ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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逃げる者達

真田が第二艦橋に上がると、他の第一艦橋クルーは上の階を代理に任せてすでにそこに集まっていた。沖田だけ艦長室にいるらしく、ゴンドラの表示がトップを示している。一同でメインスクリーンを見やった。

 

映っているのはレーダー像だが、中心にあるのは冥王星。そのまわりに、宇宙船を示す指標が数十個。

 

「駆逐艦に軽巡洋艦か。割と小さな船ばかりだな」島が()を見ながら言った。「これがなんなんだ? 確かにかなり、普段より多く出ているみたいだけど」

 

「『なんだ』じゃあないでしょう」と新見が言う。「普段はパトロールを二、三隻出してるだけです。こういうのはちょっと見たことありません」

 

「戦闘艦だけじゃありません」森が一隻一隻のデータを細かく見ながら言う。「補給艦や輸送艦らしきものが続々飛び立っています。これはどういうこと?」

 

『冥王星にガミラス艦は百隻』と言うが、それは戦闘艦だけの数字だ。これといった武装を持たない非戦闘艦が他に大小何百もある。駆逐艦や軽巡洋艦に護られるようにして、大型小型のそうした船が星を飛び立ちワープでどこかへ消えていく。無人偵察機のレーダーがそれを捉えて〈ヤマト〉に送ってきているのだった。

 

相原が言う。「通信の傍受を見直してみると、何日か前から徐々に動きは出ていたようです。タイタンでぼくらを逃がしたせいかと思ってたんですが、今日になってそれが増え、さらにこの数時間でものすごい量になっている……こんなのはかつて一度もなかったことです」

 

通信を傍受してると言っても、ガミラスが何を話しているかはわからない。それでも多少の分析はできるはずだった。真田は言った。「どんな内容かわかるか」

 

「さあ……ひたすら、あっちへ行けこっちへ行けと他とやり合ってるだけみたいですが……」

 

「ただの管制通信か……しばらく前から船を出そう船を出そうとしていたのが、ここへ来てワッと出て来た……」

 

「ふむ」と徳川。「なんのつもりだろう。これではまるで、総出で逃げようとしているようだが」

 

その言葉に、一同、額にデコピンでもパチンと喰らったようになった。「え?」と言ったり、目をぱちぱちさせたりする。

 

それから言った。まず太田が、「確かに、この動きはまるで……」

 

次に南部が、「いや、まさか。やつらがそんな……」

 

島も言う。「ガミラスが逃げるなんてことがあるかよ。まして、自分から基地を捨てるなんて」

 

それに対してまた太田が、「でも、これは、確かにそう見えますよ。みんな急いで星から逃げ出そうとしているような」

 

「いや、しかし……」

 

と島が言う。真田は思った。そうだ。そんな話があるか。ガミラスが(みずか)ら基地を捨てて逃げる。そんなことは考えられない。やつらに限って有り得ぬ話だ。

 

この八年間、やつらはずっと、ガミラス語には『逃げる』という意の単語がないような戦い方をしてきた。やつらの船に乗員の脱出設備はないらしい。それどころか各自の服に発火装置が付いていて、逃げれば焼け死に灰になるようになってるらしい。自分達の情報をひとつも地球に渡さぬためという推測がされている。

 

やつらは地球を恐れているのだ。恐れるからこそ地球人が外宇宙に出る前に皆殺しに来たのであり、ゆえに兵士が捕虜になるのが許されぬようになってるのだ。そうとしか考えられないと言われてきた。

 

ガミラス兵は、『死ぬまで戦え』と彼らの上から命じられてる。地球人を太陽系から決して出すなと言われているのだ。しかし〈ヤマト〉が造られた。明日にも系外へ出ようとしている。なのにやつらがここで逃げる? この〈ヤマト〉を止めようとせずに? そんなバカな。有り得ない。それでは一体、この八年の戦争はなんだったのだということになる。

 

新見が言った。「『〈スタンレー〉に動き』と聞いてわたしが最初に考えたのは、彼らが一気に地球に対して総攻撃に出たのじゃないかということでした」

 

「ああ」

 

と言った。なるほど、先ほどの会議でも、新見はそんなことを言った……なんだかずいぶん前のことのような気がするが、しかしあれから半日しか経っていない。〈ヤマト〉が外へ出ていったら、やつらとしてはもうウカウカとしていられない。犠牲を厭わず全艦で地球に突っ込んで、玉砕してでも地球人を根絶やしにしようとするかもしれない、と――確かにその考えの方が、ガミラスらしいように思える。たとえ〈ヤマト〉がコスモクリーナーを持って戻っても、人類がみな死んでいれば無駄なことだ。それでやつらは目的を果たせるではないか。

 

「ですが、この動きはどうも、それとは違うようですね。徳川機関長の言われるように、基地を捨てて総員で逃げ出そうとしているような……」

 

「おかしいじゃないか」南部が言った。「〈スタンレー〉にいま近づけば、基地の位置もわかると思うぜ。そうなりゃこっちのもんだから、〈ヤマト〉でちょっと偵察して、地球に情報送ればいい。〈メ号作戦〉をもう一度やっても楽勝だろう。後は任せておれ達はサッサとマゼラン行けばいいってことになるけど……」

 

「そう。そうですよね。ガミラスにそれがわからないわけありません。〈ヤマト〉がまだいる今のうちにどうしてこんな動きをするのか……」

 

森が言った。「人類抹殺をあきらめた?」

 

「まさか! それこそ有り得ないことです」

 

と新見が言う。真田は思った。なぜ有り得ないと言えるのか。我らはそもそもガミラスのことを何も知らぬではないか――しかしまあ、それを言っても始まるまい。ガミラスが人類根絶をあきらめるなど、やはり決してないことと思える。事実はすでに絶滅してるも同然なのだ。まだ女が子を産むこともできなくないというだけだ。〈ヤマト〉が戻らねば残らず死ぬ。だから事実上滅亡している。ここまでやっておきながら、侵略をやめて戦わず逃げる? 戦闘艦が百隻あれば、〈ヤマト〉に敗けるわけがないのはわかるはずなのに。

 

それはやはり、およそ考えられぬことだ。しかし今、スクリーンに映っているのは敵が逃げる光景だった。何十という船の航跡。次から次に空間を歪ませワープでどこかへ消え去るのも、無人偵察機はセンサーで波動を捉えてデータを送ってきている。

 

「そうだ、やつらは逃げ出している」

 

声がした。一同の後ろ、上方からだ。ゴンドラで沖田が降りてくるところだった。

 

そして言った。「無論、こうなるに決まっているさ。奴らが逃げねばならなくなるようわしが仕向けたのだからな」


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