ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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ゴルディオンの結び目

そうか、と藤堂は地球の防衛軍本部地下司令部の自室でひとり考えていた。前にしているコンピュータのディスプレイには、冥王星から続々と逃げ出す敵のようすが映し出されている。情報部から、『ガミラスは〈ヤマト〉の波動砲を恐れて避難しているに違いない』との分析も上がってきている。それを見れば、いま沖田が何をしようとしているのか(おの)ずとわかることだった。

 

そうか沖田、お前は行くのだなと藤堂は考えていた。〈ヤマト〉で敵と闘おうと言うのだな。波動砲を使わずに、命を懸けて〈赤道の壁〉に挑む気でいるのだな。

 

沖田よ、なら信じよう。お前なら、必ず〈ジャヤ〉を越えるものと――お前がその名で呼んだ敵を打ち倒してくれるものと。

 

一年前に『あれは〈魔女〉だ』と沖田は言った。ハート型の白い(おもて)に自分は笑う魔女を見たと……しかしそこへ行くのだろう。最初から、そのつもりですべてを計画していたのだろう。ならば、わたしにできるのは、もうお前を信じるだけだ。

 

そう思った。しかしまだ、気がかりに思うことがあった。〈ヤマト〉発進直前に、〈アルファー・ワン〉の坂井が死んでいると言う。にもかかわらず、できるはずの代わりの手配を沖田は求めもしなかった。

 

それは奇妙だ。()せないと思った。沖田は〈ゼロ〉に乗る者の人選に強くこだわっていたのだから。坂井と決めたときにも決して満足してなさそうだった。

 

そうだ。あのとき、聞いてみたなと藤堂は記憶を思い起こしてみた。『坂井では不満なのか』と問うたのだった。すると沖田は応えて言った。

 

「いえ、そういうわけでは……これが最高のパイロットなのはわかります」

 

「妙な言い方だな。今更わたしと君の間でそんな口を利かんでよかろう。腹を割ってなんでも言え」

 

「ふむ……しかし、これは望んでどうなると言うものでは……」

 

煮え切らない態度だった。沖田には珍しいことだった。藤堂は言った。

 

「最高でないパイロットが欲しいのか?」

 

「あえて言えばそうです。だが、〈二番目〉や〈三番目〉がいいのでもない」

 

「ほう。では何番目がいいのだ」

 

「だから、そういう問題ではないのですよ。やはりこの坂井を選ぶべきなのでしょう。今から〈ゼロ〉に乗れる者を他に探しようもない」

 

「それはそうだが」

 

と藤堂は言った。〈コスモゼロ〉に乗るための機種転換訓練を終えたパイロット全員の中から坂井と決まったものに、今から別の人間を訓練しろと言うわけにいかぬ。〈ヤマト〉はすでに建造を終え、サーシャの到着を待つばかりとなっていた。

 

サーシャか。このとき、自分は別の心配をしていたなと藤堂は記憶を振り返り考えた。〈彼女〉は果たして本当に〈コア〉を持って戻って来てくれるのか……何よりそれに気を揉んで狂いそうですらあった。約束など反故(ほご)にして戻って来ないのではないか、と、その考えで一杯だった。

 

サーシャか。あれは聖母とも魔女ともつかぬ〈女〉だった。まるでおとぎ話の中の、池から現れ木樵(きこり)に問う女神のような女だった。斧を失くして絶望する木樵に対し、『アナタが池に落としたのはこの金の斧か、それともこの銀の斧か』と言う、例のあれ。『いいえワタシが落としたのは鉄の斧です』と応えなければいけないのに、我々は『そうです! その金の斧です! それから銀の斧もです!』と言ってしまったのではないか。だからあの女はもう人を救ってなどくれない。二年経って人がもう子供を産めなくなった頃になって戻ってきて、『愚か者め。お前らに何もくれてなどやるものか。そのまま滅んでしまえばよい』と言っておしまいなのではないか……。

 

そう思えてならなかった。そうだ。我らは鉄の斧をサーシャに求めるべきだった。たとえ錆びた古斧であろうとそれが生きるのに必要なのです。そう言わねばならなかった。なのに欲に目がくらんで間違った答をしてしまった。人が愚かであるがために……。

