ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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第9章 ロマンのかけら
ジャヤ作戦


「作戦案に大きな変更はありません」

 

新見が言った。第二艦橋。半日前の会議と同じ面子(めんつ)がまた集められ、あらためて冥王星基地攻略が話し合われることになったのだった。しかし今度は意見の交わし合いではない。〈スタンレー〉に赴くのはすでに決したのであり、会議は作戦の詳細を確認するためのブリーフィングとなっている。

 

冥王星のガミラス基地を叩くミッションの名称は、ニューギニア島最高峰の山にちなんで〈ジャヤ作戦〉。再び、人形の目玉のような冥王星とその白夜圏が立体映像で投影される。

 

「冥王星に〈ヤマト〉で一気にワープで近づき、航空隊に核ミサイルを持たせて送り出します。白夜圏内を索敵し、基地を見つけて核を撃ち込む。済んだらただちに隊を回収、ワープで外宇宙に出る。それで作戦終了です」

 

言うだけならば簡単な話だ。実にシンプル極まりないなと古代は思った。

 

横にはまた加藤がいる。半日前とまったく同じ――しかし随分、長い半日だった気がする。同じ話を聞いているのに、どうしてたった数時間でこうもすべての状況が変わっているのか。

 

いや、そうでもないかなと思った。相変わらず加藤は挨拶もしてこない。一体さっきのあの喧嘩試合はなんだったのか。

 

新見は続ける。「敵は多くが避難しており、基地を護る人員は最小限しか残していないと考えられます。それでも戦闘機が行けば、かなりの数で迎え撃ってくるでしょう。また、無人迎撃機・無人対空火器といったものも多数存在すると思われます。航空隊にとっては危険な任務ですが――」

 

古代は場にいる者達の視線が自分に集まるのを感じた。加藤はともかく、コダイとかいうこの落ちこぼれパイロットに任せて大丈夫なんだろうか――皆がそう思っている顔つきだ。

 

無理ないよな、と古代は思った。おれ自身が、おれが隊長で大丈夫なんてとても思えやしないもの。しかしもう完全に、決定になってしまっている。たった半日でなぜこうなるんだ? おれ自身はいつものように、山本に言われるままにトレーニングしていただけだったってのに。まわりの状況が勝手に動いてこの通りだ。

 

冗談じゃない。おれにはできない。最初からそもそも無理なんだから――古代はそう叫びたかった。おれに隊長なんて無理です。他の者にしてください。〈ゼロ〉に乗れと言うんだったら乗りましょう。冥王星に行けと言うなら行ってきます。そこで死ねと言うのであれば、しかたない。覚悟を決めるしかないです。これがそういう戦争で、戦闘機を操る腕を持つようになっちゃったのが身の不運だ。そう思ってあきらめますよ。だからバッサリ殺ってもらおうじゃないですか。

 

でも、お前が隊長で行けと言うのは話が全然別でしょう。おれには無理だ。無理なんです。そう叫んでしまいたかった。ましてや、これが成功するかに、人類の運命が懸かっているなど――。

 

イヤだ。そんなの、絶対にイヤだ。おれには荷が重過ぎる。そんな資格も能力も持っていない人間なんだ。自分がいちばんよく知っている。おれはがんもどき、グーニーバードだ。荷物運びの間抜けな鳥だ。軽貨物機を飛ばしてるくらいがお似合いのパイロットで、エリートでもなんでもないんだ。腕が良ければ人の上に立って戦えるというもんじゃないだろう。

 

(うつわ)と言うか、資質と言うか、そういう最も肝心な点でおれはダメだ。隊を率いるなんてことはできない。おれが自分でわかって言ってるんだからこれほど確かなことはないと言い切ってしまいたかった。なのになんでおれなんだ。おれは隊長にしてくれなんて頼んだ覚えは一度もないぞ。だから責任なんてないぞ。人類を救う使命なんて、背負いたい者が負えばいい。誰か他にいないのかよと。

