ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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訓示

「〈ヤマト〉全乗組員に告げる。わしは艦長の沖田である」

 

沖田はマイクを手にして言った。第一艦橋の艦長席だ。艦橋クルーもみな手を止めて自分の方を向いている。

 

「明日、我々は冥王星での戦いに臨む。これは無謀な賭けかもしれん」

 

沖田は言った。ここまでは、一年前に〈きりしま〉でした訓示と同じだった。無謀な賭け――まさにそうだ。あれは特攻作戦だった。死ぬとわかっている戦いに、多くの若者を行かせてしまった。けれども皆が、笑って行くと言って逝った。冥王星、あそこで死ねれば本望ですと言い残して。

 

あのとき自分は若者達を送り出し自分だけは逃げて帰る役を(にな)わされていた。〈きりしま〉はそういう船だった。なのに、知ってて、わしは乗らねばならなかった。古代守よ、と沖田は思った。わしはあのとき、お前と代わってやりたかった。最後に残ったお前だけでも、生き延びさせてやりたかった。どうしてあのとき、ついてきてくれなかったのだ。

 

この船にはお前の弟が乗っている。わしはあいつにお前と同じ役を与えて送り出さなければならぬ。あいつは何も言わなかった。わしがすまんと言ってもハイと応えるだけで、艦長室を出て行った。

 

古代守よ。わしはお前の弟に、いっそ詰問されたかった。どうして兄を連れて帰ってくれなかった、自分だけが生き延びて恥ずかしいと思わないのか、そうなじられてしまいたかった。思えばあのタイタンの後、あいつを部屋に呼んだのは、それを期待してかもしれない。あいつの方は命令違反の(とが)めを受けると思っていただけのようだが。

 

「まずは諸君に、すまないと言わねばならん」沖田は言った。「いま戦わねばならんのは、わしがそう仕組んだからだ。〈ヤマト〉は戦う船ではない。交戦は極力避けねばならん。ましてこちらから仕掛けるなどは、本来あってはならんことだ。諸君の中には、〈スタンレー〉は迂回してイスカンダルへ急ぐべきと考えていた者も多いだろう。〈ヤマト〉が沈めば、人類は終わる。その事実を考えたなら、危険を冒すわけにはいかん。まさにその通りなのだ」

 

操舵席の島を見た。この艦橋で誰よりも迂回を主張していた人員。特に彼の部下の多くは、同じ考えでいたはずだった。

 

しかし、わしは最初から〈スタンレー〉をやる気でいた。常にそれを念頭に入れて事を運んできたのだ。だから、すまん。そう思った。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに地球では十万の子が白血病に侵される。だから旅を急がなければと思う者らの心情を踏みにじらねばならなかった。

 

「みな地球に家族や友がいるだろう。妻や夫や子を残してきた者さえいるだろう。さらには、家に犬や猫を……『お前の命を救うためにも行くんだからな』と頭を撫でてきたかもしれん。愛する者が地球の地下で放射能の混じった水を飲んでいる。一日も早くそれをなんとかせねばと思う気持ちはわしも同じである」

 

もっとも、わしには愛する者など地球にもういないがな――沖田は思った。ともあれこの船に、ただ日程だからという理由で先を急ごうなどと言うタワケはひとりたりともいまい。南雲のやつもいなくなってくれてよかった。あいつが生きて乗っていたら、どこかで始末せねばならなかっただろうが。

 

しかしそのときは、真田を代わりの副長にしようとしてもうまくいかなかったろう。なんとか出航直前にうまくおっぽり出せないものかと考えていたのだが、あればかりは手間がはぶけた。

 

真田には〈スタンレー〉にある罠を破ってもらわなければならん。何よりもそのために副官にしたのだ。科学者であると同時に科学を憎み、科学に復讐しようとするかのように生きる男――〈魔女〉に勝つには、どうしても、あの男が必要と踏んだ。

 

「だが、人類は今日滅んだ。それもわしが〈滅亡の日〉を早めたからだ。もう急いでも、諸君らの愛する者は救けられない」沖田は言った。「憎まれても仕方あるまい。しかしこれは、必要なことだったのだ。人には元々、一年などという時間は残されていなかった。冥王星を迂回して〈ヤマト〉が太陽系を出れば、結局その日が〈滅亡の日〉となっていた。今の地球を見ればそれがわかってくれると思う」

 

若者達が自分を見て頷いていた。島に南部に太田、森、相原、新見……真田だけでない。〈スタンレー〉の敵を打ち破るには、この者らの力が必要だ。そして徳川も――今は機関室にいて、老骨にムチ打ちながらエンジンの整備に取り組んでいるのだろうが。

 

艦橋クルーに限らない。この(いくさ)に勝つためには、乗組員全員が力を合わせなければいけない。今は誰もが、船の各所で自分の言葉に頷いていてくれるのを沖田は願うしかなかった。

 

この訓示で彼らの心を奮い立たせなければいけない。沖田は言った。

 

