ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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革命

「どういうことだよ。なんでこんな……」

 

眼下に広がる光景に、敷井晴彦(しきいはるひこ)はただ唸るばかりだった。恐怖に震える思いなのは、このタッドポールに乗り合わす仲間の誰もが同じだろう。人の力ではどうにもならないものが今、窓の外で繰り広げられているのだった。

 

反重力航空機タッドポールは、地下都市内の天井の下を飛ぶように造られた乗り物だ。形はカエルになる前の、脚の生えたオタマジャクシというところ。〈タッドポール〉とはまさに英語でオタマジャクシの意味であり、昔からあるヘリコプターがローターでなく反重力で宙に浮くようになったものと言っておおむね間違いはない。これが地下都市の空間を、柱の間を抜けて飛んでいく姿も、田んぼの稲の間を縫って泳ぐカエルの幼生のようだった。

 

反重力で浮き上がり、オタマジャクシの脚のように左右に付いた推進器で空気を掻いて前に進む。〈ノーター〉と呼ばれるこの推進器は、家電の羽根無し扇風機を大きくしたようなものだ。

 

かつてガミラスが来る前には、地上の空も大型のタッドポールが反重力飛行船として人や貨物を運んでいた。しかし今、敷井が乗っているのは地下都市内用に改造された軍用機だ。敷井晴彦は軍人であり、今キャビンに並んで向かい合っているのは同じ対テロ戦術部隊の仲間達。

 

手にはビーム・カービン銃。頭にヘルメットを被り、防弾ベストを着込んでいる。だがそんなもの、気休めにしかなりはしない。

 

みな己の運命に想いを馳せているらしかった。人類滅亡まであと一年足らずと言う。けれどもそれは子が生きられなくなるまでの期限という意味であり、大人が死ぬのは五年十年先のことと言われている。けれど自分は。オレ達は、あとどれだけ生きられるだろう。

 

赤い炎と黒い煙。見えるのはそればかりだった。柱と柱の間のどこでも、紙の家が燃やされているのだ。街の中心に近づくにつれ、火は激しくなっていくようだった。

 

そして、人だ。見下ろせばまるで津波のようだった。あらゆるものを押し流すような人の波。それが街の中心へと向かっている。

 

今の地球で暴動は日常のものと化している。しかしこれは別格だった。敷井はいま窓の外にあるほどの騒乱は見たことがなかった。(たけ)り狂う群衆が街を壊してまわっている。家に押し入り、人を引きずり、油をかけて火をつけるのだ。

 

「こりゃあもう暴動なんてもんじゃねえ……」

 

と仲間のひとりが言った。しかし応える者はない。

 

敷井も何も言う気はしなかった。だがわかっていた。その仲間の言う通りだと。下で起きていることは、もう〈暴動〉などという言葉で呼ぶのはなまぬるい。

 

暴徒が人を殺している。殺して殺して殺しまくっている。それが街じゅうで行われている。その状態を指す言葉はもう〈暴動〉では足りない。いま起きているのは〈虐殺〉だ。そう呼ぶしかないものだ。

 

タッドポールは虐殺の上を飛んでいた。窓から下を見下ろせば、人が殺され、女が犯され、子が嬲られて叫んでいた。通りは血にまみれていた。死体がゴロゴロ転がっていた。赤い炎に照らされて、黒い煙に隠される。ノーターの出す音に消されて、地上の声はこの機内には聞こえない。しかし怒号と悲鳴とが響き渡っているはずだった。

 

市民が襲われるところをひとつ見たからと言って、止めに降りることなどできない。暴徒の中にはこの機に向かって『降りてこい』と怒鳴っている者がいるようだった。火炎瓶を投げつけてくる者や、AKライフルを連射してくる者もいる。むろんそんなもの、どちらもそうそう当たるようなものではないが、もしもこの機が速度を落とし、地に降りようとなどしたら――。

 