 

しかし何も言えなかった。誰も何も言わなかった。こいつにゃ無理なんじゃないですかとか、たとえば横の加藤の方がとか、言い出す者もひとりもいない。

 

加藤もやはり口を利かない。何を考えているかすら、横顔を見ても窺い知れない。ただ投影されている冥王星の白夜の圏の立体図を見ているだけだ。

 

みんな知ってて言うに言えないということなのか――そう思った。ここにいるのは(しのぎ)を削る競争に勝ち抜いてきたエリート集団。だから競い合わない者の気持ちを理解することがない。なんで誰もが百メートルを十秒切って走らなければならないのか、そんなの疲れるだけじゃないかと言う人間は負け犬なのだ。為せば成る、為さねば成らぬ何事もだ。そういう価値観で来てるから、こんなときに水差すようなことが言えない。

 

おれがタイタンで変に働いてみせちゃったというのも引っかかってるのだろうかと古代は思った。だから余計に言うに言えない。このコダイにそもそも〈ヤマト〉に乗る資格があるのかなんてことは……思っていても口に出せぬのだ。それどころか、次には考え始め出してる。失敗したらこいつのせいだ。そういうことにしてしまおうと。

 

冥王星で敗ければ人類滅亡確定。今度ばかりはどうしようもない。だったらそれは、このコダイススムというやつのせいだということにしよう。他のクルーはみんなよくやりました。務めをちゃんと果たしたんです。けれどもこのコダイっていうボンクラが、隊長としてダメだったんです。地球の皆さん、ボク達をどうか恨まないでください。

 

恨むのなら古代進、コダイススムを恨んでください……なんて言っても地球に届くはずないのに、今から言い訳してるんじゃないのか。たとえ結果が悪くても自分のキャリアに傷が付かねばいいという――エリートなんてどこかそういう考えが身に染み付いているものなんじゃないのか。

 

競争に暮れるあまりにかえって保身にかまけるようになっていき、ついにそれが本能となる。そうして責任を取ることのない責任者が出来上がる。うまくいったら自分の手柄、失敗したら他人のせいだ。だから、ここでこのおれを使ってダメなら人が滅ぶとわかっていても何も言えない。言うのが怖い。それじゃあキミの意見を汲んで人選を替えようなんて話になって、その代わりしくじったらお前のせいだぞ、お前のせいで十億人が死ぬんだぞということになったら、そんなの――。

 

とても堪えられない。イヤだと誰でも思うだろう。そんなことになるのだけは絶対にイヤだと。こんな船に乗り組んで、人類の運命背負って戦う覚悟を固めていても、さすがにそこまでの荷は負いたくない。だからいちばんのババ(ふだ)は、どうせ元から疫病神のコダイススムに押し付けちゃおう、とそう思う。だからここで余計な意見具申をする人間は誰もいない――。

 

人類が滅ぶとしたらおれのせいか――古代は気が遠くなりそうだった。高い塔から向こうの塔へ張り渡した綱の上を歩けと命じられた気分だ。下には奈落が広がっていて、地球に残る十億の民が、おれを見上げて固唾(かたず)を呑んでる。しかし〈ヤマト〉の他のクルーは、柵の向こうでおれを眺めて落っこちるのを待っているのだ。

 

が、ひとり、

 

「必ずやり遂げてください。そうとしか言えません」

 

新見が言った。戦術科の長としての言葉なのは古代にもわかった。おれがダメなら全員が死ぬ。地球人類が死ぬのはもちろん、〈ヤマト〉の乗組員も皆。それに新見自身もまた……それもわかっているのだろう。これはそういう戦いなのだ。覚悟のうえであなたに賭ける。そう言われている気がした。他になんとも言いようがなく、まさしくそう言うしかないからだとしても……だからおれには無理ですなどと応えられる状況じゃない。

 

「はい」

 

と古代は言うしかなかった。そう言うだけで体じゅうの血が引いて、ぶっ倒れそうな思いだった。

 