「地球の人々は絶望している。光を見失っている。ゆえに(みずか)ら滅び去ろうとしてしまっている。これでは、〈ヤマト〉がどう急いでも救うことはできはしない。しかしだ、諸君。終わりではない。まだ終わってはいないのだ」

 

〈メ号作戦〉が失敗したとき、人々は言った。これで人類は終わりだと……〈きりしま〉の艦内でも誰もが首をうなだれていた。沖田はひとり、わしは決して絶望しない、たとえ最後のひとりになったとしても決して絶望はしないと胸に唱え続けた。人は絶望したとき敗ける。それが沖田の信念だった。

 

命ある限りわしは戦う。とは言え、やはりひとりでは勝てん。悪魔に復讐するためには、ひとりの力ではどうにもならん。

 

「人はまだ死んではいない。ただ絶望しているだけだ。希望を与えさえすれば死の淵から甦る。諸君、わしは、事のすべてがこうなることを知っていた。〈スタンレー〉で戦う道を選んだのは、これが人類を再生させる唯一の策であったからだ。いま諸君にお願いする。わしに力を貸してほしい。人々に希望の光を届けるには、諸君の助けが必要なのだ」

 

そうだ。結局は人の力だ。戦いで勝ちを決する最も重要なものは武器ではない。波動砲など、仮に使える武器だとしても、人類を救う役には立たないだろう――沖田はそう考えていた。ドカンと一発、冥王星を吹き飛ばして太陽系を出て行けば、なるほど危機は去るだろう。けれどもそれで地球の人々は希望を持つか。『我々は悪魔の力を持ってしまった』などというたわごとが幅を利かすだけではないのか。現に今の地下都市では、そのように叫ぶ者達の手で女子供が殺されているのだ。狂人どもは〈ヤマト〉が戻ってくるまでに、我が子を含めたすべての子供を殺そうとするに違いない。

 

恐怖に支配されたとき、人はそうした歴史を繰り返してきた。波動砲で人々に希望を与えることはできない。超兵器に頼る心を希望とは呼ばない。人を救うのは人の力だ。恐怖を制するものは勇気だ。

 

人間だけが人に勇気を与えられる。希望の光はそこからしか生まれないのだ。沖田は言った。

 

「思えば、長い一日だった……今日のこの日のことではない。この七年の歳月のことだ。ガミラスは冥王星の白夜に巣食い、陽の光を一秒も切れることなく浴び続けてきた。対して、地球人類は、地下の穴蔵に押し込まれ陽を見ることができずにいた。この七年の間ずっと……諸君、我らで、この〈一日〉を終わらせよう。七年間の〈夜〉と〈昼〉を逆転させる。冥王星を落日(らくじつ)させ、地球の夜を明けさせるのだ」

 

七年の〈夜〉――ガミラスとの戦争が始まってから八年になるが、三浦半島に遊星が落ちた日を〈夜の始まり〉として七年。それが人が地下都市に閉じ込められてきた歳月だ。しかし、明日だ。ついにこのときが来た。沖田は胸が疼くのを感じた。長い宇宙での戦いは沖田の体を蝕んでいた。頼む。明日だ。わしはこの〈七年の長い一日〉を、明日のために生きてきたのだ。この体はもう長くはもたないだろう。この旅はわしの命を奪うかもしれん。だがそれでも構わない。明日(あす)一日(いちにち)の間だけ、この艦橋にわしを立たせてくれるなら、残りの命をいくら削ろうと後悔はしない。だから頼む。もう少しだけ待ってくれと沖田は胸のうちで叫んだ。わしは地球が救われるのを見届けない限りは死ねん。それでは多くの若者の死が無駄になってしまうのだ。

 

わしはあの世に届けなければならないのだ。勝った。わしは勝ってきたぞ。この勝利は我々みんなのものだという言葉を持ってゆかねばならん。そうでなければわしの身代わりに死んだ者達に会うことはできん。

 

そして、お前達にもだ――沖田は亡き妻と息子に想いを馳せた。すまんな。この〈長い一日〉を終わらせなければ、わしはお前達のところに()けん。だからそれまで待っていてくれ。

 

沖田は言った。「以上だ。諸君。共に戦えることを誇りに思う」

 

艦橋クルーが立ち上がり、沖田を向いて胸に手を当てる敬礼をした。沖田はひとりひとりを見返し敬礼を返した。

 

さて……と思う。これでもう、自分としては戦いの前にやるべきことはすべてやった。後はもう、艦長室でその時間まで休むだけだ。気がかりがひとつあるとすれば古代だが……。

 

あの守の弟は隊をまとめて飛べるようになったのか。ついさっき見たようすでは、まだてんで決死隊を率いる男の顔になっていなかったが……。

 

作戦決行まであと数時間。しかし、ここで気を揉んでどうなるというものでもなかろう。古代自身に自分でなんとかさせるしかない。沖田は真田に、時間まで休むと告げてゴンドラに乗った。


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