

 

「そうか」「なるほど」

 

と、横で聞いてたクルー達も頷いた。

 

彼らもまた軍人だ。下の者が上官をイビるのはどこでもある話にしても、今の加藤のやり方はちょっと行き過ぎじゃないのかという思いがやはりあったのだろう。本当に命を取るなどできるわけがないにしても、引っ込みがつかなくなったらどうする気なのだとの思いも……しかしなんのことはない。決着つかずに終わるのを見越したうえのことと言うなら、ただの見物人としては『なんだ』と言うだけのこと。

 

なのかも知れぬが、森としては黙ってなどいられなかった。

 

「何よそれ、人騒がせな……今、一体、どういうときだと思ってるのよ!」

 

「今がこういうときだから、加藤はあれをやったんだと思うがな」

 

「そういう問題じゃないでしょう! とにかく、船務科になんの断りもなく……」

 

言ったが、島は、『船務科の問題はオレの知ったことじゃないな』という顔をするだけだった。

 

森は忌々しい思いで展望室の中を見た。航空隊の隊員達が中に入って古代と加藤を囲んでいる。最初から加藤の考えを知っていたか、島同様に途中で気がついたかなのだろう。この勝負はこれで引き分けというわけだ。古代ひとりがまだ事情が呑み込めてない顔でなんだかキョロキョロしている。

 

森はギリギリと歯噛みした。何もかもが(しゃく)にさわる。だいたい、あの古代のやつが士官のくせに頼りないからこういうことになるんだと思った。なんでたびたびあいつのためにあたしが気を揉むことになるのか。

 

古代が並の人間ならば、あっという間に加藤にやられておしまいになっていたはずだ。その場合はすべてがまずい方向に転がり落ちているわけで、加藤が島の言うようにすべて承知でやったのならば、これが極めて危険な賭けであるのもよくわかっていたことになる。そうだ。わかっていたのだろう。でなければ今、あんな顔で笑ってはいまい。

 

加藤はそれでいいかもしれない。だが、船務長の自分としては、いいことなんかひとつもなかった。

 

ヒューマン・ファクター。またこれだ。何かあったらそのツケを代わりに払わされることになるのが船務科員であり、その長である自分なのだから。今日はこれで済んだからいいじゃないかという考え方は、決して森の立場ではしていいわけがないのだった。

 

「ううううう。なんなのよもう、勝手なことをやりたいように……」

 

森は唸った。島と太田が、怖々とした表情で身を引いた。

 

「みんな一体どういう気なのよ! 熱血マンガの実写映画化でもしてる気なんじゃないでしょうね!」


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