ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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波動砲を撃った理由

沖田はクルーを見渡した。その向こうのスクリーンには、ガミラスの船団が冥王星から逃げる状況が映されている。

 

「地球を出てすぐ、わしは波動砲を撃たせた。それはみんな覚えているな」

 

「ええ、もちろん……」

 

と真田が言う。当然だろう、あんなこと、誰も忘れるはずがない。しかし今は、細かなことまで全員にすべてを思い出してもらわなければならないときだ。沖田は一度頷いてから、

 

「あのときわしは、なぜそうするか本当の理由を話さなかった。しかしこのためだったのだ。波動砲は、あのとき撃たねばならなかった。それも全出力でだ。すべては〈スタンレー〉の敵を逃げさせるためだった」

 

一同はア然とした表情だ。艦長は一体何を考えている……そんな声は、そこかしこから聞こえていたものだった。なんでいくらデカブツと言っても、たかだか空母一隻相手に波動砲を使うのか。それも全出力で。それも発進早々に地球のそばで……艦内でクルーが噂していたし、テレビのニュースで解説者がくだらぬことを語っていた。そのおかげでタイタンでコスモナイトを採らねばならなくなってしまったし、船は危険にさらされた。火星の徹底抗戦派が〈メ二号作戦〉をやろうと言い出し、日程に大きな遅れを出すことになった。そして地球の狂信者を刺激する結果を生んで、遂に内戦を勃発させた。すべてはあの一撃のせいだ。こういうことになると言うのが、艦長はわからなかったのか、と。

 

いいや、すべて計画のうちだ。わしはこのときを待っていたのだと沖田は思った。今こそ、なぜ波動砲を撃ったのか真の理由を話すときだ。

 

「ガミラスは地球人類を恐れている。だから太陽系に来た。だから我らを殺そうとしているのだと言われてきたな。その仮説が正しいとして、やつらは一体、地球の何をそんなに恐れているのだと思う? 『人類を皆殺しにせねばならぬ』とやつらに考えさせているのは、具体的に一体なんだ?」

 

「それは」と真田が言った。無論、答は決まっていた。「波動砲……」

 

「そうだ、真田君。君が何より知ってるだろう。人類はかなり前から波動砲が造れるだろうと言ってきた。十年前に基礎的実験を行った。ガミラスを呼ぶ結果を生んだのは、その実験だったのではないかと言われているな。地球人類は波動技術をまだ持たないが、もう少しで波動砲付きワープ船を建造できるところにあった。一方、ガミラスはワープ船を持っているが、なぜか波動砲がない。これがやつらに脅威を感じさせたのだろうと、そう考えられてきた」

 

これはさんざん、繰り返して言ってきたのと同じ話だ。ガミラスが恐れているのは何より地球が造れるだろう波動砲。なぜかやつらは、同じものが造れない――ならばなるほど、恐れるのも当然だろうが、

 

「やつらは地球に波動砲が造れそうだと知っていた。だが完成したときに、それがどれほどのものになるか知っていたとは思えない。威力がやつらの予想を超えるかそうでないか、予測しようもないのだな。富士山ほどの隕石を破壊するのがせいぜいなのか、木星すらも消し飛ばすのか、それすらわからん。撃ってみなければわからない――造っている地球人の開発者でもそんな調子だったのだから、ガミラスに予測できるわけがなかった」

 

「ええ……」

 

と言って真田が頷く。そうだろう。二十世紀の昔に原子爆弾を造った当時の科学者も、試さなければ原爆がどの程度の威力があるかわからなかった。ひょっとして宇宙がまるごとなくなることもあるのじゃないかと言いながら、実験の起爆ボタンを押したのだ。波動砲が実際どれだけの威力があるか、造った人間のひとりである真田も知らないでいた。なのにガミラスが知るわけがない。

 

その真田が言う。「造れぬとは言え、ガミラスは波動砲のなんたるかは知ってるのでしょう。それでもやつらは、地球を見くびっているかもしれない。地球人にできたとしても、せいぜい小惑星ひとつ壊すのがせいぜいだろうなどと(あなど)っているのではないかという推論もありました」

 