 

そう思えてならなかった。しかしまさか、コスモクリーナー。遠くマゼラン星雲にまで取りに行かねばならないなどと――そんな話と知っていたなら、別の選択もあっただろうに……。

 

いやどうだろう。やはり『金銀の斧だ』と叫ぶ者らを止められなかったかもしれない。そしてサーシャは、それを察していたようだった。だから我らを試したと言った。わたしは決して、あなたがたを救いに来たのではありません。地球人類が救うに(あたい)するかどうか試しに来たのです――そう言って、求めるものをすぐには提供できぬと続けた。与える〈コア〉はただ一個のみ。それを納める炉の完成を自分が見届けて半年後だ、と。

 

そんな話だと知るならば、さすがに誰もあんな愚かな選択をしなかっただろう。だが、元々、気づいていいはずのことだったのだ。データベースから〈イスカンダル〉の語を抜き出し、自分の星を指すコードネームにはこれを使おうなどとサーシャが言い出したときに。〈イスカンダル〉――その名を付けた人物がサーシャ自身であると知るのは、〈ヤマト計画〉の関係者でもトップのほんのひと握りだけだ。〈あの選択〉に関わる者だけ。我らが池に落としたのは金と銀の斧であるとサーシャに言ってしまった者だけ。

 

〈イスカンダル〉。古代インド語で〈西の世界からこの天竺へ遠くはるばるやって来た者〉アレキサンダーを指す言葉。あなたがたはその〈ヤマト〉という船で、〈宇宙の天竺〉を目指さなければなりません。あなたがたの計画にふさわしい呼び名でしょう。これが〈X星〉などでは、なんのことかわからないでしょうから……サーシャはそう言い、(あざけ)るような笑みを浮かべた。〈天竺への旅〉を意味する符牒として使うにはむしろ不吉なその呼び名に、我らは異を唱えることができなかった。

 

そしてサーシャは、その星はマゼラン星雲にあると言った。ゆえに〈ヤマト〉は往復二十九万六千光年の旅をしなければなりません。

 

二十九万六千! 待ってください。なぜそんな――言った自分らにサーシャは応えた。何が問題なのですか? 〈ヤマト〉は一度に千光年、一日二回の割でワープができるようになるはずです。ですからロスが最小限で済むならば、この地球まで半年で行って戻ってくることができます。これは一度に一光年のワープができる船に乗って148光年彼方(かなた)の星へ行くのと同じでしょう。実際にはまず少なく見積もっても九ヶ月は要するものと思われますが、それでも滅亡を免れるには充分のはず――。

 

そのとき我々は手をついてサーシャに謝るべきだったのだ。金の斧など要りません。落としたのは鉄の斧ですと泣いて慈悲を乞うべきだった。だがあくまでそうせずに、聞いているのはそんなことではないと言った。一体あなたはどうしてそんな遠くから地球の危機を知ったのです。〈イスカンダル〉がここから数十光年の距離ならば、あなたがここでの戦争を知っても特に不思議はない。だがマゼランにいて知るのは――それは、百億人が生きる地球のたったひとつの殺人を月のかぐや姫が知るのとまるで同じではないか。一体どうして地球を知ってそして救けると言うのですか。

 

それに、あなたはガミラスがなんであるのか知っているはずだ。しかし地球の我々に教えることはできぬと言う。だが、あなたがマゼランから来たのであれば敵もまたマゼランにあることになりませんか? これはまるで、『子を返してほしければ指定の場所にひとりで来い』と脅す誘拐犯のようだ。この話には何か裏があるとしか……。

 

そんなことをサーシャに向かい言い立てた。しかし〈彼女〉は問いには応えず、『だからわたしはあなたがたを試していると言ったでしょう』と言うのみだった。どうなのです。落としたのは、本当に金と銀の斧なのですか?

