ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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野球ができなくなることは

「なんで革命起こしたら、〈ヤマト〉が止まることになるんだよ!」

 

近藤勇人は大声で言った。怒鳴らないとまわりの騒音にかき消され、すぐ横にいる相手の耳にもロクに聞こえはしないのだ。地下都市内の野球場。近藤はそのスタンドにいた。チームのマークを額に入れたバッティング用ヘルメットを被っていたが、こんなもの、銃で撃たれたら頭を守れるものじゃあるまい。

 

上を(あお)げばビームの曳光が飛び交っている。球場内はそこらじゅう、カービン銃やサブマシンガンを持った兵士が駆けまわっている。装甲車もブチ抜きそうなバカでかいビーム狙撃銃やグレネードランチャーを肩に(かつ)いだ者もいた。

 

むろん試合どころではない。球場は軍に徴発されていた。グラウンドはタッドポールの離着陸場と化していて、今も数機のオタマジャクシ型反重力機が人を乗せたり降ろしたりしている。浮くだけならば反重力の作用によるのでごく静かな乗り物だが、ノーターとやらで進むときの騒音を真下で聞くと鼓膜が破れそうだった。それがまた、機体からビームガトリングガンを突き出してバリバリ撃ちまくっているのだ。

 

今、球場は〈C〉の字型の土手に丸く囲まれている。どの地下都市でも野球場は事態がこのようになったとき市民を護る砦となるよう造られており、そのシステムが作動したのだ。街の天井から大量の土砂を降らせて全体の一部を残して丸く囲ませ、銃弾などが中に飛び込むのを防ぐ壁とする。椅子が並ぶスタンドはいま救護所となっていて、近藤やチームの選手もまた、虐殺から逃げてきた市民に混じってそこにいるしかなかった。

 

暴徒に家を焼かれるか、家族を殺されたらしい者達が泣く声に、ケガ人の(うめ)き声。はぐれた親や子を探す者らの呼び声が周囲を満たしている。

 

そして、これは革命だ政府を倒せ〈ヤマト〉を止めろと叫ぶ者どもの演説が、反響して聞こえてくる。正義のためにはどんな犠牲もやむを得ないことなのだ。今このときに我らと共に立たない者は敵なのだ。だから殺して構わない。ひいてはそれが全宇宙に愛をもたらすのだから、と。

 

〈ヤマト〉に波動砲を撃たせるな。イスカンダルに行かせるな。それは大きな間違いだと言ってもわからぬ者どもに神の罰を(くだ)すのだ。

 

『ガミラスこそ正義である!』声はそう叫んでいた。『彼らは決して敵ではない! 愚かな地球人類に宇宙の愛を教えに来てくれたのだ! ワタシは最初から真意に気づき、ずっと叫んできたというのに、愚かな者らは耳を貸そうとしなかった! あまつさえ〈ヤマト〉などという船を造り、波動砲などという兵器を載せて、冥王星を撃とうとしている! 冥王星を壊してはいけない! そのときこそ人類の終わりだ! なぜガミラスの宇宙の愛を人はわかろうとしないのか!』

 

『そうだーっ!』と叫ぶ声がどこからか聞こえる。暴徒の一部が演説に応えて雄叫び上げているのだろう。

 

この球場の中にも変な人間がいくらか混じっているようだった。〈暴徒〉と言うのとはちょっと違うが、彼らと思想を同じくする狂ったおっさんやおばちゃんの(たぐい)だ。手近な者に誰彼構わず土下座して、地に額をこすりつけて頼むのだった。

 

「お願い、〈ヤマト〉を行かせないで。冥王星を撃ってはダメなの。どうかどうか、あの船にやめるように説得して」

 

「あのねおばちゃん、そんなことボクに言ってどうすんの」

 

「いいえ、どうかお願いです。この通りです。この通りですから」

 

「いいかげんにしろよな」

 

おばちゃんは追い払われても別の者に土下座する。近藤は嘆息してそれを眺めた。

 

なるほどな、という気はする。あのおばちゃんは頼む相手を選んでいないが、近藤はこの八年間、似たような懇願人種の訪問をさんざん受けてきた。今の地球で多少なりとも〈有名人〉とされる者なら当然のことだ。野球のプロ選手をしていてしかもピッチャーともなれば、ガミラス教徒や降伏論者に目を付けられぬはずもなかった。しょっちゅう変なのがやって来て、『アナタが叫べば多くの人がきっと話を聞くはず』と言う。ファンに向かって言ってくれ。ガミラスに降伏しよう、そうすれば、彼らは必ず青い地球を返してくれるのだ、とか。

 

『いいえボクにはそんな影響力ないですよ』なんて言っても許してくれず、何日も朝から晩までつきまとわれる。『降伏は無意味でしょう』と言えばそんなことありませんと泣いてすがりついてくるのだ。そのうち何をされるやらわからないから本当に怖い。歌手だの映画俳優だのがこのテの(やから)に暴行を受けたり、殺されたり拉致して洗脳されかけたりといった事件はこの数年間、世界じゅうで何万件と起きてもいる。

 

女が子を産めるうちに降伏を――狂信者はずっとそう言ってきた。最初のうちはプラカードを振り、道を行進するだけだった。しかし五年六年と経ち、存続の望みが絶たれるまでにあと三年あと二年とカウントダウンされるにつれて、過激な行動を取るようになった。今の彼らはもはや完全なテロ集団だ。麻薬で最後の理性も失くし、自分の親でも子供でも平気で殺し強姦できるようになっている。