「そうだろう。それどころか、やつらは〈ヤマト〉の艦首を見ても、考えるに違いない――あの大げさな穴は飾りじゃないか、とな。波動砲はまだ完成してないかもしれないぞ、コケ脅しに乗ってたまるか――地球人ならそう考える。人はそういう生き物なのだ。そしてどうやらこの点で、ガミラスは地球人とそう変わりはないらしい。やつらは地球を恐れる一方、どこかで侮ってもいるのだ」

 

「侮っている……」南部が言った。「恐れるどころか、侮っている? 波動砲はきっとたいしたことはない。やつらはそう考えてもいた?」

 

「そうだ。当然のことだろう。だからあのとき、わしは敵に見せつけるなら、全出力でなければならぬと言ったのだ。それに南部よ、撃つのは一度だけとも言ったな。後から半分で撃ったりしたら、最初に撃ったのが最大だとやつらに教えることになってしまう。それでは困る。やつらには、波動砲をどこまでも恐れさせねばならないのだと」

 

「はい」と南部。眼鏡の奥の眼を驚きに見張っている。

 

「しかしだ。やつらにわからぬはずのことがもうひとつある」沖田は言った。「波動砲で冥王星は撃てないことだ。やつらがそれを知るはずがない」

 

さらに眼が大きくなった。南部だけでなく、全員のだ。沖田には皆が自分の狙いを理解し始めているとわかった。

 

「〈ワープ・波動砲・またワープ〉と、〈ヤマト〉は連続してできない。だがガミラスにどうしてそれがわかると言うのだ? 徳川君や真田君でも、実際にテストしないとわからなかったことなのだぞ。波動砲を造れもしない敵が知りようもないではないか」

 

「それは……」

 

と徳川。波動砲とワープを続けてやれないことは、最初からある程度は推測されていた。しかし試してみないことには、具体的なことは知れない。もしも結果が良好ならば、冥王星を撃てる希望さえあったのだ。生憎(あいにく)やはり、そうはいかなかったわけだが、しかし、どうしてガミラスにそれがわかる?

 

「そうだ。やつらにわかるわけがないのだよ。まあ、考えているかもしれんな。連続してやるなどできるはずないと――しかし本当のところはわからん。ましてワープと砲術の間に、どの程度の時間を開ける必要があるかなど、推測すらしようがない。ゆえにやつらは、最悪の想定のもとに行動するしかなくなる。〈ヤマト〉はワープしてすぐに波動砲をぶっぱなし、またすぐワープで消え去れる――たとえ『まさか』と思っても、そう仮定するしかないのだ」

 

「敵は〈ヤマト〉の性能がどんなものであるかを知らない……」新見が言った。「波動砲の威力の最大がどこにあって、射程の長さがどの程度かも……知っているのは、冥王星を一撃に吹き飛ばすだけの力があること。ただそれだけ……」

 

「そうだ。わしはそのために、地球で波動砲を撃った。冥王星に〈ヤマト〉が来たらおしまいだと敵に思わせたかったのだ。それにはあのタイミングが最も効果的だろう」

 

「だから、空母一隻に対して最大出力?」

 

「そうだ。危険な賭けであり、弊害が大きいこともわかっていたが、しかしやらねばならなかった」

 

言って、沖田はスクリーンを見た。冥王星から逃げ出していくガミラスの群れ。ついに動いた。このためだ。やつらにこうさせるため、波動砲を撃ったのだ。リスクの大きな賭けだった。しかし勝ったと沖田は思った。もっともこれは、第一段階に過ぎないが。

 

太田が言う。「やつらは波動砲が怖くて、いま星から逃げてるのか……」

 

「撃てないのにな」南部が言う。「本当は撃てない。なのにやつらはそれを知らない。〈ヤマト〉が来ればみんな一発で吹っ飛ばされる。そう思ったら逃げるしかない……」

 

今や艦橋クルーの誰もが、わしの狙いを理解したらしいなと沖田は思った。そうだろう。気づいてみれば簡単な話だ。敵の身になって考える――それだけの話なのだから。

 

夜道で出くわした男から拳銃を突きつけられたら人は逃げるか手を上げる。『どうせオモチャじゃないのか』と思ったとしてもそうするものだ。〈ヤマト〉に波動砲があり冥王星を消し飛ばす威力があると知るならば、ガミラスに逃げる以外の何ができるか。