 

あれは魔女だと藤堂は思った。しかし、鉄の斧だと言えば、聖母の顔を見せてくれたのかもしれない。そうしなければならないとわかっていながら、なぜあんな……だが結局、我々が出した結論はこうだった。サーシャがたとえ魔女であっても構わない。マゼランへ行く切符を受け取ろう。一時的な死を免れても意味はない。掴むべきは我ら地球人類の永久的存続なのだから――。

 

なんと愚かな……藤堂は思った。我らは誤った選択をした。『半年で戻る』と言ってサーシャが去って、そこで初めて〈彼女〉が約束を果たしてくれるなんの保証もないのに気づいた。あれはやはり池の女神だったのかもしれない。間違った答をする木樵には何もくれない存在なのかもしれない。おとぎ話の女神よりはるかにタチの悪いことに、『そうですかではこの鉄斧は捨てちゃってこちらの金と銀の斧を包んできてあげますから待っていてくださいネ』と言ってそれきりであるのかも……そんな話である可能性に気づいたのだ。

 

だからこの半年間、まるで体をネジにでもされたかのようだった。身をギリギリと(ねじ)られるような苦しみの中で、どうかどうかと祈る思いでサーシャを待ち続けてきたのだ。

 

沖田はその詳細を知らない。自分もまた沖田に話すのを禁じられている。だが、何も聞かずとも、沖田はおよそのところは察しているようだった。

 

「〈イスカンダル〉か」と沖田は言った。「アレキサンダー……その大王が戦いに身を投じていった理由も元は、『自分の国を護るため』と言うことでした。隣の国を我がものにすると、それを護るためまた隣を攻める。そこも落とすとまた隣を攻める……かつて日本が〈大和〉でやった戦争とまるで同じ話ですね。アレキサンダーはガンジス川の前まで行った。日本人は赤道を越えてニューギニアの山脈を見た」

 

「何が言いたいのだ?」

 

「辻政信という男の話です。その男は何から何までアレキサンダーそっくりでした。『国を護るためだ』と言って〈世界〉に対して戦いを挑む。敵を倒しても満足せずにその先にいる敵に挑む。戦い方もまったく同じだ。(みずか)ら兵の先頭に立ち、槍を持っての一斉突撃。十倍の敵が矢を放って迎え撃ってこようとも、『決して(ひる)むな』と叫び立てる……戦場で傷を負うこと数知れず。アレキサンダーは32歳の若さで死に、辻政信は『戦場こそおれの行く場所』と言い残してベトナムに消えた。本当のところ、彼らは何を求めていたのか……」

 

「スタンレー」と藤堂は言った。「冥王星を君はそう呼んでいるな。あれは天の赤道で人を笑う魔女の星だと。最初にそう呼んだのは……」

 

「そう。あいつです。古代守だ。あの〈ゆきかぜ〉の艦長だった……あいつは、許されるのならば、自分の船に〈アルカディア〉と名を付けたいと言っていた。いつかもし、自分が〈外〉の宇宙に出て行けるとしたら、船には必ずそう名付けると言っていました」

 

「アルカディア……」

 

と藤堂は言った。アレキサンダーはギリシャ北部のマケドニアの王であり、アルカディアとはギリシャ人が想い焦がれた理想郷の名だと言う。

 

「そう、それだ。アレキサンダーも辻政信も、それを求めていたのじゃないか? 目の前の敵を倒した先に〈アルカディア〉がある。オレが皆を理想郷に連れていく。そのように叫ぶ男であったから、兵は後について行った」

 

「結果として日本はアジア諸国から恨みを買うことになりましたよ。辻は結局、自分が嫌った白人と同じことをしでかした。我らもマゼランの末裔だ。フィリピンの沖で最初のカミカゼが突っ込んだとき、フィリピン人は『いいぞいいぞ』と海に(はや)したことでしょう。『アメリカ人も日本人もどっちも死ね。それでオレ達は肉が食える』と……当時の彼らにはアメリカも、スペイン人や日本人よりちょっとはマシと言うだけだった。フィリピン人が育てた豚を横から奪い、肉だけ取って、『お前らはこれでも食っていろ』と骨を投げつける。〈1911〉を見せつけて、『こいつは昔のやつと違うぜ』と笑いながら……そんなやつらだったのだから。マッカーサーは『アイシャルリターン』と言ったという。だが彼の約束する独立は、〈準植民地〉としての独立でしかない。フィリピンの民はそれをよく知っていた……」

