ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

164 / 387
不信

『以上だ。諸君。共に戦えることを誇りに思う』

 

スピーカーの音声がそう告げて()む。だが通路にはその余韻が消えず残っているようだった。古代はまるで寺の鐘に身を揺すぶられる気分だった。古代の近くで古代と同じに立ち止まり沖田の声に耳を傾けていた者達が、拳を握って頷き合っている。多くは緑や黄色コードの航海要員に生活要員だ。しかし今は赤や青のクルーを支えるべく忙しく働いているらしい。

 

彼らはみな、自分達の艦長の言葉に心を奮わせているのだとわかる。けれど、古代の頭を駆け巡る思いはまったく違っていた。いま聞こえたあの声が〈メ号作戦〉の提督の声? 最後に兄貴が聞いた声? いま最後になんて言った? 共に戦えることを誇りに思う。そう言ったのか。よくもそんな――。

 

何を言うんだ。おれの兄貴を死なせておいて、自分だけが生きてるくせに――そんな思いに身が震えていたのだった。いま自分のまわりにいる者達を見る。兄だけじゃない。〈ゆきかぜ〉にはいまこの船にいるように多くのクルーが乗ってたろうに――そして旗艦の〈きりしま〉にもだ。だが〈ゆきかぜ〉に乗る者は死に、〈きりしま〉の乗員は助かった。沖田が戻り兄貴が敵に突っ込んだから――あの白ヒゲはそれをなんとも思ってないのか? だから今ああやっていい気なことが言えるのか?

 

いや――と思う。おれ自身が今日の今日まで〈メ号作戦〉の最後の二隻の話を聞いてもなんとも感じずに、むしろそういうもんだろうと思ってさえいたけれども、しかしまさか。最後に敵に突っ込んでいったミサイル艦の艦長が兄貴?

 

タイタンで見た〈ゆきかぜ〉。あれがそうだったとは。〈メ号作戦〉の最後の二隻――その話をこの一年間、人があれこれどうのこうのと言い合ってたのは知っている。だが古代は議論に加わることなしにずっと横目に通り過ぎてた。〈がんもどき〉の操縦席まで押しかけてくる者はなく、アナライザーに『ドウニカシタイト思ワナイノカ』と言われるたびに『ここでお前とタラレバを話してどうなるもんじゃない』と返してそれで済ませていた。

 

そうだ。おれがタラレバを言ったところで始まらない――ずっとそういう考えでいた。地球はおれの兄貴みたいな立派な人間が護ればいい。〈メ号作戦〉の失敗で人類存続は絶望的。そうと聞いてもああおれも行って戦って死にたかったなんてまったく思わなかった。むしろそんなことを言う者達をバカだとさえ思って見ていた。

 

この一年間、火星へ行けば徹底抗戦を唱える者らが、生きて戻った提督を臆病者と呼ぶ声がした。なぜあいつも行かなかった。旗艦の火力を(もっ)てすれば、最後のミサイル突撃艦を護り抜けたかもしれんだろうに。それをどうしてオメオメと、と。

 

だが弁護の声もした。たとえ作戦に失敗しても一隻は戦闘で得たデータを持って帰還せよとの計画だったと言うではないか。旗艦はその任を負っていたのだ。提督はむしろ責任を果たしたのだ、と。冥王星には必ず罠が張られていて、二隻ばかりで行ったところで基地を叩けたとは考えられぬ。あれは撤退で正しかった――。

 

何をバカな、と抗戦派。それならそれで、どうしてミサイル艦だけ行かす。データを持って戻るがための退却ならば、その最後の僚艦は護衛にするのがスジだろうが。なのに提督はそいつを行かせた。千にひとつであろうと敵の基地を叩き潰せる見込みがあればそれに賭けよと言ったのだろうが。だが戦艦が共に行けば、その確率を百分の一か、十分の一に高められたかもしれんのだぞ。

 

だから旗艦はミサイル艦と共に突撃するべきであったと言っているのだ! 徹底抗戦を叫ぶ者らはこの一年間そう言ってきた。〈メ号作戦〉、あれだけが最後の望みだったのだぞ。あの作戦に敗れた日こそが我ら人類の滅亡の日なのだ。女が子を産めなくなるまで一年ある二年あるなどという話に意味はない。

 

もう人類は滅んでしまった。あの提督が敗けたからだ。なのにオメオメと戻りおって……データを持って戻ったからなんだと言うのだ。それが役に立つほどのものか。その状況で旗艦がすべきは最後まで(とも)を護って一隻でも敵を道連れにすることだった! なのにひとり戻った来た提督は腹を切るべきなのだ!