 

「〈ヤマト〉は明日にも冥王星に達するだろうところにいるのだ。当然、やつらは今日のうちになんとか逃げようと考える」

 

沖田は言った。口元がほころぶのを感じていた。『明日』どころか、今でもだ。今すぐ〈ヤマト〉はワープして、冥王星の前に行こうと思えば行ける。やつらはそれも知っている。と言うことは――。

 

「あはは、こりゃいい!」相原が言った。笑いながら、「やつら、いま交信で逃げろ逃げろと言い合ってるのか! 〈ヤマト〉がすぐにもやってくるかもしれないから――」

 

それが合図になった。全員が吹き出し、声を上げて笑い始めた。

 

「なんてことなの。戦わずに勝ち?」森が言った。「あはははは! こんなことって――」

 

「信じられん」真田も笑う。「艦長、あなたという人は――」

 

沖田はしばらく笑わせておいた。みんな涙目になっていた。当然だろう。誰も決して、おかしくて笑っているだけではない。この八年の苦闘の年月。それを想って泣きながらに笑っているのだ。絶望的な戦いだった。多くの味方が死んでいった。地球の海は涸れ果てて、人は地下に追いやられた。

 

こうして〈ヤマト〉に乗り込んで、人類を必ず救うと誓い合っても、不安で一杯だったろう。こんな船一隻でマゼランまで行けるのか。戻っても地球は持ちこたえているか。ガミラスという正体不明の巨大な敵に果たして勝てるものなのか。

 

〈ヤマト〉だけが最後の希望。この旅が失敗ならば人類は終わる――その重荷に誰もが押し潰されそうだった。なのにそれが、こんな形であっけなく勝って終わってしまったのだ。〈ヤマト〉は戦うことすらなしに、侵略者に勝ってしまった。ただ竹光(たけみつ)を一回振っただけのことでだ。

 

これでは一体、今までの犠牲はなんであったのかとすら思うだろう。だからみんな笑っている。すべてがタチのあまりに悪い冗談に思え、泣くに泣けずに笑っているのだ。

 

無論、一方、痛快な思いもあるはずだった。ガミラスどもは怯えて逃げる。〈ヤマト〉が怖い、怖いよおと震えちぢこまりながら。不様(ぶざま)なようすが目に浮かぶようでもあった。オモチャの大砲に怯えて逃げる敵の群れを眺めて悦に入る機会など、そうそうあるものではない。

 

「諸君、そろそろ笑いをやめて聞いてもらおう」沖田は言った。「波動砲は欠陥兵器で〈スタンレー〉の攻略には使えない。だが百の艦隊を追い散らす役には立ったのだ。わしはそれを最大限に利用した」

 

「はい」全員が頷いた。

 

「しかしまだ、完全な勝利をおさめたわけではない。兜の緒をここで締めなければならん。すべての敵があの星から逃げ出すはずもないのだからな」

 

「はい」とまた全員が言う。もう誰も笑ってはいない。

 

「敵は〈ヤマト〉と戦うために最小限の兵力は残す。いま星から遠ざけているのは、どうせ〈ヤマト〉を迎え討つのにさして役には立たない分の戦力だとみるべきだ。小型の軽巡、駆逐艦は、〈ヤマト〉の主砲が健在なうちは近寄ることもできはしない。なら、とりあえず避難させる――やつらが船を逃がしているのは、そういう考えもあるに違いない」

 

太田が言う。「大型の戦艦や重巡は残す?」

 

「そうだ。敵は大型艦のみで〈ヤマト〉を迎える気でいるのだ。やはり〈ワープ・波動砲・またワープ〉などできないはずと踏んではいて、余分な兵を逃がすのは万が一のためなのだ。そしてまた、あの星に我々をおびき寄せる罠でもある――基地に百の船がいては〈ヤマト〉が近づけないことを、やつらの方も知っているのだ。だからわざと十隻にして、『来るなら来い』と呼んでいる」

 

「〈ヤマト〉は一度に十隻程度としか戦えない……」と徳川が言う。「敵もそれを知っていると?」

 