 

「だろうな。しかし、そうだとしても、当時の日本はやはり間違っていたと思うが」

 

「ええ。戦地に辻を送った――辻ならばマッカーサーに勝つと信じて。〈スタンレーの山越え〉は辻の独断だったと歴史は言いますが、わたしにはそれは違うように思えます。本当の独断専行者は辻の上司の服部卓四郎(はっとりたくしろう)ではないか……」

 

「ええと」と言った。「確かそのとき、服部は、辻が天皇の名を(かた)り地図も作らずの作戦を始めたと知って驚いたのではなかったか? 服部が確認の電文を打って専行が発覚したのだろう」

 

「はい。もちろんその通りですが、わたしが言うのは意味が違います。服部に『〈リ号作戦〉は実行不能』という報告を聞く気があったとは思えない。裕仁(ひろひと)がスタンレーの山越えを強く望んでいたのは事実だったのだから……最初からたとえ無理でもやらす気で辻をラバウルに送ったのじゃないでしょうか。辻ならばスタンレーの向こうにいるマッカーサーを討つと信じて……だから辻の行為をかばい、上の者を説得した」

 

「辻は服部の意を汲んで行動しただけと言うのか」

 

「そう。そして本当の責任は、服部よりさらに上の者達にある……誰でも言うことですが、ノモンハンでの辻を許さずおいたなら、シンガポールやバターンの非道はなかったのですからね。昭和の戦争の最大の責任者は天皇でしょう。昭和裕仁が初めから、『自分は神ではない』と言っていたなら、国民が〈八紘一宇(はっこういちう)〉などという考えに狂うことはなかった。アジア諸国から百年間恨まれ続ける結果は避けられたはずなのですから……日本人はあの悪人を(みずか)らの手で吊るすべきだった。だがそうせずに、最も愚かな欺瞞(ぎまん)に逃げた。天皇陛下にはなんの責任もありはしない、悪いのは〈戦争そのもの〉だ、としてしまい、日本はむしろ被害者だから他国を踏みつけにしてもよい、という論法を作り上げた。それが憲法第九条だ。嘘を本当にするために自衛隊を無くそうなどと狂った輩が吠える国になってしまった」

 

「そして今、ガミラスに降伏せよと叫ぶ者らが国を荒らしまわっている……」藤堂は言った。「まわりくどい話はよせ、沖田。何が言いたいのだ」

 

「イスカンダル」と沖田は言った。「わたしが行く星の名をそう名付けたのはサーシャ自身でしょう、長官。違いますか?」

 

「ふむ」と言った。「『応えられない』と言ったならそれが答になってしまうな」

 

「〈イスカンダル〉――おそらく、その言葉こそ、この戦争を終わらせるヒントなのに違いない。サーシャは謎を解く手がかりをくれたのですよ。これは〈ゴルディオンの結び目〉だ。案ぜずとも、〈彼女〉は必ず〈コア〉を持って戻ってきますよ。地球人類を救けるのには裏の理由があるのでしょうが、だからこそいま見捨てはしない。〈彼女〉は決して、人類を試しているわけではないと思います。『この試練をくぐり抜けてみせよ』と言っているのだと……わたしにはそう思えます」

 

「ふむ……」

 

と言った。意味は同じなようでも違う。『鉄の斧を自分で掴む道を示す』と言うことか。やはり……と思った。察しているな。この男は、わたしがしてしまったことを……わたしひとりだけの責任ではないと言え、そんなものは言い訳にならない。わたしはいま、この沖田に手をついて謝らねばいけないのだと藤堂は思った。本当はそうしなければならないのだ。『鉄の斧』と応えるべきを『金銀』と言った。〈コア〉がなければ〈ヤマト〉はまさに、折れ錆び付いて役に立つことのない鉄の斧。そうだ。わたしはこのときに、沖田をその傾いた床に立たせていたのだった。沖田はわたしがサーシャは戻って来ぬのではないかと気を揉んでいるのを知っていた。

 

