こんな男が〈アルファー・ワン〉のわけがない。そうは思う。そうは思うが……誰もがそんな眼で見るなか、古代はひとり通路を歩き、〈ゼロ〉の格納庫に着いた。
整備員が何人も機に取り付いて作業している。古代は台に載せられたミサイルに眼を止めた。
このあいだの貨物ポッドに比べたら小さいが、それでも航空機搭載用ミサイルとしては巨大だ。それが二基。古代の〈アルファー・ワン〉と山本の〈アルファー・ツー〉、それぞれの脇に一基ずつ置かれている。
古代は言った。「それが核?」
「そうです」と整備員。
「重そうだね」
「はい。こいつは〈ゼロ〉と〈タイガー〉の各機体に一基ずつしか吊りません。それ以上は機動に影響しますので」
無論、今度は、ちゃんと真ん中に懸架するわけだ。さらに対地と対空用のミサイルを翼にズラリと並べ、完全装備で敵地に
古代は言った。「あれは都知事の原口だっけ。『冥王星のガミラスは皆殺しにせねばならぬが、核を使ってやるのはダメ。必ず通常兵器で』とか……」
整備員はクククと笑った。「〈ぐっちゃん〉はねえ」
どうせ全員ブチ殺すのに核も通常もありはしない。冥王星で核を使うに道義上の問題など無論あるわけがないのだが、地球にはそれがわからぬ狂人が少なからずいると言う。〈地下東京のおっぱい都知事〉と呼ばれる男は、『市民を無差別に殺すのならば地雷とか焼夷弾とか毒ガスといった人道的な武器がいくらでもあるだろう』と論を述べあげているのだとか。
アニメの見過ぎはやはり心に悪い影響があるのだろう。古代は自分の〈アルファー・ワン〉に眼を向けた。垂直尾翼に《誠》の一文字が大きくマーキングされている。見れば揃いの同じマークが山本機にも描かれていた。
舵に四つの《
戦闘攻撃機〈コスモゼロ〉。まさに敵を打ち砕くために造られた兵器。今は点検パネルが開けられ、無数のケーブルやチューブが繋がれ、整備員が手を突っ込んでいじっている。巨大な猫がうずくまりつつも、戦いたくてウズウズしている。顎を撫でられ背中を丸め、機嫌良くゴロゴロ喉を鳴らしながらも爪や牙の状態を確かめ、耳やヒゲや尻尾をヒクヒク動かしている――まるでそんなふうに見えた。美しくも獰猛な獣。これはそういうマシンなのだ。
あらためて、こいつにおれが乗るのか、と思った。習熟のための飛行ではなく、ミサイルを抱いて敵に向かう。それもただのミサイルじゃない。核だ。それでしか殺せぬような強大な敵に突っ込めと言う。
体が震えるのを感じた。恐怖なのか、武者震いなのか、自分でもよくわからなかった。
タイタンで見た〈ゆきかぜ〉を思い出す。兄貴にできなかったことを、おれが? 何をやってもまるで
最後に会ったときに兄貴は、三浦の海を眺めていた。遊星があんまり落ちるとこの海が干上がるかもしれないんだってな、と言った。ちょっと信じられんけど、と……。
三崎の漁港にマグロ漁船が浮いていた。その上でカモメの群れが舞っていた。古代もこれが無くなるなんてとても信じられなかった。
だがあの日、それからほんの数時間後に三浦は消えて無くなったのだ。今の地上は昼に気温が上がっても、夜は氷点下の世界。
砂漠化。わずかに生き延びた塩害や放射能に強い生物もそれで死んでしまったと言う。あの日に兄貴と見たものはもうすべて消えてしまった。あるのはクレーターだけだ。
クレーターか。そうだ。ガミラスに殺られたのだ。父さんも母さんも、あのカモメ達も……そして、結局、兄貴も殺られた。だからお返しにクレーターをくれてやれ。やつらを〈穴〉にしてしまえ。核ミサイル。これはそのための物であり、おれは元々そのための訓練を受けた者なのだから……古代はそう思おうとした。だが、どこかでやはりまだ、すべてが信じられない気がした。対艦ミサイルを抱いて敵の宇宙戦闘艦へ――それさえ、とても自分にできるだなんて思えず脱落してしまったのに、今度は核で誰も知らない基地を探して射ってこいだと。隊長として? 選りすぐりのトップガンを率いてなんでこのおれが。
そんなこと、兄貴でさえできなかった。あれだけなんでもできた兄貴にできなかったことなのに、一体なんでボンクラのおれがやることになるんだよ。
やはりそんな思いが消えない。せめて隊長でないのなら……どうしても〈タイガー〉でなく〈ゼロ〉に乗る者が指揮を取らねばならないのなら、山本にすればいいじゃないか。少なくとも、おれよりずっといいはずだ。そう思った。思ってから、その山本がいないのに気づいた。格納庫内に姿が見えない。
「山本はどうしたの?」
聞いてみた。整備員が「さあ」と言って、
「主計科に行ったみたいですよ。科員だけじゃ足りなくて、おにぎり握る人間を募ってるんだとか言って」
「はん?」と言った。「おにぎり?」
「ええ。戦闘食と言えば、結局それになりますからね」
「って、そうかもしれないけど」
首を
まさかあ。なんかの冗談じゃないのかと思った。だいたい、
「そんなの、他に黄色や緑のクルーがいるでしょ。山本がやんなくていいんじゃないの?」
「おれもそう思うんですけどね」
そうだろう。山本はパイロットだ。それになんと言っても士官だ。戦闘食作りのボランティアに参加するなんて話はない。やることが他にいくらでもあるはずだし、ミッションに備えて休みを取らねばならぬ身でもある。
いつもいつも何考えてるかまるでわからない女だけれど、今度という今度はほんとに何を考えてんだ、と思った。だがいないものはしょうがない。また核ミサイルを見る。