火炎瓶やライフル弾程度なら、ちょっと当たったとしてもこの機は飛び続けられるだろう。しかしもし万が一、民兵化した暴徒の中にロケットランチャーかビーム狙撃銃でも持っている者がいて、一発喰らいでもしたら……この機体は反重力の〈軽さ〉を失い地に墜落。乗っている人員は血に狂った千人の鬼に群がられてビーム・カービンのエネルギーが尽きるまで撃ちまくらねばならないことになるだろう。救けを呼んでも誰も来てくれはすまい。

 

街は戦場となっていた。ガミラスとの戦争とは別の戦闘が始まったのだ。敷井の乗るタッドポールはその中心を目指していた。

 

遠くで別のタッドポールが火に包まれて墜ちるのが見えた。この機体も狙撃の(マト)になるのを避けてジグザグ動き、中はグラグラ揺すぶられる。目的地にたとえたどり着いたとしてもそこにあるのは地獄だろう。民兵の群れに囲まれて、ひたすら銃を撃ちまくることに変わりはないはずだ。

 

一体どうしてこんなことになるんだと思った。ガミラスと戦って死ぬならともかく、同じ地球の人間同士でなぜ殺し合わなきゃならない。この惨事にどんな意味があると言うんだ。

 

そう思った。まるでその問いに応えるように、どこからか声が聞こえてきた。タッドポールのノーターの音は、ヘリコプターのローターが出す音に比べれば小さい。機外の普通の音声は聞こえなくても、スピーカーで拡声された音であるなら聞き取ることはできなくはない。

 

聞こえるのは何者かの演説だった。衆を煽って虐殺に走らせている者達が、声を()らして叫んでいるのだ。それはこう言っていた。

 

『恐れるなーっ! 進めーっ! これは革命だーっ!』

 

 

 

   *

 

 

 

「これは革命だ! 政府を倒して民衆の手で宇宙に愛をもたらすための闘いなのだ! もはや直接行動しかない! 進め! 恐れるな! 邪魔するものは実力をもって排除しろ! 人類を滅ぼすものはガミラスに(あら)ず! 本当の敵は目の前にいる!」

 

地下都市空間に声が響き渡っている。いくつものスピーカーから同時に発せられる音が天井や柱に反響し、こだまを呼んで返らせていた。人は耳でそれを聞くのではなく、全身を包み込まれるように音を感じ取っていた。家が焼かれ崩れる音と、煙の匂い。それらがひとりひとりの者に頭で考えることをやめさせ、ただ『群れに従え』とだけ命じるのだ。地下空間を満たす声は、恐れるな進めと叫んでいた。これは革命だ。革命なのだ。

 

「そうだ! これは革命だ! 人々よ立て! 立ち上がれ! 今このときに犠牲を(いと)うな! すべては正義の実現のためだ!」

 

言語明瞭意味不明瞭。しかし、それで構わなかった。要するに()さが晴らせればそれでいいのだ。ただひたすらに目の前にあるものを壊し、焼く。人がいれば追いかけて殺す。女ならば犯して殺す。それが正義だ。革命なのだ。何もためらうことはない。罪を恐れることはない。正義のためには当然の犠牲で、それが宇宙に愛と平和をもたらすための道なのだから――。

 

群れに加わる者達の耳に、演説は殺せ殺せと聞こえていた。あれは敵だと誰かが叫べば、それは敵だ。敵は殺さなければならない。人がいればそれは敵だ。逃げるやつがいれば敵だ。命乞いをするやつがいる。子や老人をかばおうとするやつがいる。そういうやつらは最も許してはならない敵だ。だから殺せ。殺せ。殺せ。

 

「〈ヤマト〉を行かせてはならない!」声は続けて叫んでいた。「冥王星を撃たせてはならない! 今ならまだ止められるのだ! すべてが手遅れになる前に、我らの手で〈ヤマト〉を止めよう!」


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