 

火星では〈火星人〉達がそう吠えていた。古代は基地で人の話に適当に相槌を打ちながら、しかしたった二隻で行ってもどうせ基地を落とせはしなかったろう、提督を責めたところで仕方あるまいと考えていた。〈火星人〉らは現実から眼を(そむ)けているのだと。だが――とも思う。最後に残った二隻のうち、ミサイル艦だけ突撃し、旗艦だけが戻ってくる。その点には確かに妙な印象も持った。

 

普通に考えたならそのとき、選択はふたつのうちひとつのはずだ。二隻で行くか二隻で戻るか。ミサイル艦を旗艦が護れば勝てる率も少しは上がる。戻る場合はミサイル艦が逆に旗艦を護る形で、やはり生還の見込みが増す。いくら火力に差があっても、逃げる旗艦を敵が追う気になっていれば途中で殺られていたはずなのだ。

 

なのにどうやら、旗艦一隻引き返してミサイル艦だけ進んでいったものらしい。それは変だ。確かにおかしい。そんな話は理屈に合わない。この点を人はあれこれ言い合って、なぜそうなったと提督に問う。だが提督は、『戦場は物事が思い通りに行く場ではない』と言うばかり。散った最後の僚艦については、『あれは立派な最期だった』の一言(ひとこと)だとか。

 

この態度を『無責任だ』と人は言う。そんな言葉で納得できるか。作戦前には〈メ号作戦〉こそが最後の望みの綱で、だから必ず勝って戻ると言いながら……そしてあれこれと憶測を飛ばす。残った最後のミサイル艦に『お前も行け』と言ったのだろう、『ワシは帰るがお前行け』と……いやいやどうかな、ミサイル艦は実は敵に投降していて、その艦長は生きて宇宙人の女とよろしくやっていたりして……あるいは、特務艦長にそんな()抜けがいるわけがない、きっと彼は退()く提督を助けるために(みずか)ら盾となったのだ、とか……。

 

そんな談義をこの一年間、古代はずっと聞かされていた。けれどもずっと聞き流してもいたのだった。どれもがみんなバカバカしくてまともに聞く気がしなかった。

 

そして思った。冥王星には必ず罠があると見て旗艦は引き返すけど、僚艦には特攻を命じる――事実がもしそうだったなら愚かとしか言いようがないが、戦場なんて確かに事がそんなふうに運んでしまうものかもしれない、と。たとえガミラスを倒せたとしても、放射能の問題は残る。勝ったところで最後のひとりが死ぬまでの日を伸ばすだけのことならば、なんの意味があると言うのか。言ったところでしょうがない話をしてもしょうがない。

 

そんなのはすべて不毛な議論だと。そう思っていた。これまでは――しかしその最後の船が〈ゆきかぜ〉で、兄を死なせた男の船に自分が乗ったのだと知ると。

 

どういうことだよ。そう思わずにいられなかった。あの白ヒゲが〈メ号作戦〉の提督だと? 罠があるから無理と考え引き返したと言った男が、今度はどんな罠があろうと無理を押して敵に向かうだと?

 

おれの兄貴を死なせておいて――そう思わずにいられなかった。そのときに兄を連れて帰ったのならまだ話はわかるだろうが、自分だけ逃げた男が何を言うんだ。そんな男がなぜ責任を取らぬままあんなてっぺんの部屋にいて、いい気なことを言ってるんだ。

 

そう思わずにいられなかった。沖田艦長。あれは、ほんとに、一体どういうつもりでいるんだ。おれの兄貴を死なせた場所に、今度はおれに行けと言う――おれの一家一族になんか恨みでもあるわけか?