「〈イスカンダル〉の名前には〈天竺〉という意味も確かにあるに違いない」沖田は言った。「だから、わしは行きますよ。古代守が行くと言った〈アルカディア〉にわしは行く……そこには地球人類が読むべき〈(きょう)〉があるのだと、そう信じるから行くのです。この旅はわたしの命を奪う旅になるかもしれない。マゼランのように途中で死ぬことになるかもしれない。だが、ともかくあの男は、世界の西と東を繋ぐ偉業は果たした。わしも人類を救わぬ限り死にはしない、絶対に……そのために、たとえ後で鬼と呼ばれることになろうと……」

 

「沖田……」

 

「太平洋では辻もマゼランも悪魔と呼ばれ、どちらも母国で嫌われ者だ。わしもすでに卑怯者と呼ばれています」沖田は言った。「味方を見捨て自分だけオメオメ逃げてきた男だと――わしは敵の基地を前にして逃げました。かつての堀井と同じように。古代が行くと言っているのにだ。わしは共に行かずに逃げた……」

 

「しかし……」

 

「ええ。サーシャには会いました。ですがそれは結果論です。あの帰り(みち)でわしはずっと、古代と共に行くべきだった、なぜそうしなかったのだと、そればかりを考えていました。わしの選択はニューギニアの戦場で堀井がした選択と同じだ。堀井は基地を前にして、闘うことなく退()いて逃げた。『命令に従う』などと言い訳をして――だが、それは違う。その男は指揮官としての裁量権を捨てたのだ。あんなところまで行きながら……どうしてそこで『もう少しだ』と意地を見せられなかったのか。ココダ山道の全滅は、最初の玉砕でありながら玉砕に数えられていない。ただオメオメと逃げながらの犬死にであるため、なかったことにされてしまった。これではそれこそ、死んだ者が浮かばれない……」

 

「昭和のスタンレー山脈越えは、そもそもすべてが誤りだったのだ。〈メ号作戦〉の君とは話が違うと思うが」

 

「ええ。しかしそれでもです。ルーズベルトが何を企んでいたものか、軍人がわからぬようでは話にならない。辻以外にひとりもサムライがいなかったのか……サーシャに会って逆にわしは考えました。あのとき死ぬべきだったのは、古代ではなくわしの方であったのだと……そうすれば、この〈ヤマト〉に乗るのはあいつになっていただろうと。古代守こそがマゼランへ行くにふさわしい男でした。これがアレキサンダーの旅なら〈ゴルディオンの結び目〉をまずは解かなければならない。だがあのとき逃げたわしに、それが果たしてできるのか……」

 

「ゴルディオン?」

 

藤堂は言った。正直に言ってこのときに沖田が何を言っているのかわからなかった。アレキサンダーと〈結び目〉の伝承ならば知っている。かの大王の遠征における〈東〉への入口の街がゴルディオン。『触れるものすべてを黄金に変えた』と言われるミダス王の(みやこ)だった。街の神殿にはミダスが納めた戦闘馬車が縄で繋ぎ止めてあり、その結び目は複雑にこんがり合わされ、ほどきようもなく見えた。

 

それが〈ゴルディオンの結び目〉だ。『縄を解きほどいた者はアジアの支配者になる』と預言がされていた。アレキサンダーはこれに挑んで見事に解いた。それは歴史の事実と言うが、しかしどう解いたのか、ふたつの異なる話が伝えられている。ある伝承では、アレキサンダーは剣を抜き、結び目を一刀のもとに断ち斬ったのであると言う。もうひとつの伝承は、留め釘をただ一本引き抜いたならスルスルとすべてがほどけ落ちたのだと述べている。いずれにしても、その夜に神は雷鳴を轟かせ、アレキサンダーの解答を認めた。〈東〉への道が開かれたのだ。

 

〈天竺〉への――沖田は言った。「アレキサンダーにとってインドは〈東〉。三蔵法師は〈西〉に旅してインドへ行った。マゼランは南の果ての海峡から〈北〉へ向かってインドを目指し、わしは〈ヤマト〉で〈南〉にある〈宇宙の天竺〉へ行かねばならない。わしは三蔵法師にはなれても、孫悟空にはなれないでしょう。この旅にはどうしても、〈主役〉になる者が要ります」

