ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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滅亡確定

〈滅亡の日〉とは人類の最後のひとりが死ぬ日という意味ではない。存続不能が確定する時点を指してそう呼ぶのだ。一般には女が子供を産めなくなる日がそうであると言われている。

 

しかし違うかもしれない。ひょっとすると今日がその日ということになるんじゃないかと敷井は思った。瀬戸際なんてとっくの昔に越えているのだ。後はいつ確定するかだ。だからそれが、いきなり今日だということになったところでおかしくはない。

 

どのみち、いつがその日かなどと後で議論する歴史家はいない。だからどうでもいいことだが……おれの命もどうせ長くはもたないだろう。ビーム・カービンの照準越しに、催涙弾の煙でかすむ街を眺めた。そこかしこで銃が撃たれる光が見える。

 

街の中心は戦場だった。道という道は封鎖され、バリケードと有刺鉄線が張り巡らされ、〈天井〉から降らせた土砂が壁を作っている。タッドポールでその上を越え、銃撃の噴水の中をくぐって地に降り立てば、ポップコーン鍋にでも飛び込んだかのようだった。フルオートで弾き出される銃弾がそこらじゅうのビルの壁にミシン穴を縫い開けている。男が道を雄叫び上げて走ってくる。手に二本の筒を持ち、胴に何本も巻きつけて――。

 

それはもちろん導火線をバチバチさせた爆弾だ。自爆男はたちまちビームをいくつも受けて倒れながら、それでも「ガミラス万歳」と叫んで筒を投げる。

 

ドカーン――爆発の破片と共に血が振りまかれ、男の頭が玉のように飛び転がるのだ。

 

敷井は戦慄した。拡声器が『市民に告げる! 武器を置いて立ち去りなさい! 〈ヤマト〉が君らに従って作戦を変更することはありません!』と叫んでいるが、聞く耳持つ相手かどうか見ればわかるというものだ。後から後から自爆男が飛び出してくる。〈AK〉の掩護射撃を受けながら……。

 

これを迎え撃てと言うのが、敷井にいま課せれらた任務だった。次から次に仲間が倒れて運ばれていく。爆弾の破片にやられる者もいる。民兵どもは上を飛び交うタッドポールに向けても銃を撃ち放っている。小石がバラバラ降ってくるのは、地下都市の天井がタマを喰らって砕かれた破片だ。

 

バリケードから頭を出せば、狙撃銃で狙い撃たれる。しかし応戦しなければ、自爆男がやってくる。どちらにしても命はないのだ。今日を生き延びたとしても、この状況が続くならば、おれは死ぬ。長くてほんの数日のことだ。

 

『ガミラスばんざーいっ!』

 

また声がして、爆発が起きた。降伏論者なら『革命万歳』と叫ぶだろう。しかし『ガミラス万歳』と言うのは――。

 

「いいか、あいつらはガミラス教徒だ」と、敷井が配置に就いたときに元からいた兵士が言った。「でなきゃそもそも、自爆なんてやり方はしない。やつら、ガミラスは神の使いと本気で信じてやがるんだ。今ここで爆死すれば神に選ばれて天国かどこかへ行けると思ってる。だから平気で体に爆弾くくりつけて走れるんだ」

 

「なんだよそれ……」

 

言ったが、しかし理屈はわかった。『冥王星を〈惑星〉に戻せーっ!』。自爆男はそう叫んで向かってくる。ガミラス信仰のなかでも特に、冥王星を神聖視する党派の教団なのだろう。彼らにとって冥王星は神の星だ。恐れ多くも人はそれを〈準惑星〉などとした。だから神はお怒りになり、ついにガミラスを遣わしたのだ。ゆえにこれは神の罰だ。それがわからず、あまつさえ、波動砲で吹き飛ばすなど、

 

『許さあーんっ!』

 

そう叫んで、またひとりが爆死した。敷井は「ははは」と笑うしかなかった。泣き笑いになってるだろう。こんな悪い冗談があるか。

 

敵は死ぬのを恐れていない。神の(もと)にこれで行けると信じるならば、死を恐れる理由がない。だから平気でドカンといってしまえるやつらが、凄い形相(ぎょうそう)で向かってくるのだ。

 

そうすることで〈ヤマト〉が止められるどうかなど、もはやどうでもいいのだろう。神のために死ぬことが目的になってしまっている。とにかく自分の魂が救われればそれでいいという考えしか頭にないのだ。そうなった者に説得は効かない。

 

「撃て! 撃ちまくれ! 近づかせるな! ここを通すな! 護り抜くんだ!」

 

誰かが叫ぶ。そうだ。そうするしかない。敷井は銃を構えて撃った。

 

生き延びるにはそれしかない――しかし思った。おれは生き延びられるだろうか。この戦いはいつまで続く? 狂信との闘いに、終わりなんてものがあるのか?

 

今、狂った者達は、冥王星を〈ヤマト〉が撃つのを止めるために向かってくる。しかし無駄な試みだ。ここで何がどうなろうと宇宙に影響しないのだから――〈ヤマト〉は所期の計画通り、ガミラスを打ち倒して太陽系を出ていくだろう。そうなったとき、どうする。民兵どもはあきらめて武器を下ろすのか?

 

いいや、やめない。そんなことは有り得ない。もうやつらは歯止めを失くした。冥王星が吹き飛ぶことで、最後の理性も失うだろう。この殺戮はいつまでも続く。降伏論者は革命を唱え、ガミラス教徒は〈神〉を信じて暴れ続ける。革命万歳。ガミラス万歳。やつらがそう叫ぶごとに、人が虐殺されるのだ。

 

人が絶滅するときまで……存続不能の確定日まで、まだ少しは余裕があると見られてきた。〈ヤマト〉が地球を出たときにあと一年あると言われた。だからそれまでにあの船が戻れば、人は生き延びられるだろうと。それが最後の望みと言われた。

 

だがもうダメだ。状況が変わった。今の地球で内戦が起き、続いたならば人類はもたない。ほんの三か四ヶ月で存続不能となるだろう。〈ヤマト〉がどう急いでもその日までに帰れないなら、放射能除去はできても無意味になる。最後の大人が死ぬまでの日をいくらか伸ばすだけになる。

 

と言うことは、要するに、いま絶滅が確定したのだ。内戦勃発――この時点こそ、〈滅亡の日〉となるのじゃないか?

 

そうだ、と敷井は思った。人はまだ生きてはいる。だが存続の望みは絶えた。

 

人類はいま滅亡したのだ。


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