おにぎりと言えば、これも節分の日に食べる太巻きの寿司のようだ。生きてた頃によく母さんが作ってくれた――先に
もしこいつが付いたままだと、敵めがけて射って当たったとしても核はピカドンとはいかない――はずだ。古代はミサイルを点検する整備員の手元を覗き込んでみた。
クリップボードに何ページも挟み込まれた膨大なリストの項目を、ひとつひとつ何度も何度も何度も何度も確かめてからボールペンでチェックを入れる。どんな小さな項目もおろそかにはしないという態度だった。無論このミサイルは、古代がボタンを押したときちゃんと〈ゼロ〉を離れねばならない。そして火を噴き飛ばねばならない。それまでは、どんなにGに振り回されても外れることがあってはならない。レーダーに誘導されて獲物をめがけ、狙い
ためにあらゆるセンサーが、千分の一秒単位で己の状態を把握できるようにしておかねばならない。整備員はそれを確認せねばならず、ネジ一本締める圧力まで気を遣い、慎重に作業に取り組んでいるのがわかる。
三浦の家で母が巻き寿司を作る姿を子供の頃に横で見ていた。なんとなくそれを思い出した。何よりこいつは不発に終わることがあってはならない。命中したとき確実に起爆しなければならないのだ。そのときまでは何重もの安全装置が撃鉄を押さえ、最後の瞬間にだけ外れる。ここでわずかな誤作動があればすべて一巻の終わり。
ゆえに慎重のうえにも慎重にならねばならないのだろう。無論たった今ピカリなら〈ヤマト〉はここで宇宙のチリだ。このミサイルは一基がヒロシマ型原爆数発分の威力があるに違いなかった。
整備員の名札には《大山田》と記されていた。古代は言った。
「もしおれが墜とされても、こいつは爆発しないんだよね」
「そうですね。それに射った後、機のすぐ前で敵にミサイルが殺られたとしても、核の起爆には到りません。核物質がバラバラに散って落ちるだけです。もし核が
「ああ。そういうことにはならない」
と言った。確かにそんなことになってはいけない。おれ自身は痛みも感じず死ぬだけかもしれないが、後をついてくる山本もヘタすりゃその〈小さな太陽〉に飛び込んでしまうことだろう。
核は定めた標的に命中したときだけ力を解放せねばならない。不発同様、暴発も決してあってはならないのだ。絶対にそのどちらもないように整備員――大山田は神経を集中させているらしかった。
〈ヤマト〉には整備員や炊事係の
おれだけがこの〈ヤマト〉の乗組員でただひとりの落ちこぼれ――半日前にやったばかりのシミュレーター訓練を古代は思い起こしてみた。どうにかこうにかタマは
あれが実戦ならおれは死んでる。こんな大作戦をやるのに、とても充分な訓練を積んでいると言えない。冥王星でこの核を射てだと? おれはそんなことができるトップガンじゃない。
おれは兄貴とは違うんだ。
『フン、逃げてただけだろうが』とあの白ヒゲ艦長は言った。四機墜としても負け犬だ。エースになんかなれるわけない。そういう眼をしておれに言った。けれども、ちょうどそういうやつが欲しかった、とも……。
急にそれを思い出した。あれはどういう意味だったんだ? 考えながらふと気づくと、大山田がこちらの顔を覗くようにして見ていた。
「古代一尉、その……」
「何?」
「頑張ってください。戦果を期待してます」
「え?」
と言った。本気で言ってんのか? 判断がつかなかった。社交辞令じゃないのかと思う。
「あ、うん」と応えた。「どうもありがとう」
そして気づけば格納庫の全員が自分を見ている。みな複雑な表情だった。これが隊長で大丈夫なのかと思いながらも、『頑張れ、オレも期待している』と嘘でも言おうとしているような。
「えーと……」
困った。どうすりゃいいんだ。古代は言える言葉もなく、ただ彼らを見返した。
「その……」
士官であるなら、
いやまさか。任務背負って戦場へ赴いたことなんかないと言うのに、そんなことはやはりとても……。
言えない。何も言えなかった。格納庫に沈黙が流れた。古代は喉がつかえたようになって突っ立っているしかなかった。
――と、そのときだった。扉が開いて、クルーが数人、格納庫内に入ってきた。緑と黄色の船内服で、女ばかり。その中に、黒地に赤の服で目立つ山本も混じっていた。
山本は言う。「どうかしました?」
「いや、別に」
「これ、どうぞ。食べてください」何か差し出してきた。「おにぎりです」
「は?」
「最後の米だそうです。『地球の命を繋ぐ種を戦いの前に腹に納めよ』と言うので、今みんなで握ってるんです」
「えっと……」
タッパー容器におにぎり。なるほど本物の銀シャリとわかる。命の種だと? 確かに米とはそういうものに違いないが……なぜかタコとカニの形にされた合成肉ソーセージが一緒に器に詰められていた。一体なんのつもりだ、これは?
それを持ち古代の方に伸ばしている山本の今の両手は素手だった。普段、手袋に護られているせいもあるのか、肌のきめ細やかな女らしい手に見える。
山本と一緒に来た者達が、部屋の机におにぎりを盛った皿を置いた。さらに飲み物が入ってるらしいポットなどを並べ始める。古代はそれと山本の手にあるものとを見比べた。
「これ、山本が握ったの?」
「はい。隊長と自分のくらい作ろうと思って」
一同がまた自分を見ている。今度はみな笑顔だった。
「ええと……」と古代は言った。「ありがとう」