 

「それが〈ゼロ〉のパイロット、〈アルファー・ワン〉だと言うのかね? 坂井や他の誰でもダメだと?」

 

「いいえ。決してそういうわけではないのですが……ですから、それが〈ゴルディオンの結び目〉なのですよ。わしにはどうも解ける気がしない」

 

「ふむ」

 

と言った。そのときは、沖田も不安なのだろうとだけ考えた。サーシャが戻ってくれるかどうか、自分が不安でたまらないのと同じように――と、ちょうどそのときだった。懸念が最悪と思えるような意外な形で的中したのは。

 

〈サーシャの船〉が太陽系に戻ってくるには来たのだが、ガミラスに見つかり追われていると言う。付近に地球のどんな戦闘艦艇もなく、救いになど行きようがない。

 

その報せを聞いたとき、もはやすべてが終わったと思った。沖田も共に同じ話を聞いていた。が、その後だ。さらに意外と言うしかない別の報告が届いたのは。よりによって七四式軽輸送機のパイロットが、敵追撃機を全機墜としてサーシャの脱出カプセルを回収した。サーシャ自身は死んでいたが、〈コア〉は確保――。

 

「〈がんもどき〉だと?」

 

と、そのときに藤堂は言った。何をバカな。きっとどこかで情報が間違ったのに違いない。〈47〉が〈74〉にひっくり返ったとか、そんな……〈七四式〉と言えば武装もないオンボロ・グーニーバードだろうが。操縦士も機種同様に『がんもどき』と呼ばれる役立たずパイロットだ。軍人として使いものにならないが降格する理由もないため万年二尉の名ばかり士官の階級を与えて軽トラ乗りをさせておく。自分の〈隊〉はそのオンボロ一機だけ、自分の〈部下〉はポンコツロボット一体だけ――そんなやつがいきなり出会った敵を墜とす?

 

バカらしい。伝達ミスでないのなら、そいつはホラを吹いとるのだ。そう思った。大方(おおかた)、サーシャが追撃機と相討ちになり、そこにそのお調子者が居合わせたというところだろう。がんもどきが錆びた鉄斧を黄金に変えるミダスなどであるものか――と、藤堂は考えながら、沖田がそのパイロットの資料を自分に寄越せと言っているのを聞いた。コンピュータの端末機にその者の顔が表れたとき、雷にでも打たれたようになっていた。

 

まさか……と思いながら藤堂は今、あのときに沖田が見ていたデータを画面に出して眺めた。『古代進に関する資料』。その履歴は、地球人類の最後の希望を沖田の(もと)に届けたのがあの〈ゆきかぜ〉の古代守の弟であることを示している。

 

まさか……とまた思った。古代進。こいつがお前の孫悟空? 〈ゴルディオンの結び目〉 を解く者? しかし、こいつは、『がんもどき』と呼ばれる男ではないか。

 

藤堂がこの一件を思いだし、そう言えばあいつはどうなったのだと考えたのはやっとこの数日前のことだった。〈ヤマト〉発進。波動砲。火星軍部とのイザコザや内乱への対処に追われ、がんもどきパイロットのことなどすっかり忘れていたのである。そもそも、あのとき、沖田は何も言わなかった。その男の名前が古代で、〈ゆきかぜ〉艦長の弟だと言うことさえ、後で調べて初めて知った。

 

古代守の弟だと? 〈ヤマト〉発進に際して船から出してないなら、つまり、沖田はそいつを連れてくことにしたのだろうが、しかしそんな……。

 

精鋭中の精鋭揃いの〈ヤマト〉艦内で、ペーパー二尉など二尉ではない。最も下の階級からも穀潰(ごくつぶ)しめとイビられて、あんたに食わすメシはねえよと言われるだけの存在のはずだ。ましてこいつはボロ輸送機で敵を墜としたなどとほざく大ボラ吹き。

 

そうだ、バカなと藤堂は思った。こんな男が〈アルファー・ワン〉? そればかりは有り得まい。とは思う。とは思うが……。


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