ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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降霊会

『どうするのです、トードー! これでは今日が人類滅亡の日となってしまいます!』

 

日本の地下東京に置かれる地球防衛軍司令部。司令長官である藤堂平八郎は、会議室で多くの顔と向き合っていた。円卓に世界各国の首脳が並ぶ。どれもが立体映像であり、当人は自分の国で同じような席に就きカメラに向けて話しているのだ。発言は機械が逐次翻訳し、藤堂の耳には日本語で届く。

 

『世界じゅうの地下都市が内戦状態に突入しました。あの発表が出た途端です。これでは〈ヤマト〉が戻る前に人類は存続不能になります』

 

『つまり今日が〈滅亡の日〉です。あんな発表をしたからではないのですか。トードー、あなたにはこうなることがわからなかったのですか』

 

口々に立体画像が咎めだてる。死者の霊に取り巻かれ、『恨めしや』と言われているかのようだなと藤堂は思った。発言はみな、ワタシ達はいま死んだと言っているかのように聞こえる。ならばそう言えばいいのに、彼らの言葉を機械が訳すと妙に難しい日本語になるのだ。

 

そうだ。彼らは亡霊なのだ。たぶん、ここにいる自分もまた、死んだことに気づいていない霊魂なのかもしれないと思った。今日、人類が絶滅したのであれば、すべての人が生きながら死者となったわけだから……。

 

目の前に並ぶ幻影が生きて見えぬのも当然だ。自分の姿も彼らの眼には呼び出した霊であるのだろう。だからこれは降霊会だ。死者が互いに呼び合って、オレ達はなぜ死んだのだと問い合っているのだ。

 

そうなる日まであと一年あったはずではなかったのか。それがなぜ、いきなり今日ということになるのだ、と。

 

藤堂は言った。「この事態はどのみち避けられなかったのです。あの発表をしようとしまいと、遅かれ早かれこうなった。それが今日になったというのに過ぎません。人にはもともと時間がなく、〈ヤマト〉が戻ってくるまでに滅亡となるのは決していました」

 

『待ってください。それはどういうことですか』ひとりが発言した。『〈ヤマト計画〉は最初から無意味だったと言うのですか? ならばどうして推し進めたのです。イスカンダルより他の道に賭けるべきではなかったのですか?』

 

「他の道とはどんな道です? 〈ヤマト〉をエリートの逃亡船とする道ですか。それで人が存続できると思われますか」

 

『いや、それは……』

 

「逃亡はイスカンダルより()のない賭けと言うべきです。人類が救われる望みはコスモクリーナーひとつだけです。〈ヤマト〉が旅をやり遂げる一縷(いちる)の望みに賭けるしかありませんでした」

 

別の代表が、『こうなったのは、〈ヤマト〉に波動砲を積んだのが原因だとは思いませんか。狂信徒は「冥王星を撃つな」と叫んで民兵化しているわけです。この内戦を引き起こしたのは〈ヤマト〉ではなく波動砲では?』

 

「確かにそうかもしれません。計画では、波動砲の存在は秘匿すべきとしていました。ガミラスに対してはもちろん、地球人類に対しても……」

 

『なのに撃った。それも、地球を出てすぐに……なぜです? あれがなければ、テロがここまで激化することもなかったはずです』

 

「そうなのですが、ひとつジレンマがありました。どこかで試射はせねばならなかったのです。どのみち秘匿は不可能でした」

 

『だからと言って、発進早々いきなりやらなくていいでしょう。オキタという人物は何を考えているのです』

 

「それも通信で聞くわけには……」

 

『それでは話になりません。〈ヤマト〉がまだ太陽系にいるうちに、対処する手はないのですか。そもそもオキタを艦長にしたのが人選ミスだったのでは?』

 

『あの男は〈メ号作戦〉で逃げた男だ』と別の代表。『そうでしょう? あのときあの提督は、最後に残ったもう一隻とともに突撃するべきだった――そういう声もあると聞きます。そうしていれば勝っていたかもしれんのに、と……その責任を問うことなくあなたは彼を艦長に選んだ』

 

「では、わたしを罷免(ひめん)しますか」藤堂は言った。「それで責任が取れるのならばいいでしょう。なんなら腹を切ってもいい。それで人類が救われるなら……しかし、〈ヤマト〉は送り出してしまいました。天王星軌道を越えた今となっては、交信もまともに繋がりません。帰還命令は出したくてももう出せない」

 

『狂信者らはそれすら知らない』とまた別の代表が言った。『〈ヤマト〉に「帰れ」と言えると思っているわけです。そんな者達のために人が殺されている……しかしどうすると言うのですか。〈ヤマト〉を信じるだけであると? オキタならば四ヶ月でコスモクリーナーを持ち帰れるとでも言うのですか』

 

「それは無理な望みでしょう。〈サーシャの船〉でも往復に半年かかっているのですから。〈ヤマト〉がそれより早く戻るのは明らかに不可能です」

 

『では人類は絶滅です。今日が〈滅亡の日〉となりました。わたし達は残る市民に、あなた達はもう死んだと告げなければなりません』

 

「最初から、時間はそれだけしかなかったのです」藤堂は言った。「仮りに、〈ヤマト〉が冥王星を叩かずに太陽系を出ればどうなるか――人々は〈ヤマト〉は逃げたと考えて、狂信の道に走るでしょう。結局は人が虐殺される――絶望が人を殺すのです。地球を出たとき、オキタは知っていたはずです。人にはもう一年という時間などはないことを。九ヶ月で戻ったとしても遅いことを。そして、どう急いでもそれより早く帰れぬことを……おそらく、本当の〈滅亡の日〉は、とっくの昔に過ぎていることをです」

 

代表者達は沈黙した。しばらくしてひとりが言った。

 

『そのうえであえて行ったと?』

 

「はい」と藤堂は言った。「わたし達はまだ生きています」

 

『一応はそうです。命がまだあることはある』

 

「沖田は地球を出ていく前に言いました。自分はまだ生きている。生きている限り絶望はしない。最後のひとりになったとしても絶望はしない、と」

 

『だからオキタを信じると言うのですか? 絶望しない男だから艦長にしたと? あなたが信じているのだから、わたし達にもオキタを信じろと言うのですか?』

 

「あの男はどんな危機に際しても、抜け出す道を必ず見つける男です。わたしにはそうとしか言えません」

 

『だからこの状況も変えてくれると考えている? しかしどうすると言うのですか。〈ヤマト〉がいかに強かろうと、一隻で冥王星とは戦えない。波動砲があってもなくても――と、そのようにわたし達は聞いていますが、オキタならやれると? どうやって?』

 

「わかりません」藤堂は言った。「沖田次第です」


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