「航空隊が基地を探す間、〈ヤマト〉は白夜圏の外で待ちます」と新見は続けて言った。「しかし当然、敵も黙ってはいないでしょう。必ず〈ヤマト〉を沈めようとかかってきます。そのために多くを逃がして我々を待ち受ける手を取ったのですから」

 

敵は〈ヤマト〉を『来るなら来い』と誘っている。そのためにわざと防備を手薄にしたとの話は、古代もすでに聞いていた。この挑戦は受けるしかない。どちらにとってもこれは決戦なのだから、と――〈ヤマト〉を止めようとするならば敵もリスクを冒さねばならない。まあそういうものと言うのはわかるが……。

 

「敵にとって、冥王星の基地はもはや犠牲にしてもよいものになったと見るべきです」新見は言う。「今から遊星を止めたところで、地下都市の水の汚染は止まりません。これで〈ヤマト〉が沈んだら、人類滅亡は完全に確定する。ですからもうガミラスにとって、基地はどうしても必要なものではなくなっているのです。航空隊の核攻撃阻止は二の次。あくまで〈ヤマト〉を沈めることを第一に狙ってくるでしょう。おそらく大型艦数隻で〈ヤマト〉を囲もうとすると考えられます」

 

〈ヤマト〉が沈めば、たとえおれがうまくやってもすべてご破算というわけだ――古代は思った。かえって少し気が楽というのも妙な話だが、心境としてはそうだった。敵が待つのがおれじゃなく船の方だというだけで負担が軽くなる気がする。作戦が成功する見込みは、さらに低まっていると言うのに。

 

「〈ヤマト〉は十のガミラス艦と戦えるように造られたとされますが、同サイズの大型艦が相手となれば、一度に対せるのは三隻が限度というところでしょう。敵もそう見込んでいて、五隻六隻で囲み込もうとするはずです。まともにやったらやはり〈ヤマト〉は勝てません。主砲とエンジンが焼き付いたらおしまいとわかっているわけですから、できる限り過熱を抑える戦い方が必要です。火力と速度に任せて敵を打ち負かすのでなく、航空隊が任務を果たすまで船を持ちこたえさせるのを第一の旨とする。何よりこれができるかどうかに、作戦の成否が懸かっていると言えます」

 

つまりは、操舵士の島がどれだけうまく船を操れるかどうか――そういうことだなと古代は思った。島を見る。新見の話を堅い表情で聞いている。おれと同じか、ひょっとするとおれより重い荷を負わされた男の顔だと思った。とは言っても、結局おれに全部懸かってしまってるのかもしれないが。

 

〈ヤマト〉と島が耐え(しの)げる間におれが、基地を見つけて攻撃掛けなければならない。そういう話でもあるのだから……島もこちらを見返してくる。頼むぞ、という表情に、古代は頷いてみせた。おれとお前のどちらがダメでも人類は滅ぶ。そういうことだ。頼むから頑張ってくれ――そんなふうに眼で告げてくるその相手が、かつての候補生仲間の島であると言うだけが、この状況で救いだと感じた。てんで知らない人間とどうして命を預け合えるか。

 

「それから、もうひとつ懸念があります」新見は言う。「敵は必ず、地球の戦艦が来るのに備えて、対艦ビーム砲台をどこかに持っているはずです」

 

島が言う。「ビーム砲台?」

 

「はい。おそらくそれこそが、敵が〈ヤマト〉に決戦を挑んでくる理由でしょう。宇宙軍艦を沈めるのに最も有効な兵器は対艦ビームです。〈スタンレー〉には必ず強力な砲台がある。それで〈ヤマト〉を貫けるという自信があるから我々を呼べる。ですからこれが、〈ヤマト〉に対し敵が仕掛ける最大の罠となるでしょう。勝つためにはどのようにして敵がこの〈ヤマト〉を狙うか見極めねばなりません」


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