 

そうだ。やっぱり、そのときも、兄さんだけを無理に進ませたんじゃないのか。自分は逃げるがお前は行けと――今度はおれに、敵の基地を潰さぬ限り船に戻るのは許さぬと言って、しかし見捨てて行く気じゃないのか。

 

この作戦がダメならば〈ヤマト〉は一度地球に戻り、エリートが逃げる船としてマゼランと逆の方向に行くらしい。実はほんとは最初からそのつもりでいるんじゃないのか。

 

そう思わずにいられなかった。だが今、船はいたるところ、沖田の言葉に沸いてるらしい。奮い立つ雄叫び声がワンワンと壁を響かせて聞こえてくる。

 

いま近くにいる者達も、みな戦いに臨む思いを新たにしているようだった。当然だ。この〈ヤマト〉の乗組員、全員がパトリオットに違いなかった。地球を救うためならば、オレの命など惜しくはない――赤青緑にカーキやグレーの別もなく、そう本気で考えているに違いないのだ。〈スタンレー〉で戦って死んだとしても望むところ――これまで迂回を唱えてきた者達でさえそうであり、船を護るためならば平気で盾になれるのだ。

 

沖田のために命を捨ててしまえるのだ。そんな、と思った。冗談じゃない。おれはとてもそんなふうには――。

 

考えられない。そう思った。沖田艦長、おれにはとても、あんたならば地球を救ってくれると信じてこの身を敵に突っ込ませるなんてことはできない。そもそもあんたを信じる気がまったくしない。

 

兄さん、と思う。けれど兄さんはそうしたのか? あの白ヒゲを信じたのか? あなたのためにむしろすすんで盾になりますなどと笑って狂った命令に従ったのか? そうして兄さんの下にいた〈ゆきかぜ〉乗組員達もみな無駄死にさせられた?

 

変だと思わなかったのか、兄さん――古代は思った。気づくと自分のまわりだけ、〈ヤマト〉のクルーがみな黙ってしまっていた。妙な顔して黒スーツの自分を見ている。

 

死神でも見るような眼――不意に気づいた。全員が、兄貴のことを知っている。いや、今まで知らずにいたのはおれだけなのだ。

 

タイタンでの戦いの後、おれが〈ゆきかぜ〉艦長の弟なのだということは、クルーの間にたちまち噂が広まったに違いない。いつか、第一艦橋で言われた言葉を思い出した。君の兄のことはワタシからも悔やみを言わせてもらう――あのとき、真田という男は、おれに向かってそう言った。おれは『最後の二隻』の話にあまり関心がなかったから、ただの儀礼とばかり思っていたけれど。

 

だが、違うのだ。今、誰もがその件で悔やみごとでも言いたそうにおれを見ていやがるのだ。おれでなく、おれの後ろにおれの兄貴が立っていないかと窺うような眼でもって。

 

みな沖田がおれの兄貴を死なせたことを知っている。そこに不審を抱いてもいるが、だがそれなりのわけがあったのだろうとも考えているに違いない。誰もがそういう顔をしているように見えた。

 

なんと言っても、今の沖田は〈スタンレー〉の敵を追い払った男だ。だからこれからそこでの戦いに臨めるのだ。今の訓示は素晴らしかったとたぶん誰もが思っている。あの艦長なら信じられる。皆がそう考えている。沖田なら必ず奇跡を起こすはずと――。

 

そしておれは、沖田が選んだ男なのだ。そして〈ゆきかぜ〉艦長の弟だと言うではないか。だからきっと、敵地ではその英霊の魂がこいつの体に乗り移り、勝利を掴み取ってくれるのではないか、とか――。

 

まさか、とは思いつつ、そんなことを期待し始めたような顔。未だにおれを指揮官としてどうなのかと疑う思いも半々の視線が刺さるように感じる。

 

足が震える。古代は身から血が引いて、どこかに消えてなくなってしまったような感覚を覚えた。これがこの〈ヤマト〉という綱渡り船で、航空隊長の責を持つ者が立たされるロープなのだと今更のように気づかされた。そんな、と思う。やめてくれ。みんなおれを見ないでくれ。おれは兄貴と違うのだから。あの艦長を信じてなどいないのだから。

 

無理だ。おれには無理なんだ。おれは鬼神なんかじゃない。隊を率いて敵と闘うなんてことができるような人間じゃない。そんなの見てわかるだろう――そう思った。だがそんな言葉を口から声にして出せるようなはずもない。古代は皆を見返してその場に立ち尽くすだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。