「当然だろう。そのくらいの見積もりは立てるさ。主砲と補助エンジンが焼きついた後の〈ヤマト〉はただの標的艦だ。駆逐艦や軽巡にさえ殺られてしまう。〈ヤマト〉を弱らせておいたところで、一度逃がした九十の船を呼び戻し、思うがままに嬲り殺す。そして地球の人々に見せつける気でいるのだろう。お前達の最後の希望の船とやらはこうしてやった。もうお前らに子は作れない。後にはただ最後のひとりが死ぬまでの十年間があるだけだ、とな」

 

「それじゃあ、やはり波動砲は撃てない……」南部が言った。「撃てば九十が戻ってきて、ワープで逃げることのできない〈ヤマト〉は囲まれてしまうから……そういうことですか」

 

「そうだ。〈スタンレー〉攻略に際し、波動砲は使わない。これは決定事項であると考えてくれ」

 

「はい……」

 

と南部は頷いた。宇宙の戦いは〈逃げるが勝ち〉だ。〈ヤマト〉はいつでもワープで逃げられるようにしておかなければならなかった。特に敵が百隻もいて、護衛を持てない〈ヤマト〉を囲もう囲もうと機会を狙う状況のもとでは――それがこの太陽系外縁部だ。ここでは〈ヤマト〉の波動砲は使えない。この原則は鉄則であると言うより他にない。外宇宙に出てしまえば話は変わってくるかもしれぬが、とにかく今のところは撃てない。もともと誰もが理解していたことだけに、南部だけでなくみな頷くしかなさそうだった。

 

「艦長は、〈ヤマト〉が行くとき〈スタンレー〉に敵はいないとおっしゃいました」新見が言った。「船が十隻、戦闘機が百機程度であるだろうと――だからわたしはそれに基づき作戦を詰めました。すべてこれを見越していたわけですか」

 

「そうだ。このため波動砲を撃った。波動砲の力を見れば、やつらは恐れ(おのの)くと同時に、何がなんでも〈ヤマト〉を止めようと考える。しかしやつらにそんな手立てもまたないはずのものだった。何せ〈ヤマト〉は強力だ。宇宙の戦いは〈逃げるが勝ち〉だ。ガミラス艦を五隻沈めてワープで逃げて、五隻沈めてワープで逃げて、と二十回繰り返したら、たとえ百隻いたとしてもやつら全滅してしまう。わかっているから今ここには寄ってきもしない。やつらとしてはタイタンだけが〈ヤマト〉を止めるチャンスだったのだ。なのにあそこで取り逃がした」

 

「だからもう、〈スタンレー〉でやるしかない――敵の方でも、これは決戦?」

 

「そういうことだな」と言った。「やつらは〈ヤマト〉を外宇宙に出したくない。迂回されては困るのだ。我々としても迂回はできん。ここで〈スタンレー〉を避けたら、地球に残る人々はますます〈ヤマト〉は逃げたと考えることだろう。いいや、そもそも最初から()もしなかったと言うだろう。絶望して狂信に走り、内戦を激化させることになる。これはすでに滅亡が確定したも同じなのだ」

 

「今日が〈人類滅亡の日〉……」相原が言う。「地下の人々は、すでにそう言い始めているようです。そのような声が〈ヤマト〉にも届いています」

 

「だろうな。しかしそうはさせん。今日に絶滅したのであれば、明日に生き返らせるのだ。地下の人々が希望を持てば、内戦の火も鎮まるだろう。それには〈ヤマト〉でガミラスを叩く。たとえそこに罠があるとわかっていても、我々は〈スタンレー〉に挑むしかないのだ」

 

沖田はそこで言葉を切った。全員が黙りこくっていた。それから次第に、皆が島に眼を向けるようになる。これまで主な士官の中で、冥王星で戦うことに最も反対していた男だ。そして誰もが、島の考えを理解はしていた。敵が百隻もいるのなら戦いようがないではないか。帰還が一日遅れるごとに、地球で百万千万と死ぬなら先を急ぐべきではないか――すべてもっともな言い分だった。〈ヤマト〉が沈めば地球はおしまいと言うのであれば、賭けに(のぞ)むべきではない。

 

しかし、それらはここにきてすべて崩れたと言えるだろう。島は全員の顔を見て、それから沖田に向き直った。

 

そして言った。「わかりました。行きましょう、〈スタンレー〉に」


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