 

そして行動は完全にデタラメ――今そこで土下座しているおばちゃんも、自分の前にいる相手が〈ヤマト〉を止める力を持った人物と本気で思い込んでるのだろう。街を荒らしている者達も、その行為が〈ヤマト〉の阻止に繋がると信じ込んで疑っていない。

 

〈ヤマト〉の発進で降伏論者は完全に狂った。ワープに成功したことがさらに恐慌を煽り立てた。そして今日、政府は市民に発表した。〈ヤマト〉は明日にも波動砲で冥王星を破壊する。これは決定事項だと。

 

『そんなことはさせるな!』演説の声がする。『なんとしても波動砲を撃たれる前に政府を倒し〈ヤマト〉を止めなければいけない! 急げ! 迷っているヒマはない!』

 

その声に応えるように銃声が響く。悲鳴が聞こえる。爆発が起きて、火柱が街の天井を()くのが見える。

 

『革命だーっ!』

 

叫び声がする。そうだ! 革命だ! 革命だ! 街は絶叫に包まれていた。まるで滝の(とどろ)きのように、人の雄叫びが轟々(ごうごう)という唸りになって地下都市を震わせている。

 

『降伏だーっ! それにはもう今日しかなーい! 明日になったらもうすべてが遅いのだーっ!』

 

『おおーっ!』

 

という(とき)の声。暴徒を駆り立てているものが、今日の政府発表であるのは明らかだった。

 

〈ヤマト〉は明日にも波動砲を撃つと言う。冥王星を消されたら、ガミラスに降伏する道はなくなる。そうなったら青い地球はもう返らない――彼らの論理ではそうなるのだった。ならばどうする。今日だ。もう今日しかない。今日のうちに革命を遂げ、政府を倒して我らが政権を握るのだ。〈ヤマト〉に帰還命令を出し、ガミラスに降伏宣言しよう。それですべて救われるのだ!

 

「何が革命だよ」近藤の近くで誰かが話しているのが聞こえた。「もしやつらが防衛軍の長官か誰かを殺して〈ヤマト〉に『帰れ』と言ったとして、〈ヤマト〉がそれを聞くと思うか?」

 

「んなわけないよな」

 

「そうさ。無視するに決まってる。そんなものを〈ヤマト〉が〈正当な命令〉と取るわけないさ。〈テロリストの要求〉とみなして拒否か黙殺じゃないか?」

 

見ると、話しているのはこの球場の職員だった。賭博場と化したスタンドを掃除し、グラウンドを整備していた作業員だ。今日の今日まで、毎日毎日……たいした給料出るわけでもないだろうによくやるよなと、近藤は見て思っていたものだったが、その男は悔しげに今の球場を見やっていた。

 

スタンドは血にまみれ、グラウンドの芝はブルドーザーと重機ロボットに踏み荒らされている。飛べなくなったタッドポールが隅にどけられ残骸の山を作っている。正面の大スクリーンも流れ弾を受け、像の表示ができなくなっている箇所がいくつも出来ていた。

 

近藤は思った。これでは野球ができない――いや、もちろん、そんなことを考えている場合ではないのだが、しかし重要なことだ。この球場が出来たとき、人はなんと言ったのか。我々はこの地下でも野球ができる。野球ができるうちは大丈夫なのだと言ったのじゃなかったか?

 

野球場で野球ができるということは、社会が機能していること。それで初めて人が人としていられる。今は敗けでもいつか勝てる。そう考えて明日に希望を持つことができる。野球ができるということが、人類がまだ滅んでいない証拠だったはずだった。

 

〈滅亡の日〉まで一年弱――けれども言われるその数字は女が子供を産めなくなるまでというだけの期限であって、実は死線はとっくの昔に過ぎていると言う者もいる。もう一年も前から誰も子を作ろうなどとしてないからだ。子供を産んで育てることができないのなら、もう人類は滅んでいる。後は死を待つだけなのだ。

 

降伏論者はだから叫んだ。もう降伏するしかない。女が子供を産めるうちに降伏をと。けれど多くの人々はずっと『まだだ』と言ってきた。まだ大丈夫、滅んでいない。だって野球ができるじゃないかと。野球ができるうちは敗けていないのだ。戦争とはそういうものだ。人が団結できる証拠。前線で戦う兵を支えられる証拠なのだ。降伏はどうせ無意味なのだから、決してあきらめてはいけない。

 

そう言われてきた。そこで話しているあの職員も、だからずっとこの施設を整備し続けてきたのだろうか。野球場が野球場としてあることが、人がいつかガミラスに勝てる証拠だと信じて――どの地下都市の野球場にも、同じ考えを持つ人間がいるのだろうか。

 

やはりそうなのだろうと思った。他の街へ試合に行けば、どの球場にも地を(なら)し席を(みが)いていた者達がいたように思う。しかし今、地球のどの地下都市も、状況は似たようなものだろう。テロリストが街を燃やし、野球場は軍の砦と化している。

 

これではもう野球ができない。社会が機能を失ったのだ。

 

「どうなるんだ、これから……」また誰かの声がした。「これはもう〈テロ〉と言うより〈内戦〉だろう。こんな状況が続いたら……」

 

「おしまいだ」応える声がした。「今日が〈滅亡の日〉だ」

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